鈴木淳也のPay Attention

第206回

マイナンバーカード、震災で見えた課題とiPhone搭載で変わること

「巨大猫」で有名な新宿駅東口のクロス新宿ビジョンに投影されたマイナンバーカードを宣伝するスポット広告

マイナンバーカード普及が一定のマイルストーンに到達しつつある。デジタル庁の河野太郎大臣のサイトでも触れられているが、マイナンバーカードの保有枚数は今年2024年1月末時点で9,168万枚に達し、実質的に4人に3人が持っている公的身分証となった。

返納なども合わせ、運転免許証を持たない、あるいは持てない年齢層まで幅広く所持が可能な身分証であり、先進国でみればこの種のデジタル対応“ID”の普及が最も進んだ国の1つだといえる。

2024年1月21日時点のマイナンバーカード普及状況。なお、今年4月のリニューアルでカウント方法を「保有数」へと切り替える予定のため、1月22日時点で更新を停止している点に注意(出典:デジタル庁)

一方で小寺信良氏がコラムで寄稿しているように、使い勝手の面ではまだまだという部分もあり、活用範囲も含め現在進行形でインフラを含む整備が行なわれている段階だ。

2月16日からは確定申告がスタートしているが、このタイミングに合わせ、デジタル庁ではマイナンバーカードの活用方法やメリットを紹介する動画を作成し、TVのスポットCMをはじめ、SNSなどでのデジタル広告の拡散などでアピールしている。また3月末までの期間を通じて全国の商業施設や自治体でのマイナンバーカード保険証の体験会や相談ブースの設置を行ない、利用低迷がうたわれる保険証としての活用についても再度プッシュしていく意向だ。

今回はこのマイナンバーカードの最新事情のほか、2024年以降に大きく変化するであろう周辺事情について触れたい。

2月16日に行われたデジタル庁の河野太郎大臣会見で同日時点のマイナンバーカード保有枚数の報告と、同日から始まる確定申告(e-Tax)のアナウンス、そしてマイナンバーカード利用促進のための広報キャンペーンを開始したことが述べられた

確定申告とマイナンバーカード

まずはe-Taxの話だが、住基カードが用いられていた時代と比べてもマイナンバーカードでの確定申告はかなり便利になっている。

NFCの読み取りが可能なスマートフォンさえあれば、マイナンバーカードを組み合わせて専用の機器(カードリーダー)なしでも提出作業が完了する。以前であれば“JPKI”を利用するためにWindowsにJavaのモジュールを導入したり(加えてInternet Explorerの利用を強制されたり)、カード情報を読み込むためのカードリーダーが必須だった。現在ではこうした縛りもなく、年1回しか使わないカードリーダーを物置で探すのを諦めて家電量販店に駆け込むようなこともなく、基本的には24時間いつでも提出が可能で、税務署や自治体の確定申告コーナーに長い行列を作って待つ必要もない。

加えて、現在では確定申告における控除や還付に必要な各種データを、マイナンバーカードを利用することでアクセスできるマイナポータル経由でデジタル的に入手し、自動計算で必要項目を入力することも可能だ。まだすべての組織から該当データが取得できるわけではないものの、国民年金の掛け金や源泉徴収票などがその対象となっている。確定申告のみならず、マイナポータルでは「お薬手帳」に記録される医療機関での投薬情報の取得のほか、各種オンライン申請の窓口にもなっており、ここを経由してさらに多くのサービスがオンライン利用可能になるよう整備が進められている。

マイナポータルを通して利用可能なサービス
確定申告ではマイナポータルを通じて申告に必要な各種デジタルデータをオンラインで取得して自動計算することも可能。すべての組織が対応しているわけではないものの、今後も拡充していくものと考えられる
源泉徴収票のデータも自動入力の対象に。ただし、現在はデジタル庁を含む官公庁でもすべて対応というわけではないようだ。今後に期待

確定申告だけでなく、マイナンバーカードの利用場面は少しずつ広がっている。1月22日からは全国のファミリーマートとローソンでマルチコピー機を利用した住民票の取得が可能となった。マイナンバーカードまたは同機能を搭載したスマートフォンでの取得が行なえるが、住民票の取得は移動が多い春シーズンには需要が急増するため、自治体の窓口負担や待ち時間でのストレスを軽減しつつ、仕事などで日中に役所に出向くことができない層を対象に、このシーズンに向けた施策となっている。

住民票の取得のみならず、今後は各種本人確認手続きを全国のコンビニエンスストアで行なうケースが増えてくるだろう。

銀行口座の開設でセブン銀行のATMを活用するサービスが始まっているが、前段での説明にあるように、本来窓口が開いている時間でなくても申請が可能になる点が大きい。ローソン銀行でも、新型ATMではマイナンバーカードを含む公的身分証の読み取りが可能な機能が搭載されており、同カードの利用場面は以前に比べても増えるはずだ。

