石野純也のモバイル通信SE

第3回

広がる5Gエリア 「周波数転用」本格化が意味するもの

5Gエリア拡大の鍵を握る「周波数転用」

ソフトバンクは、3月に5Gの人口カバー率90%を達成した

'20年3月にスタートした高速通信規格の5Gだが、約2年が経ち、エリアが急拡大している。鍵になっているのが、「周波数転用」だ。自社で基地局を持つキャリア4社の中では、ソフトバンクがもっとも早く、3月に5Gの人口カバー率90%を達成。KDDIも、これを追い今期中の早期に90%を実現する見込みだ。対するドコモは、春から周波数転用を開始した。

5G開始当初に割り当てられていたのは、3.7GHz帯や4.5GHz帯、28GHz帯など、4Gと比べると高い周波数帯になる。周波数は高ければ高いほど、帯域の幅を確保しやすくなる一方で、直進性が高まり、エリアが広げにくくなる。これに加えて3.7GHz帯は衛星との干渉調整もしなければならず、より低い周波数帯を使っている4Gよりも、エリア展開に時間がかかる。

ドコモは春から周波数転用を開始、5Gエリアの拡大を加速させていく

開始からしばらく、5Gのエリアが非常に狭かったのはそのためだ。上記のような電波の特徴もあり、5G用に割り当てられた新周波数帯の基地局が2万局を超えているドコモですら、高速で通信できるエリアは限定的だ。都市部の駅前などではつながっても、少し離れると4Gに戻ってしまうことが少なくない。これを解決したのが、周波数転用だ。

「なんちゃって5G」にとどまらない可能性

周波数転用とは、文字通りの意味で、4Gに利用していた周波数を5Gに切り替えることを指す。例えば、ソフトバンクは700MHz帯、1.7GHz帯、3.4GHz帯の3つを4Gから5Gに転用しており、当初から5G用に割り当てられた高い周波数帯と合わせて利用している。いわゆるプラチナバンドと呼ばれる700MHz帯も含まれていることからも分かるように、エリアを広げやすいのがキャリアやユーザーにとってのメリットだ。

ソフトバンクのエリアマップ。広範囲を4Gから転用した周波数でカバーしていることが分かる

周波数を丸ごと5G用にしてしまったり、4Gと5Gで帯域を分け合うようにしたりと方法は様々だが、5Gのエリアが広がることは間違いない。ただし、4Gと5Gでは、電波の変調方式などは変わっていないため、基本的に、速度は帯域の幅に左右される。そのため、同じ700MHz帯であれば、4Gであれ5Gであれ、速度に違いはない。周波数転用の5Gが「なんちゃって5G」と揶揄されるのは、こうした理由からだ。

ただし、これはあくまで周波数帯ごとの理論値がほぼ変わらないという話。時間や場所を基準に考えると、これまで700MHz帯の4Gがなかったところに700MHz帯の5Gが入れば、そのぶんだけ速度が上がる可能性はある。5Gにも複数の電波を束ねる「キャリアアグリゲーション」という技術はあるため、複数の周波数帯を重ねるようにエリアを作っていければ、ある地点で以前より速度が上がるということは十分起こりえる。

また、速度面でのメリットは少ないかもしれないが、5Gとして運用することで、低遅延や高信頼といったネットワークの特徴を生かせる。用途に応じてネットワークを仮想的に切り分ける「ネットワークスライシング」は、その一例。IoTなどで遅延が少ないネットワークが必要な端末にサービスを全国区で提供しようとした際には、歯抜けのようになっているエリアでは不十分と言えるだろう。

用途に合わせてネットワークを最適な形で切り分けるネットワークスライシング。低遅延や高信頼など、高速通信以外のサービスを提供しようとしたときには、やはりエリアが広い方がいい

違いが見える3社。転用に目覚めたドコモ

ソフトバンクの代表取締役社長兼CEOの宮川潤一氏は、「今のスマホだと4Gと5Gでやれることが違うのかというと、我々事業者から見てもそんなに変わらない」とした一方で、「大容量、低遅延、多端末接続が可能になり、色々なデバイスの横展開が始まる」と語る。そのために、「ローバンド(低い周波数帯)でまずは面展開を加速している」(同)というのが、ソフトバンクの方針だ。

