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電気自動車の充電はテスラ規格が席捲? 今後の急速充電はどうなる?

アリア(写真は2023年の北米モデル)

電気自動車の普及の際に気になる情報として、日産が米国で充電規格にテスラの規格「NACS」を採用するというニュースがありました。「今まで買った電気自動車の充電ができなくなる?」という心配の声も聞かれています。

今、世界では電気自動車の充電規格はどうなっているのか、そして、今買ったクルマが将来充電できなくなる可能性はあるのでしょうか?

充電できなくなることは「まずない」

最初に言及しておくと、日産がテスラの急速充電規格を採用するのはアメリカでの話で、日本でどうするかについては何も言っていません。そうであれば現状維持ということになり、日本では日本の急速充電規格「CHAdeMO(チャデモ)」やその後継規格に移行する程度で、心配もないということになります。

現に、自動車メーカーは仕向け地ごとに充電規格を変えてクルマを作っています。欧州メーカーでは自国向けにCCS2というコネクタを装備して売っていても、日本向けには急速充電規格のCHAdeMOと普通充電のSAE J1772を装備していますし、中国や韓国のメーカーも同様です。仕向け地ごとに違う充電規格を装備して販売するというのは普通のことです。

そして、ここからは仮定の話になります。もし、日本でもテスラ規格の採用が進み、日産も日本向けにテスラのNACSを採用した新車を販売しはじめ、他社も追随した場合はどうなるでしょうか。

まず、当然のこととして街中の急速充電器がNACSになっていく可能性があります。すでにテスラが「スーパーチャージャー」として多数設置していますが、テスラ以外の事業者でも、新設のところはもとより、増設や経年による置き換えで、設置比率はNACSが高まっていき、CHAdeMOの比率は少なくなる可能性があります。

テスラの充電スポット「スーパーチャージャー」。複数台設置しているところがほとんど

それでも、安心していいと思えることがあります。アダプターの存在です。

現在、NACSの急速充電器からCHAdeMOのクルマに充電できるアダプターは存在しませんが、逆は存在します。テスラのクルマをCHAdeMOの急速充電器で充電することは可能です。

逆のアダプターが必ず実現すると断言できませんが、充電は電圧、電流、認証の方式等があえば充電はできます。もともと電気自動車の急速充電器は直流出力で直接クルマの中の充電池に電気を注ぎ込むためさまざな制御機能を持っています。あとは充電制御の通信内容を読み替えるなどはソフトウェアの対応と、コネクターの形状や通信の物理的な条件を変換するアダプターがあれば対応できる可能性があります。

また、NACSの充電器は現在はテスラが設置したものしかありませんが、テスラ以外が設置したものはCHAdeMOのケーブルも備えて共用にすることや、アダプターを使った場合に対応しやすい充電器にすることは可能です。

急速充電器の設置者も、商売として、ユーザーの幅を狭めることはしたくないはずなので、需要がある限りCHAdeMOユーザーを切り捨てるということはしないでしょう。

そもそも、現在の一般的な電気自動車の実際の使われ方においては、街中の急速充電器は「経路充電」と言われるように補完的な使われ方になります。

通常の充電は自宅等の「普通充電」です。現在の日本の電気自動車は急速充電と普通充電ではコネクターと充電回路が完全に別なので、仮に街中がCHAdeMOの急速充電がゼロになったとしてもクルマが動かなくなってしまうことにはなりません。

テスラの充電規格NACSはどんなメリットがある?

