鈴木淳也のPay Attention
第42回
新型iPhone SEにみる最新Apple Pay事情
2020年4月17日 10:27
長らく噂されていた第2世代の「iPhone SE」がついにAppleから発表された。iPhone 8の筐体に最新のA13 Bionic SoCを搭載し、一部ハードウェアの最新のものに刷新した低価格モデルだ。その性質上、決して“マス”を狙うものではなく、あくまで既存のニーズの“穴”を埋める補完的な位置付けにある。
ある情報源によれば、今回のiPhone SEの製造ターゲットは1,500~2,000万台程度とAppleのiPhone年間販売台数の1割以下とのことで、どちらかといえば旧モデルユーザーを新世代の製品へと後押しすることが狙いにあると思われる。
今回はこのiPhone SEの新モデルの話題を皮切りに、最近のApple Pay事情を少し整理してみたい。
iPhone SEはApple Payの使いこなしに適している
最初に米国でApple Payがスタートしたのが2014年10月、世界で12番目の国(あるいは地域)として日本では2016年10月にスタートし(カウント方法によっては13番目)、そして現在2020年4月時点で世界52カ国(あるいは地域)でサービスが展開されている。
2019年に一気に対応国が増えたのが原因だが、サービスが拡大し続けていることは賞賛に値する。一方で、日本ではいまだにVisaカードのブランドとしてはApple Payへの登録が行なえず、オンラインやアプリでの買い物や、非接触のEMV Contactlessカードとしては利用できず、非常に中途半端な状態にある。これが近々改善されることに期待したいところだ。
新型iPhone SEに話を移すが、その実態はiPhone 8の皮を被った最新世代のiPhoneだ。さすがにUWB(Ultrawide Band)のモジュールは搭載しないものの、SoCや通信関係の仕様は最新のものであり、Apple Pay的な注目点として「リーダーモード対応NFC/FeliCa」「予備電力機能付きエクスプレスカード」の2つの機能が含まれている。
これは2018年に登場したA12 Bionicを搭載したiPhone XS/XS Max/XR世代以降の特徴であり、旧世代のモデルには含まれない。当然、旧モデルのiPhone SEには含まれていないものであり、“ガワ”のベースになっているiPhone 8にも含まれていない。さらにいえば、iPhone SEではそもそも非接触での「タッチで決済」が日本では利用できず、iPhone 7発表直前にSEを購入してしまい、悔しい思いをしていた人を何人か見かけている。
筆者は指紋認証で決済が完了するというApple Payの使いやすさからiPhone 8を愛用しており(ホームボタンに指を置いたまま、NFCリーダーに端末をかざすだけでいい)、メイン端末を最新世代に乗り換える気がさらさらないが、もし仮にiPhone 8が旧モデルとしてサポート対象外になったとき、その移行先として新型iPhone SEを候補に考えている。サポートが延長され、かつApple Payの機能強化が行われるのだからありがたい限りだ。
ところで、A12以降の世代で導入されたこの2つの機能だが、なぜ旧世代では対応できなかったのだろうか? リーダーモードについては「電波出力の問題」という話も聞いているが、これはまだ確証が取れていない。もう1つの「予備電力機能付きエクスプレスカード」については、ハードウェアとソフトウェアの両方の問題に起因すると考えられる。おサイフケータイの場合、FeliCaのセキュアエレメントはNFCアンテナにコントローラを介して直結され、本体のSoCとは独立して存在しており、チップに最低限度の電力を投入できれば機能を有効化できるため、Androidスマートフォンの多くで「本体の電源が入らなくなっても、ある程度はおサイフケータイが利用できる」という状態が維持できる。これは“出”と“入り”で2回タッチが必要なモバイルSuicaなどの交通系アプリケーションで特に有効だ。
ところがiPhoneの場合、これらカードの管理の多くはソフトウェア化されており、制御にOSが介在するようになっている。情報源によれば、FeliCa実装も特殊なものであり、Androidなどとは仕様が異なっている。そのため、電源オフ時などにはApple Payがまったく利用できない。そこで「予備電力機能付きエクスプレスカード」に対応した以降の世代では、利用において特に致命的になる「交通系ICカード」限定で、仮に本体のOSを起動するには不十分な電源しか残っていなくても、最低限カードの呼び出しがエクスプレスモードを通じて可能になるよう、ハードウェアとソフトウェアの両面での改良から実現したと考えられる。
おそらくA12以降のSoCに何らかの細工が行なわれていると予想するが、こちらも機会があったら改めて検証したい。
