鈴木淳也のPay Attention

第96回

Apple PayのVisa対応、なぜここまで時間がかかったのか

ついに国内発行カードでのVisaブランドでの決済に対応したApple Pay(出典:Apple)

長きの沈黙を破って、ついにApple Pay(国内)のVisa対応が行なわれた。既報の通り、現状ではまだVisaのブランド登録が可能な国内発行のカードは限られるが、すでにiDまたはQUICPayとして登録が可能なApple Pay対応を表明しているカードは、そう時間を置かずして利用が可能になると思われる。

Visa、ついに日本でApple Pay対応。iPhoneで「Visaのタッチ決済」

Apple PayでのVisaブランド利用が解禁されたことにより、まず最初に思い浮かぶのが「Visaのタッチ決済」の仕組みがiPhoneでも利用可能になること。

幸い、主要コンビニ各社をはじめ多くのチェーン店がEMV Contactlessの“タッチ決済”対応しているほか、リクルートの「Airペイ」や「Square」など、同決済手段をサポートする中小小売店向けのサービスも出てきているからだ。

ただ、今回の対応で国内利用において最も恩恵を受けることになると思うのが「Visaブランドでのアプリやオンライン決済」が可能になったことだ。例えばSuicaアプリにわざわざクレジットカードを登録せずに、iPhoneのWalletアプリ上でApple Payから直に残高チャージが可能となる。

iPadやMacのようにNFC機能を持たないデバイスにおいては、今回の対応で初めてVisaブランドのクレジットカードが利用可能になったといっていい。

ようやく日本の決済シーンを埋めるApple Payのピースが揃った

長らくApple Payを追いかけてきた筆者だが、今回は日本における展開の一定のマイルストーンに達した記念として、過去の話題を振り返りつつ、「なぜVisaの対応がここまでかかったのか」という点の考察や周辺情報を紹介したい。

Visaは何がやりたかったのか

Apple Payが日本にやってくるまでのバックストーリーは昨年末に公開した「Apple Payが日本にやってくるまでの話」でほぼ網羅されているので、まずはこちらを参照してほしい。今回はこの先の話題に踏み込む。

Apple Payが日本にやってくるまでの話

2016年秋の日本でのローンチから約4年半、なぜこのタイミングまでVisaのApple Pay対応が行なわれなかったのかという話について、AppleとVisaともに長らく沈黙を守っている。今回の正式リリースにあたりVisaに問い合わせたところ、下記のコメントを得ている。

決済は、プラスチックカードからデジタルへシフトしており、Visaでは、消費者、加盟店さまならびに顧客の皆さまに、より安心・安全で、シンプルかつ一貫性のある決済方法を提供することを目指し事業展開しております。この度のApple Payの対応も、この戦略に基づき、日本の消費者の皆さまに利便性の高い新たな決済方法の選択肢をご提供するために開始いたしました(Visa広報部)

想定の範囲内の公式コメントではあるものの、個人的には「シンプルかつ一貫性のある決済方法を提供する」という部分に重きが置かれていると考えている。

本連載でもたびたび触れているが、「国際ブランドのクレジットカードをApple Payに登録すると(iDやQUICPayなどの)別の決済手段が割り当てられる」という仕組みは現状で日本特有のもので、同時に「提供が間に合わない」という理由以外で特定のブランドだけがサービスの提供を差し控えていたのも日本だけだ。

ケータイWatchでの「iD/PayPass(iD/NFC)」に関連したインタビューでも関係者が触れているが、Visaはブランドの相乗りを嫌う傾向が強く、モバイル決済の分野ではそれが特に顕著にみられる。

Apple Payの解説ページでは、Visaの正式対応を受けて写真が部分的に差し替えられている

日本でのApple Payローンチの準備が行なわれていた2015-2016年頃、EMV Contactlessな“タッチ決済”は国内でほとんど利用できなかったというのは、前述のケータイWatchの記事にもある通りだ。

MastercardやVisaは加盟店向けの支援金を積み上げて非接触導入を必死にプロモーションしていたものの、すでにFeliCaベースの決済手段の普及が始まっていた日本国内において、ほとんど興味を持たれなかったのは事実だろう。

そのため、「クレジットカードを登録すると強制的にiDまたはQUICPayを割り当てる」というのは「Apple Payを国内でそれなりに使えるようにするため」の苦肉の策であり、準備期間も少なく国内各社が対応に追われたのは本連載でも触れた通りだ。

ただ、この仕組みが分かりにくいというのは事実であり、Visaがいう「シンプルかつ一貫性のある決済方法」というのとはほど遠い。そのあたりは次のトピックからもうかがえる。

Ata DistanceのBlogを運営するJoel Breckinridge Bassett氏がTwitter上で指摘しているが、今回の件に触れている“Apple系”の海外Blog情報サイトが押し並べて不正確な記事を発信している。

MacRumorsに限らず、どのサイトも一様に「日本国内発行のVisaブランドのカードが“初めて“Apple Payに登録できるようになった」のような内容になっている。正確には「iDまたはQUICPayとしてなら利用できた」ということなので、日本の特殊事情をどのサイトの筆者も理解していないという意味になる。

