こどもとIT

【連載】The Teachers' Voice~学びのアップデートをめざす先生からのメッセージ 第18回

オンライン海外交流と議論を可視化する英語学習×ICTで、自ら気づき変化し続ける人へ

〜工学院大学附属中学校・高等学校 中川千穂教諭がめざす学びのアップデート③

これまでの学びの価値観が揺らいでいる今、学校が果たす役割は何か、学びをどのように変えていくべきか。本連載『The Teachers' Voice』では、学びのアップデートをめざす先⽣⾃⾝の⾔葉をお伝えしていく。コロナ禍で留学や海外交流の機会が減っているが、何かできることはないか。工学院大学附属中学校・高等学校の中川千穂教諭が実践したICT活用とは。

工学院大学附属中学校・高等学校は、英語教育の一環として交換留学や相互訪問など頻繁に海外交流を実施してきました。しかし、コロナ禍の今、生徒たちは海外を訪れたり、対面による交流はできません。

こういう時こそICTの出番です。“できないからやらない”ではなく、ICTを使ってできることを見つけていく。私の受け持つ生徒たちは、コロナ禍でもオンラインで海外とつながり、インド、ウガンダ、オーストラリア、ルーマニア、タンザニアなど、さまざまな国の生徒たちと交流をしています。

国際私立学校連盟の会員である本校では、加盟校を対象にオンライン交流を実施。コロナ禍において「自由時間にしていること」など意見交換しました

オンラインのメリットを活かして、インドの学校とは昨年の春より、週1回の定期的な交流にも取り組んでいます。毎週交代で双方の国の生徒がテーマを決め、事前に共有。生徒たちは発表内容を準備して、当日は生徒の司会で自由に議論を進めます。教師もファシリテーターとして参加しますが、基本的には生徒中心で、時間も1時間ほど。現在まで半年以上も交流が続いています。

昨年の春、インドの学校と交流を始めた初期の頃。毎週金曜日の夕方に時間を設定し、定期的に交流しています

もちろん最初の交流では、生徒たちは緊張していました。しかし、本校では英語の授業はすべてオールイングリッシュで実施していますので、すぐにスムーズな会話ができるようになります。海外の生徒はとても積極的ですが、予めテーマについて自分の意見を発言できるように用意したり、相手に質問したりすることで、有意義な議論の時間を過ごせるようになりました。

テーマについても、最初はコロナの国内状況や休校中の過ごし方など、身近な話題について話していた生徒たちですが、回数を重ねていくうちに、食べ物やファッションなど互いの文化を紹介。さらには、悩みや取り組んでいるレポート、プロジェクトなどについても議論をするようになっていきました。

インドの生徒は自分たち国のお祭りについて紹介してくれたことも

ちなみに、オンライン交流は時差や学校のスケジュールを合わせるなど想像以上に準備や負荷がかかるのですが、交互にテーマを出し合うなど工夫して、双方の教師や生徒の負担を軽減するように注意しています。半年以上もオンライン交流を継続できた要因としては、「負担を減らしたこと」「毎回発見があり生徒が興味を持てたこと」「異国の同年代と共感することで安心感を得たこと」が大きいと思います。

オンラインでも、生徒の心を揺さぶる海外交流はできる

「海外交流は現地に赴いて、その国の生活を体験するのが一番。オンラインでの交流は限界がある」と思われる方もいるでしょう。確かにリアルな交流に勝るものはなく、対面の交流でしか得られないものはたくさんあります。しかし、オンラインだからといって、深い交流ができないわけではありません。

生徒たちは、コロナ禍の休校による変化や、オンラインツールの使い方などについて意見交換し、遠く離れた地に住んでいても似たような境遇にいることで、互いの立場や考えに共感し、安心感を得ていました。

一方、「スポーツ」「平和」「環境問題」といったテーマでは、文化と歴史の違いによって考え方や感じ方が異なることを強く感じていたようです。

たとえば、「スポーツ」をテーマにした際は、“どこまでがスポーツなのか”というスポーツのそのものの定義や、“チェスはスポーツだけど、ヨガは精神修行”というような捉え方の違いを知りました。また、「平和」について戦争の視点から語ることはできても、違う視点では議論ができなかった、といいます。「環境問題」では、日本の技術は素晴らしいが世界に対してどのように貢献できているのかを話せず、生徒たちは自分が無知であることを知ったと話していました。

平和をテーマに議論で、意見交換をスムーズにするために用いたカードゲーム。平和に関するお題をカードに書き、選んだものについて語り合う

このように、オンラインの交流であっても、生徒たちは会話を通して何かを掴み取ろうとする姿が見られます。相手の国や文化を知識として知るだけでなく、自分の経験と照らし合わせて自問自答する中で、世界には多様な考え方や解決方法があることを知り、生徒たちが発想を転換していく様子を感じました。