ローソン銀行の新型ATM

能登半島地震におけるマイナンバーカードとSuicaの実際

マイナンバーカードが役立つ場面として、政府では以前より「地震や津波などで被害に遭った人の本人確認や各種サービスの提供」という案を何度も紹介していた。

ただし、2024年1月1日に発生した能登半島地震においては1月26日にも発表されたように、JR東日本の協力で避難所に1.8万枚のSuicaカードと3,000台のカードリーダーの提供が行なわれ、現地で活用された。本来であればマイナンバーカードが役立つ場面のはずであり、それにもかかわらずSuicaが実際には現地での本人確認手段として活用され、その理由として河野大臣は「必要なリーダーが用意できなかった」ことを挙げている。災害時にマイナンバーカードをアピールする姿勢を批判するメディアも存在するが、この実際について少し触れておきたい。

批判の中では「緊急時に身分証がなくてもいいじゃないか」という指摘があるが、事態が刻一刻と変化するなか、「被災者と避難所の状況を一元的に把握できるIDの存在」が必要に迫られたからこそ、今回のSuicaの話が出てきた。

地震では道路寸断などインフラ回復に致命的な問題が発生し、能登半島はその地理的特性から孤立する集落が多数出現することになった。正規の避難所は災害発生初期時点で300-400程度存在し、それ以外にも各集落の住人が個別に集まった“実質的な避難所”はさらにその倍以上存在しており、それぞれの情報は自治体や自衛隊など、複数の収集ソースによる情報がばらばらに存在する状態になっていたという。

まずは情報統合が必要ということで「Kintone」(サイボウズのクラウドサービス)を使った中間DBを作成し、これを“クレンジング”して物資支援などに必要な情報をまとめている。

能登半島地震における情報統合による被災者ならびに避難所情報の把握

被災者情報のデータを把握するのは、物資を必要なタイミングで必要な数だけ届けるためだ。多過ぎれば保管できないケースもあり、不足すれば被災者間での不満につながる。ただ、避難状況はリアルタイムで変化しており、被災から数週間が経過すると一時的に自宅に帰宅して、昼にまた避難所に戻ってくるなど、人が流動的に移動するケースが出てくる。

そのため、集計を取るタイミングによって避難所の人数が大きく変化することから、物資支援において障害となり得る。こうした“居場所”の把握を行なうためには「誰がどこにいるか」というデータを正確に知るための“一元的なID”が必要であり、この手段として登場したのが今回のSuicaとなる。

なぜSuicaになったのかという点だが、前項でも触れた確定申告などで使う「(Type-Bの)マイナンバーカードを読める“カードリーダー”」がマイナンバーカードの活用では必要であり、避難所に配布できるだけの充分な台数がすぐに用意できなかったことにある。

デジタル庁によれば、今回の能登半島地震では避難を行なった人の4割がマイナンバーカードを持参しており、さらに高齢者に限れば5割の人が所持していたという。後者の比率が高かった理由としては、「免許証をすでに返納していたりと、代わりになる身分証明書がない」という点で、少なくとも「身分証として持ち歩く習慣」がある程度浸透していたことが分かる。Type-Bのカードリーダーについては、必要になった時点で予算化して購入しても間に合わないため(デジタル庁など政府や自治体で充分な台数を持っていなかった)、JR東日本に相談したところ「人道支援」として残高のないSuicaカード1.8万枚と3,000台のカードリーダーの無償提供を行なう打診があったため、今回はこれに頼ることにしたという。

対象となる避難所ではSuicaの配布にあたって本人情報との紐付けを行ない、Suicaをカードリーダーにさえかざせば、すぐに本人確認が行なえる体制ができた。カードリーダーを避難所の出入り口や物資の配布窓口、共同風呂の場所に設置することで、それまで困難だった素早い本人確認が可能になり、行動状況の把握も可能となった。

「場所が把握できない」という能登半島地震での反省もあり、28日に横浜市で実施した実証実験では、スマートフォンの“アプリ”を使ったGPSによる位置情報取得も検証。どのような形で被災時のシミュレーションを行なうかの検討を進めている。

