石野純也のモバイル通信SE

第52回

見えてきた“空とスマホの通信”時代 ドコモのHAPS商用化と“非地上”の戦い

ドコモ、Space Compass、AALTO、エアバスの4社は、資本業務提携の合意とHAPSの早期商用化を発表した

NTTとスカパーJSATが合弁で設立したSpace Compassは、2026年にHAPSを活用したサービスを商用化する予定であることを明かした。

実現すれば、成層圏を無人で飛行する機体と地上のスマホが直接通信することが可能になる。このインフラを直接活用するのはドコモで、同社の地上系ネットワークとの統合も行なう。ユーザーは、地上・成層圏のどちらから飛んできた電波かを区別せずに利用できるようになる見込みだ。

HAPSとはなにか? スターリンクとの違い

HAPSとは、High Altitude Platform Station(高高度プラットフォーム)の略で、一般的な航空機より高度の高い上空20kmの成層圏の飛行を想定している。ここに通信のための機器を積み込み、地上に向けて電波を発射することで半径100km程度をエリア化できる。

現在、KDDIがSpaceXと、楽天モバイルがAST SpaceMobileとLEO(低軌道衛星)を使ったスマホの直接通信の提供を目指しているが、HAPSも大きな枠組みで見たときの考え方はこれに近い。

HAPSとは、成層圏を長時間飛行しながら、通信サービスを提供する無人航空機のこと

Space Compassやドコモでも、基地局設置が困難な山間部や海上などのエリアをカバーしたり、災害時に空からエリアを復旧したりといった活用方法を想定している。一方で、低軌道といっても衛星であるLEOと比べると高度が低いため、「遅延が少なく、通信も非常に速い」(NTTドコモ 執行役員 ネットワーク部長 引馬章裕氏)。LEOと比べてカバー範囲は限定されるが、スマホとの通信にはより適していると言える。

衛星と比べると高度が低いため、遅延が少なく通信速度も高めやすい

Starlink(スターリンク)もすでに100Mbpsを超えているのでは……と思われるかもしれないが、「(専用アンテナを用いる)通常のStarlinkと、スマホとの直接通信は分けて考えなければいけない」(Space Compass 代表取締役Co-CEO 堀茂弘氏)。

よりアンテナの性能が限定的で、かつ接続数の多いスマホをつなぐ際には、低高度から範囲を絞った方が有利になる。

「カバーした単位面積あたりのキャパシティにおいて、スマホのダイレクト通信では有利になる」(同)というのがSpace Compassの見立てだ。

Space CompassのCo-CEO、堀氏はスマホとの直接通信で特にそのメリットを発揮しやすいと話す

HAPSの課題解決でエアバスと提携

とは言え、HAPSは無人で成層圏を巡回し続ける必要があり、技術的なハードルが高い。航行のためのエネルギーにはソーラー充電を使うため、緯度が高い日本では必要な電力を維持するのが難しいと言われていた。実際、同じくHAPSの商用化を目指すソフトバンクも、その理由で海外でのサービスインを目指しており、日本での展開は目途が立っていない。

こうした問題を解決するため、Space Compassがタッグを組んだのが旅客機でおなじみのエアバスだ。同社傘下のAALTOが開発、運用を担うソーラー無人機の「Zephyr(ゼファー)S」は、「成層圏にとどまることができ、連続64日の飛行ができているのが他社にはない強み」(AALTO CEO サマー・ハラウィ氏)だ。他社の機体よりも小型で、かつ運行管理の「システムの開発が非常によくできている」(堀氏)という。

機体はエアバス傘下のAALTOが開発、運行システムなども手掛ける
エアバスのA320の長さに近い横幅ながら、重量はAALTOのハラウィCEOより軽いというZephyr(の模型)

実際、Zephyrが64日間飛行したのは、日本と緯度が近いアリゾナとフロリダの間。これは、日本の「南半分に該当する」という。こうした実績や、今後のロードマップも踏まえ、Space CompassとドコモはAALTOに最大1億ドルの出資を決定。その機体や運行管理システムをSpace Compassが活用しつつ、通信サービスはドコモがユーザーに届ける座組を想定している。

各社の役割。機体の開発や運行はAALTOが行ない、Space Compassはそれをプラットフォームとして展開。ドコモは、そのプラットフォームを使ってユーザーにサービスを届ける

冒頭で述べた'26年のサービス開始は、この日本の南半分を想定しているという。北海道を含む北半分はより緯度が高く、日照時間の関係で充電のハードルが上がるが、こちらも'30年を目途にサービスを提供していく予定だ。これは、機体の開発にかかる時間などを加味したロードマップで、現状より大型化することなどを想定しているようだ。

このSpace Compassを活用したドコモは、「まずはB(法人)向けからサービスし、その後、C(コンシューマー)向けもしっかり検討したい」(引馬氏)という。料金体系などの具体的なサービス内容はまだ決まっておらず、今後、どのように提供するかを決定していく。

一般のユーザーが使えるのは、さらに先になりそうだが、災害時などにはその恩恵を受けられる可能性もある。その意味では、今から注目しておきたい技術の1つと言えるだろう。

ドコモの引馬氏は、まず法人向けからサービスを開始していく見通しを明かした

“非地上”というキャリア各社の新たな戦場

キャリア各社とも、こうした非地上系のネットワーク(NTN)を強化しており、競争が激化している。年内にはKDDIがStarlinkとスマホの直接通信を開始する予定で、まずはSMSなどのメッセージの送受信が可能になる見込みだ。衛星側のシステム更新や容量が拡大すれば、音声通話やデータ通信も順次実現する。

これに対し、楽天モバイルはAST SpaceMobileのLEOを活用し、ドコモのHAPSと同じ'26年にサービスを開始する予定を掲げている。Starlinkの直接通信も、このころまでには音声通話やデータ通信に対応している可能性は高い。あと2年もすれば、“空とスマホの通信”が今より身近になっているというわけだ。

KDDIは年内にStarlinkとスマホの直接通信を開始する予定。その後、地球と月の通信にも参入する

ソフトバンクもNTT系のSpace Compassと同様、HAPSに将来性を見出した1社だ。むしろ、その動きはSpace Compassより早く、17年には機体開発の検討を開始し、事業化を目指すHAPSモバイルも設立。'20年には関連する各社が協力するためのHAPSアライアンスという枠組みも作り、実験を続けている。一方で、ソフトバンクは日本での提供予定を明かしておらず、先に挙げた緯度の問題から、まずは海外での提供を目指すことを明かしている。

ソフトバンクもHAPSに早くから取り組んでいたが、日本での商用化の目途は立っていない。写真は同社の開発したSunglider(の模型)

ソフトバンクは、LEOを活用した直接通信の提供も現在予定していない。その意味では、ドコモ、KDDI、楽天モバイルの3社にどう対抗していくのかが見えていないと言えそうだ。

もっとも、Space CompassはHAPSをインフラとして提供する方針で、ドコモはその提供先の1社という位置づけになる。堀氏も「ドコモだけのインフラにするつもりはない。他のMNOとも接続できるようにしたい」と語っており、今後、ドコモに続いてSpace CompassのHAPSを利用するキャリアが登場する可能性もある。その動きにも、注目しておきたい。

石野 純也

慶應義塾大学卒業後、新卒で出版社の宝島社に入社。独立後はケータイジャーナリスト/ライターとして幅広い媒体で執筆、コメントなどを行なう。 ケータイ業界が主な取材テーマ。 Twitter:@june_ya