鈴木淳也のPay Attention

第175回

日本はそれほど低くない? 「世界のキャッシュレス決済比率」の実際

世界でも完全キャッシュレスに近い国の1つといわれるデンマークでも、街では現金やり取り姿をよく見かけた(2018年9月撮影)

既報の通り、経済産業省は3月20日、「『キャッシュレスの将来像に関する検討会』のとりまとめ」と題した最新資料を公開した。日本での政府主導でのキャッシュレス推進に関する取り組みは2018年4月の「キャッシュレス・ビジョン」に基づくものだが、ここでは「キャッシュレス決済比率を2025年までに4割程度」にするという目標が掲げられている。

ここで問題となるのが「キャッシュレス決済比率」というキーワードで、そもそも数字がなければ明確な目標は設定しにくい。そこで参考値としての「キャッシュレス決済比率」が登場したわけだが、この数字に関して、ある意味で実態を反映しており、ある意味で実態とはかけ離れているというさまざまな意見が毎回寄せられている。

下図にもあるように、経済産業省が現在示している2021年時点での「キャッシュレス決済比率」は「32.5%」となるが、この数字はどこからやってきたのか。

日本のキャッシュレス決済比率の推移と現状(出典:経済産業省)

今回、「『キャッシュレスの将来像に関する検討会』のとりまとめ」においてはこの部分が主なポイントとなっており、より実態に沿った数字にするべきではないかという議論が進んでいる。

具体的には、従来の集計で入っていない支払い手段を加味しつつ、実態として重複カウントされていた部分の排除など(例えばスマホ決済にクレジットカードを登録してチャージを行なった残高で支払う場合)、より実際の数値に近い内容に“寄せよう”としている。

そして、「キャッシュレス・ビジョン」でも題目として語られていた「他国に比べて日本のキャッシュレス決済比率は低い」という部分について、その根拠となる「他国のキャッシュレス決済比率」を示しての比較の不正確さについても改めて言及されており、資料としてはPDFファイルにして111ページとかなり長いが、興味ある方はぜひ概要だけでもご覧いただきたい。本稿ではポイントとなる部分を紹介したい。

キャッシュレスの将来像に関する検討会 とりまとめ

キャッシュレスの将来像に関する検討会 とりまとめ(概要)

2021年のキャッシュレス決済比率は32.5%→54.0%になる?

本誌記事でも触れられているが、経済産業省のまとめレポートの最大のポイントは「キャッシュレス決済比率」の算定方法の見直しで、この新基準に2021年の「キャッシュレス決済比率」を当てはめると、従来まで32.5%だったものが(先ほどの数字と異なる)、いきなり54.0%まで急上昇する。

新指標における2021年の「キャッシュレス決済比率」の変化(出典:経済産業省)

ポイントとしては、以前の基準では含まれていなかった「前払い式(つまりプリペイドカード等)」「資金移動業の残高」「交通サービス利用での運賃支払い」といった電子マネー関連の数字に加え、「銀行口座振替」が加わったことによる。代わりに「持ち家帰属家賃」がカウントの対象外として母数から減額されるが、金額的に2割弱を占める「銀行口座振替」が加わった効果は大きく、これが数字を大きく躍進させる形となった。

もともとの基準では「クレジットカードとデビットカードの支払額」「電子マネーの支払額」「コード決済の支払額」の3つを足して、それを「民間最終消費支出」(年によって変動があるが、日本ではおおよそ300兆円前後)で割った数字が「キャッシュレス決済比率」だった。

ただ、前述のようにこの基準では含まれていない実際の支払い手段が多数あるほか、日本では家賃や税金などの高額支払いで「銀行口座振替」の比率が高く、金額的にみても実態を反映していないという批判は「キャッシュレス・ビジョン」策定時から存在していた。

一方で、今回の検討会が2021年9月にスタートした時点で「銀行口座振替」を含める話は出ていたようで、ある情報源から半年ほど前にこの意向を聞いている。つまり、検討会の存在自体が見直しに向けたものであった可能性が高いと考えている。

新指標での「キャッシュレス決済比率」の算定方法(出典:経済産業省)

なお経済産業省に確認したところ、「キャッシュレス決済比率」の見直しは行なうものの、「キャッシュレス・ビジョン」で示された「4割目標」は変わらず追いかけていくという。

