鈴木淳也のPay Attention

第60回

すでに過当競争? 日本のフードデリバリー最新事情

出前館の企業サイト。最近TV CMや街頭広告で同社CDO(チーフ出前オフィサー)の浜田雅功氏の顔を見かける機会が増えてきた

先日、日経クロステックに世界のフードデリバリー市場に関する最新事情をまとめた記事を寄稿させていただいたが、追加料金で配達代行のみを請け負うフードデリバリー業界は世界各国の市場で過去4-5年ほど激しいシェア争いを繰り広げており、その勢力図が頻繁に入れ替わっている。

日本での知名度も高いUber Eatsは米本国のみならず、進出した各国の市場で2位以下、あるいは事業譲渡による撤退があったりと、成長する市場に反して必ずしも順風満帆とはいえず、提供対象エリアや提携先の拡大で各地域での最大手とシェアの面でしのぎを削っている。

よく、「新型コロナウイルスの蔓延により都市はロックダウンされ、イートイン業態に代わってデリバリー市場が急拡大している」とはいわれるが、これが即Uber Eatsなどの個別の事業者のシェア拡大につながるとは限らない。例えば、米Uber Technologiesのデリバリー事業(Uber Eats)は2020年第2四半期(4-6月期)の注文ベースだけで前年同期比106%の伸びを見せており、事業の売上自体もまた同等に2倍の躍進を見せている。しかし、米国では最大のライバルとなるDoorDashや、欧州のJust Eat Takeaway傘下に入ったGrubhubも同様に売上を大幅に伸ばしているわけで、激しい競争により、売上増が必ずしもシェア拡大に結びつくわけではないという点に注意したい。

米Uber Technologiesの2020年第2四半期(4-6月期)決算資料の抜粋。配車サービスの減少に比してデリバリーが大幅に伸びている(出典:Uber Technologies)

フードデリバリー市場は急成長を続けるも、まだまだイートインは強い

本稿では日本のフードデリバリー市場について詳しくみていく。

NPD Japanが2019年4月10日に公開した調査報告によれば、日本のフードデリバリー(出前)市場の規模は前年比5.9%増の4,084億円だという。1年半前のデータのためやや古いが、全体の規模感をみるにはいいデータだろう。

同市場は年2-6%程度の幅で増加し続けており、人々の働き方や家族構成、住居の高層化なども相まって需要が伸びているという分析だ。また2018年時点での主要7フードデリバリーサービス(Uber Eats、出前館、ごちクル、dデリバリー、楽天デリバリー、ファインダイン、LINEデリマ)を合わせた同市場におけるシェアは44%で、店舗が独自に持つ配達システムなどと比較しても、大きなポジションを獲得しつつあることがうかがえる。

そして2020年だ。同じくNPD Japanが8月6日に発表した同年6月時点での外食・中食市場の調査報告によれば、市場全体の売上金額と利用機会ともに前年比で大幅な減少を見せており、やはりイートインの大幅減少が全体に足を引っ張っている傾向がみてとれる。

緊急事態宣言がピークに達した今年5月時点の落ち込みが一番大きく、6月のデータはそれよりは改善しているものの、やはり前年比での落ち込みは顕著だ。

この数字の変化は外食市場における販売業態ごとの売上に如実に表れており、例えばフードデリバリーについては5月に前年同月比205%増を記録したものの、6月はやや落ち着いて105%増となっている。それでも売上構成比でいえば、5月が18%、6月が9%なので、落ち込んだとはいえイートインの比率が引き続き高い。

国内においてコロナ禍の影響がほとんどなかった2月のデータが通常時の実態を示していると考えると、イートインが83%に対し、テイクアウトとフードデリバリーが合わせて17%。おおよそ8:2くらいの比率が日本の外食産業の現状なのだろう。

2020年2-6月までの月ごとの外食市場における販売業態別の売上増加率(前年比)と売上構成比(出典:NPD Japan)

ただ注意したいのは、これらはあくまで全体を俯瞰したデータであり、個別の事業者の実態を必ずしも代弁していない。

例えば顕著なのは居酒屋業態で、東京などで課された営業時間短縮の影響をもろに受けている。これら業態では夜間に各客の入れ替わりが2-3回発生し、滞在中の2時間前後の間にどれだけ商品を提供して客単価を上げられるかに売上のすべてがかかっている。

つまり時短イコール売上減であり、1日の回転数が従来の2-3回から1-2回に減少すれば、売上に与えるインパクトは3-4割の水準になる。あるいは店自体が早じまいしてしまうため「飲みに行かない」という人もいるだろうし、テレワーク中心だった期間中はそもそも出社さえしていないので人の集まる機会も少ない。ランチ営業の売上も望めず、家賃などの固定費だけを支払うという状況になりかねない。

そうした理由もあってか、居酒屋が本来活動していないランチと夜間営業の間の隙間時間をテレワーク用の作業場として貸し出す業態も出現しており、少しでも場所の有効活用を実現し、売上を得ようとする面白い傾向だ。

緊急事態宣言中、東京の銀座にある居酒屋では夕方の時間帯に普段店内で提供している惣菜を街頭で売り出すなど、さまざまな工夫がみられた

居酒屋もそうだが、そもそもデリバリーに向かない業態もある。例えばステーキなどは30-40分の配達時間は長すぎると考える。また、いざデリバリー向けの商材を持っていて実際に業者に委託しようとしても、そもそも認知されていないため売上増にはつながらないというケースもあるようだ。

