西田宗千佳のイマトミライ

第235回

MacBook Air(M3)と「AI PC」の時代

M3搭載版MacBook Air。写真は15インチモデルで、カラーはミッドナイト

今年もPCの新商品が増え始める季節になってきた。

3月4日にはM3搭載のMacBook Airが発表され、Windows PCでは、Core Ultra搭載の製品が次々登場している。

M3搭載MacBook Airは手元にあり、色々と性能をチェックすることもできた。今回は、今年のPC・Macのトレンドを分析し、求められる性能を考えてみたい。

Macは4年前から「AI PC」だった?!

2024年のPCはなにが違うのか? 単純にいえば「AI PC」が明確なトレンドになってきた点に集約できる。

AI PCは、マイクロソフトがAMD・インテル・クアルコムなどが共同で推進するマーケティングキャンペーンだ。機械学習処理、いわゆるAIの推論の処理に向いた演算コアを搭載したプロセッサーを搭載することで、AI関連処理効率が上がってきたため、それらの機能を持つPCに「AI PC」と命名してキャンペーンを展開しているわけだ。

特にインテルは、昨年末に発売した「Core Ultra」は、機械学習用の「NPU」を搭載し、AI PCの流れを強く押し出している。

NPUを使った処理は、主に画像認識や音声からのノイズ除去などに使われる。ビデオ会議の快適さを上げるなどに効果的だ。

Windows 11搭載の「Windows Studio Effect」でNPUを活用

ただ、こうした処理はすでにMacでは以前から行なわれていた。

2020年に登場したAppleシリコンには「Neural Engine」という機械学習向けのコアが搭載されており、macOSもその存在を前提に開発されている。

最新のmacOSである「Sonoma」では、追加ソフトなどを入れることなく、ビデオの「背景ぼかし」や音声からのノイズ除去「声を分離」といった機能が使える。

macOSには標準で「背景ぼかし」などの機能があり、すべてのAppleシリコン搭載Macで使える

音声認識による文字入力も、クラウドを使わない「オンデバイス化」が行なわれた。「あー」「えー」などのフィラー(つなぎ言葉)がきれいに消えるようになるなど品質面での強化も著しいが、オンデバイス化によって反応が早くなり、有用性が増した。

オンデバイスAIの活用という意味でMacは一歩先を走っており、「以前からAI PCだった」という言い方もできる。

AI導入は水平分業型のWindows PCでも進む

このような話をすると「いかにMacが先進的で素晴らしいか」をアピールしているように見えるかもしれない。

だが、そうではない。これは製品作りが置かれた状況の違いで生まれたことに過ぎない。

スマートフォンでは以前から、オンデバイスAIの必要性が高まっていた。主にカメラの画質向上から始まったが、画像認識や音声認識などに用途が広がっていった。

Macに使われているAppleシリコンは、スマートフォンであるiPhone向けに作られたアーキテクチャから進化し、Macに最適化して作られたものである。

アップルはiPhoneからMac、Vision Proに至るまで、多くの製品でOS技術を共有している。だから、他の製品で使われた技術は同時、もしくは少し後に他のジャンルにも展開される。

ハードウェアからOSまで、自社の事情にあわせて作っていけるのがアップルの強みであり、MacでのオンデバイスAI活用も、その流れで他社に先駆けて導入されていった。

他社の場合には、OSとプロセッサー、最終製品である「機器」(PC、スマートフォンなど)が水平分業制となっている。そのため、3者の足並みが揃わないと新機軸の導入は進みづらい。

オンデバイスAIの活用はその典型である。

Windows 11側での準備は現在進んでいる最中で、インテルのCore UltraなどでオンデバイスAI向けの機能がプロセッサーに搭載されるようになったのが今、というところだ。

コロナ禍でビデオ会議が増え、オンデバイスAIでの処理ニーズは増えた。ビデオ会議アプリはこぞって背景ぼかしや背景入れ替え、音声からのノイズ除去を機能として搭載し、PCメーカーも、オリジナルの機能として似たものを搭載する例が増えていく。

