鈴木淳也のPay Attention

第191回

マイナンバーカードのトラブルにどう対処すべきなのか

8月9日に神奈川県茅ヶ崎市役所で開催された「マイナ保険証体験会」で自身のカードを使って実際に体験するデジタル大臣の河野太郎

東京新聞(オンライン版)に2023年8月11日付けで「兆単位の税金をかけてトラブル…その割に利便性は?『マイナ制度ここがおかしい』 サイボウズ青野慶久社長に聞く」という記事が掲載された。国内でも有数のIT企業であるサイボウズ社長の青野慶久氏に、企業のデジタル化を進めてきた視点からマイナンバーカードの問題点について聞くという企画だが、専門家としてのその発言内容についていくつか誤解や疑問点があり、今回はその件について簡単にまとめてみた。

本人確認の意義

記事に対して順番にみていく。まず最初の問題点の指摘の部分について。

青野氏:……カードの交付はわざわざ国民に申請させて、自治体の窓口に取りに来させている。こうした古くさい手法で手間のかかることをやっているから、便利さはむしろ下がっている。

自治体窓口までわざわざ取りにいく必要があるのは、それが「本人確認のプロセス」になっているからだ。昨今では「eKYC」というオンライン上で本人確認を行なう仕組みが出てきているが、ここで使われる運転免許証やマイナンバーカードは“発行時点”で“対面”により受け渡しが行なわれており、本人確認となっている。

つまり、いちど対面による本人確認のプロセスを経ることで公的身分証として有効となり、ようやくeKYCやさまざまな場面で身分証として活用できる。これは法律面もそうだし、安全性を高める手段となる。

もしオンライン、つまりリモートでの受け渡しのみで済まそうとした場合、「それが本人かどうか」をどうやって確認するのか。なお、eKYCについてはこちらの記事が詳しいので、興味ある方は参照してほしい。

東京新聞の8月11日付けの記事で公開されたサイボウズ社長の青野慶久氏のインタビュー

青野氏:マイナンバー自体は国民の出席番号のようなものとして必要性は理解できる。だが、新しくプラスチック製の物理的なカードを発行して全国民に持たせる必要があるのかは疑問。……生まれたばかりの赤ちゃんにカードを配ることにどんな意味があるのか。認知症の高齢者にカードを渡して、セキュリティーは大丈夫なのか。

国民全員に配る施策の是非はここでは置いておいて、「プラスチック製の物理的なカード」という部分に一言加えておく。もともとマイナンバーカードが登場した経緯は「誰もが使える公的身分証を提供する」というもので、日本国内に住民票を持つ在住者であれば誰でも申請しだいで利用できる仕組みだ。日本国内でこれに匹敵する身分証は運転免許証くらいしかなかったが、これにより運転免許の有無や年齢を関係なしに身分証の入手が可能になった。あくまで本人確認の手段なので、必ずしも当該の本人がつねに所持している必要はなく、適切に管理されていれば問題ないと考える。

信頼性について

青野氏:トラブルが相次いでいるのは当初の予想通り。自治体の現場では膨大な手作業が発生している。手作業にはミスも起きやすい。

「政府に情報を預けるのが不安」「いろんな情報をひも付けると他人に見られるのでは」といった懸念の声も聞かれる。特に怖いのは投薬の履歴が見られる機能。プライバシー情報の中でも秘匿(ひとく)性の高い情報で、漏れればトラブルのもとになる。

念のため補足しておくと、今回問題となったマイナ保険証の紐付けミスは保険組合などの団体での手作業で発生したもの。以後の手作業でのミスを減らしていくことがデジタル化の第一歩なので、通過しなければいけない壁でもある。

もう1つ、情報管理についてよくある誤解に言及しておくと、マイナンバー制度における情報は「一元管理」ではなく、情報はそれぞれ独立した団体が管理する「分散管理」の手法を採っている。少なくともハッキング等の手法で一度に全部の情報を取得できるわけではないので、その点で比較的安全な方式であるとされる。現状の仕組みをマイナンバーを用いて参照できるようにしただけで、情報管理の安全性そのものはマイナンバーの導入で大きく変わるものではない。

マイナンバー制度における「一元管理」と「分散管理」

システムのあり方

青野氏:まず「誰の何の困り事を解消して便利になる世の中を作りたいのか」を改めて考えなければならない。マイナカードの機能をスマホアプリで使えることを前提に再設計すればコストも下がる。

