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ヤフーはなぜプログラミング教育に参入したのか 50代リスキリング挑戦記(3)

世間で話題になっている「リスキリング」。20年近く「プログラミングできたらいいなあ」と思い続けてきた筆者も、50代に入り一念発起、「Yahoo!テックアカデミー」でプログラミング学習に挑戦した。その体験記は2回にわたってまとめているが、第3回・最終回は、Yahoo!テックアカデミーにインタビューし、プログラムの狙いや実際などを聞いた(編集部)。

昨年12月、ヤフーがエンジニア育成事業に参入するというニュースはメディアで大きく取り上げられ、わずか3日で応募者の数は定員100名を上回り、40名の増枠となった。そして第一期が2023年1月から5月までの日程で行なわれた。受講生の中には、早くもプログラマーの卵として内定を獲得している人もいるという。

企業のDX推進により、IT業界だけでなくプログラマーの需要が高まっており、新たなキャリアとしてプログラマーを目指す人も多い。社会人がプログラミングを学べるスクールも数多く誕生しているが、エンジニア採用側でもある事業会社が自らエンジニア育成のためのプログラミングスクール事業に参入するのは非常に珍しいケースだ。

「Yahoo!テックアカデミー」はなぜ誕生したのか、また私自身もその一人だが、第一期に応募しリスキリングに挑戦したのはどういった人達だったのか。事業推進責任者の佐野ひかり氏にお話を伺った。

Yahoo!テックアカデミーの事業推進責任者、佐野ひかり氏

なぜヤフーが社外のエンジニア育成を事業に?

──ヤフーがこうしたeラーニング事業に取り組むのは初でしょうか?

佐野:はい。Yahoo!きっずでお子様向けにプログラミング学習コンテンツを提供したり、外部向けのセミナー開催や講師派遣といったことはこれまでも積極的に行ってきましたが、社内で培ってきたノウハウをこういう形で社外に還元する事業はほぼ初です。

佐野:きっかけとなったのは、社内で、全社員を対象にした「未来妄想会議」という企画です。世の中をよりよいものにするため、ヤフーとして何ができるのかという事業アイディアを募るというものですが、その中で最優秀賞に選ばれた一つがこれでした。

ヤフーという会社は、一貫してインターネットを基盤に事業展開してきており、多くの成功も失敗も経験しています。またエンジニアを中心に人材育成ノウハウも溜まっていると自負しています。IT人材の圧倒的な不足という社会課題に対して、私たちが長年かけて培ってきた技術や人材育成のノウハウを使って、きっと何らかの貢献ができるんじゃないかなと。事業会社として実際にサービスを世の中に届ける側として学んできたリアルな知識や経験は、このプログラミングスクール事業においても大きな優位性になると確信していました。

──「4カ月で即戦力となるエンジニアを育てる」というゴール設定もインパクトがありました。

佐野:はい、おかげさまでテレビやラジオなどでも紹介していただき、募集開始から3日ほどで当初予定していた定員の100名を超える方からのご応募をいただきました

──受講者の目的は「転職」が多いのでしょうか?

佐野:そうでもないんです。講義初日の1月23日にプレスリリースで応募者属性などを発表させてもらいましたが、「就職・転職をするため」という回答は40%でした。

プログラミング学習だけでなく転職支援まで含めたサービスになっているので、おそらく20代で転職も視野に入れた人たちの応募が多くなるだろうという予測していたのですが、蓋を開けてみたら、実は6割の方が転職以外を目的に掲げていました。

そのうち「自身のスキルアップ」と答えた方は30%。この中には今勤務している会社の中で仕事に活かすためという方も結構いるのだと思います。あと今すぐの転職は考えていないけど、今後必要になった時に備えて今のうちに新しいスキルを身に着けておきたいという方もいらっしゃると思います。

──ちなみに私はSNSで見て飛びついたのですが。

佐野:そういう方は多かったみたいです。テレビやラジオで知って応募してくださった方も。なので大都市圏だけでなく、本当に日本全国のいろいろな地域の方にご参加いただいています。

