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氷点下でも凍らない「電圧冷蔵」で生鮮品を長期保存 NTT東と大阪大学

NTT東日本グループと大阪大学は、12月15日、地産品の最適な保存方法の確立に向けた研究成果報告と、その成果を活かした鮮度保持に関するコンサルティングサービス開始に関する記者発表会を開催した。大阪大学とNTT東日本が地産品の最適な保存レシピ開発に向けたコンサルティングサービスを、NTTアグリテクノロジーにて15日から開始する。

大阪大学とNTT東日本、NTTアグリテクノロジーの3者は、2022年12月から、地産品の品質を保持しながら生産地と消費地をつなぐコールドチェーン(生鮮食品や冷凍食品など低温管理が必要な商品を生産地から消費地まで、所定の温度(冷蔵・冷凍)に保ったまま流通させる仕組み)の価値向上をめざして共同研究を進めてきた。電圧をかけることでマイナス温度帯でも凍らない「電圧冷蔵技術」を用い、従来に比べて10日間以上、イチゴの長期品質保持に成功したことから、成果を活用し、コンサルサービスを行なう。

現時点ではイチゴ、シャインマスカット、桃の保存レシピを開発している。イチゴの場合は3,000社が市場として存在していると見込み、10年後には50億円くらいの売り上げを目標とする。内蔵するセンサー類などを月額数万円程度で提供するほか、独自の保存レシピ開発の依頼にも1品目あたり100万円程度で請け負う。

左が通常冷蔵したイチゴ(とちあいか)。右が今回手法で保存したイチゴ。特にヘタの部分に違いが見られる。どちらも2週間前に収穫したもの
試食に提供されたイチゴ。12月1日に直売所で購入し、保存レシピを適用して保存したもの
「電圧冷蔵」をする氷感サプライズ社の「氷感庫」。電圧をかけることで水分子を振動させてマイナス温度でも凍らせない。ただしNTT東日本では同社の冷蔵庫のみにこだわっているわけではないとのこと
冷蔵庫内。下の棚板から電圧を加える。上段がマスカット、下段がイチゴ
冷蔵庫内のセンサー
中には温度計・湿度計など環境センサーを内蔵
センサーからの環境情報はダッシュボードで見える化

地産品の最適な保存方法の確立に向けて

NTT東日本 ビジネス開発本部 営業戦略推進部 / NTTアグリテクノロジー デジタルファーミング推進部担当課長 秋田純氏

会見では、まずNTT東日本 ビジネス開発本部 営業戦略推進部 / NTTアグリテクノロジー デジタルファーミング推進部担当課長の秋田純氏が取り組みのポイントを紹介した。秋田氏が、まず挙げたのは時事性だ。気候変動によって農作物の品質や収量は大きく変わる。また食品自給率の向上やフードロスの削減は喫緊の課題だ。そして物流の「2024年問題」は食品物流にも及んでおり、ICTを使った物流改革は必須となっている。

新規性については品質保持のための環境要因のデータ化とエビデンスの明確化を挙げた。データ化と因果関係・エビデンス、そしてICTによるサポートをコアコンピタンスとして、コンサルサービスを展開する。そして地域循環型社会の実現に貢献したいと語った。

取り組みのポイント

一次産業にも取り組んでいるNTT東日本

食環境の現状

日本のフードロスは毎年1.8兆円発生している。いっぽう食料自給率は40%を下回っている。大きなロスが生まれている。そしてこれまで以上に食品が運べなくなっている。これらの解決方法の一つがコールドチェーンだ。要するに低温でものを運ぶ方法で、ここにNTT東日本ならではのコールドチェーン提供を実現したいと考えているという。長期保存、出荷調整をすることで、農家の卸価格も安定し、高い付加価値を生み出すことができる。

NTT東日本は一次産業にも取り組んでいる。スマート農業の推進、食品残さを使ったバイオガスソリューションによる脱炭素、資源循環の推進などを推進している。

NTT東日本による農業への取り組み

「電圧冷蔵」を最適化してコールドチェーンの価値を向上

コールドチェーンの価値向上を目指す

今回の取り組みはコールドチェーン価値向上に関するもので、生産地からさらに保存、物流、消費までを事業領域へと広げる。一番こだわっているのはデータに基づくシステム構築だという。

今回使った技術は「電圧冷蔵技術」と呼ばれるもの。食品に含まれる水分子に電気を与え続けて、氷点下でも凍らないようにする技術で、マイナス温度で長期保存が可能になる。ここに大阪大学の鮮度保持技術を用いて最適なパターンを導いた。

電圧冷蔵とエビデンスによる最適保存方法を提案する

「電圧冷蔵」には冷蔵庫タイプのほか、プレハブタイプ、フラワーキーパータイプなどがある。電気代は「通常の電気代よりも数百円上がる程度」で、冷蔵庫タイプの価格は100万円から300万円程度。倉庫型は一坪あたり150万円程度。3坪程度ならば500万円くらいだという。

