西田宗千佳のイマトミライ

第179回

Steam Deckから考える「プラットフォーム」の意味

Steam Deck。アメリカでの発売から10カ月ほど遅れた

ゲーム配信大手「Valve」が作ったPCアーキテクチャベースのポータブルゲーム機「Steam Deck」が、ようやく日本でも出荷された。予約した筆者の手元にも、12月17日に届いた。

今回はSteam Deckを少しいじりながら、このハードの特徴とゲームプラットフォームの今後について考えてみよう。

Valveが「大きめのポータブルゲーム機」を出したわけ

連載でもちょうど1年前に説明したこともあるし、日本での出荷開始に合わせて多数の記事が出ているので、Steam Deckについてはご存じの方も多いかもしれないが、概要を簡単に説明しておこう。

Steam Deck、12月17日より国内出荷開始

Steam Deckは横長のポータブルゲーム機。といっても、なかなか「ポータブル」の定義が歪みそうなサイズなのだが、その辺はちょっと置いておくとする。

上から、Nintendo Switch(有機ELモデル)、Steam Deck、AYANEO 2021。Steam Deckはひときわ大きい
256GB版以上に付属するケース。これ自体「ピアニカ」のケースを思い出させる大きさだ

2021年に発表され、当初は同年内に出荷予定だったのだが、半導体不足の影響も受け、アメリカでは今年2月に出荷された。その他の地域へは生産の安定を待って供給……とされていたのだが、日本・韓国・台湾向けは8月に予約が始まり、先日より出荷が開始されている。

携帯型も含め、ゲーム機は独自のアーキテクチャのものが多い。PlayStation 4/5やXbox One/Series Xにしても、x86系プロセッサーを使っているがPCと互換性はない。だがSteam Deckの構造は完全にPCと同じ。Windowsも動作する。

プロセッサーはAMDにカスタム開発を依頼したもので、コードネームは「Aerith」。正式な型番は不詳。Zen2 CPU+RDNA2 GPUの組み合わせなので、PS5/Xbox Series Xと世代は同じだが、CPUコア数は4で半分、GPUコア(CU)数は8と、大幅に少なくなっている。ちなみに、PS5はCPUコアが8、CUが36だ。理由は、消費電力を抑えるためだ。

画面解像度は1,280×800ドットと低めだが、逆に言えば、この解像度だから、CUが8つでもなんとなかる……という計算なのだろう。

メインメモリーはCPUとGPUで共有するUMA構造で、容量は16GB。低価格ではあるがゲーム機なので、メモリー容量は同価格帯のPCより多めだ。

要は「Linuxで動くPCをゲーム機として販売している」わけなのだが、狙いはOSのライセンス料をカットすること、UIをゲームに最適化することなどだろう。使っているのは、自社でカスタマイズした「Steam OS」だ。

OSには、Linuxをベースにした「Steam OS 3.0」を搭載

PCアーキテクチャで「小型ゲーム機」を作る意味とは

この「今のPCアーキテクチャでゲーム機を作っている」ことは、良い意味でも悪い意味でも、Steam Deckの特徴と言える。

据え置き型のゲーム機向けのものに比べてコア数が少なく、TDPが最大15Wくらいに抑えられているといってもけっこうな熱を発するので、負荷の高いゲームをしている時は排気口から暖房のような風が出てくる。バッテリー動作時間はゲームの負荷によって異なるが、カタログ表記の「2時間から8時間」というのはかなり正直な値だと思う。8時間持つことは少なく、4時間持てば上等……考えていい。

PCゲームの世界では、「グラフィックを美しくするのか」「処理負荷を下げるのか」は、設定で細かく変更するものだ。そういう文化なので、Steam Deckの上でも設定なども色々細かくいじれる。

動作中のゲームへのグラフィック設定最適化などは、かなり細かくステータスを見ながら設定できる

そもそも、存在自体が「小型ゲーミングPC」に影響されたものなのも明白だ。市場には2020年頃から、中国系メーカーによる「小型ゲーミングPC」がいくつも登場している。特に元気なのは「AYANEO」や「GPD」などだろうか。

PSPっぽい6型Windowsゲーム機「GPD WIN 4」がIndiegogoに登場

最上のモバイルゲーム体験を謳う7型ゲーミングPC「AYANEO 2」

これらが登場したのは、モバイルPC向けのプロセッサーの性能向上によるところが大きい。

ただ実のところ、小さいゲーム機・ゲーミングPCは日本と中国くらいでしか売れていない。

ゲーム機で見ると、任天堂は低年齢層を含め独自の立ち位置を維持しているので、まあOKなのだ。そもそもSwitchは据え置き型を兼ねる構造なので、モバイル専用というわけでもない。ただ、ソニーやマイクロソフトが小型機を積極的に出せるほど市場が大きいわけでもない。個人的にはチャレンジしてほしいと思っているが、スマートフォン向けに「リモートプレイ」アプリを出しているからそれで……という部分はあるだろう。

