こどもとIT

「暗記中心のテストから抜け出す良い機会」、世界各国のニューノーマルな学びへの挑戦

〜Googleのグローバルイベント「The Anywhere School」レポート②

世界の教育現場では、新型コロナウイルスによる影響が今なお続いている。日本でも、大学を中心にオンライン授業が普及しつつあるが、授業の質向上や成績の評価方法、学習者の満足度向上など、教育者が直面している課題は多い。世界の教育機関では、こうした問題にどのように対応しているのだろうか。

Googleが8月に開催した、教育とテクノロジーの未来を考えるグローバルイベント「The Anywhere School」では、世界中の教育者がコロナ禍の取り組みなどを発信。基調講演を中心としたレポートは、こちらでも取り上げた。本稿では、コロナ渦で世界の教育機関がどのような挑戦をしているのか。さらに詳しく掘り下げていく。

従来の教育にとらわれないニューノーマルな学びをめざして

「The Anywhere School」には世界19ヶ国からさまざまな立場の教育関係者が登壇したが、コロナ禍を反映してか、“ハイブリッドラーニング”や“ニューノーマル”といった言葉が目立った。コロナ禍でも質の高い教育を提供するためには、どうすればいいか。世界中の教育者が新たな挑戦に向き合っているのが伺える。

たとえば、英国のセッションに登壇したエマ・パス氏によると、同氏の務める学校では、月・木グループと火・金グループに分けて生徒たちを登校させている。授業は、同期型と非同期型の組み合わせで実施し、教師の負担も多いことから水曜日を研修日に指定して、どうしても登校が必要な生徒のみ、学校に来るよう体制を変えたという。

英国のセッションに登壇したエマ・パス氏

またマレーシアでは教育省が陣頭指揮をとり、教師と生徒のためのデジタルラーニングプラットフォーム「DELIMa(Digital Educational Learning Initiative Malaysia)」を構築した。オンライン授業で使える教材やサービスの提供を国レベルで充実させ、これを機に教育分野におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)を進めていきたい考えだ。

お隣の韓国も、学校単位でさまざまな取り組みが行なわれている。そのひとつ、Nonsan Daegeon 高校では、Google のツールを用いて、課外活動など授業以外の活動をオンラインに移行した。同校では今年からChromebookを採用しており、生徒たちは、ディスカッションやリサーチ、ボランティア活動やクラブ活動など、様々な用途に活かしているようだ。

情報科学の教師を務めるKim Yong-sang氏が登壇

クラブ活動については、コロナ以前は上級生が新入生に対して、学校で声をかけて部員を集めていたが、休校期間中は生徒たちがプロモーションビデオを作成し Google Driveで共有。新入生の面接や顧問への連絡もGoogle Meetを使用し、クラブ内のミーティングは「Jam Board」を用いてオンライン上で実施した。同校では、生徒がGoogle Meetを使うときはいつでも録画され、Google Driveの共有フォルダに蓄積されていくようだ。

また同校では、専門家を招いて、空間イノベーションに関するオンラインの特別講座も実施した。学校のデザインについて、約80名の生徒が専門家と意見を交わし、新たなアイデアを提案。生徒が自分のポテンシャルや創造性を発揮する機会がオンライン上に広がりつつあり、教師中心ではなく、生徒中心の活動へシフトしているようだ。

子どもたち中心の学びをつくるために必要なことは?

コロナ禍の学習においては、テクノロジーの活用が必須になるが、ただ活用すれば良いわけではない。学習者がオンライン授業に主体的に関わったり、学びの質をあげるためにはどうすればいいか。教育分野におけるDXをめざすアメリカの組織「LINC」のJason Green氏が登壇したセッションからヒントを探っていこう。

教育分野におけるDXをめざすアメリカの組織「LINC」のJason Green氏

同氏は冒頭で、「そもそも既存の授業スタイルは、多くの生徒に機能しておらず、慣習的に学校で行なっていたからといって、同じ授業をオンライン上に移行しても上手くいかない」と語った。だからこそ、オンライン授業を行なうときも、子どもたちが中心となる学びを実現するためにはどうすればいいかを最初に考えることが大切だという。

同氏は、それを叶えるひとつの手法として、eラーニングによる個別学習と対面による学習を組み合わせたブレンディッドラーニングをあげた。なぜなら、テクノロジーを活用することで、時間、場所、学習方法、ペースなど、子どもたちがコントロールできる範囲が広がるからだ。

一方で、ただテクノロジーを使えば良いわけではない。テクノロジーを活用した個別学習の中には知識をインプットするだけの受け身な学習も存在するからだ。そこで、LINCは「PAACC(Personalization, Agency, Authenticity, Connectivity, Creativity)」と呼ばれるフレームワークを作成し、子どもたちが中心となる個別学習の要素をまとめた。簡単にいうと、子どもたちが、学習に対して主体性をもち(Agency)、現実の社会課題に向き合って(Authenticity)、さまざまな人とつながりながら(Connectivity)、創造的に課題解決していく(Creativity)学習を、個別学習でも実現することが重要だというのだ。

LINCが開発した子どもたち中心の個別学習の質を高めるために必要な要素

個別学習の最初の入り口は、生徒が学習に対して主体性を持てるよう、自分の意見を主張し、選択する機会を与えることが大切だ。その結果、自分の学習体験を自分ごととして考えられるようになると話す。一例として、5,6歳の幼児に自分で学習方法を選択させる幼稚園があることや、1日の過ごし方を自分で決めるホームスクールを紹介。「生徒自身が学習方法を考え、選択し始める良い機会となっている」と同氏は語る。