そもそも日本国外発行のカードではiDやQUICPayは利用できないわけで、Visaの主張にも一理あると筆者は考える。

機は熟した

なぜこのタイミングでの解禁になったのかという点については、「機が熟した」という判断がVisa内部であったのだと、筆者は推測する。

1枚のカードに複数の決済手段が混在している状況自体は変わらないものの、少なくとも「同居するFeliCa系決済サービスによって『Visaのタッチ決済』普及が阻害される」という状況にはならないほどに、同決済手段を導入する加盟店が増加したことが大きい。

直近でのレポートにあるように、対応カード発行枚数、加盟店(の端末数)、決済回数ともに急上昇を続けており、国内でも一定の認知を得ている。

大手チェーンでは先行導入したマクドナルドやローソンをはじめ、最近では現金主義で知られていたサイゼリヤまでもが対応を完了させるまでになっており、筆者も手持ちのカードで「Visaの“タッチ決済”」を利用する機会が目に見えて増えてきた。

EMV Contactlessな“タッチ決済”が2018年3月初旬に先行導入されたマクドナルド大門店

Visa自身が東京五輪を含むオリンピック全体の公式スポンサーという事情もあるかもしれない。

2020年のタイミングでは微妙だったものの、2021年5月のこのタイミングであれば、プロモーションと連動できる可能性がある。ただ、複数のイシュアへの聞き取りから総合する限り、このタイミングでのVisa解禁は「直前まで知らなかった」「比較的以前から把握していた」という声が混在しており、Visaが計画的に解禁タイミングを合わせたという雰囲気も感じられない。

なお、筆者が「VisaのApple Pay解禁が近く、Apple側の最終調整が行なわれている」という話を聞いたのは2月のことで、ゴーサインが出たのは割と最近の話だと判断している。

ゆえに、東京五輪直前のタイミングというのは“たまたま”という可能性が高く、プロモーションに関しても「三井住友カードの15%還元・最大1,000円」という限定的なもので、これからという印象が強い。

Visa自身も「より多くの消費者の皆さまにApple Payの利便性をご体験いただけるよう、今後、施策の実施を検討しております」(同社広報部)と述べており、正式サービスインを経てこれから……という段階なのだろう。

Visaが公式スポンサーを務める東京五輪直前のタイミングでの解禁というのは偶然かもしれない

これからのApple Pay

正直いえば、国内展開における懸念が一通り払拭されたApple Payでこれ以上書くことはない。あとは利用が進んで一般に広く普及するのを待つだけだからだ。

Apple Payだけでなく「モバイル決済」全般にまで話題を広げれば、「Google Payの“タッチ決済”でのクレジットカード解禁」が挙げられる。日本国内でGoogle Payに登録可能なカードは公式サイトに掲載されているが、主にクレジットカード系であればQUICPayまたはiDとして利用でき、「Visaのタッチ決済」については銀行系のデビットカードに限定されている。

モバイル決済をさらに拡大させていきたいと考えたとき、「Visaのタッチ決済」でのクレジットカード解禁やMastercardなどを含む他のブランドへの波及も求められるわけで、ここが次の課題となるだろう。筆者の予測では、こちらもそう遠くないタイミングで実現すると考えている。

Google Payで登録可能なカード群。まだかなり限定されている

これに続いて注目なのが「MaaS」などのモビリティ分野だ。先日、南海電鉄で「Visaのタッチ決済」が利用可能なオープンループの実証実験がスタートしているが、先般の事情でモバイル利用可能なカードの種類が限定されており、少なくとも実証実験がスタートした3月時点ではGoogle Payに登録した一部カードでのみ検証が可能な状態だった。現在ではVisaのApple Pay対応が進んだことで対応カードの種類も増え、モバイル端末を使った実験に参加しやすくなっている。

これはあくまで“タッチ決済”での話だが、今後MaaSによる複数交通機関の連携や、周辺施設なども含めた周遊が可能な“企画乗車券”の提供を考えた場合、アプリ上でのチケット購入やQRコード入場が大きな意味を持ってくる。

南海電鉄のケースでは「Visaのタッチ決済」と同時にQRコードの“企画乗車券”のテストも並行して行なっており、訪日外国人や関西域外からの旅行者の利便性を考えれば、むしろこちらの方が本命になる可能性がある。

決済のためにアプリ上でクレジットカードをいちいち登録させたり、決済フォームに誘導してカード番号を入れさせるのはナンセンスで、やはりApple Payなどの登録済みの決済手段を利用できるのがスムーズで望ましい。

今回のVisa解禁まで、Visaカードを利用するユーザーはこの仕組みを利用できなかったわけで、アプリ提供時における選択肢や可能性が大きく広がったと考えていい。

Visaのタッチ決済とQRコード乗車券の実験が同時に行なわれている南海電鉄の難波駅の改札の様子

いずれにせよ、日本におけるApple Payがほぼ完全な状態になってリリースされたことは、このエコシステムを土台にサービスを提供する事業者にとって非常に大きな意味をもつ。

2014年の米国でのApple Payローンチから長らくこのサービスを利用してきたが、今後も日本で世界でよりいっそう活用していきたいと思う。残念ながら筆者が日本で持っている複数のクレジットカードは現時点でApple PayへのVisaカードとしての登録できず全滅状態ではあるが、そう遠くないうちにBank of AmericaのVisaデビットカードに頼らず過ごせるようになりたいところだ。

手持ちのカードがすべてApple Pay対応すれば、Bank of Americaのカードのみに頼らずApple Payが利用できるようになるはず

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)