西田宗千佳のイマトミライ

第75回

携帯料金“値下げ”より必要なこと。2社の新料金と総務省「アクション・プラン」

10月28日、ワイモバイルとUQ mobileが相次いで新料金プランを発表した。

ワイモバイル、20GB/4480円で10分通話定額付きの「シンプル20」

UQ、20GBで月額3980円の新料金プラン「スマホプランV」

どちらも、菅内閣が携帯電話事業者に値下げを迫り、総務省が取りまとめたいわゆる「アクション・プラン」の成果である。NTTドコモについては、NTTによる完全子会社化準備中であることもあって公開できる状況にないが、準備が整ったのちにはなんらかの対応が行なわれると見られる。

総務省、モバイル市場の競争環境整備に向けた「アクション・プラン」

ドコモ、アクションプランに「意見をしっかりと伝えていきたい」

武田良太総務大臣は今回の値下げについて「一定の成果が得られた」と評価する姿勢を見せている。

さて、本当に成果はあるのだろうか?

今回は、この値下げがどういう意味を持っているのか、改めて分析してみたいと思う。

今回の値下げは「実は安くない?」

2社による今回の値下げには明確な共通点がある。それは「毎月のデータ量を20GBに設定したこと」「メインのサービスではなく、いわゆるサブブランドを活用した値下げであること」だ。

現在の携帯電話サービスは、以下の5つに分類できる、と筆者は考えている。

A:NTTドコモ/au/ソフトバンクによる、大容量プラン(5G)を主軸としたフルサービス

B:同じく大手3社による、通信の利用量によって変わる、フルサービスだが段階性料金での「低価格サービス」

C:楽天モバイルによる低価格フルサービス

D:au/ソフトバンクのサブブランドによる、4Gを軸にした低価格フルサービス

E:MVNO各社による、若干の制約を伴った低価格サービス

今回の値下げは「D」に該当するわけだが、ちょっと特殊である。従来、価格引き下げは「使う人は高く、そうでない人向けには従量課金に近い形にして安く」というのが基本だったわけだが、今回については「20GB」という容量がポイントになっており、「比較的容量の大きなプランを安くする」ということが主軸になっているのがわかる。

なので、実はそこまで安くない。

「B」に該当するソフトバンクの「メリハリプラン」を例にあげると、表示上の最低価格(ここに留意)で3,480円。8カ月以降・4Gの場合には4,480円。ワイモバイルの新プランとの月額は同じで、しかも50GBまで使い放題だ。そして、データ使用量が少なくていいならもっと安いプランが多数ある。

ソフトバンクのページで提示されている料金。実は50GB使い放題のプランでも、ワイモバイルの新プランと価格は変わらない

突っ込まれる前にちゃんと説明しておくが、この比較はあまりフェアなものではない。

例示したソフトバンクのプランは、「光回線とのセット割や家族割などを駆使した場合」のものである。割引が一切ないと7,480円になる。さらに、利用する機種の違いや5Gの有無、テザリング利用の有無などによって価格は上がる。

新しいプランは、UQにしろワイモバイルにしろ、大手3社のプランよりも割引条件がシンプルに設定されている。また、低価格な従量制プランは「自分がどのくらいデータ通信をするかわからない」という人にはわかりにくさもある。そうすると、多くの人が十分と思える容量が設定され、がシンプルに多少安くなっている新プランは、確かに「実質的に安いプラン」と言える。

ワイモバイルの新プランのリリースにある解説。割引前提でない場合、もちろんワイモバイルの新プランの方が安い。だが、単純な価格ならもっと安価なプランはある。

だが、である。

割引には条件があるといっても、価格をさらに下げることができることに違いはない。メインのサービスには多数の割引を用意しているということは、それだけ、大手3社は「メインのサービスに家族ごと入り、長く使ってもらう」ことを前提としたビジネスモデルを組み立てている、ということだ。新プランがメインになるほど人気になるとは考えておらず、そうなってもらうのも好ましくない。だからこそ、「低価格なプランを求める人向け」のサブブランドに設定しているのである。

