西田宗千佳のイマトミライ

第146回

Netflix会員減少が示す、映像配信の「安定期」

4月19日(米国時間)、Netflixは2022年度第1四半期の決算業績を発表した。収入は78億ドルと、前年同期比9.8%の上昇。だが、ずっと増加を続けていた有料会員数は、10年ぶりに減少に転じた。2022年第2四半期の予測でも、200万人の減少とされている。

このことから、アメリカを中心とした株式市場では、サブスクリプション形式による映像配信市場への不透明感が指摘され、関連株式が売られる形となった。Netflix株も、一時は4割も値を下げる状態となった。

Netflixの会員数はなぜ減ったのか? そして、そのことは本当に「サブスクの終わり」を示しているのだろうか? 改めて分析してみることとしよう。

コロナ禍を超えて、映像配信は「安定期」に入ったのか

冒頭で述べたように、Netflixの会員数は減少に転じている。以下はNetflixが公開している決算資料より、筆者が制作したものだ。

Netflixの、全世界での有料会員数の推移。2022年第2四半期は予測値。

見ておわかりのように、2022年第1四半期から会員数が減少しており、次の四半期にも200万人の減少となると、確かに「大きな変化」といえる。

2022年第1四半期にユーザー数が減少したことには、ロシア・ウクライナ情勢の影響もある。Netflixはロシアでのビジネスを停止しているため、それだけで50万人の会員減少があった。第1四半期の減少は20万人なので、もっとも大きく影響しているのはロシア関連……ということもできる。

ただ、ロシアの影響は一時期のこと。第2四半期まで影響するものではない。

では、なぜ減少がまだ続くと見られているのか? それは、地域別の会員数の変動をみれば事情がわかる。

以下は前のグラフと同様に、Netflixの決算資料から作った、地域別の有料会員数の推移だ。

Netflixの、アメリカおよびカナダ、ヨーロッパ・中東、中南米、アジアでの有料会員数の推移。2022年第2四半期は予測値

アメリカおよびカナダ(北米)は、他の地域に比べると早くから伸びが鈍化している。特にアメリカ市場は以前から家庭への普及が一巡していたからだ。

それに対してヨーロッパ・中東は、コロナ禍に入った2020年からの伸びが急激だった。アメリカに近いところまで伸びてきたものが、ここにきてそろそろ普及が一巡するタイミングになった……と言えるのかもしれない。

中南米は、人口だけで言えばヨーロッパに近いはずなのだが、伸びはそこまで大きくない。世帯所得の違いなどが影響しているところはあるが、それでもコロナ禍以降の伸びは大きい。それが2021年以降平坦になり始めており、ここもひと段落、と言えるのだろう。

一方で、日本を含むアジアはまだ伸びが落ちていない。今期も伸びており、当面成長基調が続くと見られている。

こうした点から、アジア以外での成長が一巡した結果、Netflix全体での会員増加が止まった……と見ることができる。

「アカウント共有」はどんな影響を与えているのか

Netflixとしても、この変化は完全に読み切れていた訳ではないようだ。正確に言えば、コロナ禍に入って以降、彼らには多少戸惑いのようなものが見られた。

会員数が増えるのはいいが急激に伸びているので「この成長が維持される訳ではない」ともしている。様々な要因が絡んだことから、2020年以降の様子を、リード・ヘイスティングスCEOは「カオス」というほどだ。

Netflix創業者のリード・ヘイスティングスCEO

第1四半期には解約率が若干上がっているという。Netflix側は「大きな値にはなっていない」というが、コロナ禍で増加した顧客が、パンデミックの安定と共に多少減ってくる……といったことが起きているのかもしれない。

彼らの説明の中で、1つの現象として彼らが指摘したのが「アカウント共有」の影響だ。

Netflixは、同じ家計を共有する家族で1つのアカウントを使って視聴することが認められている。別に利用者の数だけ契約してほしい、と言っている訳ではない。

一方で、まったく違う場所に住む家族や友人同士で1つのアカウントを共有し、それぞれが出費を節約して視聴することは認めてはいない。

だが、そうしたやり方で視聴している人々が多い、とNetflixは指摘する。

過去、Netflixはこうした使い方をそこまで大きく問題視してこなかった。学生などが安価に使い、そこから最終的に会員になってくれるのなら……という計算もあっただろう。

