西田宗千佳のイマトミライ

第221回

新型で“値上げ”したPS5 円安と半導体製造の変化

前が新型、後ろが発売当初のPS5。性能に変化はないが、小型化しストレージ容量も増えた

11月10日に、ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)は、PlayStation 5(PS5)の新型を発売した。このタイミングに合わせ、僚誌・AV Watchにレビューやインタビューを掲載している。

ただ今回の製品は、PS5が発売を開始した2020年秋に比べ、価格が「PS5(Ultra HD Blu-ray ディスクドライブ搭載版)」で66,980円、「PS5 デジタル・エディション」で59,980円と高くなっている。

価格が「上がった」のは主に円安の影響だ。ただし、かつてのゲーム機は新型への刷新とともに製造コストを削減し、あわせて価格も引き下げられた。例えばPS3は2006年の発売当時は49,800円だったが、1年後に39,980円、3年後には29,980円となった。しかし、PS5では新型になってむしろ価格が上がっており、ゲーム機の値段は「待っても大幅には下がらない」時代になったといえる。

今回はその背景を解説した上で、他のIT機器を含め、価格戦略がどうなるのかを説明してみたい。

円安で製品メーカーは厳しい価格選択を迫られる

前述のように、PS5は新型になって価格アップした。

PS5に関しては、値上げは今回で2回目になる。昨年9月15日、54,978円から60,478円(光学ドライブ付きの通常版の場合)に値上げされ、今回さらに66,980円になった。

PS5は新型になったが、性能などは変わっていない。サイズは3割小さくなり、ストレージは1TBに増量され、Ultra HD Blu-rayドライブが着脱可能になったものの、本質的な中身には変更がない。

ただ、大幅に値上がりしたのは「日本だから」だ。

ドルベースの場合、PS5(光学ドライブ付き)の価格は499ドルで変わっておらず、新型も同様。新型は値下げされなかったものの、小型化・ストレージ容量の増加などで「バリューアップ」を図った形になっている。

日本で値上がりしたのは、かねてから続く円安傾向が理由だ。

PS5が発売された2020年末は1ドル105円前後だった。それが2022年夏には140円前後になり、現在は150円前後にまでなっている。単純計算でいうなら、2020年末から今年にかけて4割以上値上がりすることになる。

Google検索より転載。この数年で円・ドルレートは105円前後から150円前後へと急上昇した

現在の日本において、特にIT機器の場合、日本国内で調達と生産が完了するものはほとんどない。多くの製品は部品を多数の国から調達し、日本以外の国で生産し、世界中で販売する。特に量産が重要な製品については、日本国内だけに絞って売るリスクの方が高い。

結果的に、日本企業が日本に向けて販売した場合はもちろん、海外の企業が日本向けに販売した場合でも、円安の影響を強く受け、売価が高くなってしまう。

日本など為替的に不利な国だけ安くすると他国から差益を求める「越境してのハードニーズ」が生まれてしまうし、収益的にも大きなマイナスが生まれる。ヒットしそうな商品はみな為替に合わせた価格設定をしており、PS5にしても、実際の円安よりは抑えた価格設定ではあるものの、円安傾向を逃れうるものではない。

その上でSIEは、円安傾向から見れば「抑えた」価格設定をしている。

消費税額を勘案した上で円・ドル換算すると、PS5の価格は実質1ドル約122円程度だ。このような価格設定の裏にあるのは、できるだけ価格を抑えることで、機器の購入自体から顧客の興味が失われることを防ぎたい、という意思だと思われる。

同時期に「PlayStation Portalリモートプレーヤー」などのハードウェア製品が出るのは、ハードウェアの発売で顧客の視線をPS5の方に誘導したい……という意図の表れだろう。

PlayStation Portalリモートプレーヤー。周辺機器で顧客の興味を引くのもプラットフォーム戦略の1つ

半導体の事情で変わるゲーム機のビジネスモデル

PS5の価格が下がらない(日本では上がる)理由の1つが「半導体製造技術の事情」だ。

半導体は、生産開始時には設計・製造ライン構築に関するリスクが大きい。そのため半導体製造事業者は、最新技術で新しい半導体を作る場合、出荷コストが高めに設定される。

そこから生産性が上がるとコストが下がっていくわけだが、半導体の場合、主に2つの流れがある。

1つは、生産ライン自体の償却が進んだ場合。投資したラインは順に古くなり、当然その分のコストが下がるわけで、安価な半導体になる。世の中で必要とされる半導体は最先端なものばかりではなく、そうしたラインは「安価で安定した半導体」向けになる。コロナ禍で自動車や湯沸器などの半導体が不足したのは、こうした「安価で安定した半導体」。すでに償却が終わっているラインなので、安価かつ短期間で数を増やすのは難しい。

昨今「経済安全保障」の面で課題とされるのは、最先端半導体のニーズに加え、こうした「安価な半導体を安定的に、地政学リスクの小さな地域で作る必要性」も関係している。

ただ、IT機器のコストダウンについては、この話はあんまり関係がない。ほとんどの機器は「数年以内」に立ち上がった新しい半導体製造設備で作られるからだ。ただ過去には、そうした半導体でも低コスト化が一気に進む事情もあった。

