鈴木淳也のPay Attention

第6回

スマホ決済界のSuicaを目指す「pring」の事情。送金から経費精算まで

「pring(プリン)」という会社(サービス)をご存じだろうか。ここ1-2年で大量の「○○Pay」サービスが出現するなか、そのカオスマップの片隅でひっそりと輝いていた存在だ。

モバイル決済サービス群に籍を置きつつも、pringのユニークな点は「送金」に主軸を置いている点であり、同社代表取締役の荻原充彦氏をして「pringが本当にやりたいことはQRコード・バーコード決済ではない」と述べている。送金(ポイント送付)機能を持つ○○Payサービスはそこそこあるが、真の意味での“お金”を送る機能を持つサービスは銀行系のものを除けば現時点ではLINE Payに、最近同分野に参入したPayPay、そしてpringの3つしかない。

pring代表取締役の荻原充彦氏

pringのユニークさは資本構成にもある。同社の起源は2017年4月にメタップス、みずほフィナンシャルグループ、みずほ銀行、WiLの4社によって設立された準備会社「エムウォレット」にさかのぼる。技術力のあるスタートアップ企業にメガバンクが出資する形で、銀行口座と連携したスマートフォンによる金融サービスを提供することが狙いだったわけだ。後に日本瓦斯、伊藤忠商事、ファミマデジタルワン(ユニー・ファミリーマートグループ)、SBIインベストメント、SMBCベンチャーキャピタルなど、みずほ以外の銀行系投資会社も資本参加している

中でも注目はファミマデジタルワンと、同社のグループ親会社にあたる伊藤忠商事の資本参加だ。

先日サービスが開始された「ファミペイ」は、現時点で店頭での現金チャージまたはファミマTカード(クレジットカード)経由でのチャージしか対応していない同サービスにおいて、今秋以降にpring経由での銀行チャージに対応する予定だという。「(ファミペイが)個別に銀行と接続交渉するよりも、(伊藤忠とファミマデジタルワンの)投資先でありすでに存在するインフラを活用するほうが賢明」という判断によるものだろう。

そんなユニークな動きを見せるpringの最新情報を少しだけ紹介したい。

目指すのはQRコードではなく「Suica」

pringのiOS版アプリが提供開始されたのが2018年3月で、サービスインから1年半に満たない状態ではあるが、今年2019年6月時点での送金総額は50億円を突破したという。これは個人間送金の金額とのことで、少しずつ「スマートフォンで送金」というサービスが認知されてきていることを意味する。

荻原氏は「FacebookやLINEが送金サービスを提供しているが、それらはすべて後付け。純粋にお金から入っているのは僕らだけ。米国でも多くの企業が送金サービス分野に参入してきたが、結局多くの人に使われて生き残っているのはVenmoとか専業の会社」と述べているが、送金特化型で「シンプルさ」を重視している点がpringのユニークなポイントというわけだ。

昨今のスマートフォンを使ったモバイル決済サービス、特にQRコードやバーコードを使った「コード決済」と呼ばれるサービスでは大々的なキャンペーンを展開し、多くの顧客を集めているが、これらはすべて「より多くのユーザーに使ってもらいたい」というキャンペーン誘導の意図があるからだ。

一方で荻原氏が強調するのは「僕らのサービスはSuicaに近い。Suicaはポイントも基本的にはつかないし、ただ電車に乗るだけ。だけど早くて便利で、いまではコンビニでも使える。こうした普段使いされるサービスを目指す」という点だ。

手軽な送金サービスを提供するpring

モバイル端末を使った個人間送金のメリットはいくつかあるが、pringを使っての“送金”のメリットの1つは送金手数料が無料という点にある。銀行口座への振り込みとセブンATMでの引き出しという形での“出金”が行なえる点が、資金移動業の事業者であるpringならではの特権だが、一方で振り込みまたは出金手数料がかかる(セブンATMの場合は1日1回まで無料)。

逆に出金しなければ手数料がかからないわけで、店頭での決済に限らず、pringが使える場所が増えれば増えるほど、手数料なしにスムーズにお金のやり取りが可能になる。これが実現することで、「報酬の即日払い」や「少額送金」といったことが可能になる。

前者については、例えば旅費精算や経費の立て替えなどで「週単位」「翌月一括払い」といったものが、「即日振り込み」できるようになる。支払いサイトが限られている理由の1つは「銀行口座への振り込み手数料」がかかることだったり、事務処理上の負担によるものだが、これらをpringへの振り込みでデジタルで一括処理できるようになれば、「経費精算まで貧乏」といった状況に陥ることは減るだろう。最近、給与支払いを現金や銀行口座振り込みではなく「電子マネーで充当する」ことを合法にすべく法整備が進んでいることが話題になっているが、手数料問題がなければ「日払い」は極端にしても、「週払い」というのも選択肢として出てくるだろう。pringでは“お金”として出金も可能なので、出入り口が銀行口座ではなくpringの残高になるだけで、その意味で報酬が目減りするわけではない。

もう1つは「少額送金」だ。昼飯の割り勘などでは数百円から1,000円程度、飲み会では数千円単位までさまざまだが、それこそ100円や数十円単位の送金があってもいいだろう。

ところが銀行口座への振り込みでは手数料だけで200円+消費税がかかるわけで、1,000円程度の振り込みでは負担が大きすぎる。これを銀行口座を介さないpringのようなサービスであれば、送金手数料が免除されるため、より手軽に少額送金を行なえるようになる。

送るのは“数字”じゃない。より送金を視覚化した「スワイプ送金」

とはいえ、いままで馴染みのなかった「スマートフォンで送金」という仕組みを広く理解してもらうのはたいへんだ。LINE Payのインターフェイスなどが典型だが、チャットでフレンドを呼び出して送金額を“数字”で指定することで送金を行なう。シンプルなインターフェイスではあるものの、この感覚が意外と伝わりにくい可能性がある。

もちろん、LINE Payに限らず送金とともにメッセージを送る仕組みが各社で用意されているのは「メッセージがあったほうが気持ちが伝わりやすい」という理由によるが、これをもっと直感的にしたのがpringの「スワイプ送金」となる。

7月16日にスタートしたばかりのサービスだが、仕組みとしては非常にシンプルで、送金画面で画面右下のpringのマーク(「プリンちゃん」というらしい)をタップすると硬貨のイラストが出現し、そのまま指を目的の硬貨まで持っていって離すと、その金額が相手に送金されるという仕組みだ。

これだけの仕組みではあるものの、「従来まで5タップ必要だった送金操作が1タップ」で可能になり、「送った金額を視覚化」できるというメリットがある。

プリンちゃんをタップすると硬貨が表示されるので、そのまま目的の金額の硬貨までドラッグしてから離す
送金完了しても硬貨の表示は残る。200円送りたいなら100円玉を2回送ってもいいし、嫌がらせで50円玉や10円玉を使ってもいいだろう

筆者はつねづね「スマホ送金という仕組みを普及させるには何らかのアプリケーションや特徴的な機能といった仕掛けが必要」と考えているが、その意味でスワイプ送金は面白い仕組みだと思う。

スワイプ送金2

鈴木 淳也/Junya Suzuki

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)