西田宗千佳のイマトミライ

第198回

「Photoshop+生成AI」で起こること

5月23日(米国時間)、アドビは、同社のクリエイティブツール「Photoshop」に、同社のジェネレーティブ(生成)AI機能「Adobe Firefly」を統合した「ジェネレーティブ塗りつぶし」機能を搭載したベータ版を公開した。

この機能が公開されると、SNSなどは一気に驚きの声に満たされた。あまりに見事に、簡単に使える機能として実装されていたからだ。

これはどのような意味を持っているのか? そして、今後どのような影響があるかを考えてみよう。

Photoshop+Firefly、驚きの完成度

アドビが自社の生成AI「Adobe Firefly」を発表したのは今年3月のこと。同社のデジタルマーケティング関連イベント「Adobe Summit 2023」で公開された。当初は招待制だったが、いまはAdobe IDさえあれば、誰でも使うことができる。

筆者は3月にAdobe Summitを取材している。詳しくは以下の記事をご参照いただきたい。

その時に感じたのは「ああ、ウェブ上から使うFireflyは助走みたいなものなのだな」ということだ。

そもそもアドビは、2022年秋の「Adobe Max 2022」の段階で、Photoshopなどのツールに生成AIを搭載すると明言していた。

クリエイターが抱える煩雑な作業、そして、デジタルマーケティング拡大によってどんどん増えていくビジュアルアセットのニーズに対応するためには、生成AIを導入するのが必然だ。

だから、Photoshopへの導入は「いつ」「どんな形で」と考えるのが正しい。ただ、実際に実装されてみると、ここまで使い勝手の良いものになるとは想像していなかった。

Photoshop+Fireflyでの作業のPV
筆者も使ってみた。作業時間2分でここまで違う画像が出来上がる。

Photoshopのプラグインとしていくつかの生成AIで映像を描くものはあるが、それらに比べても速く、質も高い、なにより簡単だ。

しかも、出来上がった画像はレイヤーで分けられている。「1枚の映像を生成する」一般的な生成AIの画像に比べ、加工がしやすい。つまり、アドビは、「AIが生成した画像は完成物ではなく、さらにそこから加工していく」ことが主軸だと考えている、ということだ。

このことから感じるのは、「道具の本質はやはり、ユーザーインターフェースの良さで決まるのだな」ということだ。

実のところ、大規模言語モデルとしてのFireflyは、他のものに比べ、完成度は高くない。例えば、プロンプトとして使えるのは英語だけで、日本語には対応していない。今後日本語にも対応予定とされているが、「他より進んでいるわけではない」証左でもある。

しかし、Photoshopの上で使うと驚くほど使いやすい。Photoshopで生成AIを使うにはどうすればいいか、という点をじっくりと検討した上で提供したためだろう。

生成AIで「安心感」を重視するアドビ

もう一つ、アドビの生成AIの特徴は、「Firefly自体が安心して使える」ことにある。

Fireflyは、アドビのフォトストックである「Adobe Stock」から学習している。

それも、すべてを学習しているのではなく、ニュースや非営利コンテンツにのみ使われる「エディトリアル用」と指定されたコンテンツは使っていない。

エディトリアル用コンテンツの中には既存企業のロゴやキャラクターの写った写真もあるが、それらを使って学習すると、Fireflyが生成するコンテンツにも「誰かの権利を侵害したもの」が生まれてしまいやすくなる。

権利的に問題が少ないもの、著作権が切れたオープンなコンテンツなどから学習した上で、特定のキーワードでの生成もできなくなっている。特定のキーワードとは、差別的な内容や暴力的な内容などだ。

例えば「Gun」(銃)というキーワードを含んだプロンプトを与えても、「ユーザーガイドラインに違反したため削除されました」とメッセージが出るだけで画像は生成できない。

