西田宗千佳のイマトミライ

第8回

ARの夜明け前。5GとOSの改善で開拓フェーズに

スマートグラス「nreal light」

ARの活用と、スマートグラスに向けた動きが加速している。

KDDIが中国nrealと提携してスマートグラス開発を進めることになっており、メリカリはそこに、実証実験パートナーとして参加することを発表している。

スマートグラス「nreal light」で、KDDIとメルカリが協力。

メルカリが開発中の類似商品検索アプリ「mercari Lens」については、1月のCESで、Vuzix社の「Vuzix Blade」に実装した例を体験、取材している。

メルカリ、“指差し”で商品価格表示する新技術。ARグラスから出品

KDDIだけでなく、NTTドコモも米Magic Leapと資本・業務提携をしており、5Gに向けて、スマートグラス系の企業との連携を模索する動きが激しい。

Magic Leap One

ドコモ、9月20日に「5G」プレサービス開始

大手からベンチャーまで、「2年後」をターゲットにAR開発準備が進む

こうした潮流には2つの側面がある。

ひとつは、5Gのもつ「低遅延」「広帯域」という要素が、スマートグラスやAR技術ととても相性がいい、ということだ。スマートフォン以上に即応性が求められる部分があるし、データの使い方やユーザーインターフェースも固まっていないので、5Gを最初から想定して検討する余地が十分にある。

そしてもうひとつは、技術が揃い、成熟が進みはじめている、ということだ。

2012年にGoogleがGoogle Glassを出した頃は、まだ技術が未成熟だった。一部の業務用デバイスがあるだけで、低価格でマスを目指した開発はほとんど進んでいなかった。

だが、2016年にマイクロソフトが「HoloLens」を開発者向けにリリースし、今年は第二世代製品である「HoloLens2」も出てくる。

HoloLens2

HoloLens 2は「空間を超えたコミュニケーション」へ

nrealやMagic Leapの他、カナダのNorthに老舗のVuzix、中国系のRealmaxなど、本当に多数の企業がデバイスを世に出し始めている。

こうした背景には、スマートグラス向けのディスプレイデバイスの充実がある。日本でもソニーやエプソンが積極的に「マイクロディスプレイ」と呼ばれるデバイスを開発している。元々はカメラのEVFなどが主軸だったが、スマートグラスという新しい市場に向けた動きが活発になっているのだ。

CESの裏テーマ?! だった「スマートグラス」「ARグラス」を俯瞰する

多くの企業は、こうしたデバイスの本格的な市場の立ち上がりを、2020年後半から2021年とみている。なぜなら、「大手」がその時期に商品化するとの公算が強くなっているからだ。

ファーウェイやサムスンは開発していることを公表しているし、アップルが開発中であるのも公然の秘密だ。筆者も、複数の情報ソースから、「アップルがスマートグラスを開発中である」という確証を得ている。

6月3日から7日まで、米サンノゼで開催されたアップルの年次開発者会議「WWDC 2019」でも、iOS/iPadOSに搭載されるARフレームワークである「ARKit3」の拡充が発表されている。iPhone・iPad上でとても有用な機能となってきているが、こうした要素は、アップルにとって「この先のデバイス」にも有効なものであるのは疑いない。

WWDC 2019のARKit3デモ。人がCGの中に入ってしまう

特にアップルの施策は、人の目につきやすい「人間」のシルエットにフォーカスし、人間をARの中に自然に組み込むことができる、という意味で、とても大きな意味を持つ。また、ARアプリを増やすために、「コードを書かずにARのビジュアライゼーションを行なう」施策を展開しているのも興味深い。着実に、一歩一歩準備を進めている印象だ。

西田が選ぶWWDC 19「AV目線の10大ニュース」

スタートアップは大手が出てくる前に勝負を決めようとダッシュしはじめたところで、大量の需要と、少なくとも企業イメージに相応しいレベルでの洗練を求められる大手は、開発を進めながら時を待っている……というところではないだろうか。

どこまでの製品になるのか、どのような方向性のそれはまた別の話ではあるが、スマートウォッチが出始めた頃のような「各社が動いている感」を強く感じる。

開拓は始まったばかり、試行錯誤が新しい世界を生む

では、AR系デバイスを作っている企業は、こうしたライバルの状況をどう見ているのだろうか?

筆者はちょうど、6月12・13日の2日間、米マイクロソフト本社を訪れていた。そこで、HoloLens関連技術を含む、Mixed Reality担当コミュニケーション ディレクターのグレッグ・サリバン氏と、HoloLens2を中心に、様々な話題をディスカッションすることができたので、彼のコメントをご紹介しよう。

マイクロソフトコーポレーション Mixed Reality担当 コミュニケーション ディレクターのグレッグ・サリバン氏。5月末には「de:code 2019」のために来日しており、筆者とは10日ぶりの再会となった。

「ライバルのARグラスなどは体験しているか? どう思う?」という筆者の質問に、サリバン氏は次のように答えている。

サリバン氏:私たちはGUI以来のコンピュータの変革に立ち会っているんだと考えています。GUIが出るまえ、あれが実用的で便利だという人より、否定した人の方が多かった。山ほどの仕事をマルチタスクでこなすなんて、思ってなかったですよ。スマートフォンが登場する前も、その価値を正しく理解している人は非常に少なかった。

もちろん、他社製品も色々試してますよ。その上で、アレックス・キップマンと方向性やそれぞれの出来について、ずいぶん議論もしています。そこでアレックスが言ってたことなんですが、これは私も「そうだなあ」と思います。

結局、今はこうした(ARグラスやHoloLensのような製品)について、最初のフェーズもいいところで、どんどん製品が出てくるのが健全な姿なんです。正解なんて誰にもわからないわけですから。いまのうちは、彼らは競合ではなく「同士」。本気でそう思います。まずいろんなところから、「なにができるのか」「どんな市場になるか」をともに開拓しないといけない。

戦うのはその後でいいんですよ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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