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目指すは「宇宙のJAF」 宇宙ごみを除去する民間企業

持続可能な宇宙環境を目指し、スペースデブリ(宇宙ごみ)除去を含む軌道上サービスに取り組むアストロスケールホールディングスの子会社で、人工衛星の製造・開発を担うアストロスケールは、2023年度中に打ち上げを予定している「ADRAS-J(Active Debris Removal by Astroscale-Japan、アドラスジェイ)」ミッションが担う軌道上サービスの重要性と未来への可能性について紹介するメディアセミナーを開催した。

アストロスケールは、大型デブリ除去等の技術実証を目指す宇宙航空研究開発機構(JAXA)の「商業デブリ除去実証(CRD2)」フェーズⅠの契約相手方として選定、契約を受けて、「ADRAS-J」を開発している。「ADRAS-J」は小型ロケットによる輸送サービスを行なっているRocket Lab社のロケット「Electron(エレクトロン)」による打上げを予定しており、軌道投⼊後、非協力物体(軌道における正確な位置のわからない物体)である日本のロケット(H2A)上段へのランデブ・近傍運用(RPO)を実証し、長期にわたり放置されたデブリの運動や損傷・劣化状況の撮像を行なう予定。

これはデブリ除去を含む軌道上サービスにおいて不可欠な要素であり、このミッションでは捕獲・軌道離脱を除くすべてのRPO過程を実証する。実際の大型デブリへの安全な接近を行ない、状況を明確に調査するのは世界初の試みであり、今後のデブリ除去や観測・点検の基盤となる。

世界で初めてデブリを近距離で調査するミッション

実際の打上げはニュージーランドのマヒア半島から行なわれる。打上げ時期は「11月予定」のはずだったが、9月19日のRocket Lab社の打上げ失敗によって不透明になった。

打ち上げ時期は未定

宇宙デブリに接近し調査する衛星「ADRAS-J」

「ADRAS-J」の模型

「ADRAS-J」は大きさ830×810×1,200mm。太陽光パネル展開時の幅は約3,700mm。重量は約150kg。位置を制御するための斜め向きのスラスタ8本と、効率的に大きな推力を生んで大きく軌道を変更するスラスタ4本を使い分けることで、ダイナミックかつ繊細な動きが可能だという。

ADRAS-Jは「宇宙のロードサービス」の幕開け

アストロスケールホールディングス 創業者兼CEO 岡田光信氏

セミナーではまずアストロスケールホールディングス 創業者兼CEOの岡田光信氏が登壇。「アストロスケールは今年10周年を迎えた。『宇宙デブリ』という言葉の知名度も上がっている。今後5~10年の宇宙市場の伸びは高い成長率が見込まれている」と語った。軌道上サービスは3、4年前は市場自体が存在しなかったが、今では毎年2割くらいの成長率を見せているという。

衛星データ利用は、交通管制、天気予報、放送・通信、災害監視、地球観測、測位・物流、金融・IT、IoTなど幅広い分野で活発化している。AIの登場により、衛星データの分析も深化している。SDGsの実現においても衛星データの利活用は必要だ。その結果、世界各国の官民から軌道上に投入される物体は増加し、比例してデブリの数も増えている。1社が打ち上げる衛星の数も増大している。

衛星データ利用はさらに活発に
軌道上の物体とデブリは増加

衛星とデブリの1km以内のニアミスの数も増大しており、2020年以降、その数は3倍になった。秒速7~8kmで動いている軌道上の物体にとって、1km以内の距離は衝突に近い。その結果、衝突回避マヌーバーの回数も増加している。たとえばスターリンク衛星は1時間に6回マヌーバーを行なっているという。リスクは増え、ROIは減少している。

衛星とデブリのニアミスも急増

2023年に起きた破砕事例はアストロスケールが把握しているだけで5件ある。デブリ同士の衝突も報告されている。岡田氏は「デブリのリスクは増加しており、デブリを放置・増加させてはならない」と述べた。