ポイントは2点。1つは、マイナンバーカードがそもそも「誰でも使える公的身分証」という役割からスタートしたものであり、まずはそこをスタート地点としていること。そのうえで次のステップとしてスマートフォン搭載に着手しつつある段階で、データを安全に管理しつつ、iPhoneを含む普段使いのデバイスでそのまま利用できることが望ましい。現状はマイナポータルを含む各種アプリを経由してスマートフォンで各種手続きがオンライン上で行なえる仕組みを想定している。2024年以降は運転免許証を含むその他の機能が搭載されてくることに合わせ、それまで搭載されてこなかった「券面入力補助AP」なども含め、マイナンバーカードと同等の機能を備えるようになる。

ポイントの2つめだが、「マイナカードの機能をスマホアプリで使えることを前提に再設計すればコストも下がる」とあるが、これはどういった理由でコストが下がるのだろうか?

物理的なマイナンバーカードがなければ発行コストが抑えられるのか、あるいはシステム設計そのものをすべて見直すことでコストが下がるということなのか。前述のように本人確認プロセスがない公的身分証は“弱い”ため、これをスマホアプリだけの設計でどうクリアするのか。また、すべての層がスマホアプリを使えるわけではなく、その際の物理カード発行コストや窓口対応の負荷はどうするのか。気になるところだ。

茅ヶ崎市役所市民課のマイナンバーカード関連窓口

青野氏:トラブルを定量的に測った方が良い。例えば銀行のシステムで何千人ものミスがあれば大問題。しばらく営業停止となりうる規模だ。

また気になる部分だが、実際に「営業停止」になった事例があるのだろうか(正確には「業務停止命令」)。システム障害における業務改善命令は出ることがあるものの、業務停止命令に至るのは法令違反のケースが中心だ。

青野氏:兆単位の税金をかけて、これだけのトラブルを起こしてこの利便性。どう見てもバランスが悪く、全体像を見て議論するべきだ。「トラブルはつきもの」と言われればそうだが、10万円で作ったシステムがちょっとトラブっているという話とは意味が違う。

たびたび指摘されるが、一連のトラブルはシステムそのものというより情報登録時のヒューマンエラーによるものだ。ヒューマンエラーを防ぐシステムを作るべきという意見もあるが、運用上のトラブルが避けられない事象もある。現在デジタル庁をはじめ関係各所ではマイナンバーが提供されていない場合の「J-LISへの4情報確認」を徹底しているほか、それを補助する周辺システムの整備を進めている。これまではレセプト処理の過程で表に出なかった問題が、マイナ保険証によるオンライン資格確認により洗い出されている面もあり、国民を巻き込みつつシステムが整備されつつある。

「安かろう悪かろう」というのは利用者には通用しない言葉だ。すべては結果でしか見ない。その意味で、システムを信頼できないというのはもっともだが、一方でコストを大量にかければトラブルがゼロになるというわけではない。最初から完璧なシステムなどなく、きちんと問題点を洗い出して改良を繰り返し、それを最後まで面倒見ていくことが何より重要だと考える。

青野氏:デジタル化は「魔法のつえ」のように、マイナカードを配れば一気に解決するものではない。1枚の紙をどうなくすか、目の前の作業をどう楽にするか。日々の地道な改善の積み重ねによって、徐々に進んでいくものだというのがIT企業を26年間やってきた実感。そこから逃げてはいけない。魔法のつえを振ろうとしてはいけない

実際、締めの文章で青野氏本人がこう言っているにもかかわらず、なぜ最初から発展・改良中のシステムをダメ出しするのだろうか。もともとデジタル庁発足の経緯が、コロナ禍での10万円の特別定額給付金の支給における事務作業の煩雑さを鑑みつつ、官公庁の縦割りによる弊害を越えて国のデジタル化を推進することを目的としたもの。アナログ規制の見直しによる効率化や経済効果を見据えた動きも進んでいる。既存の仕組みやしがらみがあるなかでベターな方法を実践すべく動いている段階であり、どのような妙策があるのか知りたいところだ。

本件についてサイボウズに問い合わせたところ、「青野は弊社の代表取締役ではありますが、マイナンバーカードなど一部のテーマについては、青野個人の見解として発信、取材を受けております。そのため本件についてサイボウズとしての公式見解は特にございません」(サイボウズ広報)との回答を得た。マイナンバーカードやマイナンバー制度など、IDにまつわる国の施策は今後も検討が重ねられ、インフラとして整備が進んでいく。本連載でも適時その内容を伝えていくつもりだ。

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)