生徒たちは質問に対して、答えられないことがあるたび、次回はもっと自分の意見と理由を言えるようにしようと準備をしますし、話す相手がオンラインであっても目の前にいることで、伝えたい、分かり合いたい感情を持つことができます。今やインターネットがあれば、世界の様子を知ることができますが、分かり合えるためには、人との対話や交流が必要であることを実感してくれたと思います。

国民性についての意見交換。日本やインドについての固定概念を紹介し、真偽のほどを話し合いました。インド人はいつもカレーを食べる、日本人は朝から寿司を食べる、などは笑いを誘いました

とはいえ、生徒全員が積極的に英語で議論できるわけではありません。私から生徒に話を振ることもありますが、基本的には自発的な発言を待つようにしています。教員が助け船を出して発言できたとしても、生徒の進歩はありません。話ができなかった生徒には、そのセッションの振り返りで、自信を持って話ができるようなアドバイスをしています。

英語のディスカッションを測定して可視化。次の目標をつくる

いくら教師が生徒に積極的に英語で話をするように言ったとしても、英語で議論をするのはやはり難しいものです。また教師にとっても、高等学校英語の指導要領で定められた議論のスキルをどのように伸ばしていくかは課題です。

そこで、私の授業では、英語のディスカッションにおいて、発言のタイミングや発話量を測定できるシステム「Hylable Discussion」を導入しています。

Hylable Discussionは、グループごとに卵型の装置を置き、多方向からの音声を集積し、会話の内容を分析してくれます。個人の発話量、盛り上げ量、重なり量など測定するとともに、会話に参加していない生徒は数値から読み取れます。音声は録音されているので、発音や会話の中身をあとで確認できるのもメリット。教師は授業時間中にすべてのグループの議論を聞くことができないので、助かっています。

今まではディスカッションをしても生徒同士の相互評価や教員の評価で終わっていましたが、Hylable Discussionを活用するようになり、データに基づく客観的指数から生徒自身が自分の会話を省察し、気づきを得られるようになりました。

Hylable Discussionを用い、議論をしている様子。議論終了後、オンラインで自分の発話量、タイミングについて検証し、次回の話し合いへの抱負を語ります

生徒たちは議論の分析結果を見て、自分の発話量や発言の傾向を振り返り、次の目標を立てます。めざすのは、発話量の数値を増やすことではなく、分析結果を見て、自分で課題を認識し、特性を判断できるようになることです。発言量は少なくとも、他者に多くの影響を与える生徒もいますし、発言量は多くとも、ほぼ相槌や同調である生徒もいます。

Hylable Discussionで「会話を可視化」できるようになり、積極的にたくさん話す生徒が増えました。クラウド上で全生徒の議論を後で聞き、分析結果を見ることができるので、発言にも責任を持つようになりました。たくさん話したつもりでも、意外にそうでもなかった場合など数値で確認し、次回はもっと話をしよう、話すネタを考えよう、テーマについて知識を得ておこうと、話すことに対する意欲向上の効果がありました。

Hylable Discussionで分析した議論の結果。自分の議論の傾向を数値で見ながら、改善点を探す

生徒たちに気づきを与えることが教師としての私の役割であり、そのために私はICTを大いに活用しています。気づきから考え、よりよい自分に変わっていく術を日々の学習から得て、ICTを自分の武器にし、社会や時代の変化に合わせて柔軟に自らを高め続けられる大人に成長してほしいと願っています。

工学院大学附属中学校・高等学校(東京都八王子市)

東京都八王子市に位置する工学院大学附属の私立中学校、高等学校。理念は、挑戦・創造・貢献。多様化する世界で、知識・技能を活用し、主体的・協働的に活動できるグローバルリーダーを養成する21世紀型教育を実践。日本初のCambridge Englishスクール認定校。国際規模の私立学校連盟、Round Squareの正会員校。Microsoft Showcase-School Incubator Path 2020。

中川千穂(工学院大学附属中学校・高等学校教諭)

工学院大学附属中学校・高等学校 英語科教諭、英語科主任、インターナショナルコース担任、Round Square Rep。Microsoft Innovative Educator Expert, Adobe Education Leader, Edmodo Certified Trainer。IB English B, CELTA (Pass with all A)、文部科学省認定英語教育推進リーダー。兵庫県出身。2019Cambridge English School Competition 最優秀賞受賞。薙刀2段、趣味はキャンプとスキー。3女の母。大学卒業後は百貨店に就職、バチェラーオブシューフィッター。映像制作授業、プロジェクトベース、ICTを活用した授業を多数実践。通勤は高速道路をバイクで。