こどもとIT

コロナ禍の中国でオンライン教育が一気に広がった理由とは?

――「新型コロナVS 中国14億人」著者に聞く~なぜ中国は短期間でオンライン教育を実現できたのか~ セミナーレポート

コロナ禍の休校により、ニーズが高まったオンライン教育。日本ではさまざまな課題が影響し、実施に至るまで苦戦していた教育現場が多かったが、中国では一気にオンライン教育が広がったという。その原因は何だったのか。また日本が中国から学ぶ点は何か。

一般社団法人ティーチャーズ・イニシアティブは2020年7月5日、『「新型コロナVS 中国14億人」著者に聞く~なぜ中国は短期間でオンライン教育を実現できたのか~』と題したウェビナーを開催。中国事情に詳しい経済ジャーナリストで、同国での子育て経験もある浦上早苗氏と、日中で製造業に携わる松井味噌の松井健一氏、さらに中国の学校視察に行った常翔学園中学校・高等学校教頭の田代浩和氏の3者が登壇し、中国の教育事情について語ってくれた。

写真左より)経済ジャーナリスト浦上早苗氏、松井味噌株式会社 代表取締役 松井健一氏、常翔学園中学校・高等学校教頭の田代浩和氏

大学入試の結果が一生を左右する中国。朝から晩まで勉強漬けの生活を送る生徒たち

トップバッターで登壇したのは、大阪にある常翔学園中学校・高等学校教頭の田代浩和氏だ。同氏は昨年、学校視察で初めて中国を訪れ、そのときの様子を現地の学校や街の写真を見せながら、参加者らに語ってくれた。「中国といえば、“共産党”のイメージが強かったが、行ってみて圧倒された。今まで思っていた中国とは違い、街を歩いても、学校へ行っても感動することが多かった」と同氏は語る。

写真中)常翔学園中学校・高等学校教頭の田代浩和氏(同氏のスライドより)

上海は電気自動車が普及しているため空気がきれいなことや、新幹線は日本の国土以上に交通網が広がっていること、また、どこに行ってもQRコードによる電子決済が当たり前であることや、顔認証で自分に合う洋服をセレクトしてくれるサービスなど、テクノロジーによって経済成長を遂げている中国の様子を伝えてくれた。

学校視察では、中国でもエリート校である華東師範大学第2中学(※中国の「中学」は、日本の「高校」にあたる)を訪問。この学校の生徒たちは猛勉強の日々を送っているそうで、毎日朝7時から7時間目まで授業を受け、放課後も補習がある。さらに寮に戻ってからも夜11時まで勉強が続くという、ハードな生活をしている。それもこれも、すべては大学入試の結果で人生が決まってしまう中国の教育事情が背景にあるそうだ。

写真左) 華東師範大学第2中学にある図書室。充実した環境で生徒たちは勉強に取り組んでいる。写真右)同校の教員専用のカフェ。中国では教員の地位も高く、待遇も良いようだ

また田代氏は、多様な国から留学生が集まる甘泉外国語中学も訪問。同校では留学生クラスで行われていたディベートの授業を見学した。ちなみに、この日のディベートのテーマは、“女性は結婚して主婦をするよりも学歴をつけて社会で活躍すべきでは?”。生徒全員が流暢な中国語を話し、そのレベルの高さに驚いたと田代氏は語った。

ほかにも、上海交通大学付属中学を訪問したときは、日本から来ている留学生と話をしたそうだ。生徒たちは、毎日7時間目まで授業を受け、夜9時まで勉強しているが「それでも授業についていくためには、もっとやらないといけない」と話していたという。中国では生徒たちが勉強漬けの日々を送っているが、田代氏の話によると、「本人たちは、それも青春と割り切って、懸命に頑張り、仲間とも楽しく過ごしているようだ」という。一方で、学校での勉強は“受験勉強”だけで、日本のようにキャリア教育がないなど、中国と日本の違いについても語られた。

写真左)上海交通大学付属中学の様子。写真右)南昌にある新建二中の学校を訪問。ここは生徒数が8000人で、教員も400名というマンモス校。日本への留学を希望する生徒も増えているという

