鈴木淳也のPay Attention

第203回

Suicaの決済トラブルにどう対処する?

駅でのちょっとした移動時間で小腹が空いても素早く決済できるモバイルSuicaは便利

交通サービスでの利用可能エリアも広がって使う機会がさらに増えつつあるSuicaなど交通系ICカードだが、皆さんはどれくらい使っているだろうか。筆者の場合、金額的にも利用機会的にも一番利用しているのはクレジットカードだが、キャッシュレス決済の利用という視点で見た場合、次点がSuica、そしてPayPayが主な手段となる。

Suicaについて、ほとんどは公共交通か飲料自販機での利用なのだが、券売機などを中心に現金または交通系ICのみの対応というケースも多く、つねに残高を数千円程度保持している状態だ。

こうした交通系ICなどの電子マネーだが、昨年X(旧Twitter)でトラブルを報告する投稿が行なわれてちょっとした話題になった。店舗での決済に失敗し、返金も行なわれないといったトラブルだったようだ。その顛末については報告者が同人誌即売会で頒布した本に記されているようだ。筆者は当該の著作物を入手できず、その後の経過についてはまだ把握できていない。同書の話題とは直接リンクしないものの、今回電子マネーの決済の仕組みと、各種トラブルに遭遇したときの“一般的”な解決方法について少し整理したい。

電子マネーの取引トラブルはすべて店舗側で対応する必要がある

Suicaなどの交通系ICの決済に失敗するパターンは大きく2つある。リクルートのAirペイのトラブルシューティングのページが分かりやすいので紹介するが、「残高不足」と「“タッチ”動作に問題があり、処理が完了できなかった」の2つのパターンだ。

前者の場合は利用者にチャージを促す、あるいは別の決済手段へ切り替えてもらう(場合によっては現金との併用もある)ことで対応し、後者については再度タッチを促すことで正常に処理が完了するよう進める。

この2つが基本パターンとなるが、ごくまれに処理が完了しない状態で取引が終了してしまうことがある。それが先ほどのAirペイの解説にある「『ピーッ、ピーッ、ピーッ』という音が鳴った後、再度交通系電子マネーをタッチしても読み取れなかった場合」というケースだ。

「処理未了」という状態で示されているこのケースだが、取引そのものが中止されて成立していないこともあれば、交通系ICカード側の残高が引かれている一方で「処理未了」となって処理自体は完了していないという状態になることがある。前者の場合はシンプルに店舗(加盟店)側が再度交通系ICの受付処理を開始するだけで済むが、後者の場合は残高そのものが引き落とされているため、実際の取引との不整合を修正しなければならない。

つまり、何らかの形で返金対応が必要になる。

冒頭で紹介したトラブルのケースでは当初店舗側では返金対応がなかった旨が報告されているが、Airペイの説明にもあるように本来はその場で店舗側がすぐに対応しなければならないものだ。このやり取りを理解するために、電子マネーを含むキャッシュレス決済の取引形態を解説する。

下図はJR東日本が紹介している、Suicaの加盟店契約を図示したものだ。小売店などがSuicaを決済で利用したいと考えた場合、「加盟店契約」を結ぶことになる。JR東日本はSuicaの取り扱いについて、こうした加盟店契約を「アクワイアラ」と呼ばれる代理店に任せる形で加盟店営業を代行してもらっている。

Suicaの加盟店契約の形態(出典:JR東日本)

Suicaを導入したい小売店はアクワイアラと加盟店契約を結ぶことで取り扱いが可能になる。この図でAirペイはアクワイアラに該当する代理店だ。Suicaのセンター側での処理そのものはJR東日本が行なっているが、Suicaを店舗に持参した利用者そのものは加盟店で決済を行なっているため、前述の「処理未了」にまつわる返金トラブルに対処する場合、最終的な解決はアクワイアラを経由してJR東日本での調査が必要となるが、それでは解決に時間がかかってしまう。そこで、状況に応じて加盟店側で必要な対応をその場で済ませてもらうことが求められる。

利用者側からみたトラブル時の対処について、JR東日本から次のような公式コメントを得ている。

Suicaの読み書き処理の途中でSuicaを決済端末から離してしまうなどにより、(冒頭で紹介しているような事例が)発生することがあります。この場合、POS等の決済機器は加盟店さまおよびSuicaをご利用のお客さまにエラーの発生したことを伝えるように動作します。

当該のエラーが発生した際には、加盟店さまにて決済機器の状況と当該Suicaの利用履歴を確認いただきます。このとき、Suicaから決済金額分が引かれていることが確認できた場合には、加盟店さまからお客さまに対して返金や商品の受け渡し等を行なっていただきます。

Suicaの読み書き処理の途中でSuicaを決済端末から離してしまいエラー音が流れた場合は、もう一度カードをしっかりとタッチしてください。その後に決済がエラーとなってしまった場合には、決済を行った加盟店さまにお問い合わせください。(JR東日本)