まずはエリアを面で展開したというソフトバンク。今年度も投資は続け、新周波数帯のエリアを拡大していく

KDDIの考え方も、これに近い。同社は中期経営戦略で「サテライトグロース戦略」を掲げ、5Gを中心に「金融」や「DX(デジタル・エクスチェンジ)」「LX(ライフ・エクスチェンジ)」などの分野を成長させていく。代表取締役社長の高橋誠氏は、これを「通信が溶け込む時代」と評していたが、通信を周辺サービスに溶け込ませるにはやはりエリアの広さが必要になる。

KDDIは中期経営戦略の中心に5Gを位置づけている。各種サービスを展開するうえでも、エリアの広い5Gが必須という考え方だ

5G契約のユーザーは通信量が上がり、「2.5倍程度のトラフィックが使われている」(同)という事情もある。「4Gのユーザーが5Gに機種変更されると、機種変更のタイミングで(UQ mobileやpovoではなく)auの上位プランをお選びいただける可能性がある」(同)。使い放題の料金プランに加入することで、ARPU(1ユーザーからの平均収入)が上がるため、単純化すれば、キャリアにとってもエリアを広げるメリットがある。

2社とも、エリアの拡大は今後も続けていく方針。ソフトバンクは「最終的には98%や99%など、現在のLTEと同じところまで持っていかなければいけない」(宮川氏)という。KDDIも「いち早くエリアを広げていきたい」(高橋氏)と、エリアの拡大に前向きな姿勢を示している。

これに対し、ドコモは当初、周波数転用には消極的で、まずは5G用に割り当てられた新周波数帯を拡大してきた。周波数転用は、速度の向上が見込めず、4G用の帯域を減らすことにもなる。少ない5Gユーザーのために周波数転用を強行すると、大多数を占めている4Gのユーザーに迷惑をかけてしまうというのが、ドコモの理屈だった。結果として、ドコモの5G人口カバー率は基地局2万局を達成した4月時点で55%にとどまっている。

4月に5Gの基地局が2万に達したドコモ。この春から周波数転用を開始し、エリアの広さも追い求めていく

そんなドコモも、この春から周波数転用を開始し、エリアの拡大に舵を切った。理由の1つは、5Gの契約者が増加しているため。3月時点で5Gの契約者数は1,153万に拡大しており、周波数転用で5G側にトラフィックを流す必要性が増してきている。夏には5G単独で通信を行なう5G SAのコンシューマー向けサービスも開始するため、速度を上げるには、5Gとして使える周波数を増やす必要もある。

5G契約者数が1,153万に達した。利用者の拡大も、周波数転用に踏み切った理由の1つだ

デジタル田園都市構想と5G

一方で、政府からの要請という消極的な理由もあったようだ。ドコモの代表取締役社長 井伊基之氏は、「デジタル田園都市構想で、5Gをもっと加速してほしいという要請があった。24年までに(人口カバー率)90%という要請だったため、4Gの周波数再利用(転用)を組み込まないと間に合わない」と打ち明ける。デジタル田園都市構想で政府が実質的にKDDIやソフトバンクの方針を追認した格好だが、ドコモもそこにキャッチアップする必要があったというわけだ。

政府の要請に対応する側面があったと語る井伊社長。24年までに人口カバー率を上げるには、5G用の新周波数帯だけでは間に合わないという

周波数転用に出遅れてしまったぶん、ドコモの5Gエリアは他社の後塵を拝している。人口カバー率90%はソフトバンクが達成済み、KDDIは間もなく達成という状況だが、ドコモの達成は'24年を待たなければならない。KDDIやソフトバンクでは、「5G」のアイコンを見かける機会がかなり増えたが、同じような広さでドコモの5Gを利用できるようになるには、まだまだ時間がかかりそうだ。

石野 純也

慶應義塾大学卒業後、新卒で出版社の宝島社に入社。独立後はケータイジャーナリスト/ライターとして幅広い媒体で執筆、コメントなどを行なう。 ケータイ業界が主な取材テーマ。 Twitter:@june_ya