──ITやWebに関わる仕事をしたくても学ぶ方法や相談相手が少ない地方ではオンラインがありがたいですね

佐野:応募時のアンケートでも、リスキリングをする上で「何から始めたら良いのかわからない」「ちゃんと転職までできるかが不安」と答えた方がそれぞれ30%以上います。今回ヤフーがこの事業を始めたことが、プログラミングを勉強して新しいキャリアに挑戦するきっかけになったという方がいたのであれば、本当にうれしいです。

学習カリキュラムの狙いとサポート体制

──カリキュラムはどのように決められたのでしょうか? 体験した感想としては、初心者が勉強するにはJavaは難しく、学習範囲も広すぎるとも感じました。

佐野:多くの選択肢がある中でJavaが採用された理由は、ヤフーの標準言語だからというところが大きいのですが、実際、実務経験のない人が事業会社などでエンジニアとして働こうと思ったら、需要が高いJavaをまず学んでおくのは有利になると思います。

今回のカリキュラムは、私達ヤフーとキラメックスさんが共同で企画して開発したものですが、エンジニアとしてウェブアプリ開発をする上で、まずはベースとしてどこまでのスキルを最低限身に着けておくべきなのか、ということを考えました。実際にエンジニアとして世の中に出た時に、周りの人たちと会話が成り立つレベルまで到達していただきたいですし、別のプログラミング言語だったり他の知識が必要になった時でも、一定の知識が身についていればそれをフックにして自力で学ぶことができます。そういったベースとなるスキルセットを、ぎゅぎゅっと詰め込んだ感じです。

受講生は専用サイトにログインして各自のペースで学習を進めていく

──個人的には難易度が高く、時に答えを求めて必死にネットで検索しまくりました。

佐野:カリキュラムを組む上で、テーマとして意識していたことがあります。それは「自走力」です。スクールは、受講したら終わりというものではありません。むしろそこがスタートラインになります。受講中は理解できたしプログラミング課題にも合格したけど、それが終わってエンジニアになった後に「学習していないからわからない」では目的達成にはならないと思うんです。

課題の中には、受講生が自身で調べながらじゃないとクリアできないものも結構あったと思いますが、まずは自分でやってもらい、わからないところにぶつかったら、それをどう調べたらいいのか考え、メンターにも質問したり調べ方のコツを教えてもらったりしながら自力で答えを見つけて突破していく、そんな「自走」する力を身に着けていただくことを意識しながらカリキュラムやサポート体制を作りました。

──確かに「調べれば必要な答えは見つけられる」という自信が最大の成果だったかも。

佐野:受講生の中にも、ヤフー社員との1on1で、現役エンジニアでもわからないことが結構あって調べながら仕事していると知って安心したという方もいました。

チャットサポートは「Slack」が使われ、質問をすると日替わりで待機しているメンターがすぐに対応してくれる(イメージ画像)

──毎日15時から23時までのチャットサポートや、週2回のメンタリング、月2回のヤフーエンジニアとの1on1などサポートもあります。

佐野:「伴奏支援」というところがキラメックスさんの大きな強みでもあるので、それが大きく活かされています。4カ月と学習期間も長いのですが、週2回のメンタリングごとに次回までの学習計画を入力してもらって達成度を自己判定するなど、短めのサイクルで学習を進められるような工夫も盛り込まれています。先ほどの「自走力を身に着ける」というテーマを踏まえたカリキュラムとサポート体制のセットになっています。

──受講生は皆、4カ月で最後まで受講し終えることができましたか?

佐野:一部、どうしても必要な学習時間が確保できなかったり、消化不良で課題合格ならず、オプションの延長プランを活用して学習期間を伸ばしている方もいらっしゃいます。ただ基本的にはほとんどの方が予定されていた受講期間で最後までやり遂げています。

アンケートを取ったところ、チャットやZoomでのサポート体制を満足した理由としてあげている方が多かったです。和田さんもそうですが、過去に独学でプログラミング学習をしたけどつまづいてしまった経験をお持ちの方が一定数いらっしゃって、そんな方にとっては、他者の支援という要素は学習を進める上で大きく、モチベーション維持にもつながったんだと思います。

最終課題・日報管理システムの開発は、認証機能の実装など初心者には難易度が高かった

転職サポートの内容と気になる第一期の“転職成功実績”

──転職支援の具体的な内容はどのようなものでしょうか?

