西田宗千佳のイマトミライ

第145回

「はじめてのおつかい」突然の海外ブレイク。その理由を分析する

「はじめてのおつかい」が、世界中で話題になっている。

日本ではお馴染みの日本テレビのバラエティ番組だが、3月31日から、Netflixで世界配信が始まった。

Netflixで「はじめてのおつかい」。「ミッドウェイ」4月配信

英語でのタイトルは「Old Enough!」。まだNetflix(ネットフリックス)からの公式な統計は発表されていないが、SNSではかなりの盛り上がりを見せている。今回はこの現象について、少し深掘りしてみたい。

予想を超えて世界が「はじめてのおつかい」に萌える

今回の「はじめてのおつかい」の配信については、3月31日付で日本テレビからも海外向けにニュースリリースが出ている

実は日本テレビは、2021年11月にNetflixと契約を結び、アジア地域を中心に、30タイトルを先行配信していた。今回、全世界配信するコンテンツとして「はじめてのおつかい」が選ばれたことになる。

日本テレビはアジア向けに、2021年11月から、Netflixを介して30タイトルを先行配信していた

Netflix広報は、「詳しい経緯については話せない」としつつも、「長期的に相談してきて、ようやく形になったもの」と説明する。

「はじめてのおつかい」を選んだのは慧眼だったし、狙い通りだった、といえるだろう。Netflix側にコメントを求めると、次のような回答が返ってきた。

「日本で30年もの間愛され続けているこの番組が、Netflixで2週間配信されたいま、世界中の視聴者へ届き、愛されていることを嬉しく思います。日本テレビの『はじめてのおつかい』の話題を受けて、本当の意味でユニークな作品こそ文化や言語の壁を越えて世界で愛されることを改めて実感いたします」(Netflix担当者)

SNS上では色々な反応があるが、筆者が検索して確認した範囲で言えば、受け止められ方はおおむね好意的、と言っていい。

確かに、日本のように子どもが街中を歩いても安全な国はあまりない。幼児におつかいを頼む、という行為が「幼児虐待のように感じられる」という意見もある。日本のSNSではそのことに過敏に反応している部分があるようだ。

だが、文化や安全に対する考え方が異なること、リアリティショーの1つとして、多くのスタッフが安全に配慮して(子どもにはバレないように)撮影していることなどを理解した上で、日本人が感じる郷愁や愛らしさと同じような感覚を覚えて、番組を好意的にみている声の方が多い、と筆者は分析している。

90年代の日本でしか生まれず、その後も理解が進んだので定着している……という特殊性があるのは事実だろうが、番組の構成や演出から生まれる感情の部分は世界共通、ということなのかもしれない。

配信で変わる「海外番販」の姿

今回色々調べて、ちょっと面白いこともわかってきた。

「はじめてのおつかい」に「Old Enough!」(十分おおきいもん)という英題をつけたのはまさに慧眼だ、と思った。

日本人から見て「Old Enough!」=「はじめてのおつかい」とすぐにわかった人は少ないようだが、たしかに「十分おおきいもん」というニュアンスの英題、というのはピッタリで、そこを評価する声も多い。

だがどうやらこの英題、別に今回の配信のためにつけたものではないようだ。Netflixも「以前から日本テレビ側で使っていたもの」と説明する。

すなわち、日本テレビは以前から、「はじめてのおつかい」を海外に番組として販売していた、ということだ。「海外番販」と呼ばれるビジネスだ。

しかし、筆者の勉強不足かもしれないが、海外でこれまでに「はじめてのおつかい」が大ブレイクした、という話は聞かない。アジア圏では放送されており、イタリアやベトナムで同じフォーマットの番組が作られていたようだが、日本に大きな話題となって伝わることはなかったように思う。

だが、今回はNetflixと組むことで大きな話題を生み出した。ここまでの反響は、関係者も予想していなかったらしい。

なぜブレイクしたのか?

1つの理由は、Netflixが「広く配信した」という点だろう。190カ国に同時配信されており、過去の海外番販に比べ規模が大きい。

これは、アニメやドラマなど、他の事例でも聞かれる話だ。

過去には「外資の映像配信対国内勢」という図式もあったが、ビジネス全体を考えた場合、海外向けのビジネスと国内向けのビジネスではまた別の側面がある。日本製のコンテンツを求める大手映像配信事業者に対し、国内の事情だけを考えて対決姿勢だけを続けてもプラスにはならない。だから、Disney+やNetflix、Amazon Prime Videoとの協業は増えてきている。

ディズニー×日テレ協業。Disney+で「金田一少年の事件簿」配信

「科捜研の女 -劇場版-」Amazon Prime VideoとTELASAで配信

アニメでは先にあたりまえになっていたが、バラエティでもそうした成功例が出てきた証が「はじめてのおつかい」と言えるかもしれない。

そして、筆者がもう一つの特徴と考えているのが「番組の長さ」だ。

Netflixで配信されている「はじめてのおつかい」は、1話が7分から10分。長いものでも21分となっている。日本での放送は、いくつものエピソードをつなげて2時間の特番にしているわけだが、それとは全然組み立てが違うのだ。

Netflixでの配信は1人の子どもにフォーカスする形で、7分から10分程度の短尺番組になっている

このことは、ネット動画とテレビ番組の違いを表していると言えるだろう。

テレビの放送枠に合わせた形ではなく、コンパクトに好きな話数ずつ見られる、というのはネット配信の利点である。SNSでバスりやすい、という特徴を考えても、「はじめてのおつかい」を短尺コンテンツとして配信したのは作戦勝ちと言えそうだ。

放送のために作られたものが放送と違う形で世界に出ていくというのもまた、現在の「コンテンツ活用」の形だと言えるのではないだろうか。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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