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衛星から地球を観測する意味 能登半島の隆起も観測した「だいち」最新衛星打ち上げへ

だいち4号(ALOS-4)

2024年3月11日、2024年度に打上げを迎えるJAXAの地球観測衛星「だいち4号(ALOS-4)」の機体公開が、開発を担当した三菱電機の鎌倉製作所で行なわれた。ALOS-4は地球観測衛星の中でも「合成開口レーダー(SAR)」という電波で地表の変化を捉え、国土の変化や地震、豪雨などの災害の被害状況を昼夜を問わず観測できる種類の衛星だ。同じ機能を持ち、現在運用中の「だいち2号(ALOS-2)」から強化された機能と、データ利活用の課題を解説する。

レーダーで地表を詳細に観測

先進レーダー衛星「だいち4号(ALOS-4)」は、2006年に打上げられ、運用を終了した陸域観測技術衛星「だいち(ALOS)」、2014年に打上げられ、現在も運用中の陸域観測技術衛星2号「だいち2号(ALOS-2)」の後継機だ。

合成開口レーダー(SAR)とは、衛星からマイクロ波を地上に照射し、反射した電波を衛星で受信し、反射の強弱によって地表の起伏や地表を覆っている物体を識別するセンサーの一種。SARセンサーが搭載された衛星をSAR衛星という。

ALOS-4の軌道上イメージと、実際の機体を比べてみよう。約3トンと大型のALOS-4の機体は、大きく分けて「衛星バス」と呼ばれる電源やコンピュータ、通信アンテナなどの基本機能を収めた箱型の構体と左右に広げた太陽電池パドル、衛星バスから突き出した大きなパネル状のマイクロ波のアンテナ、マスト状に突き出した船舶自動識別装置(AIS)受信装置(衛星の副次的な機能)から構成されている。

写真の機体は軌道上では打上げ後に上下が反対になる。全面に見えている黒い太陽電池パネルは左右に展開され、白いマイクロ波のアンテナは5枚のパネルが折りたたまれた状態になっており、衛星バスの横に吊り下げるように展開される。

先進レーダ衛星「だいち4号」(ALOS-4)の軌道上イメージ(©JAXA)
ALOS-4の最大のミッション機器、合成開口レーダーのアンテナ部分。白いパネルが5枚折りたたまれた状態で、打上げ後に1枚1枚展開していく計画だ

地球観測衛星には観測の方法によっていくつかの種類がある。太陽光の反射で地上の様子を撮影するセンサーを搭載しているのが「光学衛星」だ。光学衛星の画像はデジタルカメラの画像と同じように見え、写っているものを人の目で判別しやすい。しかし観測ができるのは太陽光が差している日中に限定され、夜間や雲に地表がさえぎられる悪天候のときには地上の様子を知ることができない。

一方でSAR衛星は衛星から能動的にマイクロ波を照射するので夜間でも観測できる。マイクロ波は雲を透過するので、悪天候でも観測が可能と、観測タイミングを問わないメリットがある。ただし電波を画像化したデータは、一見しただけでは判読が難しい。

2020年4月16日11時41分に「だいち2号」が観測した関東地方(©JAXA)

2020年4月にALOS-2が観測した関東地方の画像を見ると、電波を反射しやすい人工物の多い都市部は白く明るく、山間部はやや暗く、海や川などの水面はより暗く見えていることがわかる。夜景の画像に似ているようにも見えるが、観測時間は午前11時41分で明るい/暗いは太陽光ではなく電波の強さを反映したものだ。観測モードにもよるが、解像度は最大で3m程度となり、建物を一棟ずつ識別することも可能だ。

SARのセンサーが照射したマイクロ波が衛星方向にはね返ってくる強さを「後方散乱強度」という。金属やコンクリートのように人工的な物体は衛星方向に強く電波を反射する(後方散乱強度が高い)ため、SARのデータを画像化すると白く明るく見える。一方で水面は衛星に戻ってこない方向に電波を反射するため、画像では暗く見える。

こうした明るさの違いを利用して、地上の様子が変わったことや変わり方を把握できる。SARのデータが力を発揮するのは、災害や地殻変動、森林や都市、海上の変化などを調査することだ。また2回分の観測データを使って、電波のわずかなズレから地殻変動を精密に捉える「干渉SAR」という技術もある。

能登半島の隆起も確認

SARで捉えられるのは、地震では建物の倒壊、がけ崩れや海岸の隆起など地上が大きく変化した部分だ。大雨で浸水したエリア(地面が水に覆われると、浸水前のデータと比較して暗く見える)や、船の事故で海上に流出した石油の油膜、森林の減少などにも強い。

災害の多い日本では、昼夜を問わず観測できるSAR衛星は防災目的で利用されてきた。2024年1月1日の能登半島地震では、1月1日の深夜11時すぎにALOS-2が最初の緊急観測を実施している。

