西田宗千佳のイマトミライ

第74回

「キャリアメール」の延命とメッセージングの将来

先週一部メディアを通じ、「政府が携帯電話料金値下げ施策の一つとして、携帯電話向けメールのポータビリティを各社に義務付ける方針」と伝えられた。政府は今週中にも携帯電話料金値下げを軸にした、携帯電話事業者の要望案を取りまとめた上で発表を予定している、と言われており、その中に含まれる可能性は高い。

確かに現在、携帯電話の「番号」は移行できるが、メールアドレスは移行できない。そこにハードルを感じている人がいないわけではないだろう。

だが、実効的な策なのだろうか? そこは疑問がある。

そもそも携帯電話でのメールアドレス、通称「キャリアメール」は、1999年にiモードが生まれて以降、2000年代のフィーチャーフォンのために生まれたものではある。そして、以前この連載でも取り上げたように、もうすぐその「iモード」をはじめとしたサービスは終了を迎える。

iモード公式サイトの終焉とコンテンツビジネス進化の系譜

ここで改めて、キャリアメールから今のLINEなどのメッセンジャーへの移行と、それぞれの意味について考えてみたい。

「フリーアドレスでは受け付けません」という時代

「申し込みはプロバイダーなどのメールからお願いします。Gmailなどのフリーアドレスのものは受け付けません」

今こんなことを書くサービスはまずない。だが、2000年前後のPC向けネットサービスには、意外なほどこの種の注意書きがあった。当時を知る人なら「あー、そういえばそうだった」と思うかもしれないが、そうでない人には信じられないことだろうと思う。

なぜこのような注意書きがあったのか?

理由は、「メールアドレスをどこが発行しているのかによって、個人の存在を確認できる」と思われていたからだ。

当時家庭でネットにつなぐには、ISP(インターネット・サービス・プロバイダー)の存在が不可欠だった。ISPはインターネットへの接続とともに、メールアドレスや個人向けウェブページ開設を提供していた。現在もそうしたフルサービスのISPはあるが、接続しか提供しないところもある。そもそも、住環境にセットになっていたり、モバイル回線でのテザリングで済ませている人もいるわけだが、そうした場合にはメールアドレスがセットで提供されることはまずない。

要は当時は、「ISPのアドレスを使っているのはちゃんと契約している個人」であり、無料で作れるメールアドレスは「特別なときに使う捨てアドレス」のように扱われていたわけだ。

なぜこんな昔話をするのかといえば、携帯電話の「キャリアメール」の存在も、そうした「契約に基づき個人に紐づいたメール」という部分があったからだ。

「日本の個人」に使いやすいサービスだったキャリアメール

以前の記事でも書いたが、日本のキャリアメールは、実質的にiモードのヒットとともに広がった。

実際には、その前のPHSの段階でショートメッセージ・サービスがあり、NTTドコモの「10円メール」などもあったのだが、本当にブレイクしたのは、やはりiモードなどの2G・3G世代フィーチャーフォンの存在あって、といっていいだろう。

海外ではすでに、携帯電話番号で誰にでも送れるSMSが存在したが、当時日本ではPDC・PHS・CDMAと複数の通信規格が使われてSMSの互換性がなかったこと、当時のSMS仕様は日本語を送るのに不向きだったことなどから、国内では使われなかった。

その代わりに広まったのが、「携帯電話事業者が運営するインターネット向けのメールサービスを、携帯電話事業者のサービスを介して使う」という形である。これがいわゆる「キャリアメール」だ。

当初は、携帯電話を契約した個人に紐づいているメールということもあり、ある種「本人確認が終わっていて信頼できるメールアドレス」として捉えられた部分もある。ISPのメールアドレスと同じように、ある価値を持ったアドレスと見られていたのだ。

携帯電話に契約すれば必ずメールアドレスがもらえて、簡単に使えてすぐ読める。インターネットでのやりとりなので、PCや事業者を問わずに読める。当時としては簡便なシステムだったため、コミュニケーション手段として素早く広まった。

一方で、本質はあくまで「携帯電話事業者が提供するメールサービス」であり、アドレスには各携帯電話事業者やサービスの名前が入っている。インターネットによって相互接続性は担保されているが、他の事業者への移行はそもそも考慮されていないのである。

10年かけて減っていったキャリアメール

キャリアメールには弱点もあった。あくまで携帯電話で見るものなので、色々独自仕様も多かったのだ。また、特に当時は、PCを含めた複数のデバイスで使うことを前提としておらず、本当に携帯電話の中に閉じていた。

