レビュー

圧倒的な完成度。MacBook Pro(M1)の凄み

M1版MacBook Pro。メモリー8GB・ストレージ256GBのモデル。色はスペースグレイ

製品を売り込む側は、色々な美辞麗句をならべて新製品を特別なものに見せようとするものだ。記事を書くライターも消費者も、そのことは百も承知である。だから、実際に試して「ここが良かったが、ここは少し売り文句と違う」という評価を下す事になる。

だが、時には「確かにこれは彼らの言う通りだった」と驚かざるを得ないものもある。

今回評価した、Appleシリコンこと「M1」版MacBook Proは、まさにそんな製品だ。M1は確かに、アップルの主張する性能を備えていた。そして、「MacBook」としての完成度も非常に高かった。

一方で、思わぬところに拙さを感じたのも、また事実だ。

M1のパワーがどれだけのものなのか、そして「拙かった」部分はどこなのかを、2020年春発売の「13インチMacBook Pro(クアッドコア版インテルCore i5搭載)」と比較しつつ、見ていこう。

見た目は同じだが「快適さ」はあらゆる面で改善

M1版MacBook Proの最大の特徴は、CPUがインテルから自社開発の「M1」に切り替わったということ。そのため、デザイン周りでM1版MacBook Proについて語ることは少ない。今回は試用したモデルがスペースグレーだったこともあり、手元にあったインテル版MacBook Proとの差はほとんどない。

どちらがインテル版でどちらがM1版か、わかるだろうか?(正解は右がM1版)

正確に言えば、キーボードの「fn」キーに言語切り替え用の「地球」マークがついたこと、また、M1版はThunderboltポートが左側に2つで、右側にポートが無いという違いはある。

M1版のキーボード。fnキーに「地球」マークがある。
インテル版のキーボード
左側にはThunderboltインターフェースが2つあるが、右側にはない。上位版MacBook Proとはここが違う

とはいえ、付属するACアダプターも含め、何も言われなければ「いつものMacBook Pro」だと思ってしまうだろう。

M1版MacBook ProのACアダプター。USB-C対応で、60W

だが、中身は全く違うし、使っている感覚も大きく異なる。

まず、動作がキビキビしている。アプリの起動が速く、文字入力の反応が速く、遅くなる感覚がない。

まあここは、個人による感じ方・許容度の違いもあるし、MacBook Proクラスの製品で遅かったら問題ではある。

そして、ファンの音が違う。

インテル版は、割とひんぱんに負荷が高くなり、ファンが耳障りな音を立てた。だが、M1版はそうではない。M1版のMacBook Airはファンレスだが、MacBook Proにはファンが搭載されている。しかし、高負荷時であっても、その音は非常に静かだ。そもそも負荷自体が高くなるシーンが少ない。

バッテリー動作時間も長い。

ウェブを見つつ、文書をクラウドストレージに同期し、音楽を流しつつMicrosoft Wordを立ち上げて文章を書く(筆者の日常業務だ)という作業を3時間続けてみたが、バッテリーは21%の減少だった。1時間に7%減ったことになり、計算上は14時間動作することになる。特に最初の1時間は、なかなかバッテリー残量が100%から減らずドキドキするほどだった。

同じことをインテル版で行うと、45%減っていた。インテル版とM1版では、同じ重さ・同じ大きさの製品で同じような作業をしたにも関わらず、動作可能時間はほぼ倍に伸びている計算である。

しかも、カメラの画質がとてもいい。

以下は、Zoomを使って自分を撮影したものである。夜の室内で、自分には照明をあてずに撮ったもので、「低照度に対して調整」機能はオフにしている。インテル版は暗くて顔色がひどいことになっているが、M1版はずいぶんましだ。「低照度に対して調整」をオンにするとインテル版でも明るくはなるが、見栄えはやはりM1の方がずっといい。

M1。Zoomでのカメラの写りをチェック。「低照度調整」をオフにすると、インテル版の方はかなり暗く写ることがある
インテル
M1。「低照度調整」をオンに。これでも、見やすいのがM1版。インテル版よりずっとノイズが少なく、見やすい
インテル版

重要なことは、こうした処理をしても「ファンの音は感じられない」ことだ。MacBook Proを使ってビデオ会議をすると、ファンが大きな音で周り始めることが多いのだが、そうはならない。