「Gun」などのキーワードで生成しようとしても、ガイドライン違反で生成できない。

このように、Fireflyは相当に「生成AIとしては“安全”に振った」作りになっている。完璧ではないし限界もある。制限があることをつまらないと思う人もいるだろう。だが企業やクリエイターが補助的に使うならば、「安心」を軸にするのもよくわかる。

現在は「ベータ版」なので仕組みは公開されていないが、Fireflyでは、Adobe Stock「コンテンツを学習のために提供したクリエイター」に対し、報酬を還元する仕組みも準備していることが明言されている。

フェイク対策に重視される「来歴」

一方で、ここまで簡単に生成AIが使えると、不安を感じる人もいるのではないだろうか。写真を簡単に作り変えられてしまうので、本物がなにかわからなくなるからだ。

とはいうものの、それは生成AIが生まれる前からの課題。Photoshopが生まれ、広く使われるようになって以来の問題、といってもいい。

フェイクニュースやデマは多数あるが、生成AIと優秀なツールの登場は、問題をさらに深刻なものにする可能性がある。

そこで、アドビや各プラットフォーマーなどが積極的に取り組んできたのが「来歴記録」だ。「コンテンツ認証イニシアチブ(Content Authenticity Initiative、CAI)」という技術があり、すでにPhotoshopやLightroomなど、アドビのツールに組み込まれている。詳細は以下の記事をご覧いただきたい。

昨年10月のイベント「Adobe Max 2022」の基調講演より。「Content Authenticity Initiative(CAI)」の重視をアピール

CAIを使って来歴を記録すると、「どのツールでどんな編集を行なったものか」がわかるようになる。以下の画像は、本記事に使った写真について、来歴を確認したものだ。画像の解像度が変わっても、編集された後でも来歴は確認できる。だから、「ネットで拾ったこの画像、出元はどこか」を確認するといったことも可能なのだ。

前傾の画像の来歴を確認。このように、どのツールでどう加工したかが記録されている

現状はまだ実装されていないが、アドビはFireflyなどの生成AIについても、「生成AIを使った画像である」と来歴を残すようにする。

また先日、アドビとGoogleは提携し、GoogleのチャットAIである「Bard」とFireflyを連携させる。ここでも当然、CAIは活用される。

CAIとの連携は明確ではないが、Googleが生成AIで作った画像についても、すべてに「AI生成である」という電子透かしを記録する方針を公開している。ここでも、「画像の来歴」を明示する動きがあるわけだ。

GoogleもAI生成画像に「透かし」導入を宣言

これらの来歴記録は、けっして「画像や写真の真贋を表すもの」でないことに留意いただきたい。単に「どのツールで編集したか」を示すものでしかない。

ただし、来歴がない写真と来歴がある写真、どちらが信頼に値するものか、という判断はできる。フェイクが疑われる写真があったとして、そこに来歴があれば「どういう編集をしたか」を判断の一助とできるが、来歴がなかったら「判断基準がない」ということになる。

いまはまだ、来歴を判断するのは面倒なものだ。しかし、生成AIの画像が増えていくと同時に、来歴として「生成AIで作られたものである」と記載された画像も増えていくだろう。

現状、SNSなどにはそれを判断する機能が搭載されていないが、SNSを信頼できる空間とするなら、来歴の確認機能は必要になる。Googleが検索エンジンとして「生成AI」透かしを活用するとアピールしたことと同じ責任が発生するわけだ。

アドビやGoogleは、ツールへの生成AI搭載と同時に、来歴記録へと一歩踏み出した。他のサービスはどうなっていくだろうか。SNS各社もぜひ、来歴の導入を促進してほしいと思う。

なお、来歴記録は「写真の不正使用」の検出にも役立つ。盗用された画像・写真から来歴が見つかれば、「それは不正使用である」と証明しやすくなるからだ。実は、筆者が寄稿している記事に含まれる写真の多くにも、CAIでの来歴は記録してある。

こうした部分でも、来歴記録は重要なものになっていくものと予測している。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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