なぜ中国では、オンライン教育が一気に広がったのか

続いて登壇したのは、中国事情に詳しい経済ジャーナリストの浦上早苗氏。同氏はまず、コロナ禍の中国において、どのようにオンライン教育が進められたのかについて語った。

経済ジャーナリストの浦上早苗氏

中国では昨年の12月からコロナの状況は出ていたものの、国として正式に発表したのは、年が明けた1月20日のこと。学校は冬休み期間中で、人々の移動が激しくなる春節休暇(日本のお正月と同様)前に発表された。学校はもちろん、塾も習い事の教室も休校が命じられたという。

この塾や習い事の休校に困ったのは中国の保護者たち。教育熱の高い中国では、冬休み期間中も塾や習い事に通う子どもたちが多いうえに、共働きの家庭がほとんど。学校も休みで、塾や習い事まで休みになると、子どもたちの勉強はどうなるのか。そんな親の教育熱がオンライン教育のニーズを高めたというのだ。

そうした背景の中、中国政府の教育部は、メガIT企業であるアリババが提供するテレワーク支援アプリ「Ding Talk」をオンライン教育の推奨ツールに指定した。これが一気に塾や習い事、学童にオンライン教育が広がるきっかけになったという。浦上氏の話によると、「2月始めからユーザー数が増え、一時期、サーバーがパンクするほど利用者が増えた」と話す。

中国のアリババグループが開発した企業向けのインスタントメッセンジャー「Ding Talk」。中国政府はコロナ禍のオンライン教育ツールとして推奨した

Ding Talkは、Zoomのようなビデオ会議システムに加え、出席管理や教材配信、成績処理、健康管理もできるそうだ。浦上氏がアリババジャパンに問い合わせたところ、中国では14万校の学校がDing Talkのサービスを活用し、1億3000万人のオンライン教育を支援しているという。その後中国では、4月から5月にかけて受験生から登校を再開。今では、他の学年も再開しているが、大学はオンライン授業で学期末まで進められたそうだ。

なぜ、日本ではなかなか進まなかったオンライン教育が、中国では一気に広がったのか。その理由について浦上氏は、国民性や親の教育熱の違いなど4つの要因があると語る。

写真は、入試会場に行くバスを見送る保護者たち。教育熱の高い保護者の姿を物語っている

日本人は、何か新しいことを始めるとき、「トラブルが発生したらどうしよう」「不平等が生まれてしまうが、それでいいだろうか」など、やり始める前からリスクを考えがちだが、中国人の場合は、“思い立ったらすぐにやる”という国民性があるという。「最初はうまくいかなくても、次に続く人やそれを助ける人が必ず出てきて、なんとかうまく回していく。それが中国の国民性であり、失敗も多いが最後はできてしまう。そのうち、政府が出てきて後からルールを作ることが多い」(浦上氏)。

また、親の教育に対する熱量も日本とは比べ物にならない。これは富裕層だけの傾向ではなく、そうでない家庭も借金をしてまでも教育に投資し、子どもたちに勉強させるという。「中国では出身大学によって、年収に100倍くらいの差がある。息子が通っていた学校でも、担任の先生が若い先生に変わったとき、クラスの生徒が6人くらい転校した。それくらい中国の親は教育に対する想いが強く、結果にも厳しい」と浦上氏は話す。

もうひとつ、中国でオンライン教育が進んだ理由としては、大学統一入試が背景にある。これは、日本のセンター試験にあたるものだが、この大学統一入試は、二次試験もない一発勝負で、この結果が子どもたちの人生を左右してしまう。今年は、コロナの影響で7月に実施されたが(本来は6月に実施)、中国でコロナの休校が始まった時期は、入試まで残り4~5ヶ月というタイミングであり、オンライン教育の需要が高かったというのだ。

「日本の感覚でいうと、高校3年生の11月くらいにコロナが発生してしまった感じ」と浦上氏。ちなみに2020年度の受験生は、なんと1071万人。教育熱や受験という実需があって、オンライン教育を早く実現せざるを得ない事情があったというのだ。