佐野:転職・就職支援は、受講生全員ではなく、転職を希望される方に対して提供するメニューです。学習期間が終わった後も約6カ月間、専属キャリアカウンセラーが1対でついて、自己分析や面接対策、求人紹介などをサポートします。技術やキャリアといったことだけでなく人物面も含めた自己理解・自己分析のサポートからはじまって、職務経歴書にどう落としていくか、などから面接対策などまで一気通貫でサポートしてゆくような内容です。

──採用する企業側の反応はいかがでしょうか?

佐野:お付き合いのある事業会社さんにヒアリングもしましたが、我々ヤフーが新規採用者の育成に実際に使っている内容も盛り込んだ学習カリキュラムで一定水準まで到達した人材ですので、強く興味を持ってくださっています。ぜひ紹介してほしいというポジティブな声もいただいています。

──ヤフーへの転職を狙って受講した人もいたのでは?

佐野:もちろん卒業生全員ヤフーへようこそみたいな話ではないですが、合致するスキルや適性があり、コンピテンシー含めご一緒できる方がいたら、ぜひ応募していただきたいです。

──第一期受講組で、既に転職に成功した人もいますか?

佐野:学習カリキュラムの中盤からキャリアカウンセリングを受けて転職活動を開始した方もいました。早い方だと、既に内定や内定の承諾をもらっている方なども数名でています。サポート期間は10月末までです。

初めての転職活動なら、自己分析や業界研究などにもそれなりに時間がかかりますし、現職の都合もあってすぐには転職活動を始められない方もいます。タイミングが多少ずれたり二社目、三社目と長引いた場合でも支援できるようにということで、半年の期間を設けさせてもらいました。

──学習も毎日2~3時間で大変だったから、その分転職活動も頑張れそうです。

佐野:Yahoo!テックアカデミーで学んだことをプレゼンして無事に内定につながった方もいたようです。実務としては経験ゼロであっても、どんな風に学習して何を学び獲得したのかは採用する事業者側としても気になるところだと思うんです。このYahoo!テックアカデミーがその担保になっていたらいいなとは思います。

これからプログラミングを学ぶ人たちへ伝えたいこと

──第二期を検討中の人に何かアドバイスはありますか?

佐野:私はもともと人事部の出身なんです。そんなバックグラウンドやこの事業を通じて実感しているのが、目標や動機の大切さです。Yahoo!テックアカデミーでも、最後までちゃんと計画通り順調に学習を進められるかどうかは、目的意識とも密接に紐づいていると思います。カリキュラムやサポート体制が準備されていたとしても、「これを学んで何がしたいんだっけ?」「いつまでに終わりたいんだっけ?」という部分が曖昧なままだと、学習継続は難しくなってしまいます。

我々は、受講生が持っている目標や動機の種火が消えないようにサポートして伴走していくことはできますが、目標は自身で設定していただくしかありません。せっかく受講するのであれば、自分が何を目指そうとしているのかをコアな根幹として持ち続けていただくことが、学習継続には重要だと思っています。

──自分は1on1で具体的なアイディアも生まれてきました。

佐野:ヤフー社員との1on1の時間をどう使うかは受講生によって本当に様々で、学習に関する質問からエンジニアとしての働き方やキャリアプランなど多岐にわたっていました。実際に書いたコードをみせてもらった受講生もいたようです。

──転職目的以外で「本当に学ぶ意味はあるだろうか」と逡巡してしまう人もいるかもしれませんが……。

佐野:IT化の流れは待ったなしで、業界・職種問わずエンジニアの方と話す機会も増えていきます。ご自身が仕事としてプログラミングをするのではなくても、相対する人のバックグラウンドが理解でき、同じ言語で語ることができるというのは本当に強力なスキルになると思います。

実際今回の受講生の中にも、仕事で関わる人にエンジニアが多いので、同じ言語で理解できるようになりたくて参加したという人も結構いらっしゃいました。プログラミング学習は、アンラーニング(学びほぐし/既存の知識や概念などを一度棄却して新しく学び直すこと)にもなります。始めるなら1日でも早いほうがいいと思いますので、興味ある方はぜひ参加してください。

「IT化は待ったなし、プログラミングを学習するメリットは大きい」と語る佐野氏
和田 亜希子