中国系メーカーで小型ゲーミングPCがいくつも開発されている割に日本や欧米メーカーが参入しないのは、正直「PCとしては儲かるほど数が出ない」からでもある。そこで、目端も小回りも利く中国系スタートアップがニッチをカバーして頑張っている……というのが実情である。

性能やバッテリー動作時間の面で見れば、中国系メーカーの小型ゲーミングPCもSteam Deckもそこまで大きな違いはない。作ることになった発想の根幹も似ているのではないか、と思っている。「作れて、売る市場があるならやってみればワンチャンあるだろう」というところではないか。

小型ゲーミングPCはニッチな存在だが、確実に欲しいと思う人はいる。Valve=Steamが強い欧米では特にニッチだが、世界中のニーズをうまく集められるならまとまった数になる可能性はある。

ただ、従来型の小型ゲーム機に近いものを求めるアジアと、「もう少し操作性にこだわったもの」を求める欧米ではニーズが違う可能性がある。そこで、欧米人が好む「操作性」を重視した上でサイズとデザインを決定しているのではないか。

現状のSteam Deckはそんな存在なのだ。

1つのしっかりと定まったパフォーマンスのプラットフォームを作るのが「ゲーム機」だが、Steam Deckは似たビジネス構造で、全然別のハードウェアを作っている。PCに馴染みの薄い人にまで売るなら任天堂・ソニー・マイクロソフトと同じ路線がいいが、そうでないので「これでいい」のだろう。

「プラットフォーム」であることがSteam Deckの特徴

ただ、小型ゲーミングPCとSteam Deckには、商品として見た時の大きな違いは2つある。それはどちらも「プラットフォームとはなにか」という点に大きく依存している。

まず、小型ゲーミングPCとSteam Deckの大きな違いは「価格」にある。

小型ゲーミングPCが10万円を超えるのに対し、Steam Deckは59,800円から。米ドルだと399ドルだ。前者はやはり「PC」の価格帯だが、Steam Deckはゲーム機に近い価格帯である。

そのためには、ライセンスコストのかかるWindowsではなくLinuxベースの「Steam OS」を作ってコストを下げ、プロセッサーもAMDに依頼して独自調達している。要はそれだけ「数を売る」ことを想定して作っているハードウェアなのだ。

こうしたことをするのは、Valveが「Steamという“プラットフォーム”を持つ存在」だから、と言っていい。

Valveの目的は、Steamでよりたくさんのゲームを買ってもらうことだ。もちろん、Steam Deckでハードウェアビジネスからの収益を増やしたい、という意図はあるだろうが、それに至るには相当の数が必要になる。数を得るためにも、すでにSteamで多数のゲームを遊んでいる人を惹きつけるためにも、ハードウェアの価格はできるだけ引き下げる必要がある。

一方、小型ゲーミングPCのメーカーは「PCを売って利益を得ている」ので、価格はそこまで下げなくてもいい。ユーザーのほとんどがWindowsを使うわけだから、普通にWindows PCとして設計して販売するのが理にかなっている。ハードスペックも高めに設定しやすい。結果として、比較的高めの価格設定になるわけだ。

Steam Deckの核となる「Proton」

もう一つの違いはOSだ。Windowsを採用していないのは主にコストの問題だと考えられるが、そこには長期的な展望も存在する。

Steam Deckを支えていて、Valveの長期的な展望を表しているのが、Steam OSの上でWindows用のゲームを動かす「Proton」というレイヤーだ。

ProtonはWindows用アプリをLinuxやMacで動かすための互換レイヤー「Wine」に、グラフィック用のDirect X APIを、オープンなグラフィックAPIであるVulkanに読み替える「DXVK」を組み合わせたようなもの。これをうまく使うことで、Steamで公開されているWindows用ゲームの多くを、LinuxベースであるSteam OSの上で動かすことができる。

その互換性はかなりのものだ。

もちろん動かないゲームもあるのだが、「試したら動いた」というゲームも相当ある。メジャーなゲームパブリシャーの作品も含め、動作がチェックされているゲームも相当増えている。動作が確認された「グリーン」ライトのゲームを遊んでいる限りは、本当に「Windowsのゲームも動くポータブル機」そのものだ。

Steam Deckで動作が確認された「グリーン」ライトのついたゲームも増えている
もちろん、動かないものも。たとえば「三国志14」は動作しなかった。

Steam=Windows PC上で買ったゲームがそのまま登録され、再ダウンロードするだけ動くこと、Steam Deck内で購入すればWindows側でも動くことで、Steamでのゲームプレイを活性化できる。要は「プレイする場所と時間が作れるから、もっとゲームが買える」と思ってもらう、という狙いなのだ。

過去に買ってあったゲームも、Steam Deckにダウンロードすれば遊べる

だから、Steamにとってのプラットフォームとは、「ストア」と「動作レイヤー」の2つ、といっていい。動作レイヤーであるProtonはオープンソースで公開されているので他社でも使えるが、ハードへの最適化などを考えると、開発しているSteamに有利なのは間違いない。