だが、その数が多くなってくるとまた話は別だ。ユーザー数が伸びづらくなっていくなら、収益を増やしていく必要があるのは自明だ。

そのためNetflixは、アカウント追加に関する機能について、新しいテストを今後数週間のうちに開始する。対象国は、チリやコスタリカ、ペルーだ。これらの国が選ばれたのは、中南米が、ヨーロッパなどに比べサービス利用者の伸びが少ないことも勘案されたのかもしれない。

3月17日、Netflixは、チリやコスタリカ、ペルーで、「アカウント共有」に対抗するためのプランをテストする

具体的には2つのことが行われる。

1つ目は、「一緒に住んでいない人」を対象としたサブアカウントを、2人まで追加できるようにすること。離れたところに住む家族とのアカウント共有をすべてNGとするのではなく、度を超えた人数での共有がどこか、という一線を引くつもりなのだろう。

そして2つ目が、現在のアカウントの中で「サブアカウント」として使っている人を、プロフィールなどのデータはそのままで、新しいアカウントへと移行する機能を用意することだ。こちらは、単独のアカウントでの利用へ移行を促すためのものだろう。

「安定ビジネス」への移行、そしてまだ伸びる「アジア」への対応

では、このままNetflixは数を減らしてしまうのか?

その辺は微妙なところだ。

世界の人口が一定である以上、家庭の数で契約者数が決まるサブスクリプション型のサービスは、いつか契約者数の限界がやってくる。アメリカはもう2年前からその傾向があり、どの国もいつかはそうなる。

携帯電話にしろ衛星放送にしろ、そこは変わらない。会員数が伸びることは重要だが、そこで同様に重要になるのが、「いかに会員数を減らさず、長く安定的なビジネスを続けるか」ということだ。

配信自体の利用が減っている訳ではない。以下の図は、Netflixが毎回掲載している「アメリカの家庭での配信の利用量」の統計だ。

Netflixの決算資料より。配信同士の競合が激化しているが、それでも、ストリーミングはテレビ視聴の「30%弱」に過ぎない

他社の競合が激しくなっているのはその通りだが、映像全体でもまだ30%に満たない。他の時間は放送やケーブルテレビ、ゲームなどが占めているということだろう。

この比率はどこまで伸びるのだろう。放送系を誰も見なくなるとは考えづらい。だが、放送でなくストリーミングが「一番見られているもの」になる可能性が高く、その結果として、配信ビジネス自体は安定的なものになるだろう。

決算からNetflixの収益を見ると、会員数の方とは状況が異なり、まだ伸びている。

Netflixの売上の変化。同社決算資料より筆者作成。アカウントの伸びが緩やかに変動しているのに対し、売上はかなりストレートに伸びてきた。

いかに長期会員を増やし、安定的に大きな収益とするかが、このビジネスの鍵だ。大きな会員数を維持し、長期・安定的にキャッシュが入ってくる状況こそ、サブスクリプションビジネスの旨味である。

もちろん、今後の懸念はある。

家庭内で契約されるサブスクリプション・サービスの数には限界がある。だが、1つのサービスですべてのコンテンツをカバーできない以上、「1サービスしか使わない」と考えるのは難しい。一般に、アメリカでは平均3.7、日本では3弱のサービスが併用されている、という。さらに増えるとは考えづらいが、2つないしは3つのサービスの中に、いかに入り続けるかが重要になる。

競争激化により顧客獲得費用が上がり、かといってコンテンツ制作にかける費用を単純に下げると、ライバルとの競争に負ける。結果として、必要なコストが上がり、利益率が下がっていく可能性はある。

株価の下落はそうしたことを受けてのものだろうが、では、全ての映像配信の株価が下がる必然性があったか、というと、そうではなかろう。

現状で、Netflixが席を失う、と考えるのは難しい。トップを維持し続けるかはわからないが、主要サービスであり続ける可能性は高い。

トップグループに居続けるためにも、同社はまだ会員数が伸びている「アジア」での利用者拡大を積極的に進めるだろう。そうした傾向は、日本のストリーミング市場激化をさらに促す事になる。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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