西田宗千佳のイマトミライ

第8回

Facebookの仮想通貨「Libra」の狙いと可能性

6月18日(米国時間)Facebookは、仮想通貨「Libra」と、それを扱うための新会社「Calibra」の計画について発表した。

Facebook、新仮想通貨「Libra」でSMSのように送金できる世界を目指す

Calibraのホワイトペーパーも公開されており、最初から日本語版も用意されている。

内容については、以下のページに詳しい解説がある。ホワイトペーパーをすべて読むより短時間に理解できるものと思う。

Facebookのリブラ・ブロックチェーン、注目すべき4つの特長

とはいえ、仮想通貨関連で使われる専門用語も多く、難しいかもしれない。よりシンプルに、2つの特徴に絞って説明してみたいと思う。

「非投機的」で「決済中心」

Libraの最大の特徴は「ステーブルコイン」であることだ。ステーブルコインとは、特定の通貨に価値が裏付けされた仮想通貨のことで、現在は主に米ドルを担保としているものが多い。この場合、仮想通貨の流通額に見合う米ドルを準備金として保管する必要があり、発行のハードルは当然その分高い。また、担保となる米ドルの管理などには、相応の透明性が求められる。

ビットコインに代表される多くの仮想通貨は、流通量と演算に基づく生成量が一定である、という特質から、他の通貨への引き当てではなく、仮想通貨のデータそのものの希少性と、取引の中での価値によって価格が決まる。逆にいえば、価格が変動することそのものが利用のインセンティブである、といってもいい。

だから自律的に運用が進みやすいが、一方で価値が乱高下し、安定した取引基盤としては利用しづらい、という側面がある。

実際、仮想通貨のほとんどは、「決済手段としての可能性」を初期から指摘されながら、実態経済の決済ではほとんど使われていない。現金化する際に「仮想通貨取引所」を使うのも、市場価格によって資産価値が大きく変わってしまうからだ。そのため、金融庁も仮想通貨や暗号通貨という呼び名ではなく「暗号資産」という言葉を使うようになっている。

ステーブルコインであるLibraは、価値が乱高下しない。暗号資産ではなく「決済手段」を狙っている。その点がなにより違う。

ただし、ステーブルコインはLibraが最初でもなんでもなく、すでに多数存在する。Libraの特徴は、やはりFacebookを軸に多くの企業や国を巻き込んでスタートすることだが、価値の裏付けも少し違う。米ドルなど1つの通貨で裏付けをするのではなく、複数の法定通貨を使う「通貨バスケット制」で裏付けし、その上で、各種取引に使う。

決済やサービスなどの多くの企業がLibraへの参加を予定

運用そのものはFacebookから独立した形で行なうが、Facebookが狙っているのは、メッセンジャーなどを介して、シンプルに国際間決済を実現するためのインフラとしての役割だ。特に、途上国などのような、銀行を中心とした金融機関が未成熟な国で、国際間送金の低廉化や信用取引を成立させるための「グローバル通貨」として使われることを目標としている。

メッセンジャーを介した決済インフラを狙うFacebook

ビットコインに代表される多くの仮想通貨(暗号資産)は匿名性が高くない。取引をトラッキングしやすいことも、価値を担保するために重要なことだからだ。(といっても、分散されていくと末端までトラッキングするのが難しいのは、仮想通貨が絡む各種の犯罪報道からも明らかだが)

一方、最初から決済手段を軸にするLibraは、ブロックチェーンに匿名性がある。この点も大きな差といえるだろう。

アメリカ議会は開発に「待った」

Libraをどう扱うべきか? 金融行政を監督する国の側での反応も色々だ。アメリカ下院金融サービス委員長のマキシン・ウォーターズ議員は、Facebookに対し、議会と 規制当局の審査が終わるまで、Libraの開発を一時中断するよう求めている。Facebook側でのプライバシーの扱いや、仮想通貨市場のフェイルセーフの弱さを懸念してのものだ。

米下院金融委員長、FacebookにLibra開発の一時中断を要請

日本の金融庁は公式コメントを出していないが、一部報道によれば、送金などの用途を考えると「資金移動業の登録が必要なのではないかと見ている」、とも言われる。事実、金融庁はステーブルコインについて、資金決済法上の「仮想通貨」ではなく、資金移動の手段と考えるべき、という見解を出したこともある。

どのような判断になり、どう使われるかは、これからの状況を見る必要がある。

「仮想通貨を支えるエネルギー」をなにに使うか

では、筆者が個人的にどう見ているのか?

夢は見ていないが、「ビットコインやその他の暗号資産より、ずっと意味がある」とは思っている。

筆者が考えるのは、仮想通貨を支える「エネルギー」の問題だ。

仮想通貨は、一般的な金融取引にくらべ、桁違いの演算リソースを必要とする。言い換えれば、電気というエネルギーを金融資産に変えているのだ。香港やスロベニアの年間消費電力と同量がマイニングに使われている、という調査結果もある(ただし、その妥当性については議論があることも書き添えておく)。

それは本当に良いことなのだろうか。

青臭いと言われそうだが、一部の人々が使う金融資産形成のために大量のエネルギーを使うことには釈然としない。同じエネルギーとサーバー資産を使うなら、もっと多くの人の役に立つことに向けるべきだ。マシンラーニング用のサーバー運用にエネルギー(と、それに伴う熱と二酸化炭素排出量の増加)を回した方がいいのではないか。

国際決済手段としての仮想通貨が許容しうると感じるのは、そこに「多くの人への貢献」があるからだ。こちらの方が、エネルギーを投下する価値があり、未来を変えられる可能性がある、と思うのだが。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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