鈴木淳也のPay Attention

第128回

あのオフィスグリコが最新技術で進化。日立「CO-URIBA」に注目

日立製作所が実証実験を行なう無人店舗システム「CO-URIBA(コウリバ)」

いわゆるAmazon Goに端を発する「自動決済型店舗」の技術は、同店舗が2018年1月に一般公開されて以降急速に広まり、この技術を採用した“実用的”な店舗が次々と登場するに至った。本連載でもここ最近のトレンドを紹介しているが、興味深いのは、根本的には同じ技術でありながら、その目指す方向性やビジネスモデルが大きく異なっている点にある。

例えばAmazon Goをはじめとする米国由来のサービス技術そのものの可能性をさまざまな形で探る一方で、日本ではこれまで採算性の面から展開が難しかったマイクロマーケットを視野に入れた動きが加速するなど、ビジネスモデルを重視した試みが続いている。日本がこうした動きを強化する背景に、かなり近い将来に深刻な人手不足問題が現出することが予想されるからだ。

最新のアマゾン無人決済スーパー「Amazon Fresh」を歩く

Amazon Go型無人決済店舗は日米で真逆の商圏を開拓する

そんなビジネスモデルの比重が高い感のある日本の「自動決済型店舗」あるいは「無人店舗」システムだが、今回、日立製作所が発表した「CO-URIBA(コウリバ)」は「空間の有効活用」を軸に、「もう少し何かできないか」という部分を追求した仕組みだ。

2月以降に日立製作所の事業所内で実証実験が開始され、最初のコラボレーション相手としてグリコチャネルクリエウトの「オフィスグリコ」と共同で、この仕組みを利用したスナック等の販売が行なわれる。3月1日から4日に東京ビッグサイトで開催される「リテールテック」にも出展予定だが、この仕組みにいち早く触れることができたので、技術的な部分も含めチェックしていきたい。

「CO-URIBA」とはどんな仕組みか

「CO-URIBA」はシンプルにいえば、Amazon Goライクな仕組みを備えた「棚」だ。重量センサーを備えた“棚”に、棚で商品を取ろうとする人の手の動きを把握するLiDARカメラと、その横に斜め方向にセンサーを向けた“人の動き”を把握するための第2のLiDARカメラの組み合わせで自動決済を実現する。またCO-URIBAの特徴の1つとして、決済情報を紐付けるための「顔認証」を導入している点が挙げられる。

最初に顔認証で本人確認した後、棚の商品を取っていくとその情報が記録され、あらかじめ登録してある決済情報で会計が自動的に行なわれる。

「Amazon One」という“手のひら”認証で決済を行なう仕組みがあるが、これの顔認証版だと考えればいいだろう。共通するのはQRコードを表示させるためのスマートフォンや、手元にクレジットカードなどの物理媒体は必要なく、生体情報のみで“手ぶら”会計が可能な点だ。

まず顔認証で本人確認を行なう
あとはAmazon GoやTouch To Go(TTG)などと同様に商品を棚から取るだけ

今回のデモは棚1つのみのサイズだが、棚を複数並べればそれだけ多くの商品を置くことができる。複数人の同時追跡が可能で、それぞれのバーチャルカートの内容に合わせて支払いが行なわれる。Amazon Goなどとは違い、顔認証を行なうデバイスの前に立つことで現在選択されている手持ちの商品がリアルタイムで確認できるが、これで個々人の動きをきちんと追跡できていることが分かるようになっている。

手にした商品は自動的に記録され、課金が行なわれる
複数人が同時に買い物を開始しても追跡が可能

ユーザー視点から分かるのはここまでだが、“棚”を運用する側ではより詳細な情報が用意されている。棚付近の人の動きや単位時間ごとの利用状況、それらを可視化したヒートマップ、商品の売れ行きや現在の在庫状況が確認できるリストなど、以後の商品陳列やマーケティングに活用可能な情報群だ。

例えば今回の実証実験で協力関係にあるオフィスグリコの場合、従来の商品補充方式ではリアルタイムでのマーケティング分析は行なえなかった。

アナログ的に“棚”やケースを設置し、週に何回か決められた間隔でスタッフが売れた商品を補充しにくる。そのため、どの商品が真っ先に売れているのか、あるいはどのタイミングで売れているのかも把握できず、“空”になった棚やケースを見て商品を埋めていくという、個々のスタッフの感性に任せられた部分があった。