ここで、テスラの充電規格であるNACSについて説明します。NACSはNorth American Charging Standardの略で、自ら北米標準充電規格と名乗っています。その内容は日本もどうしてこういう規格にしなかったのか、と思うくらい、当たり前の仕様を実現し、よくできています。

NACSで有利なところは大きく3つあります。まず、急速充電と普通充電がひとつのコネクターで兼用していることです。現在のCHAdeMOと普通充電と2つ装備していることに比べ、使い勝手は向上します。

日産リーフの充電ポートは2つ。左がCHAdeMO、充電中の右は普通充電ポート

ユーザーからすれば、挿すところを意識することがなく使え、車両メーカーは充電口付近のデザインの自由度が上がります。CHAdeMOと普通充電(SAE J1772)ではコネクタの大きさや形状が全く違うので挿し間違えることはありませんが、車種によっては場所が違っていて不便なことがあります。

日産アリアの充電ポートは急速充電が写真のように左側にあり、普通充電は右側面のちょうど反対側にある

もうひとつは、NACSはPlug in Charge(PnC)に対応していることです。CHAdeMOの場合、充電を開始するにはコネクターの接続とは別に充電器に会員カードを読み込ませるなどして決済面での認証が必要です。ところがNACSを装備するテスラはクルマにコネクターを差し込むだけで決済の認証も完了しすぐに充電が開始されます。

テスラの充電ポートは1つ。しかも挿すだけで決済の認証も完了しすぐ充電する

そして、一番のメリットかもしれませんが、最大電力が大きいことです。実際にクルマが大電力を吸い込んでくれるかどうかはクルマ側の充電池と充電制御次第ですが、それさえ許せば最新のテスラ車と同じ最大250kWで充電でき、短い時間で電池容量を満たすことが可能になります。

ちなみに、CHAdeMOでもPnCの検討や大電力化は進めています。PnCについてはすでに充電制御でクルマと充電器は通信しているので、ソフトウェアや認証関係のチップの搭載などで大きな変更なくできる可能性はありますが、大電力化はコネクターやケーブルも異なりそう簡単ではありません。

世界には主に4つの急速充電方式がある

では、NACSと世界の主要な充電規格を比べてみます。日本のCHAdeMO、欧州のCCS2、中国のGB/T、テスラのNACSです。アメリカにNACS以外の急速充電規格がないのかといえば、CCS1やCHAdeMOがあります。

しかし、テスラ車のシェアが高く、2021年にテスラの規格をオープンにした「NACS」の採用が日産だけでなく他社にも広がっているため、NACSがその名前のとおり北米の標準となりつつあります。

規格名主な採用地域最大充電出力日本での急速充電器出力V2x普通充電コネクタ
CHAdeMO日本400kW50kW以下 (一部90kW)
CCS2欧州350kW×同一の部分利用
GB/T中国185kW×
NACSテスラ導入地900kW(※)最大250kW 多くは120kW米国標準に対応予定同一
ChaoJi(予定)日本と中国900kW

※NACSの最大充電電力はコネクタの規格書に最大1000V、900Aと記載があることから算出。特に規格上の最大は謳っていない

一覧にすると、CHAdeMOのメリットは他の規格で実現していない自宅に電気を供給する「V2H」などのV2xくらいしかないことに気づきます。

NACSのV2xについては、規格書に将来の米国標準に対応するとしており、対応予定があることは明らかにしています。NACSがV2xへの対応が容易だと思う点は、NACSのケーブルは他の規格とは違い、電力伝送の部分は普通充電のACと急速充電のDCを兼用する仕組みになっており多用途で活用する下地ができているからです。そのため、電気の流れ方が違うV2xへそのまま対応できる可能性が十分あります。

テスラが公開したNACSの充電回路の概要。1つの充電ポートから、普通充電のACは内蔵充電回路に接続してDCに変換、急速充電のDCはそのまま電池に直結する。ほかの充電方式では普通充電と、急速充電では経路(ケーブルやコネクター)が分かれている

NACS以外では欧州のCCS2についても、同じコネクターを使って実証実験レベルではV2xの検討が進んでいることから、上位互換で実装することは難しくないのかもしれません。

