西田宗千佳のイマトミライ

第207回

ドコモのトラフィック問題と「5G政策」の課題

池袋駅前

7月31日、NTTドコモは、都市部で発生している通信品質の低下について、東京都・新宿、渋谷、池袋、新橋エリアにおいて通信品質が改善したことと、品質改善に向けての取り組みに関するプレスリリースを出した。

この件について、同社が8月に入ると各メディア・プレス関係者に個別のブリーフィングを開き、詳細な解説を行なっている。

筆者も取材したが、正直なところ、疑問が氷解したとは言えない。ただ、現在の回線事情について、ある程度の課題が見えてきたようにも思う。今回は筆者の目線で見る「ドコモ回線品質問題の示すところ」を語ってみたい。

人流戻りの「読み違え」は本質的な問題なのか

なぜドコモの回線品質が落ちたのか?

NTTドコモ側の回答をまとめると、次の点に集約される。

・コロナ禍からの人流の戻りによるトラフィック増加のタイミングを読み誤った。需要の高まりがもう少し後だと考えて準備を進めていたが、基地局設置などで交渉に時間がかかるところもあり、需要に応えきれなかった

・渋谷などでは工事の影響もあり、アンテナ設備が弱くなっていた部分がある

・悪化は今年の2月頃から顕著になった

イメージ

すなわち、悪化自体は「読み違え」によるものであり、設備敷設の前倒しやアンテナチューニングなどの迅速化によって解消しつつある……という説明だ。

正直なところ、これに素直に納得するのは難しい。

解決できない疑問は主に2つある。

1つは「社会状況変化が問題であるなら、なぜドコモ以外の事業者では顕著な問題が出ていないのか」ということ。そして2つ目は「品質の問題はもっと広範囲に、以前から起きていたのではないか」ということだ。

もちろん、ドコモとしても「4カ所だけが改善されたというつもりはない」という。今回説明されたのは課題が特に顕著な地域ということであり、他の場所も同様に、設備投資の前倒しやチューニングなどは行なわれているという。

基地局増設やチューニングなどは継続して「前倒し」で続けられる
改善サイクル高速化や基地局敷設の前倒しが行なわれている

しかし、少なくともSNSなどで確認する限りでは、まだ劇的な改善が起きたという印象は受けない。筆者の立ち寄る範囲でも、「多少改善しているかもしれない」くらいだ。

増加するトラフィック それだけで「ドコモ悪化」の理由にはならない

課題の1つは「トラフィック増」にあるのは間違いない。

トラフィック自体は増えているが、それはいくつかの要因がある。

まず「経年変化」。トラフィック全体は常に一定のペースで上がり続けているものだ。概ね毎年20%から30%ずつは増加しており、仮にコロナ禍前と後で比較するとすれば、最低でも70%くらいは増加している計算になる。ここに顕著な違いがあったなら大変なことなのだが、ドコモ側曰く、ここは「統計に出ている通りの変化」に近いという。

トラフィック自体は常に伸びているが、これ自体は予測の範疇を超えるものではない

一方、それと同時に起きているのが「動画視聴の増加」だ。YouTubeや有料の動画配信を見る行為は、コロナ禍で完全に定着した。それを外で……と考えるのは当然だ。5Gになって、上位プランは「使い放題」になった。そうしたプランに入っている人々であれば、当然、動画視聴を含めて「使い放題」にするだろう。5Gのキラーを「使い放題」に置いた事業者側の戦略が招いたこと、とも言える。

「Home 5G」のような固定回線代替型のサービスが影響しているのでは……という予測もあり、これも否定はできないが、少なくとも大都市圏のターミナル駅などでは「その影響はない」とドコモ側は説明する。

ドコモ側によれば、現状課題が顕著なのは「複数の鉄道路線が乗り入れるターミナル的な駅の周辺」だという。

ただ、こうした状況は他の事業者も同様のはず。その中でドコモだけが品質を落としてしまった、というのが問題だ。

ブレた「5G施策」がタイミングのずれを招いたか

そうすると、課題はNTTドコモの無線ネットワークにあるということになる。

NTTドコモ側は「トラフィック対策の軸足を『瞬速5G』に置いていた」と説明する。

NTTドコモは当初、5Gについて、5G専用の帯域である3.7GHz帯や4.5GHz帯中心でのエリア展開を考えていた。4Gからの転用帯域ではなく専用で効率よく使える帯域が重要と考えていたのだ。

