鈴木淳也のPay Attention

第51回

「ウォルマート vs アマゾン」の本当の見方

全米に5000近い店舗を抱えるWalmart(写真提供:Walmart)

米国のリテール市場でよく語られる対立構図がある。「Walmart(ウォルマート) vs. Amazon」だ。リアル店舗の世界での覇者と、世界のオンライン市場を席巻する業界の覇者。企業の時価総額でいえば前者の3,341億ドルに対し、後者は1兆3,200億ドルと大きく引き離しているが(本稿執筆時点での額)、通年の売上でいえば前者は5,240億ドルであり、後者は2,850億ドルと半分程度だ。

こうした両社だが、この対立構図が語られるときに聞こえてくるのが「既得権益者のWalmartと、それをオンラインで崩していくAmazon」というフレーズだろう。勢いや印象だけでみればAmazonの優位のようにも思えるかもしれないが、両社の単純比較は難しいのが実情だ。

Amazonが2017年6月にオーガニック商品を扱うことで知られる高級スーパーのWhole Foods Marketを買収したことにはじまり、2018年1月から一般向けサービスの開始したレジなし店舗の「Amazon Go」、そしてリアル書店の「Amazon Books」に、人気商品やトレンド商品を集めた「Amazon 4-star」まで、近年のAmazonはリアル領域の開拓に力を入れている。

一方のWalmartも2016年にECサイトを運営するJet.comを買収し(Walmart.comブランド強化のため今年2020年5月にJet.comのサービス終了を表明)、今年6月にはEC支援サービスのShopifyとの提携を発表するなど、オンライン戦略を次々と強化している。

売上に占める比率は不明だが、Walmartによれば2020年第1四半期(1-3月期)の米国でのオンラインの売上は昨年同期比で74%の成長を見せており、特に食品のピックアップやデリバリーサービスの需要が大きかったと説明している。同四半期の世界全体での売上は1,346億ドルで、前年同期比で8.6%の増加となっている。対するAmazonの同四半期の売上が755億ドルで、前年同期比で26.4%の増加。やはり潜在的成長性が大きいことが分かる。

これら事情だけでみれば、先ほどのWalmartをAmazonが猛追しているという見方も正しい。ただ難しいのは、同じ小売業者でありながらそれぞれが抱えている事情が異なるため、単純比較できないことだ。今回は「小売業」そのものと、「テクノロジー」の2つの面で両社の話題を少し整理したい。

新型コロナウイルス蔓延の裏側で起こっていたこと

まずは「小売」の面で、新型コロナウイルスがどのような影響をもたらしたのかをみていく。前述のようにWalmartは5月19日に発表した四半期決算で1,346億ドルの売上を報告しているが、このうち全体の3分の2に相当する887億ドルの売上が米国からのものだ。世界全体での前年同期比での上昇率が8.6%なのに対し、米国内では10.5%と上げ幅が大きい。

理由は、新型コロナウイルス蔓延における「買いだめ」需要に加え、日々の食事などを家庭で済ます機会が増えたため食品需要が積み重なった結果だ。同社のデータによれば、トランザクション(会計の回数)自体は5.6%減少しているものの、平均単価は16.5%上昇しており、結果として売上増に結びついている。つまり、まとめ買いの需要が業績を後押ししていることが分かる。

ただ注意すべきなのは、Walmartの決算報告が3月までと、全米でロックダウンが開始された直後の数字で留まっている点だ。本格的な落ち込みは4月以降に到来し、5月から徐々に回復傾向に向かうというトレンドは、すでに全米の消費支出(PCE:Personal Consumption Expenditures)の統計から見えており、同社の次の四半期決算でも明らかになるはずだ。特に、3月は「買いだめ」が特に頻繁に発生し、流通各社は棚の補充や顧客対応に追われ、メーカーもまた増産でそれに応えた。Walmartでは3月に従業員に対して臨時ボーナス提供を発表したほどだ(なお5月にも追加のボーナス提供を発表している)。

だが「買いだめ」需要は早々に一段落ついたようで、この手の需要では最もニーズがあるCostco Wholesaleから、10年以上ぶりに4月の売上が減少に転じたという報告が出ている。これはNielsenのデータを基にWall Street Journal(WSJ)も解説しているが、小麦粉、オリーブ油、缶入りスープといった比較的保存の利く商品の売上は3月中にピークを迎えた後、4月には早々に前年同月よりも下の水準へと落ち込んでいる。