また、車両デザインや車両内部の電力ケーブルの引き回しや機器配置にも関わってくるのですが、日本のCHAdeMOと中国のGB/Tの場合、急速充電と普通充電の両方の充電口が必要となります。日産リーフは車両前端に2つのコネクターを並べていますが、日産アリアの場合は左右に分かれてしまっています。

これが、NACSやCCS2/CCS1では1カ所ですんでしまいます。CCS2/CCS1はコンボ方式とも呼ばれ、普通充電のコネクターの下に急速充電用の大電力のDC接点を追加する構造のため、もともと1カ所で両方を兼用できます。NACSは充電用電力の接点はDCとACを兼用できる設計のため、さらに設置面積を小さくしています。

なお、この表に日本のCHAdeMOと中国のGB/Tの後継規格であり、最大900kWの「ChaoJi」も参考として載せています。電気自動車の急速な立ち上がりを見せている2023年現在でChaoJi搭載の市販車が1台もないということもあり、今後の普及は厳しくなりつつあります。

テスラ方式が日本に押し寄せたらどうなる? 急速充電器は? V2Hは?

このような状況の中、日本はどうなるのでしょうか。まず、CHAdeMOについては、大電力での充電のためCHAdeMO 3.0でもあるChaoJiへの道筋が一応決まっています。現在のCHAdeMOではV2H対応以外にメリットがなく、周辺技術でも時代遅れ感は否めません。だからこその新規格への移行です。

では、移行するなら、なにもChaoJiだけに限る必要もなくなってきます。コネクタ形状も変更となり、どうせ変えてしまうならNACSに移行してもかまわないことになります。ChaoJiに移行するメリットとすれば、現在は中国が推していること。そのため、中国がChaoJiに移行すれば、台数的に世界の主流になる可能性があることくらいです。

ChaoJiの充電コネクター
CHAdeMOとChaoJiの充電コネクター比較。大容量のChaoJiのほうが小さくなっている

では、ユーザー目線で考えるとどうなるか。一般のEVユーザーは現時点ではあまり気にする必要はないでしょう。ChaoJiは後継規格なので物理的なアダプターを含めて互換性は問題ないはずですが、NACSであってもアダプター等で物理的な変換ができればあとはソフトウェア的に制御することで互換性をとることができる可能性は高いでしょう。

テスラのスーパーチャージャーはすでに日本にも多数設置。同時複数台で充電できるところが多い

そして、NACSに対応すれば、すでに世界中にあるNACS対応の急速充電を利用することができます。これから登場するChaoJiと大きく違うところです。

また、V2HをはじめとするV2xですが、テスラがNACSにどう実装してくるかはわかりません。それでも、アダプターとソフトウェアで対応できる可能性があるほか、もともと大電力対応のコネクターとケーブルなので、より大電力を家などに給電できる可能性があり、アメリカと同一の規格となれば、アメリカのV2x対応機器を日本でそのまま使うことに期待してもいいでしょう。

急速充電規格が変化してもユーザーは静観していい?

結局のところ、日本の将来はNACSでアメリカと一緒の規格になるのか、ChaoJiで中国と共同で進めていくのかという選択になるのではないかと思います。欧州と同じCCS2に行かないと予想するのは、普通充電部分が日本の電力網と合いにくいからです。

実際、どうなっていくかは、テスラ車の国内シェアの動向をベースに、テスラ以外のメーカーの思惑や政治によって決まってくることになるのではないかと思っています。

ただ、忘れてはならないのは、現在の急速充電であるCHAdeMOは、将来的にChaoJiなど、次世代規格に移行しなければ大電力充電などに対応できないことです。

そのため、将来のどこかで規格の変更は不可避ということです。その際、後継のまだ見ぬChaoJiに行くのか、実績豊富なNACSに行くのか、さらに全く別なのかは、今後の状況次第。しかし、ユーザーは前述のとおり、互換をとるのは難しくないので、電気自動車を買う上であまり心配しなくても大丈夫なのではないでしょうか。

正田拓也