2023年の破砕事例のなかにはデブリ同士の衝突も

このような状況になったのは宇宙業界のバリューチェーンが短いことが根本原因だという。ほぼ使い捨てで、ミッションが終わったら衛星やロケットはそのまま軌道を回っている。修理や燃料補給、除去、再利用といったことが行なわれていない。これを埋めるのがアストロスケールが狙う「軌道上サービス」だ。

修理や燃料補給、除去、再利用を行なうことで宇宙業界のバリューチェーンを伸ばす

軌道上サービスのコア技術が「非協力物体へのRPO(ランデブ・近傍運用)技術」だ。平たくいえば「近づいて捕まえる」技術である。実現のためには軌道推定・打上げ時刻決定、遠くから近づいていくときの絶対航法、相手を認識して近づく相対航法、回転を合わせる運動推定・回転、捕獲・姿勢安定、軌道遷移といった一連の技術、そして技術の総和を衛星として作り、運用する技術が必要になる。アストロスケールは2年前に技術実証を行なって、これらの技術を確立した。

軌道上サービスのコア技術

いっぽう世界では、悪化する宇宙環境に対して持続利用を可能にするために、衛星の運用ルール作りが進んでいる。日本では宇宙基本計画が改定され、「デブリの提言に資する技術の開発等に取り組み、民間事業者による新たな市場開拓を支援する」と書かれた。岡田氏は「経済的にいうとゴミ問題は外部問題。宇宙デブリ問題は国境がない。一つの領域を各国が共有している」と述べ、国際ルール作りが進んでいる背景を紹介した。

ルール作りの国際動向

そして「軌道上サービスは宇宙経済を牽引する成長セクターだ」と改めて紹介した。アストロスケールはグローバルでこの市場を狙っている。宇宙を持続利用可能にする、そのための技術づくりを行ない、法規制の議論に参加する。そして2030年までに軌道上サービス(OOS)を当たり前にすることを目指している。岡田氏は「宇宙のJAF、宇宙の当たり前を担うインフラになりたい」と語った。

アストロスケールのビジョンとミッション

今後、宇宙環境はさらに悪化すると予想される。そこで複数ミッションを行なって技術を向上させ、法規制などを強化する。それをやっておけば、2026~2027年に軌道上サービスが提供できるようになる。

持続可能な宇宙環境実現を目指す

アストロスケールは、コンステレーションを想定顧客とした衛星運用終了時のデブリ化防止のためのサービス(EOL)、既存デブリの除去サービス(ADR)、衛星の寿命延長サービス(LEX)、故障機や物体の観測・点検サービス(ISSA)などの軌道上サービス確立に取り組んでいる。EOLでは磁石を使って衛星を捕まえるための「ドッキングプレート」を搭載する。

アストロスケールが取り組む軌道上サービス技術
衛星を捕まえやすくするためのドッキングプレート

いまは500人のメンバーが5カ国でビジネスを進めており、生産能力も世界中で拡大している。市場ができるまで待つのではなく先行者となって市場を取り、技術も自社開発し、経済圏構築を行なう。

そして今後、2026~27年までに多くの軌道上サービス実現を目指す。岡田氏は「ADRAS-Jは我々が目指す『宇宙のロードサービス』の幕開け」だと語った。

グローバルに事業展開中
今後のミッション予定

JAXAの「CRD2(商業デブリ除去実証)」とは

宇宙航空研究開発機構(JAXA) 研究開発部門 商業デブリ除去実証チーム長 山元透氏

ADRAS-JはJAXAとアストロスケールのパートナーシップ型契約として実施される。宇宙航空研究開発機構(JAXA) 研究開発部⾨ 商業デブリ除去実証チーム長の山元透氏もゲストとして登壇し、JAXAの「CRD2(Commercial Removal of Debris Demonstration、商業デブリ除去実証)」プログラムについて紹介した。技術の確立と宇宙スタートアップの後押しの二つの側面があるミッションだ。

