鈴木淳也のPay Attention

第1回

JR東日本と楽天がSuicaキャッシュレス決済事業で提携したワケ

JR東日本と楽天ペイメントが6月5日、キャッシュレス決済事業の連携での提携を発表したのは既報の通りだ。2020年春をめどに「楽天ペイ」アプリを通じてSuicaの新規発行やチャージが可能になる。

提携を発表するJR東日本常務執行役員IT・Suica事業本部長の野口忍氏(左)と楽天ペイメント代表取締役社長の中村晃一氏(右)

JR東日本によるSuica機能の外部提供は、昨年8月に発表された「みずほWallet」でのみずほ銀行の事例に次ぐ2例目で、みずほWalletではiOSデバイスを対象にしていたのに対し、楽天ペイのケースではまずAndroidデバイスが対象となる。同社ではiOS版アプリの提供も検討中としているが、時期は未定。

今回はワンポイント解説として、提携に至った背景やなぜAndroid版のみなのかといった素朴な疑問についてまとめたい。

なぜ今回の提携に至ったのか?

提携の背景はシンプルで、JR東日本にとっては「Suicaの利用場面を増やしたい」という理由だ。同社が公開しているグループ経営ビジョン「変革2027」でも紹介されているが、公共交通や「エキナカ(駅ナカ)」だけではない周辺エリアも含めた活用場面を増やすことを目標にしている。

JR東日本はSuicaエコシステムを街の周辺エリアにも積極的に広げていく(グループ経営ビジョン「変革2027」より抜粋)

そのため、Suicaにチャージする資金のソースになる相手が多ければ、それだけユーザーと利用機会は広がる。1社目は「みずほ銀行」ということで“銀行”という金融機関をパートナーに選んだが、今回はインターネット通販大手の「楽天」だ。JR東日本常務執行役員でIT・Suica事業本部長の野口忍氏によれば、楽天は国内有数の会員数とマーケットプレイスの規模を誇るサイトであり、その流入効果は大きいと語る。

また忘れてはいけないのは、楽天は国内クレジットカード利用ではトップの地位を取ったこともある「楽天カード」を傘下に抱える。楽天市場ならびに楽天カードを合わせたポイントプログラムのエコシステムは「国内最強」(楽天ペイメント代表取締役社長の中村晃一氏)ということで、ここからの資金流入や顧客流入があることは大きなメリットだろう。

ただ、今回の提携の場合、チャージ元に指定可能なのは現時点で楽天カードを利用した場合のみだ。利用者の多い楽天カードで、かつ付与率は不明なもののSuicaチャージで通常の買い物よりもポイントがたまるとすれば、利用者には大きなメリットになる。

現在のところ、楽天ペイのアプリで直接利用可能なのはQRコード・バーコード決済のいわゆる“コード決済”に対応した「楽天ペイ」のみで、それに紐付くリアル店舗での対面決済で利用可能なサービスはコード決済を除けば「楽天Edy」に限られる。

しかも、楽天ペイアプリにはEdyが直接統合されておらず、現時点では別途Edyアプリを導入してやる必要がある(中村氏によれば統合計画があり、準備を進めているとのこと)。生活圏の中にEdyを使う場面が少ないユーザーには実感できない話かもしれないが、地方都市のスーパーを中心にEdy経済圏が確立されているケースがある一方で、特に都市部のユーザーはSuicaなどの交通系ICカードを利用する機会が多く、普段使いの電子マネーとしてモバイルSuicaやSuicaのカードを常備している人も少なくないだろう。利用機会を増やすという意味では、楽天にもメリットがあるのだ。

なぜEdyではなくてSuicaなの?

この話を聞いて、「なぜEdyではなくてSuicaなの?」と疑問を持つ人はいるはずだ。

Edyはもともとの運営会社だったビットワレットが2009年に楽天に買収され、2012年に「楽天Edy」の名称で再ブランディングが行なわれている。その後の活動は、前述のように独自にICカードを発行する体力やブランドを持たない地方のスーパーやチェーン店を中心に営業を行ない、主に提携カードの発行に主眼を置いている。Edyが広く利用されている地方都市として沖縄が有名だが、それ以外でも地道に広がっており、「いまEdyが熱い」とは中村氏の弁だ。

とはいえ加盟店網で都市部を広くカバーするSuicaと比較すると「利用機会」という部分で弱い面も当然あり、それを補うための提携だ。今回提携を行なった楽天ペイのアプリを提供する企業は「楽天ペイメント」という今年2019年4月に発足したばかりの会社であり、カード発行や金融事業などを除く、主に決済関連のサービスを集めた組織になっている。

楽天Edyの事業は、楽天ペイメントの傘下の楽天Edyという別会社が、独立して動いている。もちろんグループ間のシナジーを考えるのであればEdyのみを扱うのがベターだが、中村氏によれば「手段にはこだわらずに、ユーザーの利便性を重視する」ということで、Edyと併存する形でSuicaを導入したという。

楽天ペイアプリにSuicaを取り込むことは、利用場面を広げる

前述のように、楽天Edyは単にスマートフォンやモバイル決済アプリで囲い込みを行なうツールとしての枠を外れ、楽天ポイントやリアル店舗との結びつきを強めるためのツールへと変質している。役割が違うということで、Suicaと直接競合する必要はないという判断なのかもしれない。

なぜ提供が9カ月近く先なの? またなぜAndroid版のみなの?

おそらく楽天ペイメントとしてはAndroidとiOS版を同時リリースしたかったものと予想する。だが楽天カード+ペイのシステムとJR東日本のもつSuica関連のシステムを更新するだけで済むAndroid版アプリに比べ、専用中継サーバの仕組みをもつAppleのiPhoneは改修のハードルが一段階高く、「時期が読めない」というのが理由だとみられる。みずほWalletについては当初からiOSをターゲットとしており(Android版はすでにリリース済み)、Appleとの協議が進んだうえでリリースを発表したという経緯があるからだ。

また提供時期についても、この経緯を踏まえると遅くなる理由が想像できる。おそらく今回の両社の提携が決まったのは発表直前であり、連携実現のためのシステム改修がスタートしたばかりだからだ。Apple Payへの各社対応を見る限り、少なくとも半年から1年程度のシステム改修期間が必要であり、9カ月先というのはそのマージンを取った結果ということになる。

鈴木 淳也/Junya Suzuki

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)