鈴木淳也のPay Attention

第103回

前澤友作氏の“お金贈り”からスタートした「ARIGATOBANK」とは何か

ARIGATOBANKのWebページ

7月24日、「ARIGATOBANK」のサービスが開始される。「ARIGATOBANK」という名称を初めて聞く方も多いかと思うが、ファッション通販「ZOZO」創業者の前澤友作氏により「お金で困っている人をゼロにする」ことをコーポレートビジョンとして同氏が100%出資で設立した金融サービス会社だ。

“お金贈りおじさん”を自称する前澤氏は2019年1月に100人に100万円の「合計1億円」のお年玉企画を実施して以降、“お金贈り”の企画を続けていたが、ARIGATOBANKが当初提供する「kifutown」は、この“お金贈り”に特化したサービスであり、いわゆる「寄付サービス」のプラットフォーム化だ。

今年2月以降、前澤氏は“お金贈り”の対象者を「困っている人や何かに挑戦したい人」としており、本人の資格取得や子どもの習い事を考えている、さまざまな社会活動をしている、何かテーマを決めて挑戦をしたいなど、特定の目的をもってお金を必要としている人に絞っている。

7月時点で同社から提供されるのは、この前澤氏がTwitter上などで行なっていた“お金贈り”の仕組みをiOSアプリとしたもので、毎回同氏が決めたテーマに沿って“お金”を必要とする人を募集し、抽選のうえで“お金が贈られる”という流れだ。

「ARIGATOBANK」という社名だが、「ありがとう」という感謝の気持ちを表すキーワードを金融サービスとして社名で標榜したものとなる。同社代表取締役の白石陽介氏によれば「社名は社内会議で自然に決まったもので、“銀行”サービスを提供するわけではないが、“ありがとう”という言葉が集まって“BANK(大きな塊)”となり、社会に再循環できるような仕組みを考えている」という。今回、ARIGATOBANKサービス開始にあたって白石氏にサービスの概要やそのビジネスモデルについて話をうかがう機会を得たので紹介したい。

出資者の前澤友作氏がARIGATOBANK開始に寄せたメッセージ

個人で始めた“お金配り”をプラットフォーム化する訳

この説明でサービスについていまひとつピンとこない方もいるかもしれないが、簡単にいえば「寄付に特化した送金サービス(プラットフォーム)」となる。

白石氏は「会社として『新しいお金の流れを作る』というミッションがあり、最初に提供するのはCtoCの寄付プラットフォーム。クラウドファンディングとの違いをよく聞かれますが、そちらはある組織や人物が決めたテーマに沿ってお金を複数人から募集し、募集時に決めたモノがもらえるとかの何がしかの期待値やリターンがあります。一方でARIGATOBANKのベースとなっているのは前澤の“お金贈り”で、お金を贈ったり、支援することによっていろいろな人の意識の変化が期待できます。実際、前澤はすでに32億円の“お金贈り”実績があるわけですが、貧困者支援というよりも、『人生の何かに挑戦したいけど、いま手元にお金がない』という人が多くいることが分かっていて、それを支援するサービスはすごく可能性があるのではないかと考えました。例えば、ここ数カ月の間に前澤がやっているテーマを決めた支援で、起業したい方、医療従事者、スポーツ従事者といった具合に、プロジェクトに対して手を挙げていただいて支援する仕組みを提供できればと思います」と説明する。

ただ、当初の時点では前述のように支援者は前澤氏のみで対応プラットフォームはiOS版のみ。秋頃までにはAndroid版もリリースし、前澤氏以外の支援者も受け付けたり、テーマの募集やマッチングサービスなどの提供も行なっていく。また、送金プラットフォームとしては「送金」「受け取り」で必要となる「ウォレット(Wallet)」機能も準備を進めており、Android版の提供に続く形で新機能として提供が行なわれる。

単純なCtoCの個人間送金サービスであればすでに市場に存在しているが、ARIGATOBANKが「寄付に特化した送金サービス」に舵を切ったのにはそれなりの理由がある。

前澤氏が行なっている“お金贈り”も、当選者にTwitterのダイレクトメッセージ(DM)で振り込み先を聞いて逐次手動で処理しているために膨大なコストがかかっている。仮に誰かを支援したいと思っていても対象が複数になるとコスト面での弊害が多く、「これをプラットフォーム化することで送金部分を簡単にできるのでは」というのが会社設立によるサービス開発につながっている。

実際、前澤氏の取り組みに合わせて「私も“お金贈り”の支援をしたい」という声が同氏に届いているものの、その手間の多さから逆にお断りしているという。この面倒な部分がサービスとして簡単に利用できるようになるのであれば、現状でマッチするサービスがない市場ニーズのギャップを埋めることが可能だろう。

「kifutown」のイメージ図

送金サービスに存在するリスク

ただ、“お金贈り”のサービス化やプラットフォーム化といっても簡単ではない。同社が“ベータ版”という前澤氏専用サービスの状態では「銀行口座」経由でのやり取りとなり、支援者がいったんARIGATOBANKに振り込んだ後、プロジェクトの当選者に対して同社が“お金贈り”をするという流れになる。

