鈴木淳也のPay Attention

第97回

送金サービス日本展開はなぜ難しいのか? Twitter「Tip Jar」に見る事情

米国の典型的なカフェのカウンター。真ん中にあるガラスの瓶が「Tip Jar(チップ入れ)

Twitterは5月6日(米国時間)、新機能「Tip Jar」の提供を発表した。既報の通り、当初はクリエーターやジャーナリスト、エキスパート、そして非営利団体など限定されたグループを対象に、“フォロワー”が金銭で支援することが可能なサービスだ。iOSまたはAndroidアプリを利用するユーザーは、フォロー相手がもしTip Jar対象ならば、そのプロフィール欄にTip Jar用のボタンが出現する。これを押すと、現在フォロー相手に送金可能なサービス一覧が表示されるので、利用したいサービスを選択するとサードパーティのアプリが開いて送金を行なえる。

Twitterによれば、現在対応しているサービスはBandcamp、Cash App、Patreon、PayPal、Venmoで、このうち日本国内で利用できるのは現状でPayPalだけだ。Twitter側の公式回答では、Tip Jarの機能自体がまだ英語圏を対象としたテストの段階であり、そのため現在はほぼ米国の利用者を対象としており、近日中にPayPal以外の多くのグローバル決済サービスを追加していく意向だという。

Tip Jarの対象になっている西田宗千佳氏のTwitterアカウント。赤枠がTip Jarボタン
Tip Jarボタンを押すとPayPalアプリを開くリンクが出現する

「Tip Jar」とは、よく米国のレストランやカフェなどで見かける「チップ入れ」のことだ。チップは主に米国での習慣だが、Twitter上で活動している自分のフォロー相手に対し、「チップ」という形での“支援”を行なうサービスという位置付けとなる。今回は、このソーシャルネットワーク上におけるビジネスとマネタイズ、そしてそれにまつわる送金関連の話題を紹介する。

いわゆる「投げ銭」という仕組み

SNSというソーシャルネットワークのくくりで全体を見たとき、Tip Jarのようなクリエイター支援の仕組みはすでにライブ配信サービスを中心に一般的なものとなっている。

代表的なものにYouTubeやニコニコ動画といった動画配信サービスのほか、ショート動画のTikTok、ゲーム中継でお馴染みのTwitchなどが挙げられ、主にライブ配信時に「投げ銭」と呼ばれる特別なメッセージ枠を金銭で購入し、ライブ配信者に対して視聴者個人がアピール可能だというものだ。

YouTubeの場合、「Super Chat」と呼ばれるメッセージ枠を購入すると、金額に応じてメッセージの色や文字数、表示時間が変化するため、チャット欄での印象に残りやすくなる。TikTokやTwitchなどでは「Badge」というシステムがあり、これを購入してメッセージに付与することでアピールとなる。

YouTube LiveにおけるSuper Chatの例。チャット欄でコメントと金額がハイライトされている

この「投げ銭」の仕組みで重要なのは、配信者にとってのマネタイズ手段であると同時に、配信サービスを提供するプラットフォーマーにとって手数料を通じての収益源にもなっている。Super Chatの場合、YouTube側が徴収する手数料は3割程度といわれているが、広告配信が主な収益源の同社にとって、プレミアムアカウント提供と並ぶ貴重な収益源だ。ゆえに、ライブ配信プラットフォーマーにとって、「投げ銭」の仕組みを標準で組み込むことは非常に重要になっている。

一方で、このような仕組みがライブ配信者の過激な行為を助長するという批判もあり、過度な投げ銭行為は制限されることも多い。例えばSuper Chatの場合、1日に投げられる上限金額は500ドル、1週間で2,000ドルまでに制限されている。これが多いか少ないかは別の議論として、人気配信者であれば千や万の単位での動員が可能であり、1回の配信でそれなりの金額を稼ぐことが可能だ。

このようにライブ配信では一般的な「投げ銭」による配信者への“チップ”という仕組みだが、従来型のSNSではなかなか実装されてこなかったのが実情だ。

若年層を中心に利用者が多いInstagramでは、企業や「インフルエンサー」と呼ばれる著名人がアピールを行なったり、自身の日々の生活での映像ショットを投稿することで多くのフォロワーを集め、プロモーションの場として機能してきた。Instagramにおけるマネタイズ方法はいろいろあるが、こうしたインフルエンサーが企業や商品のプロモーションを行なってスポンサー料を得ることがその1つとされている。