最後に浦上氏は、自身も高校生を持つ母親として教育に対する想いを聞かせてくれた。「コロナ禍の休校中は学校も大変で、オンライン授業ができない理由はいろいろあっただろう。ただ、先生にとっては何年かの1年かもしれないが、保護者から見れば、貴重な3年のうちの1年。本当にできることはなかったのか、これから何ができるのか、もっと考えてほしい」と締めくくった。

自宅でネットが使えない社員のために、子どもが使える勉強部屋を会社の中に設置

最後に登壇したのは、日本と中国でビジネスを展開する松井味噌の松井健一氏。同氏は、3人の子どもの父親で、中国や香港で子育て経験がある。

松井味噌株式会社 代表取締役 松井健一氏

同氏の話によると、中国人は教育に対して、日本人とは全く異なる考え方を持っているという。「中国では、教育はお金儲けのためにある。自分の子どもが将来食べていけるようにするのが教育であり、人間形成やしつけは必要ではあるが、家庭の仕事だと考えている」(松井氏)。

そして、もうひとつ中国の教育で特徴的なことは、やる気のない生徒に対して、教師が親切に面倒を見ることはないということ。「中国の教師は、学習に対してやる気のある生徒だけを相手にし、やる気のない生徒にやる気を持たせるのは親の仕事だと考えている」という。

日本の親や教師からみると信じられない考え方であるが、言い換えれば、子どもが勉強しない責任が誰にあるのかが明確だともいえる。「学校の教師から、家庭教師を勧められることもあるし、中国では学校の教師が家庭教師をする場合もある」と松井氏。

こうした考え方の背景には、学歴社会であることも要因のひとつだが、高い経済成長率が続いた中国経済も影響しているようだ。「チャイニーズドリームで成功した人が多くいて、上に行けばいくほどチャンスが広がるし、遅れを取ると損をすることも分かっている。ここ20年の中国は変化の連続であり、変化することを楽しむ風潮もある」と松井氏は語る。教育に投資をして、自分たちの生活や人生をどんどん豊かにしていこうとする、中国人の生き方や人生観を感じられた。

コロナ禍のオンライン教育について松井氏は、自社工場がある農村部の状況について教えてくれた。「今は農村部の中国人も8~9割は携帯電話を持っているが、自宅のネットは、ネットワーク環境が整っていないこともあり、オンライン教育を受けられる家庭ばかりではない」と話す。そのため、子どもたちは親の携帯電話を借りてオンライン授業を受けるというのだ。

ただし、親も携帯電話が必要であるため、1日中貸すわけにいかない。そのため、職場に子どもを連れて来るというのだ。「自分の工場でも、中国人から“会社に子どもを連れて行っていいか?”と聞かれ、会社内にインターネットを整備して子どもたちが勉強できるスペースを設けた。そうじゃないと社員が来ない」と松井氏は語る。中国では、いいか悪いかの議論よりも前に、今ある時間を無駄にしないようにできることを先にやってしまう、という考え方と行動力があるという。教育のためなら、会社も巻き込んでしまう中国人の発想に驚かされるばかりだ。

学歴社会や大学入試が背景にあるとはいえ、14億人が住む大国の中国で、コロナ禍のオンライン教育がスピーディに進む様子は、日本では考えられないレベルの話で圧倒された。日本と中国、どちらの国の教育も良い面、悪い面があるが、非常時の中、迅速にできることを形にしていく中国人の行動力は、日本人も見習いたいものだ。日本の保護者も、おとなしく黙っているのではなく、もっと学校でオンライン教育が実施されるように働きかけても良いのではと感じる。

神谷加代

こどもとIT編集記者。「教育×IT」をテーマに教育分野におけるIT活用やプログラミング教育、EdTech関連の話題を多数取材。著書に『子どもにプログラミングを学ばせるべき6つの理由 「21世紀型スキル」で社会を生き抜く』(共著、インプレス)、『マインクラフトで身につく5つの力』(共著、学研プラス)など。