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スターリンクをポータブル電源で運用してみた

通信衛星を使うインターネット接続サービス「STARLINK」(スターリンク)のアンテナ代金やサービス料金が、2023年に入って大きく値下げされました(アンテナ値下げは期間限定)。スターリンクは“もしもの時のバックアップ回線”として使えるのではないかと思っていたので、値下げを期に思い切って購入してみました。果たして本当に想定しているような使い方ができるのでしょうか。

今回は応用編として、災害対策用バックアップ回線としての運用を試してみました。

プランを「ROAM」(旧RV)に変更

まずは前回から変わった利用環境について、軽く紹介してみたいと思います。当初の予定通り、プランは「レジデンシャル」から「RV」に変更しました。そしてこのRVという名前は最近「ROAM」という名前に変更されています。

ROAMはアンテナの設置場所を自由に選べる反面、ネットワーク全体の中では優先度が低く設定され、混雑時には通信速度が遅くなるベストエフォート型のサービスになっています。

またレジデンシャルと大きく違う点は、サービスの利用停止と再開を自由に行なえることで、私の計画のように「非常時に使いたい」という場合は、ROAMを選ぶことになると思います。

ROAM(旧RV)は一時停止できるのも特徴です

レジデンシャルには戻せない、という条件を承諾してプランをROAMに変更し、通信速度を計測してみましたが、レジデンシャルよりも少しだけ通信速度が落ちているようでした。以前は最大で200Mbps前後でしたが、これが150Mbps前後になっていました。気象の影響を受けることもあり、時期により前後するかもしれません。とはいえ、混雑していなければ実用上の大きな問題はなさそうです。

スターリンクが構築する低軌道衛星は約3,000機とされていますが、現在も追加で打ち上げられており、計画全体からするとまだまだ道半ばの段階です。衛星が増えることで通信速度や品質が向上する可能性はありそうです。

あえて遮蔽物がある環境もチェック

また、ROAMはどこでも使えるということで、今後、外に持ち出して視界が悪い場所で使うことがあるかもしれません。そこで、理想的ではない環境のシミュレーションとして、アンテナを屋上のアンテナマストから外し、遮蔽物の多い自宅のバルコニーの床に設置して使ってみました。アプリで半球状に表示されるアンテナの視界は、東側の1/3程度に遮蔽物があるという環境です。

これぐらいの遮蔽物があると、通信の品質はけっこう厳しく、通信ログをみても瞬断が毎分のペースで発生していました。また通信断が1分近くになることもあり、こうなるとWebブラウザなどアプリもパケづまりのように動かなくなったり、タイムアウトしてエラー画面が表示されたりします。YouTubeのライブ配信を再生しても数分に一回は映像・音声が一時停止するという感じでした。日常的な利用はかなり厳しいと言えそうです。

アンテナをバルコニーに設置しての運用。東側が大きく隠れています

しかし逆に言えば、アンテナの視界の1/3が遮蔽物に覆われていても、通信自体は行なえるということです。災害時などの背に腹は代えられない状況であれば、アンテナ付近に遮蔽物が多くてもひとまず設置するという選択は有り得そうです。

「海外からのアクセス」問題、一部を除き解消?

前回、スターリンク経由で一部のサービスにアクセスすると、海外のプロバイダーからアクセスしていると判定されて利用できないケースがある、と報告しました。

それから改善されたのか、あるいは私の検証が失敗していたのか判断しづらいのですが、進展がみられました。結論からいうと、筆者がよく利用しているうち、「dアニメストア」は状況が変わらず、スマートフォンアプリ、ノートPC(Webサイト版)のどちらでも「海外からのアクセスです」と表示され、コンテンツを再生できませんでした。一方、それ以外はおおむね問題なく利用できるようになっていました。

ポータブル電源で運用してみる

私は災害時にスターリンクを設置して運用する、というコンセプトで購入したので、ポータブル電源で運用できるかどうかも試してみました。

用意したポータブル電源はアンカーの「535 Portable Power Station」です。容量は約512Whで、最大約500Wの出力が可能な製品です。

Anker「535 Portable Power Station」

スターリンクはシステム全体で電源ケーブルが1本だけで、Wi-Fiルーターから出ています。私が購入した「標準アンテナ」と呼ばれる長方形アンテナを採用したスターリンクシステムにおける消費電力の公称値は、平均50~75W、アイドル時20W、ピーク時100~240V、2Aという情報が公開されています。

約512Whのポータブル電源がフル充電の状態で、スターリンクだけを接続して連続稼働させてみたところ、9時間弱(8時間50分)でバッテリーが0%になりました。

ポータブル電源の「535 Portable Power Station」には、接続した機器の消費電力を表示する部分があり、その表示でもおおむね公称通りの数字が表示されていました。電源投入直後はいろいろ起動するためか瞬間的に100Wぐらいが表示されることもありましたが、ほとんどの時間は40~50Wで推移していました。なお、アンテナの融雪機能オフに設定しました。

稼働時間はポータブル電源の容量次第ですが、個人で自宅に用意する災害時の非常通信手段としては、512Whクラスのポータブル電源でもひとまず役目を果てしてくれそうです。

都心では不要、でも非常に心強い

今回スターリンクを設置して使ってみましたが、通信環境が充実している日本の、それも東京都心での使用でした。私のように固定の光回線が引いてあり、モバイル回線の電波も不自由なく入る環境では、平時における必要性はほとんどないと思いました。

スターリンクの通信品質はまずユーザーの環境次第であり、視界に遮蔽物があれば通信品質の低下に直結するという点も、既存の通信サービスとは大きく異なる部分です。

平時においてスターリンクの設置に大きな価値を見いだせるのは、離島や山間部の住居、ADSLが廃止されてしまった地域、なんらかの理由で固定回線の設置が難しい環境、ということになると思います。

一方、大規模な災害で通信環境が著しく悪くなり、停電でデスクトップPCが使えないという状況になれば(なってほしくないですが)、自宅に用意してあるスターリンクとポータブル電源のセットは、心強い備えといえそうです。

なお、衛星を使った通信システムは、地上局(地球局)と呼ばれる、衛星が地上とつながるための設備を経由してインターネットに接続されます。日本において、スターリンクの地上局は北海道、秋田県、茨城県、山口県の4カ所に設置されており、KDDIによれば、すべてKDDIの協力により設置されているとのことです。

この地上設備が災害などで被害を受けると、スターリンクの通信に影響がでる可能性があります。通信事業者が使う衛星通信所などに設置されているため、相当に頑丈な設備だと思いますが。宇宙を経由するからといって、「日本が壊滅状態になっても使える通信サービスではない」という点は知っておくべきかもしれません。

【記事修正】
屋外利用についての記述を削除しました(4月10日)

宇宙を感じられる通信サービス

スターリンクは現実的で高速な通信速度を実現する、非静止・低軌道の衛星コンステレーションシステムです。家庭用では非常に珍しいフェーズドアレイアンテナの採用、現在進行系で衛星が打ち上げられ拡張されている最中のシステムへの参加、次世代のインターネットと言われる衛星コンステレーションの仕組みを直接体験できることなどは、宇宙開発を非常に身近に感じられて、ワクワクして面白い部分だと思いました。

太田 亮三