鈴木淳也のPay Attention

第132回

「お賽銭」でキャッシュレス決済が使えない理由

初詣にやってきた参拝客ら。2019年1月の当時はまだコロナの影響はなかった

少し季節外れだが、今回は「賽銭のキャッシュレス化」の話題に触れたい。初詣のために神社や寺に多くの人が集まり、本殿までの道に行列を作るという光景はコロナ禍において過去のものとなった。その中で改めて注目されたのが「Webページ上にQRコードなどを置いてインターネット経由で賽銭を“投げて”もらって“参拝”とする」行為で、「物理的なお金でも電子的なものでもありがたみは変わらない」ということで実際にリアル社殿での賽銭のキャッシュレス対応と合わせ、大きな話題となっていた。

一方でTwitterのまとめ記事ニュース記事での報道にもあるように、決済サービスを本来の使い方から逸脱して規約違反になっているケースが見受けられるということで、PayPayから注意喚起を促す告知が行なわれることにもなった。

PayPayのようなサービスの賽銭目的での利用が問題となる一方で、みずほ銀行のJ-Coin Payは問題なく利用できたのか? その点を整理していこう。

いわゆる「賽銭」は「寄付」行為で「送金」にあたる

PayPayへのインタビューで改めて確認しているが、寺社が集める「賽銭」は「寄付」行為にあたり、法律上の建て付けでは「送金」として取り扱われる。

通常、PayPayを導入する企業が同サービスの加盟店になるにあたり、その用途としては商品やサービスを販売する対価として「支払い」を受ける手段としてQRコードの発行が行なわれる。つまり、賽銭目的でQRコードを賽銭箱に貼り付ける行為は「送金」を促すものであり、規約違反という扱いになる。

PayPayでは、既存のサービスが賽銭目的に利用できない理由をそう述べつつ、そのようなニーズに対応する仕組みを提供できない理由については「システム側をそのように改修する必要がある」とだけ述べている。将来的に対応するかは不明だが、少なくとも現時点でPayPayを賽銭目的で利用することはできない。

一方で回避方法もあり、「賽銭」というキーワードをうたっていないものの、それに近い仕組みでもってPayPayなどのコード決済サービスを利用しているケースも見かける。例えば、お参りのタイミングで線香やロウソクを販売し、その対価をコード決済のサービスで受け取る方法だ。あくまで商品を販売するというスタイルであり、賽銭のように好きな金額を渡せるわけではないが、筆者のように財布に小銭どころか紙幣が入っていることもまれという人物には非常にありがたいサービスだ。

広島の尾道市にある千光寺からの市内の眺め
千光寺では線香やロウソクをPayPayで購入できる

先日訪問した尾道の千光寺では線香やロウソクの購入だけでなく、石鎚山鎖修行という場所が設けられており、そこには「浄財」と書かれたいわゆる賽銭箱が置かれているのだが、同時にQRコードが貼り付けられている。大人が挑戦する場合は100円を「寄付」するという体裁だが、これもまた「鎖修行を提供するサービス対価としての100円の支払い」という位置付けのようだ。いずれも規約違反をうまく回避しており、その工夫に思わず関心する。

千光寺の石鎚山鎖修行。さらに障害物の少ない絶景コースを眺められる参観ルートだ
鎖修行では「浄財」と書かれた賽銭箱のほか、PayPayのQRコードが用意されており、100円を支払うことでキャッシュレスでサービス対価を受けられる

実際、賽銭以外の場面での寺社のキャッシュレス対応は進んでいる。有名なものは拝観料だが、お守りやお札などを購入する(正確には「受け取る」)際に渡す初穂料などもキャッシュレス対応の場合がある。加盟店規約上は問題ないため、寺社側がきちんとお金を処理できれば問題ないわけで、最後まで現金の聖域として残る可能性のあるこの分野が今後どのように変わっていくかが気になるところだ。

なぜ「寄付」行為のキャッシュレス化が難しいのか

「賽銭」が「寄付」であるなら「送金」の仕組みを実装してしまえばいい。だがPayPayによれば現状ではまだ難しく、システム改修が必要になるレベルだという。

なぜ「寄付」が難しいのかという部分だが、ちょうど「寄付」をサービスの主軸に据えている送金サービスを展開する会社があるので聞いてみた。

「kifutown」という寄付行為そのものをプラットフォーム化したARIGATOBANKという会社を以前紹介しているが、同社代表取締役の白石陽介氏に質問をぶつけてみたところ、「一般的な見解から判断して」という前置き付きで解説してくれた。