Instgramにも「Instagram Live」というライブ配信の仕組みがあるが、どちらかといえばファンとの交流の場(あるいは商品宣伝の場)という側面が強く、いわゆるSuper Chatのような直接的な収入を得る手段としては機能していなかった。これは親会社であるFacebook含め、プラットフォームの収益源の中心が広告配信にある点にも由来しており、こうしたSNSにおけるユーザー間のやり取りには比重が置かれていなかったことにある。だが同社では2020年10月、Instagram LiveにBadge機能を導入することを発表している。

プラットフォームのマネタイズ化に向けて

前述のように、SNSのプラットフォームはその性質上、広告収入に依存する側面が強かった。サービスの無料提供でユーザーを獲得し、利用頻度や動画の再生時間を増やすことで広告の表示機会を増加させ、収益拡大につなげていくというビジネスモデルだからだ。

だがユーザーの活動の中心がこれらプラットフォーム上に移ってきたことで、最近ではYouTubeのプレミアアカウントにみられるように、広告表示減少と引き換えなどの特典が得られるプレミアムアカウントのサブスクリプション提供を強くアピールする傾向が出ており、いわゆる「フリーミアム(Freemium)」の次を模索するような動きが見えつつある。

参加料こそ無料であるものの、“場の盛り上がり”に参加するためには有料チケットを購入するSuper ChatやBadgeのような仕組みが登場したのはその典型例だ。

ここでTwitterのビジネスモデルに注目してみると、やはり従来型SNSの収益モデルという構造に変化はないようだ。同社が4月29日(米国時間)に発表した2021年第1四半期(1-3月期)の売上は前年同期比28%アップの10億4,000万ドルで、そのうち広告収入は全体の86%を占める8億9,900万ドルとなっている。残りの収益源は、Twitterの過去のツイートなど同社のデータにアクセスするためのライセンス料金が中核だ。

Business of Appsがまとめた過去のTwitterの業績推移を確認すると、この「売上の約9割が広告収入」という傾向は株式上場以降まったく変化しておらず、売上増は同社が「monetizable DAU(mDAU)」と述べているアクティブユーザーの数の増加にほぼ依存している。同四半期におけるmDAUは1億9,900万だが、Business of Appsのまとめたユーザー数推移を確認すると、おそらく2020年の大統領選の影響でアカウント数が急増した同第2四半期を除き、上昇傾向にほぼ変化はなく、言い方を変えれば売上を大きく押し上げる要因が存在していない。そこで、次なる収益源確保に着手し始めたというのが現状だろう。

米カリフォルニア州サンフランシスコのTwitter本社

1つ噂されているのが有料のプレミアムアカウントによるサブスクリプション制導入で、ツイートの取り消しやブックマークコレクション機能など、主に管理面での利便性を上げる機能が導入されるようだ。Jane Manchun Wong氏によれば、このサービスの名称は「Twitter Blue」と呼ばれ、月額2.99ドルでの課金を計画しているという。

果たして、これがTwitterの新たな収益源となるのかは不明だが、プラットフォームのマネタイズにおける「課金」という仕組みを導入するのはそれほど難しくない。オンライン上でのアクワイアリングが可能で、かつ複数の通貨の取り扱いやカード決済が可能なサービスを提供しているプラットフォーム、例えばPayPalやStripeのような仕組みを使えば簡単に実装できるからだ。

ただし、これが前述のSuper ChatやBadgeのような仕組みとなると若干異なる。実装方法にもよるが、「報酬の支払い」という仕組みが存在するため、税制や事業における審査など導入におけるハードルがある。

まだテストという位置付けではあるが、今回のテーマである「Tip Jar」においてTwitterが手数料を一切請求せず、送金の仕組みそのものをサードパーティの送金サービスに丸投げしているのも、サービスを本格導入するまで「手をかけたくない」という気持ちがあるのかもしれない。

送金サービスのローカライズの難しさ

Twitterくらいの規模の会社になれば、「投資に見合った収益が得られる」と分かっていれば課金や送金プラットフォームを自前で用意することも難しくないだろう。

ただ、YouTubeのSuper Chatを配信者が利用するために必要なパートナープログラムの提供地域が限られているように、クレジットカード決済ほど世界規模で展開するのは簡単ではない。

今回、Tip JarにおいてPayPalを除く決済手段が米国以外の地域をカバーしていないのも、国ごとの送金サービス事情が大きく異なることに由来する。また同時に、Tip Jarに成功の芽が見られないようであれば、Twitterがあえて(送金サービスに)参入する必要もないという判断が働いた可能性もある。

ユーザー規模であれば、Venmoの米国におけるユーザー数は5,200万PayPalは全世界での3億7,700万という数字しか公開されていないが、少なくともVenmoの2-3倍程度は存在していると考える。

