鈴木淳也のPay Attention

第80回

コロナ禍の小売のいま。2021年のNRF

米ニューヨークのヘラルドスクエア。2019年1月の撮影だが、かつて賑わっていた商業区域は現在どうなっているのだろうか

昨年1月は米ニューヨークへと渡り、全米小売協会(NRF)主催のリテール展示会「NRF Retail's Big Show」の取材を行ない、本誌にてその最新トレンドの一部を紹介した

だが現在、1年前とはうってかわって人の往来は制限され、大型展示会は開催そのものが難しくなった。NRFも多分に漏れず世界最大規模の展示会の開催方法を大幅に変更しており、2021年1月は「Chapter One」と題して2週間にわたってインターネット上でバーチャルイベントを開催、同年6月に改めて「Chapter Two」と題してニューヨークにてリアル展示会の開催を計画している。

リアルイベントの会場は例年通り市内のJavits Centerで会場レイアウトも従来のものを踏襲するものの、Intelをはじめとする参加常連の大手ベンダーの一部が不参加となるなど、顔ぶれが少なからず変化している。またバーチャルイベント自体が初の試みであり、魅力という面でやや見劣りのする講演のトピック、単に各社のページへのリンクを網羅した展示会スペースなど、本稿執筆中も現在進行形でイベントが進んでいるChapter Oneへの不満はいろいろあるが、今回はこのイベントの基調講演にて語られた「コロナ禍における業界団体と小売業の存在意義」についてまとめてみたい。

また、同時期にバーチャルイベントの開催されたCESにおいて米Walmart CEOのDoug McMillon氏が登壇した基調講演で、やはり「Walmartとコロナ禍の取り組み」が語られている。この2つのトピックに触れつつ、2020年から2021年に向けて業界がどこに向かいつつあるのかを考えてみる。

Walmartがコロナ禍で実践したこと

まずはWalmartの話題。全世界に1万1,000の店舗を構え、230万人を雇用する同社は間違いなく流通業界で世界ナンバーワンの企業だが、同社のトップとして陣頭指揮を執るのはCEOのMcMillon氏だ。同氏は10代の頃からWalmartで働き続け、大学を卒業してMBAを取得した後すぐにWalmartに就職して30年のキャリアを持つ。その同氏が「過去30年のキャリアで現在が最も変化の激しいタイミングにある」と語っているが、それだけ2020年から2021年までの変化が小売業界にとって劇的だったのだといえる。

CESで講演する米Walmart CEOのDoug McMillon氏

新型コロナウイルスの脅威が顕在化した2020年春以降のWalmartの動きについては連載の過去のレポートに詳しいが、ロックダウンを控えて全米各都市でスーパーマーケットなどへの買いだめに向けた需要が急増し、店舗外に入店待ちの長い行列ができる自体となった。同時に、オンラインショッピングや、オンラインでの事前注文後に店舗を訪問してカーブサイドピックアップを利用する動きも急増し、流通網がパンクする事態にも陥った。

顕著な例では、Amazon.comが消耗品など優先度の高い商品を除き、パートナー各社がフルフィルメントセンター(FC)に商品を持ち込むことのないよう通達を出したり、あるいは同社傘下のWhole Foods Marketのオンライン配送サービスが店舗によっては2週間以上先の日程しか指定できなくなるなどが挙げられる。

いずれにせよ、それまでの購買行動が激変し、各社はその需要に対応すべく“迅速に”動く必要があったというわけだ。

McMillon氏は「過去に参考になるような事例はなかった」ことを強調しつつ、当時は物事に対する優先順位を決めて直ちに対応に取りかかったという。最優先事項は従業員保護で、身体、経済、そして製品面の安全を確保しつつ、(衛生的な対応に非協力な客はいるものの)必要な枚数のマスクを確保しつつ店舗での安全対策を進めていった。

次に重要なのが「サプライチェーンを止めない」という点で、急激なニーズの増加に対応しなければいけないという世間のプレッシャーを受けつつも、必要な商品を確保して店頭に並べたり、あるいは流通に流す必要があった。

言葉だけなら簡単だが、実際にはメーカーとの交渉に始まり、米国内に何千と存在する系列店舗の倉庫に商品が適時行き渡るためのリアルタイムでのデータ分析とAIによる判断、そして労働力の確保と課題は多い。

特に、Walmartは地域店舗ごとに多くの臨時雇用を発表したことが知られており、同氏によれば数ヶ月で50万人以上の追加雇用が発生したという。もちろん、こんな人数が一気に増えては従来の採用プロセスで対応できるはずもなく、その仕組みから見直して対処に当たったと説明する。つまり、従来までの投資や研究開発が大きく活かされたと同時に、急激な市況の変化に合わせて自身の業務プロセスを素早く柔軟に変更できたという点が大きい。