そこで重要なのが「製造プロセスのシュリンク」という考え方だ。

すごくざっくり言えば、半導体製造は写真の「焼き付け」に似ている。半導体マスクという回路の元となるものに光をあて、その下にあるシリコンの板に「感光」させて回路を生成していく。より細かい回路を感光させて作れれば、同じ性能の半導体を小さな面積で作ることが可能になる。同じ性能で良ければより小さいチップになるし、同じ面積ならより性能の高いチップになる。

要は、同じ面積のシリコン板でよりたくさんのチップを作る(=より安価にする)か、より性能を上げるか、という選択ができるわけだ。

例えば、250nmのプロセスルールと90nmのプロセスルールを比較した場合、約2.8分の1の面積で同じ処理性能(=同じトランス時多数)のプロセッサーが作れる計算になる。すなわち、半導体コストも2.8分の1……とまでは言わないものの、相応に急激なコスト低下が実現できることになる。

しかし、そこまで大きな差が生まれたのは2010年代前半までのことだ。

それ以降、プロセスルールの進化は非常に小刻みなものになった。結果として、数年が経過してもコストは劇的には下がらない。

こうした傾向は今に始まったことではない。

2010年代に入るとその傾向が強まり、PS4/Xbox One/Nintendo Switchの世代には明確になった。

PS4世代は高性能な「PS4 Pro」が出たものの、値下げ幅は5,000円程度で、PS3世代よりも小さいものだった。PS4の後に出てきたNintendo Switchも、分離機構を備えた廉価モデル「Nintendo Switch Lite」や、有機EL搭載の上位版を発売したが、スタンダードモデルの値下げや小型化はなかった。

2020年以降、半導体の低コスト化はますます難しくなる。今後も小幅な変化しかないだろう。むしろ、ボディの低コスト化やメインメモリー、ストレージなどの低価格化に伴う変化を期待すべきだ。

新型PS5が「価格を下げずに容量アップと小型化を選んだ」のは、その分値下げしても値下げ幅が小さく、価格を維持してバリューアップする方がビジネス上の妥当性が高い……と判断されたからだと推察できる。

新型PS5は値下げでなくバリューアップを狙った。光学ドライブ取り外しはその1つの要素

「PCでゲーム機を代替」までには時間がかかる

ゲーム機は「ゲームをするならPCより大幅に安価である」ことがメリットだ。

おそらく今後もそれは変わらない。ゲーム機は劇的に安くはならず、PS5はこのまま当面6万円程度で売られるだろう。任天堂の次世代機がどうなるかはわからないが、ファミリーや子供にも支持層が大きいことを考えると、5万円を大きく超えるような製品にしてくるとは思えないし、それがどんどん値下がりしていくとも考えづらい。

すなわち「ゲーム機はあまり値下がりしないで代替わりしていく」のが明確になったということでもある。

ただ過去と違うのは、2010年以前だと「PCでゲームをするよりもゲーム機の方が品質は良い」場合があったのに対し、それ以降は「費用さえかければ、画質・音質はPCの方がいい」時代になっているというところだ。現在はゲーミングPCでゲームを遊ぶ人も増え、そちらの需要も安定している。

また、インテルやAMD、アップルなどの「一般向けプロセッサー」でもGPU性能は上がってきており、ゲームはしやすくなってきている。小型の「ハンドヘルド型ゲーミングPC」が増えているのはそういった背景もある。

では、ゲーム機は完全にPCに飲み込まれるのか?

しばらくこれもなさそうだ。

PCでゲームをする層は増えるだろうが、それはあくまで一部であり、数千万台クラスの需要となると、ゲーム機が満たすことになる。

将来、一般的なノート型PCであっても、あらゆるPCでゲームに必要な性能がカバーされる時代はやってくるかもしれない。特に今後は、プロセッサーに搭載される各部を得意なメーカーに生産委託し、1つのチップにまとめる「チップレット技術」がメインになってくる。そうするとGPU性能はいまより増やしやすくなる。

ただ、そうしたノートPCもコストがいきなり下がるわけではないし、ゲーム機と同じコストでゲームができるPCを開発するのも難しい。

ゲーム機の良さは「ゲームに特化している」ことにある。PCのようになんでもできるわけではないが、最適化した設計がなされていて、「同じ価格のPCにはとてもできない」ことができるし、トラブルもない。

PS4世代以降、SIEとマイクロソフトのゲーム機はx86ベースになった。PCに近い構造だが、ストレージや音源チップなど、「ゲームに求められる要素」をより最適化した設計となり、そこで何を求めるかが、プラットフォームの特徴ともなっている。

結局、じわじわとPCの代替わりが進み、「多くの人は性能を活かしていないが、PCには高性能なGPUが搭載されている」時代が来た時、改めてゲーム機の是非が問われるかもしれない。

ただ、それには最低5年はかかる。PC市場はハイエンドこそ素早く入れ替わるのだが、一般向けはそうでもない。販売数量が伸び悩んでいるし、高性能なものに入れ替わっていくにもかなりの時間を必要とする。2028年くらいが1つのターゲットではないか、と思う。

そのころは今現役のゲーム機が次の世代に変わることだ。

各社はPCというライバルを気にしつつも、むしろ自社の独自性を活かす方向に進化するのではないか……と筆者は予測している。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
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