下記はAirペイのトラブルシューティングのページで記されている解決方法だが、前述の「処理未了」の状態で交通系ICの残高が減っていた場合は「すでに決済は成立している」とみなして、必要な対処を行なうようアクワイアラから加盟店側に指示されている。

Airペイの電子マネー取引に関するトラブルシューティングでの注意事項(出典:リクルート)

意図としては、交通系ICの処理の不具合で利用者に不自由を強いることは避け、以後は加盟店、アクワイアラ、JR東日本などの交通系ICを発行する会社の3社間でのやり取りで済ませることを狙いとしている。また仮にその場で現金による返金処理が発生したとしても、加盟店の損金になることはなく、後日改めてアクワイアラから売上金として入金処理が行なわれることになる。

チャージ式電子マネーと返金処理

一般に、日本国内で「電子マネー」と呼ばれる決済手段には「交通系IC」「iD」「QUICPay」「楽天Edy」「nanaco」「WAON」などがあるが、「iD」と「QUICPay」がポストペイと呼ばれる“後払い”方式なのに対し、残りはICカード内に残高をチャージするプリペイド方式となっている。

前段までに触れたトラブル時の返金処理について、ポストペイ方式のものはクレジットカードなどと同様に「取引そのものを取り消せる」のに対し、残高がICカード内部に記録されるプリペイド方式はすでに引き落としが完了しているため、取り消し処理が行なえない。

例えば駅の券売機でボタンを押し間違えて意図しない買い物を交通系ICで行なった場合など、返金対応が必要になった際には返金対応が必要となる。すでに引いてしまった残高を復活させる仕組みは「チャージバック」と呼ばれるが、Suicaを含む交通系ICではこの処理ができないケースが多く、「現金での返金」対応となることがほとんどだ。

決済は容易だが、返金対応が難しい電子マネー

すべてを試したわけではないが、一部のコンビニエンスストアのチェーンでは「直前の1つ前の電子マネーの取引のみ取り消しが可能」となっており、店員にその旨を告げることで残高が引かれたICカードを再度“タッチ”することでチャージバックが可能だ。ただ、利用者側の視点でチャージバックが可能な店舗を見分けることはほとんど不可能なので、JR東日本では下記のように述べているものの、実際にはほぼ現金での返金が行なわれるケースに該当すると思っていい。

一部の加盟店さまの決済機器では、誤った金額でSuicaの決済を行ってしまった場合にその金額を元に戻すことができます。当該処理は加盟店さまのご判断によります。(JR東日本)

このような仕組みになっている理由について、店舗に設置されるPOS端末に返金のための機能が含まれている必要があることに由来する。実際に筆者が一番利用する自販機やエキナカの店舗についてはほぼ未対応なため、「決済は容易だが、返金対応が難しい」というのが実情だ。

公共交通がそのまま利用でき、特に小額決済では素早く支払いが可能なため非常に便利なSuicaなどの交通系ICだが、もともと交通サービスでの利用を前提に設計されていたこともあり、この返金問題にみられるように物販への応用ではさまざまな不具合が散見される。例えば残高の上限が2万円だったり、オートチャージが有効なのは指定の改札機をくぐった瞬間だけなど、物販だけの視点で見た場合、大きな買い物や残高チャージで不自由だと感じるケースが多い。

一応、スマートフォン上でのオンライン決済が可能な事例もあるものの、実装容易さなどの面でクレジットカードのみならず、QRコード決済にも溝を開けられているのが実態だ。

Suicaアプリによる利用履歴の表示。物販は「物販」としか表示されないが、これは交通系ICカード内の履歴フィールドが駅や停留所の記録にしか対応しておらず、物販の加盟店情報を記録する文字情報を記録するフィールドを持っていないことに由来すると考えられる。加盟店データベースそのものは存在するため、オンラインとのマッチングで表示は可能と思われる

Suicaが物販も含めて不自由なく広く利用範囲を広げるには「ポストペイ」対応が必要と思われるが、当のJR東日本ではこの仕組みを当面導入する予定はないとしており、少なくともしばらくは現行のままで進むことになるだろう。ある情報源によれば、Suicaの位置付けについてJR東日本の上層部は現在もなお自信を持っており、その役割を大きく動かすことはないようだ。一方で、鳴り物入りで導入したJRE POINTについては思ったほど活用が進んでおらず、同社の経済圏への環流効果も弱いということで、JRE POINTと連動したSuicaとは別の決済サービスの導入も検討しているという。

いずれにせよ、本連載でも何度か指摘しているようにSuicaの歴史はすでに20年以上が経過しており、枯れた技術というよりは「時流に合わなくなりつつある技術」に近付いている。何らかの“モダン化”が必要で、改札機のクラウド対応と合わせて刷新のタイミングが到来しつつあるといえる。

新宿駅のSuicaペンギンによるイルミネーション

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)