Core Ultra

一方でそれらはOSとは独立した存在だ。

本来は、「OSがオンデバイスAIを活用するフレームワークを持つ」「オンデバイスAIを実現するハードウェアが提供される」ことがセットで進むと、特別なPCだけでなくより色々なPCで使えるようになり、より普及する可能性が高まる。

アップルに比べタイムラグはあったものの、PCでもAI関連機能を搭載する準備が整ってきたのが今……と解釈するのが妥当だろう。

生成AIのオンデバイス化にはGPU強化も不可欠

一方、Core Ultraに搭載された機械学習向けのコアである「NPU」にしても、Appleシリコンが搭載している「Neural Engine」にしても、すべてのAIを処理するのに十分な性能を持っているのか、というとそうではない。どちらも比較的処理が小規模で、リアルタイム性を求められるAI向けだ。

前出のような「動画の背景ぼかし」や「音声からのノイズ除去」には向いているが、いわゆる生成AIを動かすには厳しい。

例えば「音声書き起こし」。OpenAIは同社の生成AI技術を使った「Whisper」を公開しているが、この技術を使った書き起こしアプリは多数ある。

Mac用のアプリ「Whisper Transcription」は、もともとNeural Engineを使ってWhisperの処理をしていた。

Mac用のアプリ「Whisper Transcription」。OpenAIのWhisper技術を使い、クラウドを使わず文字起こしをする。日本語にも対応

Whisper Transcription

しかし現在は、Appleシリコンが搭載しているGPUを使うようになっている。その結果、処理速度は2〜3倍向上している。負荷が高く、処理内容がGPUに向いていたためだ。

そして、GPU性能は、Whisper Transcriptionでの文字起こし速度に直結した。

今回、アップルからM3版MacBook Airの貸し出しを受けたので、手元にある「M1搭載MacBook Pro」「M3 Pro搭載MacBook Pro」も合わせ、約1時間の音声ファイルを日本語で文字起こしする速度を比較してみた。すると、M3 ProはもちろんM3でも、大幅な速度向上が見られている。

3機種のMacで1時間の文字起こしにかかる時間を比較。M3を使った2機種はM1より大幅に高速化している

CPUの高速化というとゲーム向けを思い出すが、もちろんAIにも使える。PC向けのプロセッサーに搭載されているGPUが強化されることは、PCで使える「オンデバイスかつ規模の大きなAI」にとってプラスの要素だ。

Whisper Transcriptionでのテスト結果は、最新のM3でGPUが強化されたことが、ゲームだけでなくAIにも有効であることを明確に示している。M3でベンチマークを試していて、「AI系の処理でこれだけ高速化が進んだのなら、CPU速度の向上以上に魅力的だ」と考えてしまった。筆者は昨年秋にM3 Pro搭載のMacBook Proへと買い換えているが、選択は間違いではなかった。

同様に、Core UltraでもGPUの強化は行なわれている。Windows PCの場合、NVIDIAなどの外付けGPUを搭載した製品もある。これらは、Windows上でのオンデバイスAI動作環境が整っていくことで、ゲーム以外への活用が広がるだろう。

生成AIは現状、クラウド上で使うことが多い。マイクロソフトの「Copilot」も、基本的にはクラウド上で使っている。

しかし、スマホではGoogleの「Gemini nano」など、サイズの小さな生成AIモデルをオンデバイスで動かして幅広く活用する流れが生まれている。当然ながら、次にはPCでも同じ現象が起きるだろう。

Appleシリコン搭載Macはそれを少し先取りしているし、WindowsベースのAI PCも、すぐにそれを追いかけている。

そのことがPCの買い替え促進になるかは、「いかに便利なアプリを用意するか」にかかっており、いますぐ、今年中に買い替えブームが起きる……と断言できる状況にはない。

だが、環境がそろえばソフトが生み出されるのは必然であり、ソフト開発を促進するAIモデルについても、オープンソースを含め、さまざまなものが公開され、開発環境整備は進みつつある。

数年単位の時間をかけて、「PCの基本機能の1つ」としてAI処理が当たり前のように使われる時代に移り変わる入り口に来たのは間違いない。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
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