観測データを元に国土地理院が干渉SARの解析を行なったところ、変動の大きな場所は海岸沿いの隆起の激しかった場所だったことがわかっている。SAR衛星を常に運用していれば、大きな災害時にも被害状況をいち早く知ることができる。災害の発生時だけでなく、その後も続く地面の沈降や隆起、液状化や斜面崩壊、土砂ダムといった状況も継続的にモニタリングできる。

2024年1月1日に発生した能登半島地震をALOS-2で観測、過去のデータと組み合わせて解析した結果(©JAXA)

能登半島地震の発生当日に観測を行なって活躍しているALOS-2だが、1月1日の観測データを元にした地殻変動図を見ると、能登半島の先端に少しだけ観測できなかった部分が残って背景の地図が見えている。

衛星は南北方向に地球を周回しながら進行方向に沿って帯状に観測していくのだが、観測範囲の東西の幅(観測幅)は50kmとなっている。能登半島の一部がこの観測幅から外れてしまい、「これがALOS-4だったら……」と関係者を悔しがらせた。

観測幅は4倍で通信速度も向上

ALOS-4は基本的にALOS-2と同じ方式で観測を行なう衛星だが、観測幅はALOS-2の4倍の200kmに拡大し、短期間で日本全域を観測できるようになった。衛星は約14日ごとに地表の同じ場所の上空を通過し、2週間毎に日本全域を観測できるようになったのだ。

年間で最大20回は日本全体の観測データを蓄積でき、災害の発生時には蓄積されたデータと発災時の観測データをすぐ比較し、被害状況をタイムリーに知ることができるようになる。

出典:「先進レーダ衛星『だいち4号』(ALOS-4)ミッション概要説明資料」

SAR衛星はマイクロ波の波長によっても特徴がある。欧州や日本の民間SAR衛星が採用しているのは「Xバンド」と呼ばれる波長が短い帯域だ。最高で数十cm単位の高解像度の画像が取得でき、都市など人工物を高精細に把握できる。

ただしXバンドの波長は樹木の葉などで反射してしまい、山間部では地表を観測しにくい。だいちシリーズは波長が約24cmと長い「Lバンド」を採用している。樹木の葉を透かしてその下の地上の様子がわかるため、山間部の変化にも強い。日本の国土に合った衛星だ。

観測幅が大きくなると、データ量も4倍となる。ALOS-4では電波によるデータ伝送の機能をこれまでの0.8Gbpsから1.8Gbpsに増強した。これはデータ伝送に使用する帯域をXバンドからKaバンドに変更したことによるものだが、さらに2周波伝送を利用することで最大3.6Gbpsのデータを伝送できるようになった。

電波での通信は地上局から衛星が見える時間の制約のため1回あたり最大10分程度に限られているが、新たに搭載された光衛星通信機能ならば1.8Gbpsで40分近くの伝送時間を確保できる。

光衛星通信機能は2023年3月にH3ロケット試験機1号機に搭載されていた先進光学衛星「だいち3号(ALOS-3)」も持っていた機能だが、打上げ失敗で衛星を喪失しため、ALOS-4で初の実証となる。

ALOS-4はH3ロケットで2024年度に打上げられる予定となっている。ALOS-2のヘリテージ(資産・遺産)を活かしつつ、より高い能力で災害観測に力を発揮することが期待されている。

データの判読が課題

一方でSAR衛星はデータの判読が難しく、利活用の幅がなかなか広がらないという課題がある。見た目は確かにわかりにくいが、マイクロ波という人間の目では見えない電波で地上の変化が「見えた」ときの驚きは格別だ。

山奥にできた土砂ダムといった、人間ではなかなか近づくことができない災害をいち早くとらえることもできる。2023年2月のトルコの大地震など海外の災害の協力でも力を発揮している。

ALOS-2による能登半島地震の観測画像(2024年1月1日)(©JAXA)
ALOS-2による能登半島地震の観測画像から、輪島市を拡大したもの(©JAXA)

新しい衛星が打上げられてデータが豊富に供給されるようになれば利活用の幅が広がるはずだ。ただしSARのデータは比較的高価でもあり、コストと効果の見極めが難しく手が出しにくい。そのために利用が広がらず、ユースケースの情報が少ないことから効果を見極めにくい……というループに陥りかねない。

なおかつ、世界的にはSAR衛星の競争も激しくなっている。世界初の海洋観測LバンドSAR衛星「SEASAT」を開発した米国NASAと、地球観測衛星に注力しているインドが共同で開発した新たなL・SバンドSAR衛星「NISAR」がこの3月に打上げられる予定だ。

NISARは観測幅が240kmあり、データを無償公開する予定。地球観測衛星のデータ公開で先進的な欧州もLバンドSAR衛星を打上げる計画がある。ALOS-4の性能が高いとはいえ、利用のしやすさで他国が先を越して日本の衛星の存在感が薄れる可能性もある。

能登半島地震の後、JAXAはALOS-2の観測データを研究・教育用に無償公開している。SAR衛星データのユーザーを育てるには、実際のデータを使って実地にトレーニングすることが一番だ。データに加えてユースケースに合わせた教材など教育プログラムを充実させ、解析の利用者を育てる取り組みが必要だろう。

秋山文野