石野純也のモバイル通信SE

第45回

楽天モバイルが強化する「スマホ直接通信」の意味 スターリンクとの違い

楽天モバイルは、2026年にAST SpaceMobileの衛星を使ったスマホとの直接通信サービスを提供する。写真は楽天グループの三木谷氏(左)と、ASTのアベラン氏(右)

楽天モバイルは、米AST SpaceMobileが展開する低軌道衛星を活用し、2026年にスマホとの直接通信を開始することを表明した。AST創業時には、楽天グループが約300億円を出資しており、戦略的パートナーに名を連ねている。

大手キャリアは、人口カバー率99.9%を実現しているが、これはあくまで、人が住む場所を基準にしたエリア。国土全体で見ると70%程度しかカバーしていない。低軌道衛星を使うことで、残りの30%をエリア化できる見通しだ。

スターリンクとは何が違うのか

楽天グループの代表取締役会長兼社長の三木谷浩史氏によると、'26年に予定しているのは「あくまでブロードバンドサービス」。「音声であろうがSMSであろうが、IoTであろうが、特定のサービスのこだわることなく、すべてが使えるようになる予定」だという。これは、KDDIが'24年に開始する、Starlink(スターリンク)とスマホの直接通信サービスを意識した発言とみられる。

サービスインはKDDIとStarlinkのタッグの方が早くなる見込みだが、Starlinkは当初、SMSなどのメッセージングに限定される。音声通話やデータ通信など、地上局と変わらないフルサービスは準備が整い次第とされており、時期は明言されていない。

これに対し、楽天モバイルとASTは、'26年とサービスインは後れを取る格好だが、スマホに必要な通信はまとめて提供する。

SMSだけでなく、音声通話やデータ通信も提供する予定。災害時などに切り替えて使えるような運用を想定しているようだ

すでにサービスを展開しており、5,000機を超える衛星が周回している点で、Starlinkの方が有利なように思えるが、スマホと直接通信するには、アンテナなどの機材を変更した専用の機器が必要になる。相対的にアンテナのサイズが大きい現在のハードウェアとは異なり、スマホは送信出力が限られる。そのままだと、電波が減衰してしまい、アップリンクが届かず通信ができない。この微弱な電波を衛星側でキャッチできるよう、アンテナの大型化が必要になる。

米SpaceXが打ち上げた「V2 Mini」は、こうしたスマホ対応をした衛星だ。

一方で、三木谷氏よると、ASTの衛星は「StarlinkやOneWebとは概念的にも構造的にも大きく異なる」という。具体的には、衛星のサイズが他社のものよりも「極端に大きい」。そのサイズは約25m四方。1機あたり、半径24kmをカバーできる。そのため、全世界でサービスインするための局数も「約90機」(AST SpaceMobile アーベル・アベラン会長兼CEO)と少ない。Starlinkは衛星の数を増やして容量を上げていく計画だが、仕組みが大きく異なると言えるだろう。

ASTが使用するアンテナは、他社のものと比べて巨大。これによって、地上のスマホとの通信を可能にする。その設計は、当初からスマホやIoT機器との直接通信をターゲットにしていたことがうかがえる

音声通話で先行する楽天モバイル×AST

すでにASTの衛星である「BlueWalker 3」は展開に成功しており、通信実験にも成功している。'23年4月には、市販の「Galaxy S22」を使って音声通話を行なっており、6月には10Mbpsのデータ通信を、9月には5MHz幅あたり14Mbpsの5G通信も実現した。三木谷氏自身も、通信実験の一環としてASTの衛星を介した音声通話を行なっている。

日本では、北海道で通信実験を行なう予定で「こうなると日本でちゃんと動くことが証明される」(三木谷氏)。これに対し、Starlinkの直接通信は実験もこれから。この点では、ASTが一歩リードしている。

米国では、通信実験に成功している
日本では、北海道で実機を使った実験を行なう予定だ

ASTやStarlinkの直接通信は、既存の周波数を使い、スマホ側には特別なカスタマイズを入れないことが想定されている。三木谷氏が「今お持ちのスマホがそのままつながる」と語っているのは、そのためだ。災害時などは、地上局からASTの衛星局に自動でエリアを切り替えるような仕組みを想定しているという。こうした柔軟な運用ができるのは、楽天モバイルが完全仮想化されたネットワークを採用しているからだという。

また、既存の周波数や既存のスマホを直接使った衛星とスマホのダイレクト通信は、各社が独自で拡張した仕組みを採用している。携帯電話の標準仕様を定める3GPPでは、NTN(非地上系ネットワーク)の通信仕様を策定しているが、これに準拠しようとすると、「Release-17」以上に対応したチップを搭載したスマホが必要になり、周波数も限定される。これに対し、ASTやStarlinkは、既存の仕様を拡張したものだ。

高速移動している衛星から地上に電波を飛ばすと、遅延が大きくなるほか、ドップラー効果が発生する。消防車や救急車が通りすぎたあと、サイレンの音色が変わるのがそれだ。衛星との通信では、これを補正する必要がある。3GPPのRelease-17では、これをチップセット側で行なう。これに対し、ASTやStarlinkの場合、端末にはカスタマイズができないため、地上局での補正が必要になる。

楽天モバイルのネットワークは、楽天シンフォニーが運営しており、自前でソフトウェアなどを開発している。ソフトウェアベースのため、専用機器を導入したり、外部ベンダーに委ねている他社より柔軟性が高い。三木谷氏も、「それを自分たちで握っていることで、地上局も合わせた最適化がやりやすい。ほかの技術でも不可能というわけではないが、よりやりやすい」と語る。

3GPPの規格を独自拡張した衛星通信は、地上局での補正が必要になる。楽天シンフォニーを抱える楽天モバイルは、こうした設備も導入しやすい

“衛星”による通信・通話の可能性

楽天モバイルのサービスとは別に、ASTの衛星通信と楽天シンフォニーのネットワークをセットで海外に展開していく構想もあるようだ。三木谷氏は、「アフリカなどの国に行くと、電気もファイバーもないところが多い。そういうところで衛星をやりつつ、地上局は我々のO-RAN(仕様をオープン化した無線機器)で対処するということができる」と話す。ここでも、楽天流の“二毛作”が展開されるというわけだ。

とは言え、サービス開始はまだ2年以上先の話。料金プランも、通常のものに含めるか、別建てにするかは「今考えている」(三木谷氏)ところだという。こうした点は、競合になるKDDIとStarlinkの出方を見ながら決めていくことになるはずだ。衛星の打ち上げが計画通りいかなければ、サービスを延期する可能性もある。その意味で、今後の進捗にも注目しておきたい。

石野 純也

慶應義塾大学卒業後、新卒で出版社の宝島社に入社。独立後はケータイジャーナリスト/ライターとして幅広い媒体で執筆、コメントなどを行なう。 ケータイ業界が主な取材テーマ。 Twitter:@june_ya