「CRD2商業デブリ除去実証)」プログラム

宇宙デブリは大きさや推定方法によって数字に幅があるが、大きさ10cm以上で軌道決定されているものは27,000個以上、それができてないものを加えると36,500個、小さいものを加えると50~90万個以上、1mm以上のものだと1億個以上あると考えられている。今後、デブリの観測、モデリング、除去など様々な技術が必要になっている。政策的な言及も国内外で増えている。宇宙基本計画にもデブリ除去は明記されている。

スペースデブリの現状
政策的な背景

特定の軌道高度でのデブリ衝突確率が上がると、大型スペースデブリの大規模な衝突が起こりやすくなる。すると大量の破片が生まれる。このイベントを未然に防ぐことが重要だ。つまり「混雑軌道での大型スペースデブリの除去が有効」と考えられる。

デブリ除去には混雑軌道での大型スペースデブリの除去が有効

技術的には何が難しいのか。軌道が分かっており、ドッキング用センサーやメカなどが相手型に作り込まれている「協力的ターゲット」へのランデブ技術については、JAXAもこれまでに技術実証を積み重ねてきた。いっぽう、スペースデブリは「非協力物体」であり、これらが全てない。状況がわからない物体に安全に近づくための技術開発が必要になる。

協力的ターゲットの特徴
非協力ターゲットであるデブリ除去のための技術

以上を背景として、デブリ除去を目指す民間事業者と提携し、新たな市場の創出を目指すのが「CRD2」だ。確立した技術は広い意味での軌道上活動につながる。JAXAはそのための技術を開発したり、アドバイス、特殊設備の利用でサポートを行なう。

商業デブリ除去実証の意義

プログラムは「フェーズ1」と「フェーズ2」に別れている。「フェーズ1」はランデブ、近傍制御、映像の取得を行なう。「フェーズ2」はそれに加えて実際の除去も試みる。

プログラムは「フェーズ1」と「フェーズ2」に別れている

ターゲットのデブリはH2Aロケットの上段。全長11m、直径4m、重量は約3トン。600kmの高度にある。日本のデブリであることと、何かあっても大丈夫なデブリとして選ばれた。2020年にアストロスケールと契約を締結し、プロジェクトを進めてきた。これから2023年度内の打ち上げを目指す。

ターゲットはH2Aロケット上段

ADRAS-Jは宇宙デブリに数mまで接近予定

アストロスケール ADRAS-J プロジェクトマネージャー 新 栄次朗氏

アストロスケール ADRAS-J プロジェクトマネージャーの新 栄次朗氏は、同プロジェクトは「世界で初めて大型デブリの近距離まで接近するプロジェクトだ」と紹介した。実際のミッションは、JAXAのミッションでは4つ、アストロスケールでは3つのミッションで構成されている。JAXAでは接近計画の実績の確認、対象デブリの定点(数十m)観測、その距離を保った周回観測、安全に対象から離脱するミッション終了処理の4つ。アストロスケール側では、対象デブリの検査および診断(画像の撮像)、対象デブリへの極近傍(数m)接近、そして「エクストラミッション」となっている。エクストラミッションの内容はまだ開示されなかった。

JAXAとアストロスケールのミッション

実際にはJAXAの2、3をこなしたあとに、アストロスケール側の1、2、3のミッションをこなし、JAXAの4番目のミッションを実行して終わりとなっている。

難しい点は非協力物体が対象であること。そしてデブリを発見・追跡し、打上げ、接近、運動推定などを行なうRPO(Rendezvous and Proximity Operations)技術の確立を目指す。

非協力物体への接近は難しい
RPO技術の確立を目指す

なお「ADRAS-J」自体は、対象物体から離脱後、5年以内に大気圏に再突入することで、デブリになることを防ぐ。

デブリに近づく ADRAS-Jのイメージ
近距離でデブリを観察する
関係者一同。左からJAXA 研究開発部⾨ 商業デブリ除去実証チーム長 山元透氏、アストロスケール 副社長 伊藤美樹氏、アストロスケールホールディングス 創業者兼CEO 岡田光信氏、アストロスケール ADRAS-J プロジェクトマネージャー 新 栄次朗氏、アストロスケール ADRAS-J チーフシステムエンジニア 井上寿氏