西田宗千佳のイマトミライ

第50回

ABEMAとNetflixのデータから見る映像配信の今

4月11日に開局4周年を迎え、Abema TVは「ABEMA」へと名称を変更した。その経緯については、僚誌「AV Watch」にて、藤田晋社長のインタビューをお届けしている。そこでも、現在の新型コロナウィルス禍の中でアクセスが伸びていること、「バズる番組」から「超面白い番組重視」に切り替えていくことなどが語られた。

AbemaTVから「ABEMA」へ。藤田晋社長に聞く4年間の変化とこれから

それを受ける形で、ABEMAを運営するサイバーエージェント(CA)は、4月22日に2020年度第2四半期(1月〜3月)の決算を発表した。

ABEMA有料会員67.6万人に増加。巣ごもり需要でWAU30%増

また、海外では、4月21日、Netflixが、2020年第1四半期(1月~3月)の決算を発表。有料ユーザー数が1億8300万人に近づいたことを発表した。

外出自粛でNetflixの会員数15%増、全世界で1億8,300万人突破

こうしたデータから、現在の映像配信がどのような状況にあるのかを分析してみよう。

CA公開のデータから見える「国内動画配信ビジネス」の今

次のデータは、CAが決算発表の中で示したものである。データは、アプリのマーケティング統計ツールである「App Ape」のもの。その性質上、あくまでアプリの利用統計に基づくもので、PCやテレビでのストリーミング視聴を統合したものではない、という点に留意する必要がある。だが、特に「若年層の個人利用」に着目するのであれば、有用な指標と言っていい。

サイバーエージェント決算資料から。App Apeの調査をもとに、日本国内のアプリによる映像配信のMAUをまとめたものだ

これは、各アプリの月間アクティブユーザー数(MAU)を比較したもの。絶対数となる縦軸の数字が入っていないので、あくまで傾向としてみてもらいたい。

利用量で圧倒的に引き離しているのは「Amazon Prime Video」と「ABEMA」。それを「TVer」「GYAO!」が追いかける。Netflixは他のグループから一歩抜け出したような状況にいる。

このデータはなかなか興味深い。

上位4グループは、Amazon Prime Video(プライムビデオ)を除いて、基本的に利用が「無料」である。そして、無料であるなら本来は「YouTube」がないといけないのだが、ここには入っていない、という点にも留意して欲しい。おそらくだが、あまりにかけ離れたデータになるYouTubeは外したのだろう。YouTubeの利用量は圧倒的で、これらと比較するのが難しい「別格」の状態にある、と推察できる。

若年層に強みをもつABEMA

その上で、有料サービスとしてAmazon Prime Videoだけが特別に利用者数を伸ばしている、という言い方ができる。

これは、筆者が各コンテンツ事業者からヒヤリングしている状況とも矛盾していない。Amazon Primeは動画配信だけでなく、配達無料や音楽など様々な用途があり、より加入しやすい。加入してしまえばある種のサンクコスト(埋没費用)になるので、利用者の心理的負担は小さくなる。そのことが明確に現れている。

テレビ局が積極的に見逃し配信を提供するしているTVer・GYAO!に対し、ABEMAが現状有利に立ち回っている、という状況も見て取れる。特に10代・20代については、コンテンツ特性がマッチしていることから、非常に認知度が高いこともわかる。

そして、Netflixを見るとさらに面白い。他の有料配信グループから頭ひとつ抜け出し、伸びが加速され始めたのは2019年に入ってから。明確に他社を追い抜いたのは2019年7月・8月であり、この時期は「全裸監督」の配信が開始された頃でもある。一般層にとってあのドラマの周知効果がいかに高かったか、ということがわかる。

一方、若年層においては、ほかの映像配信よりずっと上の状況が前から続いている。これは、恋愛リアリティショーやアニメなどの視聴によるものだろう。そもそも、他の大手は「テレビ局連携」を軸にしており、放送視聴から離れた若年層には効果が周知効果が薄かった、という分析もできる。

