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世界初NFT電子書籍セット「ハヤカワ新書」 二次流通でも著者に還元
2023年6月2日 14:58
早川書房とメディアドゥは共同で、世界初という「NFT電子書籍」付きの紙の書籍を発売する。早川書房は新レーベル「ハヤカワ新書」を立ち上げ、6月20日発売の創刊ラインナップ5点ではいずれも、通常版に加えて数量限定の「NFT電子書籍付」版が書店で販売される。早川書房ではSFやミステリーなど既存のレーベルにも同様の仕組みを拡大する意向。出版業界に対してもNFT電子書籍の取り扱いを呼びかけていく。
紙と電子版、2つを「所有」
早川書房が今回発売する「NFT電子書籍付」版は、紙の書籍に同じ内容のNFT電子書籍が付属するというもの。NFT電子書籍が付かない紙の通常版も発売する。NFT電子書籍のみのバージョンは用意されない。
新レーベルとなるハヤカワ新書の価格は、「NFT電子書籍付」版が通常版+400円という価格設定。例えば「名作ミステリで学ぶ英文読解」(著・越前敏弥)は、通常版が1,096円、「NFT電子書籍付」版は1,496円となっている。
NFTは、ブロックチェーン技術を活用して、デジタルデータの唯一性を証明できる技術。メディアドゥではこれまで、紙の書籍にNFTの特典として画像・動画などのデータを付けるといった使い方が中心だったが、紙の書籍と同じ内容の電子書籍をNFTで付けるのは世界初としている。
紙の書籍に封入されているカードのQRコードを読み取ることで、「FanTop」上でNFT電子書籍を読むことができるようになる。電子書籍はEPUB形式で、FanTop上のセルシス製電子書籍ビューワーで閲覧する。
部数については、NFTの発行の仕組みなども関連し、「NFT電子書籍付」版も数量限定で販売される。ハヤカワ新書の創刊ラインナップ5点は初版が11,000~15,000部で、「NFT電子書籍付」版の部数は1,000~1,400部になるという。どちらも書店で販売される。
NFT電子書籍はユーザー間で売買が可能、毎回著者に還元
今回開発されたNFT電子書籍はEPUB形式と組み合わせたもの。使い勝手は従来の電子書籍と変わらない。一方、NFTにより、電子書籍データに与えられた唯一性や来歴が証明・参照でき、「所有する」という考え方が強くなるため、紙の書籍の所有に近い形になるのが特徴。
FanTop上ではNFT電子書籍をユーザー間で譲渡や売買が可能。売買では作品ごとに設定されているスマートコントラクトに従った最低金額以上の値付けで取引する。最低金額部分には著者や出版社などへの分配金が含まれており、最低金額を超えた額が、販売したユーザーの手元に残る。こうした仕組みによりユーザー間の売買、二次流通や三次流通であっても、取引の度に、売上の一部が著者や出版社、プラットフォーム(FanTop、メディアドゥ)に還元・分配される仕組みになっている。
こうした二次流通でも著者や出版社が収益を得られる仕組みはこれまで存在していなかったため、出版業界からの期待も高いものになっている。
2024年の導入を目標に、メディアドゥはNFT電子書籍を販売した書店にも上記のような還元・分配する仕組みも開発中。FanTop側が“書店コード”のような識別番号を発行し、書籍を購入したユーザーがNFT電子書籍を受け取る際に書店コードを入力するような形になる見込みで、書籍を販売した書店への還元・分配を目指す。
NFT電子書籍には、紙の書籍にはできない特典を追加できるのも特徴。作品を補完するようなテキストの特典を付けることも可能で、紙ではページ数がかさみ価格に影響するようなボリュームでもNFT電子書籍の特典なら付けられるという。画像や動画といったデータの提供も可能なほか、NFT電子書籍の所有者を対象にイベントへの招待、リサーチを行なうといった、さまざまな展開が可能になる。出版社にとっても、紙の書籍を購入した読者がどのような属性であるのかといった、これまで入手が難しかった情報も得られるようになる。
メディアドゥでは、世界的に「NFTアート」が投機目的で扱われている現状と比較して、同社のプラットフォームのNFT電子書籍は「所有」や取引毎に著者・出版社への分配を実現するのが特徴で、投機的になりにくい流通プラットフォームを目指すとしている。
新レーベル「ハヤカワ新書」
早川書房の新レーベル「ハヤカワ新書」は、歴史からサイエンス、時事まで幅広い話題を取り扱う新書形式の新レーベル。コンセプトは「未知への扉をひらく」。同社はノンフィクション分野において、海外の動向を伝える翻訳書を多く刊行してきたが、改めて立ち上げる新書レーベルでは、日本の著者の書き下ろしを中心にラインナップしていく。
面白く読み進められるといった、ユニークな視点やエンターテイメント性を重視していくのも特徴になるという。また、これまでの翻訳書の刊行で培った海外とのコネクションを活用し、日本の書籍を海外に輸出する取り組みも強化していくとしている。
6月20日発売の創刊ラインナップは「名作ミステリで学ぶ英⽂読解(越前敏弥)」「古⽣物出現! 空想トラベルガイド(⼟屋 健)」「馴染み知らずの物語(滝沢カレン)」「現実とは?――脳と意識とテクノロジーの未来(藤井直敬)」「教育虐待――⼦供を壊す『教育熱⼼』な親たち(⽯井光太)」の5点。すべて「NFT電子書籍付」版も販売される。
7月刊は「ソース焼きそばの謎(塩崎省吾)」など4点、8月刊は「原爆初動調査 隠された真実(NHKスペシャル取材班)」など3点で、以降は隔月刊を予定している。今後刊行予定のタイトルによっては「NFT電子書籍付」版が用意されないものもある見込み。
ハヤカワが“ファーストペンギン”に
6月1日に開催された発表会では早川書房の担当者によるトークセッションの時間も設けられた。早川書房 事業本部 本部長の山口 晶氏は「後発の新書レーベルなので、何かバリューを出さないといけなかった。NFTの話はこれまでも聞いていたが、新たにEPUBが付けられるようになり、今までの“NFT本”とはまったく違う、(紙と電子で同じ内容の)セット販売ができる。参入コストもそれほどかからなかった」と、NFT電子書籍を導入する背景や感想を語っている。
紙の本における中古市場(新古本を含む)は約800億円にもなるとし、著者や出版社が蚊帳の外という状況は長年課題とされ「指をくわえて見ていた」(山口氏)という。NFT電子書籍はユーザー間で売買する二次流通以降でも、NFTのスマートコントラクトの仕組みにより収益の機会になるため、これまで存在しなかった市場が出現することに期待がかかっている。
山口氏は「この市場が育つかどうかは出版業界次第。我々だけではあまり機能しないかもしれない。競合とかそういうのではなく、乗ってきてもられば」と出版業界に参入を呼びかけた。ハヤカワが“ファーストペンギン”(群れの中から最初に海に飛び込むペンギン)になった? との問いかけには、「業界が目覚めるかは分からないが(笑)、(参入コストが低く)損するような取り組みではない」(山口氏)としている。
なお早川書房 代表取締役副社長の早川淳氏は本誌の取材に対し、SFやミステリーなど既存レーベルにも「NFT電子書籍付」版の販売を拡大していきたいという意向を語っている。