現状、PCゲームのほとんどは、モバイル環境での動作を想定していない。そのため、Nintendo Switchのようなプラットフォームに比べ、「ゲームが消費する電力」が大きくなるという課題がある。Steam Deckでバッテリー動作時間が短くなるのはそのためだ。

Steamが今後、消費電力について、プラットフォームとして「強いコントロール」をするとは考えづらい。だから当面、この部分には変化はあるまい。だが、ゲームを作る側が「Steam Deckでのプレイ量」を意識し始めたら変化は出てくるだろう。そしてそのことは、他のWindows PCでの動作にも、結局プラスの影響をもたらす。

同時に、ハードウェアは年々進化していくので、そうした配慮がうまくクロスし、ユーザーにとって快適なバランスを生み出す時期がやって来る可能性もある。

まあ同時に、ゲームの規模拡大で性能向上を使い切ってしまう可能性があるのもまた、PCゲームの世界なのだが。

ゲームプラットフォームは「互換レイヤー」化するのか

この考え方は、「ゲームプラットフォームとはなにか」という命題に、新しい考え方を突きつけていることになる。

ゲーム機はハードウェアスペックや周辺機器の内容が固定されているのでゲームが作りやすく、販売サポートもあるので、ゲーム機プラットフォーマーとゲームメーカーはタッグを組んでビジネスをしてきた。

だがスマホの世界では、「OS」と「ストア」をプラットフォームと定めたやり方が広がった。「アップルやGoogleの市場支配性が」と言われるのはそのためだ。

一方でSteamは、PCゲームという「ユーザー側に知識と努力を求める一方、自由度は高い」世界を作り出した。WindowsのゲームもMacのゲームも売り、「ストア」こそがプラットフォーム、としたわけだ。

ゲーム開発のリスク軽減から「マルチプラットフォーム」が当たり前になり、ゲーム機でもPCでも、時にはスマホでも同じようなゲームが売られるようになると、市場にはここまでで挙げたようなプラットフォームが混在してくる。

そして、ゲームをゲーム機の代替わりではなく、より長く売りたい事情が出てくると、「ストア」+「ソフトウェアプラットフォーム」の方が有利にはなってくる。

ゲーム機側も、均質なハードウェアに依存するビジネス構造から、タイミングに合わせて性能の高い「中間世代」を用意するようにもなり、過去のプラットフォームをエミュレーションで代替して「過去のゲームを売る」流れも出てきた。

とすると、「これからありうるゲーム・プラットフォーム」とはどうなるのだろう?

ゲーム機のように均質でコストパフォーマンスの良い市場が不要になるとは考えづらい。スマートフォン+アプリストアのモデルも同様だ。

ただ、それらがハードに特化したプラットフォームのままであるかどうかは、若干疑問を持っている。特にゲーム機については、前述のように、エミュレーションも使いつつ、「過去のプラットフォームを包むようにレイヤーを作る」ことで対応する世界になるのではないか。

そう考えると、「互換レイヤー」+「ストア」でプラットフォームを作っているSteamと、そこまで大きく違わないものになる可能性がある。ただ、SteamはPCゲームプレイヤーの方を「向きすぎている」ので、中期的にいえば、そのままゲーム機を飲み込むとも考えづらい。

一方で、意外にもアップルは、「互換レイヤー」+「ストア」構造でiPhone/iPad/Macの3製品群をまとめ上げている。独自のグラフィックAPI「Metal」を使い、さらに開発環境と「AppStore」という構造で、3ジャンルでのアプリ開発を簡便化している。成功しているとまでは言い難いが、「Apple Arcade」の基盤となっているのは「Metal」+「AppStore」そのものである。

もし、Steamが「Protonレイヤー」のプラットフォーム性をもっと強化するなら、変な話になるが、他のプラットフォームの上にレイヤーを重ねていくことも不可能ではない。それを阻むのは、技術というよりビジネスの領域であるようにも思う。

一応補足しておくが、Metalの上でWindowsの互換をとってゲームを動かすのも不可能ではない。VulcanをMetalの上で動かす互換レイヤー「MoltenVK」があるからだ。すなわち、Direct X>MoltenVK>Metalと変換することになる。一部ゲームなどでそういう使い方もできていて、パフォーマンスにさほど問題がないことはわかっているが、だからといって「Macの上にProtonレイヤーが載せられるか」というと別の話かと思うし、そうした計画がある・開発があるかどうかも、筆者は認識していない。

どちらにしろゲームを「長く残す」には、ハードウェア依存を脱していく必要がある。そのためには仮想マシンや低レベルAPIのレイヤーを隠蔽する技術の導入を考える必要が出てくる。

その時には、ゲームの動作遅延も含め、中間レイヤーがどれだけ忠実に過去のゲームを再現できるのか……という課題も大きくなっていくだろう。

Linuxの上でWindows用として売られたゲームを動かすSteam Deckを見ていると、そうした存在の必要性や可能性を考えたくなってくる。そういう意味でも、Steam Deckは「実に面白い」のだ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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