石野純也のモバイル通信SE

第46回

身につけるAI「Humane」が日本に来る? “ポストスマホ”の可能性

クアルコムのブースに展示されていた米HumaneのAi Pin

2月26日から29日の4日間に渡ってスペイン・バルセロナで開催された「MWC Barcelona 2024」のクアルコムブースに、人だかりができているコーナーがあった。来場者の目的は、AIデバイスのスタートアップ、Humane(ヒューメイン)の開発した「Ai Pin」。ChatGPTなどのAIを軸にしつつ、新たなユーザーインタフェイスの実現を目指すことをうたった端末だ。Ai PinにはSnapdragonが搭載されており、クアルコムはその応用事例の1つとして同社の製品を展示していたという構図になる。

混雑した会場でも実用的? な翻訳

Ai Pinは、胸元にマグネットで装着できるデバイス。公式サイトに記載されているサイズは47.5×44.5mm。500円玉の直径が26.5mmなので、それより一回りか二回り大きいようなデバイスだ。スマホと比べると小型で、いわゆるディスプレイは搭載していない。代わりに搭載されているのが、プロジェクター。ユーザーインターフェイスやメール、画像などの映像は、これを使って手のひらに映し出すことができる。

マグネットで挟むような形で、衣服の胸元に装着する

展示会の会場内で、日光などはさえぎられた環境だったが、のぞき込んでみた際の視認性はまずまずといったところ。単色ながら、クッキリと見えるため、文字はしっかり読み取れた。操作やジェスチャーや音声で行なう。例えば、スマホでおなじみのピンチインをすると、手のひらに映る映像を切り替えられる。本体にはタッチパッドがあり、ここをダブルタップすると撮影、ロングタップすると音声での操作ができる。

小型のプロジェクターが内蔵されており、手のひらに様々な情報を映し出すことが可能だ
メールやSMSといった文字を表示させ、手のひらで読むことができる

Ai PinがAIをうたう理由はここで、音声処理をローカルで行ないつつ、クラウド上のLLM(大規模言語モデル)が回答を返す。その一例として試した翻訳機能は、実に自然なやり取りができた。Wi-Fiが混雑していたためか、翻訳が返ってくるまでにワンテンポ間があったものの、相手が英語、自分が日本語で話しても、きちんとコミュニケーションが取れた。常時身に着けておくウェアラブル端末のため、スマホのように、カバンやポケットから取り出す必要がない。ガヤガヤしている展示会場でも、その音声ははっきり聞き取れるレベルだった。

ロングタップして翻訳を呼び出しているところ。音声もはっきり聞こえて、説明員と異なる言語でコミュニケーションを取ることができた

Ai Pinの気になる日本展開はソフトバンク?

Ai Pinは、単独で動作するデバイスで、スマホとの連携などは必要としない。モバイルネットワークに対応しているためだ。通信機能は4Gに対応しており、VoLTEによる音声通話も行なえる。SIMカードスロットは見当たらなかったが、eSIMに対応しているとのこと。実際、すでに発売している米国では、T-Mobileと提携しており、同社のネットワーク上で利用できる。

写真に「Call」と写っていることから分かるように、電話にも対応している

胸元につけたコンパクトなデバイスだけで、メールのチェックや翻訳など、一通りの操作ができるデモはインパクトが大きかった。プロジェクターを使って手のひらに映像を映せるというのも、SFのようで未来的。モバイル端末には見慣れているはずの業界関係者が多いMWCですら注目を集めていたのは、納得できるコンセプトだ。

実際、世界各国のキャリア関係者が集うMWCに合わせて、Humaneはその売り込みに成功していることがうかがえる。同社は、2月27日(現地時間)には、韓国最大手キャリアのSKテレコムと戦略的提携を結んだと発表。Ai Pinの韓国における独占通信プロバイダーとなるとともに、同機のOSであるCosmOSのライセンス供与を検討していることを明かした。

韓国最大手キャリアのSKテレコムと、27日(現地時間)に戦略的パートナーシップを締結したと発表した。写真はMWCのSKテレコムブース

さらに、翌28日には、ソフトバンクと同様の戦略的提携関係を結んだことを発表している。その中身はおおむねSKテレコムと同じだが、リリースでは「ソフトバンクのトップクラスのサービスと魅力的な顧客接点を活用して、Ai Pinを新たな市場に投入する」と記載されており、同社が取り扱うこと自体は決定したようだ。

なお、ソフトバンクの広報部によると、発売時期などは「現時点では未定」。「直近での予定はない」とのことで、投入にはまだ時間がかかることがうかがえる。

Humaneは、ソフトバンクとも同様の提携関係を結んだと発表している

「ポストスマホ」は未知数

生成AIをフル活用したデバイスとして新しい形を示したAi Pinだが、冷静になってみると、これが“ポストスマホ”になるかどうか未知数だと感じた。実際、発表時には、ポストスマホや次世代端末ということが強調されたうたい文句も見かけたが、できることはLLMに対応したスマホと大きな差はない。同じクアルコムブースに展示されていた他のスマホは、画像の不足する部分をAIが書き足して画角を変えたり、AIが文脈を理解してスケジューラーに予定を登録できたりと、Ai Pinとは違った角度で、AIを実装していた。

Xiaomiの最新モデルに搭載された「AI expansion」。写真の足りない外周を、生成AIで補うことができる

サムスン電子が発売した「Galaxy S24」シリーズも、そんなAIを活用したスマホの1つ。同機では、電話の音声をそのまま外国語に翻訳して、言葉の分からない者同士で通話することが可能。上記のような、写真を拡張する機能にも対応している。形状こそ異なるが、スマホでもAI活用は進んでおり、'24年以降に発売される端末ではそれが当たり前になりつつある。クアルコムだけでなく、競合のメディアテックも、オンデバイスでのAI処理を売りにしており、広がり方は速いと言えそうだ。

Galaxy S24シリーズには、「Galaxy AI」の1つとして音声通話翻訳機能が搭載されている

一方で、LLMがここまで賢くなれば、スマホのように大きな画面を備えているデバイスが常に必要かという見方はできる。メールの確認や電話、翻訳などはAi Pinのように身に着けられるデバイスで済ませ、動画視聴やカメラ撮影などはスマホに委ねるといった使い分けはできそうだ。Apple Watchなどが対応する同一電話番号で発着信できるサービスと組み合わせて使えば、こうした使用方法が進む可能性もある。

キャリアにとっては、ARPU(1ユーザーあたりの平均収入)を上げる手段にもなるため、導入する動機にもなるはずだ。ただし、現状では価格が699ドル(約10.5万円)とハイエンドスマホ並みに高額。メインのスマホと合わせて、気軽に2台持ちできるレベルにはなっていない。キャリアがある程度割引をするとしても、限界はある。普及のためには、さらなるコストダウンも必要になりそうだ。

石野 純也

慶應義塾大学卒業後、新卒で出版社の宝島社に入社。独立後はケータイジャーナリスト/ライターとして幅広い媒体で執筆、コメントなどを行なう。 ケータイ業界が主な取材テーマ。 Twitter:@june_ya