「無料化」で跳ねる国内勢、問題は「いつまで続けるのか」

他方で、この2月以降、Paravi・Huluが視聴量を急速に伸ばしている、という点にも注目したい。これは特にHuluの場合、このタイミングに合わせて「無料視聴」を積極的に展開したことが大きく影響しているのではないだろうか。

2月・3月は「巣ごもり視聴」があるので利用が跳ねても不思議はない。映像配信全体が上向き傾向にある。

だが、Netflixは他に比べてカーブがなだらか、というか「急上昇」の傾向が見られない。

おそらくこれは、無料配信に他社が舵を切る一方で、Netflixはそうはしなかったことが影響しているのだろう。

無料視聴効果による新規ユーザー数増加は、このまま続くのだろうか? それとも、今後無料コンテンツが減っていくことによって落ち着いていくのだろうか?

予測は難しい。難しいが、筆者は「有料サービスにおける無料コンテンツ増加の効果は、そこまで長続きしない」と見ている。

そもそも日本は、地上波が無料であること、YouTubeが強いことなどもあって、「無料」が強い国だ。そこで顧客を引き付けるために「無料」を打ち出すこと、現在の消費者を支援するために「無料」を打ち出すことは、けっして悪い話ではない。

しかし、最初から無料でビジネスをやっているところはともかく、有料をベースにビジネスを組み立てているところは、無料提供が長引けば長引くほど経営体力を消費する。ビジネスモデルを変換しないなら、いつかは「有料」に切り替えねばやっていけない。

その勘所をどこに持っていくのか。これは極めて難しい判断だと思う。

Netflixは、一部の教育コンテンツなどはYouTubeで無料公開したが、自社サービスは無料展開しない。その辺、若干冷たいと感じるほどの切り分けをしているように見えるのは、「無料開放は長続きしない」と見切っているからではないか。

無料でブーストをかける国内勢と、あえて無料化しないNetflix。それぞれの戦いがどうなるか、ここ半年が一つの勝負ではないかと筆者は見ている。

巣ごもりを客観視するNetflix

Netflixはどうも、いわゆる「巣ごもり景気」をかなりコンサバに見ているように思える。

昨年後半より、特にアメリカ市場では、Netflixには厳しい視線が向けられていた。ディズニーなどの強いライバルが登場する関係で、会員数の伸びが鈍化するのでは……とみられていたからだ。

だが、今回の決算では大きく伸び、一気に1億8,286万人まで増やしてきた。

Netflixの2020年第1四半期IR資料より。有料配信契約者数が全世界で1億8,286万人にまで伸びた。一方、来季の予測は1.9億人で、今季の半分の伸びと見積もっている

とはいうものの、先ほども述べたように、Netflix自身は比較的冷静に捉えている。次の四半期の増加予測は今季実績の半分程度と見積もっている。

これは「状況が長期化して欲しくない」というある種希望的観測をしているのかもしれない。

だがそもそも、Netflixに対する厳しい見方は、あくまで「アメリカ市場」のものだ。アメリカはすでにNetflixがシェアの5割をキープしていて、市場が劇的に伸びる余地はなかった。他国についてはライバルが伸びている状況にはなく、アメリカ国内のような過当競争になるにはまだ数年の時間を必要とする。現在同社の伸びはアメリカ市場以外。今回の伸びも牽引しているのはEMEA(ヨーロッパ・中東・アフリカ)市場とAPACであり、アメリカは「想像よりもちょっと伸びた」くらいである。

そういう意味では、Netflixのような規模の企業の場合、拡大基調にある市場の伸びは加速されたものの、すでに成長したアメリカ市場にはさほど影響はなく、「この期に乗じて市場拡大」というほどのものでもないのだろう。むしろ「オリジナルコンテンツの撮影がストップしている」ことの影響を、ステートメントの中で危惧している。

こうした見方が、「日本でも無料開放をしない」という経営判断につながっているのではないか、と筆者には思えるのだ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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