これは間違った考え方ではないと思う。ただ、5Gの「エリア」だけでいうと、遠くまで届きにくい周波数帯での展開は不利でもある。「ドコモの5Gはエリアが狭い」という印象がついてしまったため、2022年春からは4G帯域を転用した5Gも使うようになった。

2022年からドコモは5G戦略を見直し、4Gからの帯域転用も行なうようになった

国も「デジタル田園都市国家構想」を打ち出し、各社に5Gの「広いエリア展開」を期待するようになり、ドコモとしては戦略を変えざるを得なかったところもある。

結果として、高い帯域の5Gへ逃すためのネットワーク構築よりも、より多くの人が使う帯域に4G・5G両方が使われる形になってしまい、結局通信品質が落ちた……ということだと推測できる。ドコモのいう「読み違い」とは、5Gへ逃すための設備投資の時期がずれてしまい、結局のところ、カバーしきれなくなったのだ。

カバーエリア調整などで電波への収容効率を上げてはいるものの、本質的な対策としては5Gのアンテナ増設が必須だ
利用するバンドの偏りを減らした上で5G基地局の増設を待つ状況

もっと余裕がある形でインフラ増強をしていれば……と言いたくなるところだが、実際には、アンテナ追加敷設のためにはビルなどの地権者との交渉も必要になる。渋谷のように工事中の場所が多い駅ではなおさら色々面倒だ。「読み違え」とドコモがいう部分は、まさにこうした交渉から構築へのタイムスケジュールなのだろう。

ただ結果として、ドコモとしては、アンテナのチューニングも含め「できることはやる」体制を前倒しにするしかないし、利用者としてもその結果を待つしかない。

トラフィック問題解決のためにも「5G端末普及」は待ったなし

ここで重要なことが1つある。

トラフィックはずっと増加を続けていくので、利用効率の向上は必須だ。そのためには、4Gよりも5G、5Gの中でもスタンドアローン(SA)で高い周波数帯の活用が重要になる。NTTドコモとしても「4Gも拡充するが、投資の中心は5G」とする。

問題は、いかに5Gの利用者を増やすか、ということだ。

MMD研究所が2022年11月に発表した調査によれば、2022年8月の段階での日・米・中での5G端末利用者の割合は以下のようになっている。圧倒的に日本が低い。

MMD研究所が2022年11月に行った、日・米・中での携帯電話に関する利用状況調査より。米・中で5G利用者が順調に伸びているのに対し、日本は伸び悩んでいる

この調査から1年が経過しているが、スマホの販売状況を鑑みると、日本の普及率が一気に8割超え……といった形にはなっていないだろう。

販売される端末はほぼ5Gになっているが、消費者はじわじわとしか買い替えていかない。

「5Gになっても4Gと変わらないから」という声を聞く。実際そうだとは思う。だが、4Gのままでは、混み合う場所での通信は厳しいままだ。同じ用途であっても、5Gに変えていくことは望ましいことのはずだ。

そうならないのは、結局のところ、携帯電話の値引きに上限が課せられており、「5Gスマホは高い」として買い替えてもらえないからだ。

このことに苦慮しているのはNTTドコモだけではない。

ソフトバンクの宮川潤一代表取締役社長は、8月4日に開かれた決算説明会の質疑のなかで「料金面での課題」に触れた。

宮川社長は「ちんたらちんたらちんたらやっている状況。なんとかしたい」と語り、料金規制が大きな課題と明言している。

携帯電話事業者側から見れば、「自分たちで計画を立てているのに、政府が色々な方向から要求を出してくる」ことに疲弊している部分があるのではないか。

もちろん、公正な競争や幅広い5Gのエリア展開は重要なことだ。だが、バランスを取り直すことで、より全体最適を目指せるのではないか。

そろそろ5Gは「エリア的にも端末的にも当たり前」の時代にしていかなくてはいけない。その足枷は、できるだけ外すべきだろう。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『マンデーランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Twitterは@mnishi41