Suicaで被災者の居場所を把握する

備えあれば憂いなしとはいうが、少なくとも事前準備不足だったのが今回は課題となった。デジタル庁によれば、ここ最近、大きな自然災害(特に地震)が相次いだことで、政府側でもいろいろと知見が貯まっており、災害時にどのようなことが必要になり、どう対応すれば効率がいいのかが分かりつつある。今回のケースでマイナンバーカードが活用できなかった問題の解決策の1つとしては、例えばType-Bのカードリーダーをあらかじめ予算を立てて省庁で大量調達しておき、必要時に被災時に配布するといった使い方も考えられる。一方で、避難者のマイナンバーカード保持率が4-5割だったという点が課題であり、冒頭で触れた「保有枚数は4人に3人」という水準に届くまでにはまだハードルがある。

関係者が悔しがるのは、「マイナンバーカードのスマホ搭載が進んでいれば状況は変わっていた」という部分だ。現状はまだAndroidのおサイフケータイ対応機種のみに限られるが、もし搭載機種がiPhoneまで広がれば、日本のiPhoneの端末シェアを考えれば一気にマイナンバーカード機能の利用可能台数が増加する。全人口をカバーするのは難しいとしても、「マイナンバーカードがなくても(機能を搭載した)スマホさえあればなんとかなる」といえる。おそらく、普段マイナンバーカードを持ち歩かない人でも、何かあったときのためにスマホを避難先まで持ち歩こうという人は圧倒的に多いはずだ。

災害時にマイナンバーカードでできることの例

マイナンバーカード機能のiPhone搭載で変わる世界

おそらくマイナンバーカードを取り巻く情勢が大きく変化するのは、現時点でiPhoneの存在にかかっている。複数の情報源によれば、AppleとJ-LISを含む日本の関係者がiPhoneへの同機能搭載に向けて本格的に動いており、周辺情報から判断する限り、その正式発表も間近とみられる。早ければ春または6月くらいのタイミングで何らかのアナウンスが行なわれる可能性がある。

Appleは米国において運転免許証やID(State ID)のWalletへの搭載を始めているが、米国では州単位でIDが発行される体制となっており、現時点で対応しているのはアリゾナ、コロラド、ジョージア、メリーランドの4州のみ。デジタル運転免許証は州を越えて有効ではないため、使える場面は空港でのTSAによる本人確認時など、非常に限られている。その点、4人に3人がデジタルIDを保有する「マイナンバーカード」はAppleにとって格好の宣伝材料だ。世界的にも先行事例となるため、大々的にアピールしてくることになるだろう。

「iPhoneへの搭載で何が変わるのか?」という疑問を抱く方がいるかもしれないが、少なくとも、マイナンバーカードをiPhoneに入れる層は一定数出てくる。ただし、注目はその先で、iPhoneに公的デジタルIDが搭載されることで、モバイルアプリ上で各種申請作業を済ませてしまおうという試みが広がるはずだ。

現在はeKYCで運転免許証を撮影して送ったり、手持ちのマイナンバーカードを読み取らせて本人確認を行なうケースが多いが、これが一般化すると物理的なマイナンバーカードなしでもスマートフォンさえあればすべての作業が完結する。これにより、スマートフォンを持つユーザーを中心に物理カード利用からのシフトが一気に進み、サービス事業者側もその対応を迫られることになるだろう。これが2024年以降に起きる周辺の大きな変化だ。

現在はAndroid端末向けのマイナンバーカード機能も電子証明書(「署名用電子証明書」と「利用者証明用電子証明書」)の搭載のみに限定されているが、今後はオンライン申請などでの個人情報の入力補完に必要な券面APの搭載も予定されているなど、物理的なマイナンバーカードとほぼ同等の機能を備えるようになる。

照合番号BのようなOCRと顔認証を組み合わせた仕組みは利用できないが、スマートフォンではそれ単体でロック解除に本人確認が行なわれているため、わざわざ照合番号B+顔認証のような仕組みを使う必要がない。セキュリティ的にも、紛失時や盗難時にはスマートフォン自体をリモートワイプで消去するか、あるいは新しい端末で新たにマイナンバーカード機能の登録を行なえば、以前の端末内の電子証明書は自動的に無効化されるため(物理のマイナンバーカード1枚に対して1つのスマホ向け電子証明書しか発行できない)、物理的なマイナンバーカードで指摘された「紛失時の悪用」は非常に難しい。

他方で問題となるのが「スマホでは医療機関に設置されたオンライン資格確認装置が利用できない」という課題だ。これは先の用途を想定せずに端末仕様を規定した厚生労働省の責任だが、デジタル庁によれば「すでに広く普及した資産を無駄にすることは考えられない」とのことで、現状の装置に対する何らかのアップデートでスマホ搭載のマイナンバーカード機能でも保険証利用を可能にする方向性にあるという。iPhoneへの機能搭載と合わせ、さらなる利用促進のためにも早急に対策を進めてほしいところだ。

5種類ある医療機関向けのオンライン資格確認装置のうちの一部

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)