だが販売状況がリアルタイムで可視化されることで売れ筋商品や補充タイミングが把握できるため、よりビジネス上の可能性を広げられる。従来これが難しかったのは、限られたスタッフで巡回対応していたため、個々の契約先に割り当てられる時間が限られていたためだ。昨今のコロナ禍でオフィスへの出社率も低下し、オフィスグリコそのものの回転率も落ちているという話を聞く。ゆえに、こうしたデータの把握は今後より重要な意味を持つことになる。

日立製作所 金融システム営業統括本部 事業規格本部 Scale by Digital推進室 担当部長の西本友樹氏が説明するダッシュボードの例。左から時計回りに、現在システムが追跡している人物の認識状況、ヒートマップ、商品の在庫状況となっている

技術面からみる「CO-URIBA」

「人の動きを追跡する仕組み」という部分で、「CO-URIBA」は「天井に設置されたカメラ」+「棚に仕掛けられた重量センサー」の2つを組み合わせた点でAmazon GoやTTGと似ている。違いはセンサーの種類にあり、汎用カメラの代わりに「LiDAR」が採用されている点だ。LiDARの特徴は赤外線センサーで対象物との正確な距離を測れる部分で、単純な画像認識と一番異なるのはここだ。

例えば、天井に今回の「CO-URIBA」でも採用されているLiDARを1つ設置し、立体的な棚に手を近付けた場合に、棚のどの段のどの位置に触れようとしているかが精密に追跡できる。写真のデモがそれだが、重量センサーなしでも手の動きだけは追跡可能だ。

日立LGデータストレージ 開発本部 Software開発Team Team Leaderの市川紀元氏が説明するのは、重量センサーなしでもLiDAR装置だけで棚のどの位置に手があるかを錦することを示すデモ
日立LGデータストレージのLiDARセンサー。VGA解像度で深度計測が可能。XboxのKinectに採用されている技術と一緒だ

ただし、これでは「実際に“もの”を取り出したか」「取り出した“もの”を棚に戻したか」の判定が行なえない。なぜかといえば、このLiDARの仕組みでは“商品”の画像認識まではしておらず、実際に手に持っているかどうかが機械的に判断できないためだ。

そこで重量センサーの登場となる。重量センサーの採用は各社各様だが、日立製作所の「CO-URIBA」ではイスラエルのShekel Brainweighの仕組みを採用している。

以前にドイツのデュッセルドルフで開催されたEuroShopでのデモについて触れたが、同じ商品であっても個体判別が可能なレベルの重量センサーと判定エンジンであり、前述のLiDARと合わせて手の動きをほぼ完璧に追跡できる。

Shekel Brainweighの重量センサーが搭載された商品棚

LiDARセンサーは正確な距離判定が可能だが、難点として精密な距離計測を行なうために有効範囲が狭いという問題が出てくる。現状で60~80度程度のカバー範囲というが、これ以上広くすると範囲ギリギリに近い部分の“歪み”が大きくなり、距離は正確でなくなる。

通常、手の動きを追跡するためのセンサーは棚の真上に配置する必要があるため、前述のように複数人が同時に棚の前にやってくると追跡が困難になる。そこで、棚の周辺全体をカバーするために斜め向きにセンサが設置されたLiDARが用意され、こちらはエリア内の人の動きそのものを追跡する。先ほどのダッシュボード画面で人の形をしたアイコンが表示されていた画面がそれだ。

Amazon GoやTTGのように天井に大量のカメラを並べて店内の動きをすべてトレースするわけではないが、“1つの棚”という「CO-URIBA」には充分なカバー範囲となる。

以上が基本技術だが、もう1つ今回ユニークなのが「顔認証」による本人確認と自動チェックアウトの仕組みを導入した点だ。日立はもともと指紋認証システムのソリューションを持っており、筆者も展示会で日立が「従業員の入退館システム」に用いてデモを行なっている様子を見ている。ただ、指紋認証は判別のためにセンサー上に指を乗せる必要があり、コロナ禍で非接触が注目を集めるなかで「ハンズフリーでできる仕組みは何か」を考えた際に出てきたのが今回の顔認証だという。

顔認証センサー。登録時はマスクを外す必要があるものの、認証時には逆にマスクを付けていないと有効化されない

こちらも距離を測れるセンサーを採用しているため、認識精度は高い。個々人の生体情報を記録して、データベースとマッチングさせる必要があるが、ここで用いられているのが同社の「PBI(Public Biometric Infrastructure)」と呼ばれる技術だ。