M1版Macは新プロセッサーの導入によって「パフォーマンスが上がった」ことがアピールされている。それはもちろんその通りだ。この後示すが、文字通り劇的な変化だ。

なにより重要なのは、「普段、あたりまえに使うMacとして圧倒的に快適になっている」という事実である。これだけ劇的に環境が変わったIT機器は久しぶりだ。

互換性に不安なし?! 拍子抜けするほど「Macとして普通に使える」完成度

M1版Macは、プロセッサーをインテルのCore iシリーズからアップルのM1に変えたことが最大の変化だ。CPUのアーキテクチャを変えることは大きなリスクを伴う行為であり、不安・心配がつきまとう。

M1版Macで使われる「macOS Big Sur」には、インテル版のソフトウエアをトランスコードしてAppleシリコンで動作させる「Rosetta 2」、1つのアプリ内にインテル版とAppleシリコン版を同居させる「Universalアプリ」という機能がある。これを使い、表面上はCPUの差を感じることはない……ということになっている。

では実際どうなのか?

まず、「Uni Detector」(AppStore、開発者@Pyomaru氏)というアプリを使い、Appleシリコン対応のUniversalアプリがどのくらいあるのかを確認してみた。

@Pyomaru 氏開発の「Uni Detector」。Mac内のアプリをまとめて検索し、Universalアプリかどうかを確かめられる。無料公開されているので、チェックしたい人はぜひ

そもそもBig Surを含め、アップルから提供されるアプリは、ほとんどがUniversalアプリになっていて、Appleシリコンに最適化が終わっていた。Mircorosoft Officeも、一般公開されているバージョンはまだインテル版だが、Office Insider(ベータテスター)向けのバージョンはAppleシリコン対応になった。

ただし、一般的なアプリのほとんどはまだインテル版だ。Adobeの「Photoshop」や「Litghtoom」のような主要アプリにゲーム、「OneDrive」「Dropbox」のようなクラウドストレージの同期アプリ、さらには「ATOK」も、今はインテル版しかない。

インテル版アプリに依存することなく作業をすることは不可能なのだが、その互換性はどうなのか?

正直、テストをする前はかなり心配していた。筆者は68000系からPowerPCに変わった際も、PowerPCからインテルに変わった際も知っている。どちらも互換性とパフォーマンスの維持がとても大変だった。心配するな、という方がどうかしている。

ところが、筆者の予想はきれいに裏切られた。

ちょっと拍子抜けするくらい「普通に動く」のである。問題があったアプリもある。だが、ほとんどのアプリはなんの問題もなかった。動作速度が落ちることも危惧したのだが、それもない。

インテル版アプリを初回に動かす時には「Rosetta 2」のインストールを求められる。また、Rosetta 2インストール後も、インテル版アプリの初回起動時はAppleシリコンへのトランスコード作業があるのでしばらく待たされる。ただ、それも初回だけだ。

インテル版アプリを初めて起動する時には、画面のように「Rosetta 2」のインストールが開始される

ATOKのような日本語入力ソフトやクラウドストレージの同期ソフトなどは、裏でずっと動き続けている。これの負荷が高いと結局動作が不快になる。まずはそれを不安に思ったが、これも問題ない。ATOKで問題なく文章が書けるし、クラウド同期にも問題は起きない。「アクティビティモニタ」で動作負荷を見ても、CPU負荷は低い。「OneDrive」のみ、同期時に一瞬負荷が跳ね上がるのだが、これはインテル版MacBook Proでも同様で、OneDriveアプリのくせのようなものだ。

問題があるアプリもあった。AdobeのLightroomだ。画像の読み込みや書き出しが異常に遅くなった。かかる時間は、正常な場合と比較した場合、10倍ではすまない。しかし、Lightroomは12月にAppleシリコン版が登場する予定で、問題は意外と早く解決しそうだ。

ただ、他のアプリは、本当に顕著な問題がない。不可解に遅くなるときが若干あったりもしたが、本当にレアケースで、再現性もはっきりしない。すぐに元に戻ったりもしたので、気にしてもしょうがないレベルである。

「インテル互換」ですらわかるM1の高性能

若干の不安要素があっても「M1版はすごい」と思えるのは、インテル互換動作であっても、インテルCPUネイティブで動かすよりもずっと速いという、驚くべき状況が多いことだ。