実際のところ、Twitterが手数料を徴収しようと思わなければ、サードパーティのサービスに送金を任せてしまった方が送金側も受け取り側の双方が当該サービスをアカウントをすでに所持している可能性が高く、手間もかからないと判断する。

Twitterは過去に公式以外のクライアントアプリを締め出す政策を採ったことで不評だったが、今後強引な誘導策で自社が用意した送金プラットフォームをアピールでもしない限り、Tip Jarを利用するクリエイターには現状がベターな手段だし、クリエイターのプラットフォーム離れを起こすこともないだろう。TwitterにとってのTip Jarとは直接の収益源というよりも、現状はまだmDAUの増加ならびに広告の表示機会増加のための施策の一種という位置付けにある。

前述のように、米国だけならまだしも、各国ごとに送金プラットフォームを用意するのは思った以上に難易度が高い。例えばPayPalのケースだが、送金の受け取りには3種類あるアカウントで条件がそれぞれ異なっている。

無料のパーソナルアカウントの場合は10万円までだが、本人確認後に初めて上限100万円以上の受け取りが可能になる。売り手(セラー)としての活動が可能なビジネスアカウントも存在しており、基本的には事前の本人確認が必須となっている。また改正資金決済法の施行により、5月1日以降は資金移動業の100万円を超える残高の取り扱いが難しくなった。売上金が定期的に入るビジネスアカウントの場合は使い勝手が難しく、PayPalでも100万円を超えないように定期的な引き出しなどのアドバイスを行なっている

キャッシングの懸念からクレジットカード経由の送金が禁止されているのも日本の特徴で、特に支払い手段にクレジットカードが指定されている場合(決済ポイント取得などの理由から、多くのサイトではこの方法を推奨している)、PayPalでのTip Jarの送金は行なえない。あるグローバル展開を行なっている事業者によれば、「グローバル企業ゆえに日本だけの事情に合わせてサービスを作り込むわけにいかず、結果として機能そのものを提供しないという選択肢を選ばざるを得ない」というケースもあるようだ。

PayPalの日本での送金における制限事項

税法上や事業届け出の問題もある。ITmediaが税理士の大河内薫氏にインタビューした記事を掲載しているが、Tip Jarなどを経由して受け取った一定額以上の報酬は確定申告の対象になる可能性が高く、副業禁止などのケースも想定して、必ずしも受け取れる環境にあることが嬉しいとは限らない。いずれにせよ、もしTip Jarが日本にやってくるのであれば、対象ユーザーも多いPayPayやLINE Payなどの送金機能を持つサービスと連携することになると想像されるが、こうした点での注意が必要だ。また、もし今後Twitter自身がサービス提供に乗り出そうと考えたとき、現状ある日本国内での送金サービスのハードルの数々を乗り越えないといけないことを意味する。

ゆえに、当面はサードパーティのサービスの利用が中心になると考える。PayPalに関しては、Tip Jarの提供直後に、送金側の住所などの情報が送り先に丸見えになるというTwitterでの報告が話題になったが、実際には送金側の操作で個人情報は秘匿できるため、注意していれば問題ない。

「PayPalのアカウントを使用し資金送金をする場合には、『ご友人やご家族に送金する』『商品やサービスの代金を送金する』の2種類の送金機能を利用できます。ユーザーが『ご友人やご家族に送金する』機能を使用している限り、住所・電話番号は受取側に伝わりません。また、『商品やサービスの代金を送金する』機能を選択している場合でも、『配送先住所』欄を表示させない設定にすることで住所を通達させないことが可能です」(PayPalの公式コメント)とのことで、ユーザーがあくまでサービスの特性を認識したうえで利用すればいいだろう。

Twitter側では、念のためTip Jar利用時にその旨の警告表示を行なうことも検討しているようだ。

米国における「チップ」、日本では「投げ銭」という形でネット時代に顕在化したクリエイター支援の仕組みだが、その実装は必ずしも容易ではない。ゆえに今回のTip Jarのようにサードパーティとの連携を利用するケースは今後も増えるとみられ、ユーザー側も利用にあたっての注意点などを改めて認識する必要があるかもしれない。

特に送金サービスは「知り合い同士」といった顔見知りを対象として成り立っている場合が多く、ネットの世界における「匿名性」とは相性が悪いケースも少なくない。マネーロンダリングの観点からいえば妥当な話なのだが、このあたりは難しい部分だ。

アイスランドのレイキャビク市内にあるスターバックス店舗で見かけたTip Jar。世界各地の通貨の現金が投入されている

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)