これは反動がきた形だが、6月に入り米国では景気後退局面(リセッション)に入ったことが正式にいわれるようになり、リーマンショック以降10年以上にわたって続いていた好景気が終了したことが、小売の売上にも現出し始めたことを示すデータの1つとも考えられている。

米ニューヨークにあるMacy'sの店舗。世界最大をうたうが、やはりロックダウン中は客足が途絶えるのは避けられなかった

視点とWalmart以外に向けてみるとさらに興味深い。WSJの「Coronavirus Widens the Retail Divide: Macy’s Sales Fall 45%, Best Buy Slips 6%」という記事では、Macy'sのような従来型の百貨店が40%超の売上減少に直面するなかで、Best Buyが6%の小幅減少で抑えるなど、大規模小売店の2極化が進んでいる話を紹介している。

ロックダウンによりリアル店舗の閉鎖を余儀なくされ、郊外型店舗も多く構えるBest Buyでは事前のアポイントを得ての訪問やカーブサイドピックアップ(Curbside Pick-up)のような駐車したまま路上で商品を受け取れる仕組みを活用していたという違いはあるものの、期間中にオンラインで注文を吸収できたかという部分が差異を生み出したようだ。また同紙の別の記事でも指摘しているように、Best Buyでの商品単価はAmazon.comを含む競合よりも高く、それでもなお顧客を惹きつける理由は「Geek Squad」のような付加サービスのほか、家電導入コンサルテーションなど、プラスαの部分が牽引したとも考えられている。

つまり、顧客が急遽オンラインシフトしたところで、普段の関係の存在なしに客はやってこないというわけだ。一方で、新型コロナウイルス影響下のBest Buyは家庭での余暇時間を過ごすゲーム機やAV系の商品の需要が伸びた恩恵を受けているともいわれ、今後リセッションが広がれば、否が応でも悪影響を受けざるを得ないとも考えられる。

Amazonが見せた2つの弱点

オンラインへのシフトでもう1つ難しい問題がある。他ならぬAmazonに関する話題だが、同社はロックダウン直後に配送処理がパンクし、特に食料品カテゴリでの注文を一部地域で数週間ほどストップした経緯がある。これは同社傘下のWhole Foods Marketも同様で、配送オーダーが通常であれば当日または数日内であるものの、注文殺到により1週間以上先になってしまったというケースだ。また、前述ように「買いだめ」需要が殺到したため、特に緊急を要するもの以外はAmazonのフルフィルメントセンター(FC)には送らないようメーカーらに通達を出す対応に追われている。

今回の件で、Amazonは2つの点で販売機会を失ったという指摘がある。1つは配送や倉庫システムそのものにキャパの限界があり、全体としての売上は伸びているものの、本来の需要には応えられなかったという面だ。もう1つはNew York Timesの「Amazon Misses a Shopping Opportunity」という記事でも指摘されているように、Amazonはオンライン専業であるがゆえに顧客接点が限られ、結果として販売機会を逃しているというものだ。

AmazonはロッカーサービスをWhole Foods Marketの店舗内を含む各所で拡充しているほか、本社のある米ワシントン州シアトルではドライブイン用のピックアップポイントを用意している。だがカーブサイドピックアップも可能な他店に比べると選択肢は限られ、Best Buyなどでみられたようなサービスを通じた顧客との密なつながりも薄い。

Walmartにおけるカーブサイドピックアップの例(写真提供:Walmart)

Amazonによれば、同社は今回の新型コロナウイルスに関連して臨時雇用した17万5,000人の従業員のうち、12万5,000人をフルタイム雇用へと移行させる提案を行なっているという。パートタイム合わせて50万人の従業員が米国だけでAmazonによって雇用されている形となるが、こうした体制をもって、もともと7月に予定されていたPrime Dayを9月へと延期する形で通常対応へと切り替えていく意向だ。

一方で、これだけの雇用を抱えつつも、そのビジネスモデルゆえに「配送」「ピックアップ拠点」の2つが理由で成長のボトルネックになっている。意外な形でAmazonの弱点が露呈したといえるかもしれない。

本当の戦い

最後に、「テクノロジー」の側面から話をまとめたい。Walmartは6月15日(現地時間)、Shopifyとの提携を発表した。Shopifyはカナダを拠点として世界にサービスを拡大する事業者で、主に中小の小売店に対してオンラインショップ構築やPOS提供を行なっている。これら小売店がShopifyを利用することで、商品管理を容易にしつつ、さらにオンラインへも販路を拡大できるというわけだ。