例を2つ挙げよう。

「Adobe Premire Rush」で、4K・毎秒60フレームの動画(1分53秒分)にいくつかエフェクトをかけたものを書き出す時間を比べてみよう。

Adobe Premire Rush。マルチプラットフォーム動作する動画編集ソフトとしてテストに選んだ。4K・毎秒60フレームの動画(1分53秒分)にいくつかエフェクトをかけたものを書き出す時間を計測

インテルでは15分4秒(3回平均)かかっていたものが、M1では3分36秒で終わった。なんと4倍以上の高速化だ。

さらにはゲーム「Rise of the Tomb Raider」のベンチマークモード。このゲームは2015年発売で、グラフィック負荷面で必ずしもヘビーとは言えない。そこであえて、グラフィック設定を全て「最高」にして、さらに、解像度をMacBook Proのディスプレイパネルのネイティブ解像度である「2560×1600ドット」にした。

「Rise of the Tomb Raider」。MacでMetalを活用したゲームの一つ。グラフィック設定を全て「最高」にし、解像度もパネルに合わせて上げた

インテルでは「毎秒9.45フレーム」になってしまうが、M1では「毎秒22.69フレーム」出る。

インテル版では毎秒10フレーム以下でゲームにならないが、M1ならば同じ設定でも十分ゲームとして楽しめる値に

念のために言うが、この2つの結果はどちらも「Appleシリコンに最適化されたアプリでの結果ではない」。インテル版の互換動作での値である。

先ほど挙げたLitghroomのように、互換モードでは遅くなる例ももちろんある。だが、「互換ですらパフォーマンスが出る」という事実は揺るがない。

アップルは、Appleシリコン向けのmacOSについて、相当慎重に開発を進めてきたのだろう。初回からこのパフォーマンス、というのは驚かされる。

ベンチマークは「MacBook Pro 16インチ」を抜き去る。さらに静か

では、M1の真の実力はどのくらいなのか? 2つのAppleシリコン最適化が終わっているベンチマークテストで試してみよう。

今回テストしたのは、メインメモリーが8GBのモデルで、「上位機種ではない」。だが、以下で示すようにパフォーマンスはかなり高い。比較対象に使ったMacBook Proは、インテルの第10世代Core i5(クアッドコア)で、メインメモリーは16GBのモデル。MacBook Proとしては最高性能ではないが、一般的に売れているモデルである。

まずは、マルチプラットフォーム・ベンチマークソフトである「Geekbench 5」。CPU(シングルおよびマルチ)と、GPU(Open CL) の値である。M1版(白)とインテル版(黒)では大きな差があるのがお分かりいただけるだろうか。特に、マルチコアとGPUの値の差が大きい。

白がM1の、黒がインテルでのCPUテストの値。M1の方がかなり数値が高く、特にマルチコアテストでの結果が良い
同じく白がM1、黒がインテルでのGPUテストの値。M1はインテルの倍を超える値になっている

このCPUテストの値は、Core i9を搭載した、2019年版16インチMacBook Pro(シングル1174、マルチ7241)を超えている。さすがにGPUは、ディスクリートの高性能版を積んでいるだけに、M1よりいい(機種により異なるが3万前後)。M1のGPUの値は、NVIDIAのGeforce GTX 1050と同じくらいで、「ロースペックなゲーミングPC」「2017年のゲーミングPC」くらいの水準と考えて良さそうだ。

ちなみに。Geekbench 5のAppleシリコン版には、「インテルCPUとしてテストする」モードも備わっている。こちらで動かしてみても、なんと、インテル版の数字をM1版が上回った。先ほどの互換モードでの結果も頷けるというものだ。

あえてGeekbench 5を「インテル互換」で動作させた値。これでもインテル版の値を超えてくるのだから驚く

次に Cinebench。こちらはCPUを使ったCGレンダリング速度を計測するものである。こちらも、Geekbench 5同様、M1版がインテル版を圧倒している。

Cinebench。CPUを使うグラフィック演算を計測するためのソフトだ
Geekbench 5同様、M1版はインテル版の倍に近い値となっている

重要なのは、これだけパフォーマンスが異なるにもかかわらず「静か」という点だ。インテル版はハイパフォーマンス時に盛大にファンの音がするが、M1版はそうではない。最大パフォーマンス時はそれなりの音量になるが、インテル版よりは静か。そして、ファンの音が最大になるタイミングがあまりないし、負荷が下がればすぐに戻る。

では、M1版が全く発熱していないのか、と言うとそうでもない。CPUがフルにまわっている状況では、パームレストの温度はどちらも30度前後、もっとも熱い部分は38度前後になった。インテル版では40度を超えたので少し低い程度だ。