そもそも、この新料金プランより、すでに楽天モバイルの料金の方が安い。そこに3社が直接的な対応を「まだ」していないのは、どういうことなのか? そこまで脅威ではない、ということだ。

それを総務省に「一定の評価」を下している、というのは、正直「なんだかなあ」という気分になってくる。本質的に競争と価格引き下げに手を入れたかったのではなく、「下げさせた」という形が欲しかったのではないか……と思えてしまう。

求められるのは「安さの連呼」ではなく「グランドプランの提示」

筆者は、今の携帯電話の料金体系がベストだとは思っていない。だが、すでに「安い」だけなら実現できているとも考えている。だから、「安く・安く」の連呼に意味はない。

ポイントは、「わかりやすさ」「競争のしやすさ」「必要な人に必要なサービス」だと思っている。

すでに述べたように、長期割引やセット割引によって、低価格なサービスは実現できる。これを否定してはいけない。「アクション・プラン」の中には、光回線とのセット割について注視する旨が記載されているが、これを単純に否定するのは、家庭への低価格なインフラ普及を阻害する要因になる。

総務省が示した「アクション・プラン」の詳細。料金引き下げと競争加速が軸だが、気になる項目もある

現状、携帯電話端末と通信料金の完全分離によって、5Gを含めたハイエンド端末の普及は減速している。他国では5G端末への割引によって普及が促進されているのに、日本だけが5Gの普及にブレーキがかかっている状況とも言える。5Gにはエリアなど多数の問題が残っているが、端末が普及することがサービスの価値を高めるのは間違いない。

ここで、光回線との割引についても単純な「禁止」にすると、悪影響が出るのは確実である。

禁止すべきことがあるとすれば、それは「割引前提の価格を全面に出す」ことだろう。割引を使うか使わないかは個人の自由であり、条件を満たせるか否かも個人によって異なる。そこで割引価格前提で全ての交渉を進めるべきではない。

以前は各社とも、「多くの人が割引を選ぶため、わかりやすさを重視する」という説明のもと、割引料金だけを全面に出していた。

最近は批判もあってか、「料金シミュレータ」や「セット割をオフにした場合の料金表示」などを工夫するようにもなってきた。そうした方向性は強調されるべきであり、アクション・プランの中にも、料金をわかりやすく比較するための「ポータルサイト」設置が含まれている。政府がやるべきではなく、民間でお金を出してやるべきだし、それをビジネスにする企業が出てきてもいい……と筆者は思うが、「ポータルサイト」的なものを作るのは悪いアイデアではない、と思う。

そこでは、ちゃんとMVNOも対象になるべきだし、MVNOの価値がちゃんとわかるようにすべきだ。端末でもリアルでの顧客対応でも、割引サービスの有無でも大手4社が有利な状況で、「シンプルで低容量に合う」というMVNOの価値は、携帯電話料金とサービスのことを勉強していないとわかりづらい部分がある。そのギャップを埋める手伝いや、MVNO自体が定額サービスを含めたより自由な価値提供を行なえる競争条件の提示などを進めるのが、総務省の仕事のはずである。

その辺に比べれば、eSIMの導入など、目立つだけで大した意味はない。進めるべきだが最優先のニュースバリューのある話ではないのだ。

今回の2社の割引に「一定の成果」と言ってしまうことを残念に思うのは、こうした話とは全くつながっていないからだ。まさに「料金引き下げ」という見出しにすることだけが目的に見える。

アクション・プランを読むと、即応性はないが総務省にも考えがあるのが読み取れる。そうした部分をもっとちゃんと打ち出し、「日本の通信行政をどうしたいのか」というグランドプランを明確にしてほしいと思う。そしてなにより、そのグランドプランに「ちゃんと反論し、議論する」機会を与えてほしい、と思う。

総理が決めれば決まり、政府首脳が決めれば決まり、というのはおかしいではないか。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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