西田宗千佳のイマトミライ

第22回

「2画面」は特別ではなくなる。Surface Duo・Neoと生産性の革新

マイクロソフトのパノス・パネイ氏。左手にあるのが「Surface Duo」、右手にあるのが「Surface Neo」だ

10月2日(現地時間)、米ニューヨークで開催された「新Surface」の発表会を取材していた。結論からいえば、非常に面白かった。ここまでおどろきの多いイベントはなかなか体験できるものではない。そういう意味では、取材者冥利に尽きる体験だった。

2画面Surface、完全ワイヤレスイヤフォン。Surface発表会を深掘りする

今回発表された製品の中でも、特に注目を集めたのは、2020年ホリデーシーズンの発売を予定している「Surface Neo」「Surface Duo」の2製品だ。

この2製品からは、「折りたたみスマホ」「2画面スマホ」といった製品の理想と現実、そして当面の姿が見えてくる。そこを少し解説してみたい。

すでに「二つ折りスマホ」商戦は始まっている

今回、筆者は発表会の前日にニューヨーク入りした。ホテルの部屋もまだ用意できていなかったので、しばらくニューヨークの街を散策することになった。

海外の街では、そこにある家電量販店に入ることにしている。「好きだから」ということは否定しないが、なにより、そこは「その国でのガジェットの最前線」であり、仕事として得るものがあるからだ。

アメリカ最大手の家電量販店であるBest Buyに入ると、そこではサムスンの二つ折りスマホである「Galaxy Fold」が大々的に展示されていた。高価な製品(1,980ドル!)ということもあってか、流通量はまだ多くはないようだが、韓国やアメリカでは、店頭で普通に買えるようになっている。ちなみにこの店では売り切れ。「週末には入荷する」とのことだった。

サムスンの「Galaxy Fold」。アメリカ国内では、SIMロックのかかっていないバージョンが1,980ドル(税別)で売られていた。

触れてみると、確かにこれは魅力的だ。いままでのスマホにない驚きがあり、ここにチャレンジしよう、という気概が見えた。

この時点では、マイクロソフトがなにを発表するのか、筆者は知らない。噂はあったが、その手の噂に引きずられるのは、取材する上であまりメリットがない。だから、ここでGalaxy Foldをさわり、販売状況を確かめることが「予告編」になるとは思っていなかった。

マイクロソフトの「2画面」は他社とどう違うのか

そしてマイクロソフトの発表会では、「2画面」モデルがお披露目された。彼らがGalaxy Foldのような製品を意識しているのは間違いない。

一方で、Galaxy Foldやファーウェイの「Mate X」とは違う構造であるのもわかる。これら、今年になって話題が集まった「二つ折り」は折り曲げ可能な有機ELディスプレイを採用していたが、マイクロソフトの「Surface Neo」「Surface Duo」は液晶ディスプレイを2枚使った構成である、デバイスとしてはさほど珍しい点がない。

左が「Surface Duo」、右が「Surface Neo」。
Surface Duo。OSにAndroidを採用。実質的に、マイクロソフトによる「スマホ再参入」でもある
Surface Neo。こちらはOSに「Windows 10 X」を採用したWindows PCだ

そう考えると、「驚きではあるが別に新しくない」と軽く見る人もいそうだ。それは一面の真実である。

だが、冷静に考えるとそれはあたりまえなのだ。

過去のSurfaceにおいて、「他社が採用していない驚きのデバイス」を使った製品が出てきたことなどないからだ。高解像度なディスプレイを使うが、それはスペックが違うだけ。精度が高いペン技術を使っていることで知られるが、それもマイクロソフトが買収した企業の技術を活かしたもので、見たこともない特殊なデバイスではない。

今回発表された「Surface Pro X」では、マイクロソフト独自のプロセッサーである「Microsoft SQ1」を採用したが、Qualcommとの共同開発であり、ベース設計はQualcommの「Snapdragon 8cx」と思われる。

だが、ヒンジやボディの設計には凝る。Surface Proは同じようなデザインに見えて、毎回ヒンジの構造が少しずつ変わり、進化している。今回のSurface NeoやSurface Duoでも、本のように好きな角度で止められて、ディスプレイを閉じた形でも両方のディスプレイが表になった形でも、好きなように使えるヒンジ構造が採用されている。

そして、ディスプレイ解像度は16:9ではなく、3:2を2枚。1枚にすると4:3だ。スマホのディスプレイのほとんどが「縦長」であることを考えれば、マイクロソフトの選択が特別なものであることが見えてくる。

要は、マイクロソフトはSurfaceにおいて「デバイス調達の事情」よりも「自分達がどのようなデバイスを作りたいか」を優先するのだ。

そうすると当然、価格は高めになるし販売数量も減る。しかし、マイクロソフトはそれでもいい。「プロダクティビティ(生産性)のために使うPCとして、マイクロソフトが示したい姿」を提示する必要があるからだ。

誰も買えないような価格になるとナンセンスだが、もっとも安いPCである必要はない。「高付加価値型のPC」として、PCにこだわりがある人が選べる価格帯に収まればいいのだ。そして事実、Surfaceはみなその価格帯にある。

動画よりプロダクティビティ。使い勝手は「OSの出来」で左右される

二つ折りにする利点は、「画面につなぎ目が出ない」ことだ。全面を1枚のディスプレイとして使い、大きくして動画を見るなら重要な要素だし、作業画面を「とにかく広くとりたい」場合にも重要だ。

しかし、動画を全画面で見ないならそこまで重要ではない。つなぎ目も、作業を邪魔しないように配置すればそこまで問題にならない。左右に別々のアプリを表示する前提ならさらに、だ。

要は、「いかに2画面を活かすか」というユーザーインターフェース設計に依存する部分が多いのだ。

マイクロソフトでSurface事業を統括する、米マイクロソフト コーポレートバイスプレジデント チーフ・プロダクト・オフィサーのパノス・パネイ氏は、「Surface DuoやNeoは『Surface』事業として発想したものであり、電話を作ろうと思ったのではない」と話している。

2画面はあくまで、色々な作業をする時の生産性を高めるための手法であって、大きな画面で動画を見るためではないのだ。

だとすると、高価で、耐久性に疑問があるという、折り曲げ式の有機ELディスプレイが抱える問題の方がマイナスになってくる。無理をしてサムスンやファーウェイと同じ土俵に入る理由が、マイクロソフトにはなかったのである。

一方で、本当に「2画面が使いやすいのか」はまだわからない。実機は展示されたものの、記者が自由に触れる形ではなかったからだ。2画面向けのWindowsである「Windows 10 X」は現在開発中で、Surface Duoに使うAndroidも、おそらくはマイクロソフトの手でカスタマイズがなされており、その内容がわからない。

こうした部分での洗練を進め、アプリベンダーに「2画面」への対応を促すために、マイクロソフトは発売まで1年近く時間があるにも関わらず、Surface Duo・Neoを発表したのだ。

その辺の細かな情報が見えるまで、Surface Duo・Neoの本当の価値もわからない。だが、マイクロソフトは本気であり、他のPCメーカーからも「2画面PC」は出てくることになるだろう。

少なくとも来年以降、AndroidやWindows PCの世界で「2画面」は特別なものでなくなる可能性が高く、その一翼をマイクロソフトが担っている……。それだけは間違いなさそうだ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『マンデーランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Twitterは@mnishi41