西田宗千佳のイマトミライ

第144回

インテルのGPU「Arc Aシリーズ」はPC市場をどう変えるのか

先日、インテルがノートPC用の単体GPU「Arc Aシリーズ」を正式発表した。製品は「4月から順次出荷」とされているので、初夏には搭載製品が店頭に並んでいるのではないだろうか。

Intel、ノートPC向け単体GPU「Arc Aシリーズ」を正式発表

PCを買うときにどのようなスペックのものを選ぶべきか?

求めるものは人によってまちまちだが、グラフィックス系の処理を担う「GPU」が変わると選び方が変わる。今のPCにおいて、市場が伸びているのは「ゲーミングPC」であり、そこで価値を持つのはGPUを搭載した製品でもある。

インテルが単体GPUに参入することがどのような意味を持っているか、PC市場にどんな影響を与えるのかを考えてみたい。

どんなPCも「GPU」に依存、実はGPUのトップメーカーインテル

「GPUはあまり使われていませんが」

先日、「Arc Aシリーズ」に関する記者向け説明会が開かれたとき、ある記者がそのように質問した。

この認識は間違いである。だが、PCやOSの動作に詳しくない人から見ると、そう思ってしまうかもしれない……とは思う。

PCにしろスマートフォンにしろ、今のIT機器では、ほぼ例外なくGPUが使われている。ゲームをやらなかったとしても、ユーザーインターフェースを描き、動画を再生し、なめらかなスクロールをするには、GPUの力が必ず必要になり、GPU性能の高さが操作の快適さにつながっている。

ただ、現在の多くの機器で「GPUの名前」を目にすることが減っているのは事実だろう。PC用にしろ、スマートフォン用にしろ、使われているのはCPUとGPUがセットになって搭載された「SoC(System on a Chip)」であるので、GPUの名前や存在を意識することが少なくなっている。

GPUというとNVIDIAやAMDのものが思い浮かぶが、PCで使われているGPUのシェアでは、結局のところ、インテルが圧倒的。インテルのシェアは62%もある。

'21年第4四半期のPC向けGPU出荷台数は前年比15%減。シェアは横ばい

外付けGPU市場に攻め込むインテル

ただ、インテルのCPUに搭載されている「内蔵GPU」で市場が満足していたか、というとそんなことはない。

3D CGやAIなど、より用途に特化したパフォーマンスを求めるなら、独立した半導体としての「GPU」が必要になる。

前出のように、現在のPC市場で伸びているのはゲーミングPCだ。ニーズが明確で、単価が高く、進化も早い。そこではCPUだけでなく、GPU性能も重要になる。

そこではずっとNVIDIAとAMDの2社が競ってきたが、PC用としては、結局NVIDIAの市場占有率が高いままだ。NVIDIA 8:AMD 2、という状況が続いている。

インテルとしては、そこに商機を見出したようだ。この辺は、笠原一輝氏のレポートに詳しい。

他2社とは逆の製品展開を行なうIntelのGPU戦略

これまでインテルはGPU市場ではなかなか成功できなかった。だが、Arc Aシリーズではそれをなんとか覆そうとしている。

そこでのアプローチは、「CPU内蔵のGPUを強くし、それを拡大して高性能な市場をカバーする」というやり方だ。

内蔵からスタートした「Xe」アーキテクチャ

インテルのプロセッサー、「Core iシリーズ」に搭載されるGPUも、2021年の「第11世代」から大幅に性能が向上している。ハイエンドなゲームをそのままの設定で動かすにはまだ性能が足りないが、GPU性能への負荷が低めに設定されているゲームなら、意外なほど快適に動く。PCゲームが増えていく中で、特別なGPUを持たない「普通のPC」でもプレイできるのは重要なことだ。

第11世代で搭載されたGPUは「Intel Xe」というアーキテクチャで作られている。正確には、Intel Xeの中でも低消費電力版の「Xe-LP」だ。

Intel XeはArch Aシリーズにも使われているアーキテクチャで、非常にスケーラビリティが高い。開発に時間はかかったが、内蔵GPUでは確実な成果を出している。Arch Aシリーズはそこから性能を上げていったもので、性能ごとに「Arc 3」「Arc 5」「Arc 7」と3つのブランドがあり、性能・消費電力ごとに分かれている。

考えてみると、「SoC向けのGPUをどんどん性能的にスケールアップしていく」というのは、アップルがiPhone向けの「Aシリーズ」から「M1 Ultra」まで性能を拡大していく流れにも似ている。ただ、アップルがあくまで「CPU・GPU・メモリー一体型での性能向上」を目指しているのに対し、インテルはそうではないので、あくまで「スケーラビリティ」の考え方だけだが。

「ゲーム超解像」と「AV1エンコード」に注目

Arch Aシリーズの機能の中でも筆者が注目する点が2つある。

1つ目は「XeSS(Xe Super Sampling)」。この機能は、1,920×1,080ドットなどの低い解像度でレンダリングされたCGを、自動的にアップスケールし、4Kなどの解像度で表示する機能。GPUへの負荷は低い解像度でのレンダリングと同じだが、表示品質は4Kにより近くなる。

同じような機能はAMDの「FidelityFX Super Resolution(FSR)」、NVIDIAの「Deep Learning Super Sampling(DLSS)」などがある。一部ゲーム機などでも利用が始まっているが、こうした機能が一般化すれば、ゲームとGPU性能の関係も変わってくる可能性はある。特に、トップ性能にこだわるゲーマー向けではなく、少し下のクラスでの体験を変える可能性が高い。

超解像技術で性能と画質を両立するAMD FSR 2.0

もう一つは「AV1のエンコードアクセラレーション」。

AV1はオープンかつロイヤリティフリーな動画圧縮コーデックであり、ロイヤリティが発生するVP9やH.265などを代替すると言われている。Netflixなどの動画配信で使われているほか、YouTubeでも使われている。

圧縮に時間がかかるのが問題とされてきたが、Arch Aシリーズでハードウエアエンコードが可能になって高速化すれば、より気軽に使えるようになる。

YouTubeへのアップロードもそうだが、ゲームなどの動画配信の帯域を狭くし、使い勝手を上げるにも有用だ。

おそらく、Arch Aシリーズが出ても、大半のPCは外付けGPUを搭載しないだろう。

だが、コストと性能のバランスを考えた場合、ちょっと付加価値のあるPCに「ハイエンドではないが、少し性能が高い外付けGPUを搭載する」ことは増えていくのではないか。製品バリエーションとコストバリエーションの増加は、PCにとってプラスだ。

そういう意味で、Arch Aシリーズの登場は、ハイエンドゲーマーよりも「そこまでゲームにこだわるわけではないが、付加価値のあるPCを求める層」にプラスの結果をもたらすのではないだろうか。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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