「Work with teacher」「iPad」「Chromebook」「Work with friends」など、さまざまな学習スタイルが書かれたプレートを子どもたちが選ぶ(写真左)。子どもたちが1日の過ごし方を自分で決める例(写真右)

続いて、子どもたちが現実課題に向き合う学習の重要性についても触れた。ある理科の教師は、粘土でバクテリアやウイルスの3Dモデルを作るオンライン授業を実施し、生徒が家庭で組み立てる手助けを行なった。ほかにも、地元のニュース番組が、生徒たちがブックセンターでどのような学習に取り組んでいるのかをインタビューし、取り上げた。「このような経験は、生徒たちが現実を知る本物の学習に発展していくのが素晴らしい」と同氏は述べた。

オンライン授業でも、制作を取り入れることでより本物の学習に近づけていく

個別学習であっても、生徒同士のつながりを増やしていくことは重要だ。その手段として、ひとつの作品を仕上げる共同作業が適していると同氏は述べる。一例として、ライティングの授業において生徒たちが分担して雑誌を制作する事例を紹介。生徒たちはテクノロジー、スポーツ、気象などの各部門に分かれ、共同で編集をし、最終的にひとつの雑誌を仕上げた。また数学の授業では、測定や体積を考える授業において、教師がマインクラフトを共同作業のツールとして使用している事例を紹介した。

クラスみんなでひとつの雑誌を制作する活動(写真左)。マインクラフトを使ってオンライン上で数学の協同学習を実施(写真右)

最後に、創造性に溢れた個別学習の事例も紹介した。ある教師は、仮想動物園をつくって生徒が訪れるようにし、自分の好きな動物について考察にまとめる活動を実施。ほかにも、創造性を取り入れることが難しい数学でも、一次方程式の授業で学んだ内容をアートで表現させる活動を紹介した。

数学で学んだ内容をアートで表現

そして最後に同氏は、このような形の個別学習は、単に知識をインプットする学習とは異なり、生徒は自分ごととして課題を捉え、意見や表現をする機会を与えられることで、教師も生徒のことをより広く理解することができるようになると述べた。改めて、教師の生徒に対する理解、そして生徒に主体性を持たせ学びを促進させる重要性を強調した。

従来のテストができないコロナ禍こそ、学習プロセス重視の評価を

コロナ渦において、多くの教師が苦悩しているもののひとつに、成績評価があげられる。オンライン学習に移行することは難しいが、結果としてオンラインツールを用いることで学習をより「見える化」できるメリットもある。

カナダにあるFuture Design Schoolは、探究学習や問題解決型学習などを通して、将来に必要な能力開発に取り組んでいる学校。同校では、Googleのツールを活用して、「食料品店で働く従業員の課題は何か」という問題や、数学の時間にコミュニティガーデンの区画について考えるという具合に、生徒たちが興味を持つような社会課題をテーマにした問題解決型授業を実践している。

このような学習に対して、同校では独自に開発した「Journey Based Assessment」という評価方式を用いている。これは、生徒の成果物だけではなく学習過程を評価する方法で、生徒に主体性を与え、生徒と教師が連携しながら、自分で目標をたて、次のステップに進み、ギャップを特定し、理解を深めることで、より深い学びの機会が作られることをめざしている。

同校のLeslie McBeth氏は「コロナによる影響で生徒の管理がむずかしく、標準テストができなくなった今、暗記中心のテストから抜け出す良い機会だ。評価の目的が何であるのかを考え、学習過程全体を俯瞰した本質的なアプローチを評価する大切さについて改めて考えていくべきではないか」と述べた。

カナダにあるFuture Design SchoolのLeslie McBeth氏は学習過程全体を俯瞰した本質的なアプローチを評価する大切さを訴える

環境デザインの講師を務める同氏は、一例として、ひとつの問題解決型学習に、「会話ベースの評価」「観察ベースの評価」「成果物ベースの評価」という3つの軸を設けていると紹介した。こうした評価も、Googleのツールを活用することで、エビデンスが取りやすくなっているようだ。

たとえば、都市計画に関する単元では、フィールドトリップの事前学習として、Googleストリートビューや、スマートフォンでVRが体験できる「Google Cardboard」を活用し、建築家の視点がわかるポイントを写真に記録。その後、自分がなぜその場所を選んだのかを発表し、それに対する質問やフィードバックをGoogle Formで行なった。

ほかにも、調べた内容をGoogle Meetを使ってリモートでプレゼンし合った。質問した内容や、それに対する答えなども評価対象となり、教師は、録音された会話を観察してプレゼンの内容にフィードバックし評価する。最後は、景観デザインのコンテストにプロダクトを出品するなど成果物ベースの評価も行なう。学習の一連の流れを、Googleのツールを用いてテキストに残すことで、評価として有効なだけでなく、学習者が振り返りやすい点もメリットだという。

コロナ禍の教育現場は、必要に迫られてテクノロジーの活用が広がっているが、一方で、オンライン授業などテクノロジーを活用したからこそ実現できた、今までにはない学びへと発展している。たとえ対面での授業が難しくても、学校が求められている役割は、教師と生徒が密にコミュニケーションをとりながら学べる環境であり、より深くお互いを理解し、生徒のエンゲージメントを向上させる取り組みがさらに大切になっていくだろう。

増田城司

明治大学2年/ 大学入学と同時に#DQEcveryChild運動に参加し、DQ学習ツール「DQ World」をそれぞれの教育機関に適した形式の導入を支援。ワークショップをのべ1000人以上の教職員、生徒、保護者に提供。また日本だけではなく、世界各国に対しても DQ Institute と連携してセールス活動を展開。