これらを考えると、「負荷がなかなか高くならない」「高くなっても効率的に冷えてすぐにファンの動作が小さくなる」のがM1の特徴、と言えるだろう。これでここまでの性能が出るなら画期的だし、なにより「通常時の快適さが劇的に増している」のがいい。

M1にはマシンラーニングの処理最適化を図る「Neural Engine」があるが、これもかなり効いてくる。ビデオ会議用ツール「mmhmm」がAppleシリコンに最適化されているのだが、こちらでは、指を認識する「ビッグハンド」機能が搭載された。それだけでなく、体や指のシルエット認識が正確かつ高速になり、精度の高い「バーチャル背景」も実現できている。これは間違いなく、M1のNeural Engineを生かした効果だ。

mmhmmのインテル版とM1版を比較。動作の精度がM1では向上し、さらに「ビッグハンドモード」も追加に

iOS/iPadOS互換はまだまだ未成熟

とはいえ、アップルの言う通りの状況とは言えない部分もある。それが「iOS/iPadOS互換」だ。

MacのM1とiPhone・iPadのアーキテクチャは同じArm系で、互換を念頭に開発されているために、M1版のmacOS Big Sur上では、iOS/iPadOSのアプリが動く。アプリは「AppStore」からダウンロードして使う。

Mac版のAppStoreから、iOS/iPadOSのアプリもダウンロード可能になった

確かに、iPhone用の各種ストア系アプリやゲーム、iPadで動く動画編集ソフトやメールソフトまで動く。動くのだが、問題は色々ある。

iOS/iPadOS用アプリをいくつか動作させてみた。「ビックカメラ」アプリ(左)も、ゲーム「風来のシレン」(右)も動作。ただし画面サイズは固定。中央の動画編集ソフト「LumaFusion」はウインドウサイズを自由に変えられる

まず、アプリによっては「ウインドウサイズが固定」だ。文字が小さくなって読みづらくなる場合もある。ウインドウサイズが変えられるアプリもあるが、これはiPadOSを想定した「レスポンシブル」な設計のものが多い。

次に、「タッチ」の問題。Macの画面はタッチ非対応なので、アプリの操作に問題が出る。タッチの一部をタッチパッドで代替するモードも用意されているが、両手を駆使するアプリ、例えばゲームなどでは操作が困難な場合も少なくない。

動くには動くが動作が不穏なものもある。正直、インテル版アプリの互換の方が、ずっと信頼性が高い。現状、ほとんどのアプリは「macOSでの動作は検証されていません」と表示される状況なのでしょうがない。

また、iPhone・iPadのアプリは全てがMac向けに公開されているわけではない。ウェブで使えるサービス系アプリ、例えば動画配信などは、ほとんどMac向けには用意されていない。Googleのアプリも同様だ。

インテル互換が「慎重かつ時間をかけた仕事」と思えるのに対し、iOS互換は「とりあえず実装してみた段階」という印象が拭えない。このへんは、M1版Macの唯一といっていい不満点であり、不安点でもある。進化と動作検証を待ちたい。

初代から素晴らしい完成度。「ハイエンド版Appleシリコン」が気になる

M1版Macの完成度は素晴らしい。初代モデルからこれだけのものを出してきたアップルを素直に称賛したいと思う。この価格でこの性能・快適さを提供してきたのだから、他社もうかうかしてはいられない。

現状、インテル版 Macの必然性は「仮想環境上でWindowsやLinuxなどを使う必要があるか」という点になりそうだ。

もちろん今後、「よりハイスペックなものをどうするのか」という課題は残っている。Thunderboltインタフェースが2に減っているのも地味に使いづらい。

M1で見せた可能性をいかにハイエンドでも持続するのか。出来がいいだけに、期待したい。もちろん、iOS互換の充実も含めて、だが。

少し気になるのは、「M1版MacBook Airとの差」だ。Airの方をテストすることはできていないので、パフォーマンスの違いはわからない。ファンの存在から「高負荷にはProの方が強いだろう」と予想されるものの、これだけ負荷が上がりづらい構造だと、その差がどこまで出るのか気になる。

そもそも、Airと13インチ版Proとの差は、インテル版のときから課題だった。インテル版では明確な性能差があったが、M1版ではさらに「実は日常的にはほとんど変わらない」という可能性もある。

その点は、後日の検証を待ちたい。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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