初期には携帯電話番号でアドレスが作られており、規則性が高かったために類推され、いわゆる「迷惑メール」が激増することともなった。迷惑メールの多くがPCから送信されていたため、「PCからのメールは携帯電話では見ない」というフィルタリングも進んだ。

その後、国際的なSMS規格への対応が広がり、2011年から、日本国内の事業者間でSMSの相互接続が始まった。「誰にでもメッセージを送る」のにキャリアメールを使う必然性は、この頃からなくなっている。

携帯各社、SMSの相互接続サービスをスタート(2011年7月)

そして、この時期にはスマートフォンも登場している。

スマートフォンではPCのメールがそのまま使えた。仕事やプライベートで使っているものを手のひらの中でそのまま読み書きできたため、キャリアメールにこだわる必要は、ここでもなくなる。筆者を含め、PCを仕事やプライベートで広く使っていた人々は、これを本当に福音のように感じたはずだ。

アップルは2007年登場のiPhone向けに、SMSを吹き出し型のインターフェースで見せる仕組みを採用した。これは、当時のMacOS向けチャットサービス「iChat」を模したものだが、今も残る「テキストメッセージング」のインターフェースのベースとなったものの1つだ。

SMSの相互接続が始まった2011年6月には「LINE」も生まれている。これもまた、アップルがiPhoneで作ったメッセージング形態に刺激を受け、スマホ時代のコミュニケーションサービスとして登場したものであり、生活に欠かせないインフラになっている。

2011年にスタートしたLINE

NAVER、全キャリアのスマホ・携帯に対応したグループ会話サービス「LINE」(2011年)

LINEはあまり使わない人でも、Facebookのメッセンジャーは使う、という人はいるし、SMSを多用する人もいる。

現在の大手携帯電話事業者も、メールではなくメッセージングサービスをメインに提供するようになっている。NTTドコモ・au・ソフトバンクの大手3社は「+メッセージ」を提供しており、楽天は「Rakuten Link」を提供している。どちらもベースは、国際規格であるRCSだ。

携帯3社の「+メッセージ」、その使い方は

携帯3社の「+メッセージ」拡張。銀行やカードの住所一括変更など対応へ

キャリアメールからの移管は電話料金とは切り離した施策が必要

LINEとSMSの急速な普及により、キャリアメールでのやり取りは、スマートフォン以降、非常に少なくなった。もちろんゼロではなく、フィーチャーフォン時代からの関係性を保っている人々にとっては未だ重要なものであることに変わりはない。

しかし「携帯電話契約で個人が認証できている」という要素はすでになく、メールもGmailなどの活用が拡大し、ISPのアドレスを使う必然性は薄れている。キャリアメールが生まれた時に必要とされていたものは、もはや別の形で提供されるようになった。

10年前からキャリアメールの利用は減少に向かっており、今残っている人は相応の理由があるか、技術の移り変わりへの意識が薄い人ということになる。

今や過去の遺物であるキャリアメールのマイグレーションは必要だ。使っている人がいる限り捨てられるものでも、捨てるべきものでもない。確かに、メールアドレスが問題で携帯電話事業者を移行できない人はいるだろう。

だが、それは本当に「携帯電話を変えたい人」なのだろうか? また、そうした利用者は多くはなく、それによって「競争が刺激されて料金が安くなる」とは思えない。

現状、移行したらメールを転送するようなサービスが想定されているようだが、それも筋が悪い。運用コストがかかり、転送後のアドレスの扱いがわかりにくくなる。

そんなことをするくらいなら、携帯電話事業者に「キャリアメールのアンバンドル」を義務づければいいのだ。携帯電話事業者を変わっても、キャリアメールだけは適切な価格(例えば月額100円とか200円)で維持できるようにするのはどうか。そちらの方がよほどコストがかからず、設定もシンプルだ。

また、LINEや+メッセージなどの利用を促進する目的で、それらのサービス事業者が「キャリアメールの自動転送による巻き取りサービス」などを提供してもいい。顧客を引き込み、より新しいサービスへの誘導となるので、こちらならサービス提供者側も乗り気になる可能性もある。

どちらにしろ、キャリアメールの移行は必要だが、それが「携帯電話の値下げ」につながるとは思えない。移行の活性化にも、おそらくはならない。キャリアメール移行は「日本のメッセージングのモダン化の最終局面」であり、そういう前提で取り組む必要がある。

携帯電話料金の件とくっつけるのは、いささか筋が悪いのではないか、と思うのだ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『マンデーランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Twitterは@mnishi41