交通系ICとエクスプレスカード
交通系の話題が出てきたところで「エクスプレスカード」に触れたい。これは「Face IDやTouch IDなどの認証なしで、交通機関の利用時に端末にタッチするだけで支払い用カードを利用する」という仕組みで、従来まではSuica専用の機能だった。だが現在、英ロンドンの交通局(TfL)や米ニューヨークのMTAが運営する「OMNY」のように、Apple Payを含む非接触の決済用カードで利用可能な交通機関が世界中で増えているほか、Appleが中国市場向けに同国の交通系ICカードを利用できる仕組みを導入しており、エクスプレスカードがSuicaの枠を越えて適用されつつある。
エクスプレスカードに対応する交通機関はAppleのサポートページにまとめられているが、Suicaを除く対応交通機関は下記の一覧の通りになる。
- 中国本土(China T-Unionカード対応の場所すべて)
- 北京(Beijing TransitとBeijing China T-Unionの両方)
- 上海
- 深セン
- ロンドン(TfL)
- ニューヨーク(MTA、OMNY)
- ポートランド(Hop Fastpass)
エクスプレスカードのメリットは明確で、実際にエクスプレスを利用しない状態でApple PayでOMNYのゲートを通過する様子を撮影した動画を見ていただければわかるだろう。事前に認証を済ませていない状態で、iPhoneを非接触リーダーにタッチしてApple Payを起動しようとすると、それだけで数秒のラグが発生してしまう。一方で、一度認証を通した状態であれば一瞬でグリーンのランプが点いてゲートが通過できるようになるため、スムーズさがまるで異なる。
ここで出てきた「China T-Union」について少し説明する。中国では交通機関に非接触ICカードが導入されて以降、海外の他の多くの国と同様に都市ごとにバラバラの出入場システムを導入しており、ICカードそのものも共通性がなかったが、2015年以降に一部都市で共通カードとなる「China T-Union(TUとも書く)」の導入が進むと一気に拡大し、現在では全国300近い都市での共通利用が可能になっている。
ただし、対応している都市でもすべての交通機関が対応しているとは限らず、上海や深センといった一部の大都市ではまだ対応が完了していない。Apple Payでは地域設定を中国本土に合わせると「北京」「上海」「深セン」の3つの都市の交通系ICカードを登録可能になっているが、このうち北京はChina T-Unionに属しており、前述のように同システムに対応したすべての都市でそのまま利用が可能だ。
一方で、原稿執筆時点ではまだ上海と深センの2都市は専用のカードが必要になる。深センの交通系ICカードである深セン通では4月8日(現地時間)、同カードが正式にApple Pay対応されたことを発表している。
ただこれにも罠があり、これら3種類のカードはオンラインチャージに中国本土発行の銀聯カード(China UnionPay)が必要になる。これは中国でのApple Pay(銀聯カード)とそれ以外の国でのApple Pay(MastercardやVisaなどの国際ブランド)と区別されている点にも起因しており、海外発行カードでもApple Pay経由でオンラインチャージ可能なSuicaに比べれば外国人に優しくない。その意味では、日本人が中国を旅する場合にはApple Payよりも、Alibaba子会社のAnt Financialが提供しているAlipayの「Tourpass」を利用した方がいいだろう。QRコード決済だが、そのままミニプログラムを呼び出して交通乗車が可能なQRコードを発行可能なので、困ることはない。
中国の主要都市では非接触の交通系ICカード以外にも、QRコード乗車が可能なハイブリッド型の改札機を設置していたりするので、おそらくApple Payより使い勝手がいい。
各国への展開スピードに比べ、足踏みしているようにも見える交通系ICカードへの対応だが、それだけ難易度が高いということの証左でもある。
例えば香港の八達通(Octpus)は世界最初のFeliCaを使った交通系ICカードシステムだが、いまだにモバイル対応を実現したのはSamsung Payだけだ。ソニーによれば、当初はSIMカード内のType-A/B系の動作環境上でFeliCaエミュレーションに近い仕組みを実装する形でのモバイル導入を進めていたが、相性問題や検証の手間もあり断念し、結局ハードウェアメーカーに検証を含めてすべて任せる形が最適だと判断したという。Apple Payでも対応予告自体はすでに昨年2019年から出ているものの、いまだ実現されておらず、このあたりの事情はAta DistanceというBlogに詳しい。いずれにせよ、「スマートフォン1台だけで世界中をまわる」という世界の実現は、まだもう少し先になりそうだ。