以前の米西海岸レポートでも少し触れたが、ロックダウンによりリアル店舗閉鎖を強要されるなか、オンラインに新たに販路を開拓する小売店が出現した。

実際、ShopifyやSquarespaceなど、オンライン上でWebサイトを開設したり、ECサイトを立ち上げる支援サービスが新型コロナウイルス以降にシェアを急増させている。WalmartはShopifyとの提携で、これら小売事業者がオンラインのWalmart Marketplace上にストアを出店可能にする仕組みを提供するとのことで、直接的にはAmazon Marketplaceと対決する狙いがあると考えられる。

Walmartのセルフレジレーンの様子(写真提供:Walmart)

Walmartのビジネス全体に占めるオンライン事業の割合は不明だが、少なくとも最重点ビジネスの1つとして同社が急速に強化を進めているのは確かだ。同社がわざわざ買収したJet.comを潰してまでWalmart.comへと顧客を誘導しようとするあたり、少なくとも認知度の面でAmazon.comに近い存在に持っていきたいと考えているのかもしれない。そして今回のShopifyとの提携により、外部の販売事業者もWalmart.comのインフラを使えるようにし、さらに露出を増やしていく狙いがあると思われる。

Walmartについて1つ有名な話があり、同社がAmazonを極度に毛嫌いしているというものだ。Amazonは売上だけでみれば、北米のビジネスで全体の61%、米国外のビジネスで26%を稼ぎ出しており、同社のクラウド事業部門であるAWSはそのうち13%に過ぎない。だが、これが営業利益(Operating Income)になると話は変わり、実に同社全体の7割以上をAWSが稼ぎ出す超優良部門へと変身する。

クラウド業界における各社のシェアはさまざまなデータがあるためここでは掲出しないが、おおよそすべての報告においてAWSが圧倒的なトップにあることに異論はない。オンラインの小売事業が主力とみられているAmazonだが、その利益の源泉はAWSであり、その顧客は他ならぬ「ITによる効率化を進めつつ、オンラインへの進出を考える競合の小売事業者」だ。

つまり、小売の本業ではAmazonと競合しながら、その裏ではAmazonの技術に頼らざるを得ないというジレンマに陥っている。

Amazonの2020年第1四半期(1-3月期)における各事業の売上比率(出典:Amazon)

ゆえに、小売事業者の間でも「なんとかAmazon依存から脱却できないか」という話が当然ながら出てくる。この急先鋒ともいえるのがWalmartだ。同社は2018年7月にMicrosoftとの提携を発表したが、Azureを含むMicrosoftの基盤技術を活用しつつ、Walmart自身はさらに独自のラボで技術開発を進めるという2面作戦で挑んでいる。Walmartでは先日、同本社に近い米アーカンソー州フェイエットビルのスーパーセンターの1つでセルフレジのみで運営される店舗のテストを開始しているが、技術開発と店舗運営の両面でさまざまな実験が本社のあるベントンビル周辺では繰り返されている。

同時にAmazon排除にも余念がなく、例えばJet.comは買収時にAWSを基盤技術としていたものを、すぐにAzureベースで構築し直させるほどの徹底ぶりだ(その後、3年足らずでサービス自体が閉鎖となったわけだが……)。このように、「Walmart vs. Amazon」の戦いはさまざまな思惑を抱えながら、周囲を巻き込みつつ拡大していっている。

少し先の展開の予想になるが、この両社の戦いの行き着く先は周囲を少しずつ飲み込み、大手はさらにその規模を拡大させていくことになると考える。具体的には、リセッションへと入ったことで資金調達や資金繰りが厳しくなったスタートアップ企業や中小企業では、事業や拠点の切り売り、あるいは自身そのものの売却へと向かうケースが増えるだろう。

すでに飲食店などで居抜きで店舗拡大を目指したり、傘下企業を拡大する大手チェーンのグループが出現しているという話を聞く。これは一般のリテールや技術系企業もまた例外ではなく、比較的体力に余裕のある大手がこれらを吸収していくフェーズが続くはずだ。おそらくは、次の数年は両社による買収合戦が、その競争の舞台となるのかもしれない。

鈴木 淳也/Junya Suzuki

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)