日立は以前にKDDIと共同で「顔認証」+「手のひら認証」で“決済”する仕組みのデモンストレーションを行なっているが、ここで用いられていたのがPBIだ。

生体情報は代替の利かない仕組みのため、一度特徴情報が流出されると悪用の危険性があり、取り扱いに細心の注意が必要とされている。PBIは高速で正確なマッチングと同時に、取得した生体情報が悪用されない形でデータを不可逆な状態で保管し、セキュリティを高めることを主眼にしている。これを別個登録した決済情報や属性情報と組み合わせることで、“チェックイン”から“チェックアウト”までの本人追跡に加え、チェックアウト後の“決済”までが可能となる。

ビジネス化するのは“プラスアルファ”の部分

実証実験を経て日立が提供を計画している「CO-URIBA」は、主に2つのビジネスパーツから成り立っている。1つは「棚」とLiDARを含む「各種センサー」を組み合わせた「自動決済型店舗」の基本部分で、まずはハードウェアとして設置が行なわれる。

このハードウェアはクラウドに接続されており、前述の取得したデータを取りまとめ、営業レポートやマーケティング分析用の情報として加工する。もう1つのポイントはサイネージで、今回のデモでは棚の上部に取り付けられる大型ディスプレイ、そして棚の左右に設置される2つの顔認証機能付きの縦長サイネージだ。

後者については1つでも問題ないとのことで、今回のケースではチェックイン用とチェックアウト用で左右に分かれていた機能を1つに統合することもできる。この縦長サイネージでは、オフィスグリコのデモにおいて「どの商品が好みか」の簡単なアンケートを取得する機能が用意されていて、ちょっとした集計が可能になっている。

また棚に据え付けられた大型ディスプレイについてもさまざまな情報が表示可能で、待機状態では天気情報や交通情報、実際に棚の前に人がやってくると登録済みの属性情報を元にした動画広告を流したり、地域の自治体などと連携して緊急情報を流すようなことも可能だ。ディスプレイの取り付けは必須ではないが、双方向コミュニケーションツールとして利用することで、さまざまな活用方法が考えられるとの日立側の考えだ。前述のようにシステムはクラウドと接続されているため、広告コンテンツや表示させる各種情報も最新のものにアップデートされる形となる。

本人情報が登録されているので、属性に応じた広告をサイネージに再生することができる
自治体の緊急速報をサイネージ上に流すことも可能

今回話をうかがった日立製作所 金融システム営業統括本部 事業規格本部 Scale by Digital推進室 担当部長の西本友樹氏によれば、想定するビジネスモデルとしては、このような“インテリジェント”な棚を例えばオフィスグリコのような事業者が顧客の拠点に配置したり、あるいは「棚を設置したい」という企業との直接契約で「CO-URIBA」を社内の福利厚生の仕組みとして配置させるような仕組みを検討しているという。

前者のケースの場合、以後の棚の商品の管理はオフィスグリコ側の管轄になり、商品の補充などを行ないつつ、売上金を回収するようなモデルとなる。後者のケースの場合は、例えば棚を設置した企業が菓子だけでなく、「弁当」「飲料」「消耗品」といったグッズを配置して販売できるよう個々の企業と契約し、一種の“場所貸し”のような形で陳列スペースを提供し、回収した料金がこれら商品を納入する企業に納めるというビジネスモデルとなる。

「棚を売ること自体がわれわれのゴールではない」と西本氏はいう。

棚で販売スペースを提供し、将来的に顔認証を通じた料金回収モデルも用意するものの、利用者の行動データや属性情報など、データそのものは日立側が握っている。この蓄積されたデータを取りまとめ、個々の企業が望む形で加工してマーケティングに活用できる形で提供するのが2つめのビジネスモデルであり、クラウドを通じたデータビジネスにつなげたいというのが次なる構想だ。

またサイネージを通じて情報や広告配信も可能で、このチャネルを利用して収益源とすることも可能だ。つまり「CO-URIBA」における“棚”というハードウェアは、この商材にアドオンとして載せるためのサービスを提供するための仕掛けといえる。

もう1点興味深いのは、「CO-URIBA」が設置されるような場所が、例えばオフィスグリコのように事業所内のような閉鎖空間であったり、あるいは特定の属性の人々が集まった拠点という点にある。

つまり、特定集団を対象にした“テストマーケティング”が実施しやすいという特性を持つ。

不特定多数が利用するような場所とは異なり、「商品を持ち逃げされる危険性」という部分での安全性もさることながら、あるメーカーがリリース前の商品のテストを行なったり、あるいは既存製品における顧客の趣向を分析するためにABテストのような形でマーケティングを実施するのに向いた製品というわけだ。

これは単純に「“もの”を販売する」という目的にとどまらず、自動決済型店舗を「販促」や「情報分析のためのツール」として活用する道も示している。

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)