コロナ禍でスタートしたサブスクリプション型のフリーデリバリーサービス「Walmart+」。スーパーセンターで給油した場合のガソリン割引や店舗でのScan&Goサービスの利用など、「オンとオフ」の2つの特典が同時に得られる

これだけだとコロナ禍での対応に手一杯だった印象もあるが、新サービスも始まっている。その1つが昨年9月に始まった「Walmart+」で、「店舗でもオンラインでもどっちもお得」をセールスポイントにしている。

これは年間98ドルまたは月間12.95ドルのサブスクリプションサービスで、最大の特典として「無制限でフリーデリバリーが利用できる」というものがある。居住エリアによって「即日」または「翌日」の違いはあるが、再び全米がロックダウンに突入するなかでオンラインデリバリーの利用は増加しており、このニーズをうまく汲み取ったものとなる。

このほか、対応センターでのガソリン給油で1ガロンあたり5セントの割引、また店舗でのScan&Goサービスの利用が可能になる。それぞれは微々たる特典かもしれないが、「顧客は少しでも安い物を選ぶ」というWalmartの行動原理とも呼べるニーズを汲み取るべく、同社が培ってきた流通の最適化技術を盛り込んだサービスであり、うまく好評を得ているという。

業界のロビー活動

正直にいえば、苦境にある小売業界でもWalmartは勝ち組のカテゴリに属しており、さすがに業界の盟主の貫禄を見せていると思う。一方で、小売全体を見渡せば厳しい状態にあることは変わりなく、特にアパレルや化粧品、宝飾品などの業界はダメージが大きく、飲食店や対人中心のサービス業であればなおさらだ。

これら店舗は中小企業が多いのも特徴で、“雇用力”という面では前出Walmartのように1社だけで200万人近い雇用を抱える大手に比べれば規模こそ小さいものの、「流通」という業界のギアを回す重要な役割を担っている。新型コロナウイルスの脅威とは、このシステムを破壊してしまうことにあるといえる。

NRF会長のMike George氏はChapter Oneで開催された講演において「小売業界は過去10年にわたって成長を続けてきており、長期間にわたる好景気の恩恵を受けてきたが、(新型コロナウイルスの)パンデミックがそれを破壊した。

それだけでなく、長期にわたる“リテール・アポカリプス”とも呼べるデジタルトランスフォーメーションのただ中におり、見通しが悪くなっている。だがわれわれは理解しており、小売業界というのは常にダイナミックな業界であり、コンスタントに革新を続け、顧客により良いものを届けるべく動いている。われわれのバックボーンは民間における多くの雇用だ。世界が健康の危機に直面するなか、政府がより良い対策を模索する一方で、小売店舗の多くは閉鎖という問題と向き合っている。さまざまな混乱はあったが、業界では驚くべき素早さで対応して回復力を見せつけた」と述べ、Sam's ClubやLowesなどが状況に対応したモバイルアプリやピックアップサービスを迅速に導入した点を評価している。

NRF 2021 - Chapter Oneで講演するNRF会長のMike George氏

各社ごとに危機に対する素晴らしい対応はあったと思うが、NRFとして最も重要なのは、それが「ロビーイング団体」である点だろう。

全米の雇用人口の3分の1から4分の1を小売やそれにまつわる人々が占めている業界だが、この雇用力を武器に政府を動かす点にある。業界としては新型コロナウイルス対策をきちんと行ないつつ、コロナ禍でぼろぼろになった国際流通網やインフラの再整備、そして経済回復に向けて小売業界にまつわる人々がきちんと活動していることを政府に訴えていくと宣言している。

そのうえで、ジョー・バイデン大統領が就任して新政権がスタートする2021年のタイミングで、そのロビー活動の成果が政策として反映されることに期待を寄せるメッセージで締めくくっている。具体的な内容については言及していないものの、おそらくは税金優遇や給付金などの形で、活動資金が細ったことで青息吐息の小売店や流通関係者を支援する方向に向かうのではないかと考える。

NRFの役割として、ロビーイング団体として雇用パワーをバックボーンに政府に必要な対策を打ち出させていくという。その成果が出るのはもう少し先になるだろう

実際のところ、比較的余力のある大手と比較して残りの小売は投資余力も少なく、現在も生き延びるのに必死という状況だろう。例年であれば1月のNRFでは「テクノロジーや新しいサービスが小売や流通の未来をどのように変化させるか」を期待しているのだが、その成果を見るのは少なくとも半年は先になりそうだ。

鈴木 淳也/Junya Suzuki

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)