「お賽銭を寺や神社に対して投げる行為というのは、寺社側から特に何も受け取らない、何の対価性もない行為であり、『送金』にあたるものです。ただ、kifutownではあくまで個人間での送金として処理されるものが、ここでいう寄付行為の送金は法人が対象となり、BtoC送金ということになります。ただし、このBtoC送金における宗教法人の確認作業というのは非常にややこしく、PayPayが何をもって『システムが対応していない』と理由を挙げているのかは明確に分かりませんが、おそらく単純にそうした審査プロセスを通すための仕組みが存在しないのだと考えます」(白石氏)

実はkifutownはサービス実現にあたって法律上の建て付けをかなり入念に設計しており、関係各所に問題がないかを確認しつつサービスインにこぎつけているという。同社は現在、新機能のお金の直接受け取りが可能になる「ウォレット」の提供に向けて準備を進めているが、現行のお金の授受に用いられている銀行振込の仕組みも含め、「送金時に残高を残さない」ことに苦慮している。

詳細は今後ウォレット機能の紹介の際に説明するが、銀行振込では「収納代行」、新サービスでは前払い方式の「代理チャージ」という事業種別を選択しており、「賽銭」よりはクリアすべき課題の少ないCtoCの「送金」サービスでありながら、細心の注意を払って作り込みが行なわれているようだ。

京都の宇治にある平等院鳳凰堂

なぜ「J-Coin Pay」では「賽銭」受付可能なのか

最後は、「なぜ、J-Coin Payは問題なく賽銭目的に利用できるの?」という疑問だ。

冒頭に紹介した記事などでも紹介されているように、J-Coin Payを賽銭目的に利用する宗教法人が存在する。この件をサービス事業者であるみずほ銀行に質問したところ、次のような回答を得た。

「J-Coin Pay(口座紐付)はキャリア系やEC系とは異なり、銀行法に基づいたサービスであるため、寄付が可能となっております(例えば、口座振込で募金をするのと同様)。実際、寄付が可能なJ-Coin Payは大手行の硬貨受け入れ手数料有償化以降、包括宗教法人(宗派の本山寺院等)からも問い合わせや導入が増えています」(みずほFG 広報室)

つまり、PayPayのような事業者は資金移動業者の認可でサービスを提供しており、サービス構築にあたっても各所の制限を受けているが、J-Coin Payは仕組み自体は銀行業免許を持つ事業者が提供しているため、通常の銀行口座への振込と同様の仕組みでサービスを提供できるというわけだ。

「賽銭」という意外な部分で注目を集めたJ-Coin Pay

当然ながら、J-Coin Payもまた加盟店審査プロセスに宗教法人の確認作業が入っており、具体的な審査基準については触れなかったものの、加盟店規約の中で「加盟店における対象商品の代金決済または寄付金の支払をコインで行なうことを可能とするサービス」と明記しているほか、加盟店の禁止行為の中で「宗教活動または宗教団体への勧誘行為。なお、加盟店が事前に当社の承認の下本契約を締結した宗教団体である場合はこの限りではありません」と宣言している。このあたりはバックグランドの違いが大きいのかもしれない。

興味深いのは、「寄付が可能なJ-Coin Payは大手行の硬貨受け入れ手数料有償化以降、包括宗教法人から問い合わせや導入が増えている」とみずほ銀行側が触れている点で、やはり社会的事情からキャッシュレスに向かわざるを得ないと真剣に現金との比較を始める宗教法人が増えてきているという事実だ。前回記事の「なぜ現金の取り扱いに『コスト』がかかるのか」で、現金における両替手数料の問題に触れたが、特に小銭の集まりやすい寺社では大きな問題のようだ。

例えば、同記事の中でも紹介した大阪府交野市の住吉神社は、「コインチェンジ」という賽銭で得られた小銭と紙幣を交換するプロジェクトを実施していた。

大阪府交野市にある住吉神社

現在では受付を終了しているものの、その成果をPDFファイルで報告している。マッチングサービスの一種ではあるが、世間でキャッシュレスが進む流れのなかで、最後の聖域もまたこの問題にどう取り組んでいくべきか頭を悩ませている。

コインチェンジも現在では受付を終了している

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)