つまり、従来基準で算定された「キャッシュレス決済比率」と新基準で算定された「キャッシュレス決済比率」の2つが併存していく形になり、問題となるのはむしろ「見せ方」と、どのようにして世間一般に「周知していくのか」という部分になる。

間もなく2022年の数字が出るはずだが、現在はこの告知方法を検討している段階なのだろう。資料にもあるように、全体的にみてキャッシュレス利用の比率は急速に高くなっており、「月間支出金額」という新しい母数になるが、これを基準に従来の支払い手段だけ見た場合でも「キャッシュレス決済比率」は47%、これに口座振込や口座振替を含めた数字は67%となる。

「口座振込は“送金”」ということで新基準では除外されるようだが、支出の2割を銀行関連の処理が占めている点を見ても、より実態を反映させるには新基準の適用が望ましいとの最終判断に至ったと思われる。

「月間支出金額」に占める各決済手段の割合(出典:経済産業省)

「各国の『キャッシュレス決済比率』」における矛盾

口座振替はともかく、筆者が毎回「キャッシュレス決済比率」で批判しているのは「各国の『キャッシュレス決済比率』」だ。算定基準が一定でないにも関わらず、一律で数字を並べて「だから日本は低い」という言説に利用されている点だ。取り組みで周囲を鼓舞したいという意図は感じるが、不正確な数字の一律比較は調査自体の信憑性を失わせる。

そもそも各国の「キャッシュレス決済比率」はどこから出てきたのだろうか?

経済産業省の資料では「キャッシュレス・ロードマップ2022」を参考にしたとある。この資料は経済産業省の「キャッシュレスに関する説明資料等」のページにあるが、キャッシュレス推進協議会が作成したものだ。当該のPDF資料を確認すると算定方法が記述されているが、BIS(国際決済銀行)の「Redbook」の数字を世界銀行の「Household final consumption expenditure」の数字で割ったものとなっている。世界銀行の数字は先ほども登場した各国ごとの「最終消費支出(Final Consumption Expenditure)」であり、対するBISのRedbookには「Total volume of cashless payments」という項目がある。調整が入っている可能性があるが、大枠ではこの2つの数字が算出根拠になっていると考えられる。

「キャッシュレス・ロードマップ2022」で示される各国のキャッシュレス決済比率とその算定方法(出典:経済産業省)

なお、このRedbookの数字を基準にした場合、いくつかの不都合が存在する。資料でも注釈で示されているが、例えば韓国と中国のデータをそのまま計算式に当てはめた場合、特に韓国について「『キャッシュレス決済比率』が100%を突破する」という異常事態が発生する。

これは前述の「Total volume of cashless payments」のトランザクションに企業間のB2B取引の数字などが含まれるためで、つまりRedbookは純粋な「個人消費での支出」とはなっていない。そのため、算出根拠に民間調査会社のEuromonitor Internationalを用いていると注釈が入っているわけだが、それでも2020年の韓国のキャッシュレス決済比率は93.6%で、いくら「クレジットカードで取引すると減税がある」という話があるとはいえ(もともとは脱税対策だったといわれる)、明らかに数字が飛び抜けていておかしい。

筆者がこの分野での取材を始めて各国での「キャッシュレス決済比率」に関する数字を最初に見たのは日本クレジットカード協会での統計資料だが、割と新しい2020年版の統計でもこの矛盾は残っている。BISのRedbookを基準にしているという点以外で、キャッシュレス推進協議会とは若干算定方法は異なるものの、「キャッシュレス・ビジョン」の話で最初に各国の「キャッシュレス決済比率」の数字が比較対象で出されたときに引用されるケースが多かったと記憶しており、矛盾を抱えたままメディア等で引用に引用を重ねたままここまできてしまったというのが筆者の感想だ。

日本クレジットカード協会での統計資料における「日本クレジットカード協会での統計資料」(出典:日本クレジットカード協会)

数字自体がいろいろ矛盾をはらんでいることは「キャッシュレス・ロードマップ2022」の中でキャッシュレス推進協議会が触れており、例えばスウェーデンの「Swish」を例に挙げて数字と実態との“ズレ”を指摘している。

Swishはスウェーデン国内の銀行が発行する「Bank ID」を登録すれば誰でも利用できるスマートフォンアプリで、相手先の携帯電話番号などを入力することで送金や支払いが行なえる。