Android版が登場してサービスが一般開放され、さらにウォレットサービスが開始されれば、送金はこのウォレットを介して直接できるようになる。また“贈られた”お金は支援された人のウォレットにプールされ、これをそのまま決済などに利用可能だ。白石氏は具体的な提携先には触れなかったものの、「既存の決済インフラを利用して、受け取ったお金をそのまま支払いに充てることができる」(白石氏)と説明している。金融業界的なスキームとしては、“お金贈り”までの一連の流れは「収納代行」であり、ウォレットのサービスは「前払い式」を想定している。

ARIGATOBANK代表取締役の白石陽介氏

もう1つ、送金サービスで忘れられがちだが重要なのが「安全性」と「リスク」に関する話題だ。メッセージチャットを介して送金が可能なサービスはいくつかあるが、ARIGATOBANKでは「支援」がテーマなので、一見するとお礼を言いやすいメッセージ機能は相性がいいように思える。「現状のサービスでは支援を受けた側からの一方的なメッセージで、将来的には双方向のサービスやスコアリングなどの仕組みも考えられるかもしれないが、社内で議論の末、当初は『ありがとう』を伝えるだけのシンプルなものになりました。青少年保護の観点でいうと不健全な出会いを助長するリスクもあり、あまりメッセージ機能を強化し過ぎると規制にかかる可能性も考え、最初は要素を増やさない方向でまとめました。自由度のないプラットフォームに見えるかもしれませんが、サービスの性格から考えて、リスクが見える状態で始めると本来のやりたいことから離れしてしまう」と白石氏は説明する。

このほか送金で考え得るリスクに、「対象に反社会的勢力が含まれる」「個人情報収集に利用される」といったものが挙げられる。例えば後者について、前澤氏の“お金贈り”に便乗して多数の“偽アカウント”が登場し、「お金を送る」といいつつ個人情報を収集して特に何も対応しないというケースがみられた。これは当然詐欺であり、プラットフォームの健全性や安全性を標榜するためにも障害となる。

白石氏は「一種のエスクローサービス的なもの」と表現しているが、「『寄付』という名目で送金サービスを利用するにあたり、ARIGATOBANKは信頼できる」と認識させることは重要だ。KYC(本人確認)の部分も含め、このあたりをきちんと実装するのが同社のミッションでもある。

気になるビジネスモデルは?

当初、ベータ版の名目で前澤氏専用サービスとして立ち上がるARIGATOBANKの寄付プラットフォームだが、Android版が登場する正式版リリースまでに時間的ラグがあるのは、開発に時間がかかるという理由だけでなく、支援を行なう対象を広げる前に問題を洗い出して改善に結びつける狙いがある。

寄付の文脈でスタートするサービスだが、その延長線上で“お金”にまつわる問題解決につながる機能を実装していきたいというのが白石氏の将来構想だ。取材時点でARIGATOBANKの従業員は業務委託合わせて28名だが、モニタリング業務は24時間365日体制で臨んでおり、外部の専門家とも連携して管理体制も敷いていくという。「この手のスタートアップにしては珍しいくらい厳重なモニタリング体制を敷いている」と白石氏はいう。

「ARIGATOBANKには中核メンバーとしてPayPay(ソフトバンク)やディーカレット(IIJ)などの出身者が多数参加しており、金融業界のプロフェッショナルが集まっています。前澤の“お金贈り”で始まった会社ですが、前澤というよりも私、白石自身がやりたいことは、いまある多くの決済サービスがやっている『1つの団体がお金を出して客を囲い込む』という決済サービスではなく、ユーザー自身が『この決済サービスを使いたい』という感情的な意思決定をもって利用できるサービスを作れないかなと考えています。私自身PayPayでの経験があり、同じような形で加盟店開拓に自ら飛び込もうとは考えていません。割に合わないですし、既存ネットワークに乗る前提で考えています」(白石氏)

ウォレット登場によって、手数料削減効果も期待しているという。「当初は前澤の“お金贈り”からスタートするので100万円といった単位ですが、今後はプロジェクトの利用者側からの立案も含め、アプリ上で投げていただく金額も段階的に下げていく予定です。ただ、現状の銀行振込の仕組みでは1,000円送るだけでも200数十円程度の振込手数料がかかってしまうなど、小額での寄付を実現するためにはウォレットサービスが必須になります。将来的にはウォレットへのファンドソースとしてクレジットカードを指定できるなど、柔軟性のある仕組みを用意できればと思います」(同氏)

機能的なロードマップについては先が見えているが、実際のビジネスモデルはどうだろうか。「プラットフォームとして利用料的なものは考えていますが、実費相当だと思っていただければいいです。ご承知のように、ウォレットを導入しても決済サービスそのものではほとんど儲からず、システム維持費を考えればトントンでしょう。ウォレットをリリース後にお金に関するさまざまなサービスを提供して、マネタイズに関する設計を行ない、違うアプローチでサービスを提供し、プラットフォーム利用の増加にともなってコストを賄えればと考えています。ここで1点重要なのが、ARIGATOBANKは私が創業してベンチャーキャピタル(VC)から出資を受けたわけではなく、純粋に前澤が100%投資してできた会社です。そのため、VCであれば求められる2-3年の事業スパンでの見直しはなく、短期的なリクープも求められていません。事業計画上は5年で黒字転換できるものを考えていますが、まずはサービスを出してみて世の中の反応を見てみたいというのが目下の目標です」(同氏)

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)