電圧冷蔵の冷蔵庫タイプ
プレハブ型は共用倉庫などに用いる

対象は果物、その加工品、花や肉など。様々な一次産品のほか、2次産品を長期保存できる。実証実験は長野県佐久穂町でプルーンを使って行ない、通常は1週間程度しか保たないが、一カ月程度くらい保存できることがわかったという。外見鮮度は二カ月たっても保持できた。これをうまく使うことで流通規模を1.5倍まで伸ばせるのではないかと期待されているという。

果実だけではなく、肉や花などにも適用可能

様々な保存技術の最適な組み合わせを探究

大阪大学との共同研究で数値化・レシピ化を実施

今回の大阪大学との共同研究には氷感サプライズ社の「氷感庫」という製品を使っている。だが使いこなしが難しい。そこで経験や感覚の部分をデータ化し、実際にどんな環境が影響しているかを見える化。品質変化の評価を行ない、最適保存レシピを開発した。この技術を使って生鮮保持流通に貢献していきたいという。

具体的にはイチゴの凍結温度であるマイナス0.82度をベンチマークに、できるだけ温度を下げた。湿度は最適な湿度である100%に近づけた。一般的な冷蔵庫は70%くらいしかないという。そして、どのような組み合わせが最適なのか、探った。

イチゴは「3日目販売ルール」があり、「4日目以降は味が落ちる」と言われている。長期保存レシピを使うことで、様々な産地の輸送を手伝えるという。色の変化、味、果肉の硬さの変化、糖度や酸度、エチレン、アセトアルデヒドなどのガスなどを計測して変化を探った。

大阪大学はこれまでに老化指標「AGEs」を画像評価する技術のほか、鮮度保持資材の研究開発を実施している

大阪大学に声をかけた理由は、「AGEs(エイジズ)」という老化指標を画像評価できる技術を持っていたこと。目視では区別がつかないものであっても、川上准教授の技術を使うとすぐに判定できる。それ以外にも鮮度保持のための資材を開発していたことから、その組み合わせもあわせて研究した。

共同研究の概要と対象とした品種
老化指標データを取得し、データをもとに最適保存方法を導いた

様々な鮮度保持技術を組み合わせて、最適なパターンを探り出したところがポイントだという。冷蔵庫のなかにはセンサーを実装し、冷蔵庫内環境をモニタリング。画像解析を使って見えない鮮度を可視化し、商品の品質変化をデータ化した。おおよそ通常冷蔵に対して「+10日」の品質保持ができたという。

品質保持の定義については「外観」と「味」で評価した。色の変化は色差計で見て判定し、味も糖度、酸度、果皮硬度、芯の硬度変化を見た。老化指標の「AGEs」も解析した。劣化速度を遅らせることがわかったという。

通常冷蔵+10日の効果があった

「呼吸」と「保存」の関係をデータに基づいてコントロールするレシピを開発

鮮度劣化には「呼吸」と「保存環境」の二つの因子が関わるので、その二つをコントロールする

鮮度劣化のメカニズムは2パターンあると考えられる。収穫物はずっと呼吸している。その呼吸を制御することが老化を食い止める一つ目のポイントとなる。二つ目は温度、湿度、衝撃などのコントロールだ。従来は呼吸を制御するMA包装と非凍結温度帯での低温保存が一般的だった。今回の手法は、呼吸と保存がどういうかたちで老化につながるのかデータを見て調べてコントロールすることができるようになった。NTT東日本では、この技術を使って、保存レシピの開発、保存設備の運用方法などをトータルにコンサルティングサービスを行なう。資材の組み合わせなどもアドバイスを行なう。

鮮度保持コンサルサービスを展開

今後は自給率向上、需給アンバランス、物流2024年問題への対応などの課題に対して、物流、鮮度保持技術とICTを組み合わせて、品質を保持して国内外の消費地へ届けること、フードロス削減、トラックの積載効率改善に取り組む。この技術と相性がいいマーケットは3.9兆円あると考えており、この技術を成長させていきたいと語った。

生鮮流通の社会課題解決を目指す

見た目も味もトータルで保存できる技術

大阪大学 産業科学研究所 特任准教授 川上茂樹氏

大阪大学 産業科学研究所 特任准教授 川上茂樹氏は、「我々の技術を使えば、誰が見ても老化がわかる。今回の実験で、イチゴのヘタの劣化が味の低下と一致することがわかった。老化の始まりをしっかり見てコントロールすることが重要。様々な技術の掛け合わせで一カ月持たせられるような、最適な組み合わせを見つけることができた。従来は見た目だけだったが、味を加えると全く違った風景が見えてくる。見た目だけではなく味も兼ね備えたトータルで保存できる技術だ」と語った。

AGEsを見ることのできるフィルターをつけたカメラを示す川上氏。現在スマホアプリ化も進めているとのこと