ただし、仕組みとしては銀行口座間での資金移動を行なう直送金であり、日本でいえば口座振込に近い。

Swishの利用が進むとクレジットカードやデビットカードの決済金額が減る一方で銀行間送金額が増えるため、前述のようなRedbookを基準とした「キャッシュレス決済比率」では数字が逆に下がってしまう。スウェーデン自身は世界で最も完全キャッシュレスに近い国の1つと知られている一方で、「キャッシュレス・ロードマップ2022」に出てくる「キャッシュレス決済比率」は5割を切ってしまう。Swishの利用でさらにキャッシュレス化が進んでいるにもかかわらずだ。

参考値ではあるが、各国の「キャッシュレス決済比率」の数字に関しては、まったく当てにならないということを知っておくべきだろう。

「キャッシュレス・ロードマップ2022」からの引用。スウェーデンのSwishにおける「キャッシュレス決済比率」の数字の矛盾について触れられている(出典:経済産業省)
スウェーデンのストックホルム市内にある、ある本屋では完全キャッシュレスとして現金を受け付けていない。なおSwishの支払いには対応しており、別のレジに支払い用の電話番号が書かれている

キャッシュレス決済を導入するうえでの留意点

最後に、「『キャッシュレスの将来像に関する検討会』のとりまとめ」で触れられているそのほかの重要なポイントをまとめて締めたい。

具体的に「キャッシュレス決済比率」の算定の新基準がどこにあり、今後の方向性について触れた部分を紹介する。決済の場面において重要になる「決済回数」や「アクセプタンス」の話題に触れられている点が評価ポイントだが、一方で取得可能なデータの限界で指標に組み込むのは難しいとの判断が行なわれている。

その意味では数字として集計を行ないやすい「金額」に注目しつつ、諸処の調整をかけて基準にするのが望ましいということで、今回の新基準が生まれたと考えられる。それだけ、既存の「キャッシュレス決済比率」が実態から外れたものであることを意味しているのだといえる。

新基準の算定に向けた方向性(出典:経済産業省)

また個人的に興味深いと思ったのが決済回数の資料だ。2021年の「キャッシュレス決済比率」では、電子マネーが2.0%で、コード決済が1.8%だった。これは金額ベースの比較なので、決済回数での比較は下図のようになる。約252億の決済回数のうち、電子マネーは約57億回(22.6%)、コード決済は約49億回(19.4%)と、金額と比較して両者に開きがあることが分かる。

決済回数で見た「キャッシュレス決済比率」(出典:経済産業省)

資料の中では「コード決済は1,000円以下の小額決済で多用される」との指摘があり、同じく小額決済で利用される電子マネーと比較して、金額以上に決済回数の開きがある。これは「コード決済の方が決済単価が大きい」ことを意味する。

推察だが、同じ小額決済でも電子マネーとコード決済をさらに場面で使い分けている可能性が高く、それが金額に“閾値”があるのか、あるいは対象となる店舗によって変更しているのかは分からないが、ユーザー内で“区別”ができているようだ。このあたりをもう少し掘り下げてみると見えてくるものがあるかもしれない。

そして資料の中で一番気になったのが「店舗がキャッシュレス決済を導入した効果」でアンケートに答えた回答だ。

決済時間の短縮など一定の効果があることを認める一方で、回答で一番多かったのがどの業態でも「特にメリットや効果なし」だという点だ。本来であれば「決済時間の短縮」「単価の上昇」「集計の簡素化などによるバックオフィスの効率化」といったメリットが前面に出てくるはずなのだが、こうした回答結果になるということは、キャッシュレス決済を導入しても「レジまわりのオペレーションが変更されていない」「バックオフィスのシステム化が進んでいない」といった別の課題があるのではないかと考えている。おそらく、次の小売や飲食におけるキャッシュレス導入の課題は「いかにDXなどの効率化に結びつけるか」という部分にあり、決済事業者が今後目指すべき方向の1つを示しているのではないかと思う。

キャッシュレス決済の導入効果についての店舗へのアンケート調査結果(出典:経済産業省)

最後に、参考資料として「現金決済インフラを維持するためのコスト」の図表を紹介して終わりにする。毎回言われてはいるものの、まとまった形で示される機会は意外と少ないため、心の中で留意しておいてほしい。年間2.8兆円というコストは最終的に誰が負担しているのかといえば「国民」であり、無駄な部分の間接コストを削っていくことで負担が軽減されることを理解しておいていいかと思う。

現金決済インフラを維持するためのコスト(出典:経済産業省)

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)