例えば横浜中華街にある聘珍樓は緊急事態宣言中にUber Eatsによるデリバリーを開始したが、店の担当者によれば「まだまだ認知が少なく、出足もそれほど好調ではない」と語っていた。当時、イートインも密集を避けるためにフロアを限定し、かつテーブルも半分以下に削減するなど、客の出足の少なさも相まってとても売上を維持できる状態ではなかった。そのうえで、メニューの毎回の消毒や提供形態の見直しなど、安全最優先のためにオペレーションは増加しているわけで、一時的な対応とはいえ外食市場の苦境を改めて感じさせる状態だった。

横浜中華街の聘珍樓では緊急事態宣言に合わせてUber Eatsでの取り扱いを開始したが、出足はそれほどでもなかったという

すでに過当競争の日本市場

以上を踏まえて日本のフードデリバリー市場はどうだろうか。日本には複数の事業者が存在するが、本稿執筆時点でのトップ2は、3月27日に資本業務提携を発表した出前館+LINE(LINEデリマ)と、Uber Eatsの2社だろう。LINEは同社のデリバリーブランドも出前館に統一していくとしており、今後Yahoo!(Zホールディングス)との合併が進んでもデリバリー事業では出前館を推してくるとみられる。

共同通信によれば、Uber Eatsは数年内にも日本でのドローンを使った配送サービス参入を目指しているといわれ、テクノロジー開拓に熱心だ。自前の配送ネットワークとノウハウを持つものの、テクノロジー活用面ではまだ開拓余地のあった出前館がLINEと組むことで、この分野で先行するUber Eatsに対抗する構図になるだろう。

業務資本提携を発表し、ほぼ2社のシェアが合算されることになる出前館+LINE

フードデリバリー業界で興味深いのは、ある程度事業領域を拡大してもすべてをカバーするわけではなく、それぞれに得手不得手がある点だ。

配送エリアと対応店舗数ではトップの出前館+LINEだが、例えばマクドナルドは自前のマックデリバリーとUber Eatsを活用しており対応できない。また、シェアでいえば両陣営には負けるものの、ファインダイン(fineDine)は他のサービスが請け負っていない高級店舗や個人店の配送に対応しているほか、フードデリバリーでは唯一の「いきなりステーキ」の配送が可能になっている(エリア制限あり)。同サービスはもともと高級寿司デリバリーを手がける「銀のさら」と同じ運営会社のライドオンエクスプレスの事業でもあり、こうした経緯で他社とは違うラインナップを持っているのだろう。地域特化型では東京エリアをカバーする「menu」などもある。

マクドナルドはマックデリバリーまたはUber Eatsのみの対応

ポイント連携では、楽天ポイントの使える「楽天デリバリー」、LINEポイントの使える「LINEデリマ(出前館)」、dポイントの使える「dデリバリー」を使う選択肢もある。

特にdデリバリーは実質的に「dポイントの使える出前館」であり、配送ネットワークは出前館そのものだ。使い方としてはポイント重視またはカバー範囲の広いサービスを普段使いで用い、目的の店が決まっているケースなどに適時使い分けるイメージだろう。実際、マクドナルドなどを除けば主たるチェーン店の多くは複数の事業者が相乗りしていたりするわけで、フロントエンドのアプリの使いやすさやポイント連携の有無で選ぶことになる。

主要チェーンであれば複数のデリバリー事業者が同時乗り入れしているのも珍しくない

特にコロナ禍の影響でここ半年でサービスが大幅拡充されたこともあり、サービスのカバー範囲という面での拡大局面は一段落しつつあると考えている。今後はポイント連携も含め顧客の囲い込みと、競合他社の吸収合併も含めた業界再編局面に向かうのではないだろうか。

興味深いのは、この状況下においてなおデリバリー事業での日本進出を目指す企業があることだ。ドイツのDelivery Heroは7月末に発表した2020年第2四半期(4-6月期)決算において、第3四半期内での日本市場への「foodpanda」ブランドでの進出を発表している。Delivery Heroは世界の展開エリアごとに異なるブランドを提示するマルチブランド戦略を行っており、このうちfoodpandaはアジアや新興国向けのブランドとなっている。

同社CFOのEmmanuel Thomassin氏は日本市場について次のように語っている。

> Even in these unprecedented times, we have seen record growth across Delivery Hero’s markets, putting us in a strong place to build out our global leadership position. We are excited to announce that we will launch operations in Japan, the world’s third-largest economy, in Q3. Japan is the greatest underpenetrated delivery market outside of China, and we see great potential to win market shares in this early stage environment.

日本は中国外では「最もデリバリーが浸透していない市場で非常に有望」としており、同社にとってビジネスチャンスになるという。

この件について、市場の見通しや提携が見込まれる企業などをDelivery Hero広報に尋ねたところ「現時点で共有できる情報はない」とのコメントだった。

同社の発表通りであれば9月中にもfoodpandaが日本に上陸するわけで、すでに既存事業者らの地固めが始まりつつある日本でどのようにサービスを展開していくのか気になるところだ。

鈴木 淳也/Junya Suzuki

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)