鈴木淳也のPay Attention

第166回

マイナンバーカード最新状況とキャッシュレスの世界

医療機関に導入されたマイナンバーカードに対応した顔認証付きカードリーダー

最大で2万円相当のポイント還元が受けられる「マイナポイント第2弾」の申込期限が、2023年2月末で間もなく終了する。マイナンバーカード普及に向けた施策は、今年だけでも4月より医療機関での「オンライン資格確認」導入の原則義務化がスタートし、5月11日にはAndroid搭載スマートフォンでのマイナンバーカード搭載が可能になる。

この後には時期が未定ながらiPhoneでの対応や運転免許証との一体化などが続き、公的身分証や資格確認に関する主要書類の多くがマイナンバーカードへと集約されていくことになる。

このほか、2022年12月のクリスマス前後に行われた会見やTV番組のインタビューでデジタル庁の河野太郎大臣は「マイナンバーカードを活用した(海外を含む)オンラインでの運転免許更新や政治投票参加」「マイナンバーカードを使って買い物や市民割引を受けられる仕組み」などにも触れている。

前者については2つ問題があり、1つは「日本の市役所などにあたるマイナンバーカードの発行窓口が在外公館にはない」こと、もう1つは「在外邦人のように日本に住民票がない人物にマイナンバーカードを発行できない」という点だ。

下記の説明にもあるように現在はシステム改修の途上であり、完了後は在外公館でのマイナンバーカード発行に対応できるほか、住民票がないという問題については「本籍の附票にある情報」を基に発行が行なわれることになると総務省では説明する。

また話が一人歩きしている「マイナンバーカードで決済」のトピックだが、こちらは群馬県前橋市のようにSuicaとマイナンバーカードの紐付けをWeb上で行なうことで、同地での買い物や市民向けのタクシー乗車割引サービスなどがマイナンバーカードを通じて行なえるというもの。

デジタル庁によれば、あくまで自治体独自の取り組みであり、同庁など国が関与する性格のものではなく、河野氏は事例として紹介したに過ぎないとしている。ただし、前橋市の事例は広く認知されており、成功例の1つとして全国から問い合わせが入っているようだと補足している。いずれにせよ、マイナンバーカードにクレジットカードの機能を取り込むとかそういった性質のものではなく、あくまで行政サービスを受ける、あるいは特定の観光地などが町おこしを兼ねて「身分証としてのマイナンバーカードを何か活用できないか」と動いたに過ぎない。

医療機関とマイナンバーカード

さて、冒頭で紹介した医療機関での「オンライン資格確認」導入の“原則義務化”だが、苦戦気味なのは数字からも見てとれる。

「オンライン資格確認」とは、現在紙ベースで発行されている健康保険証を電子証明書の入った“スマートカード”で置き換えることで、リアルタイムでの「保険の“資格”確認」などを可能にするというものだが、これを「マイナンバーカード」で代用したことで一定の抵抗勢力を生み出したのではないかと考えられる。もちろん医療機関側にもシステム導入負担や作業切り替えの際の混乱などメリットばかりでもないのは確かなのだが、資格確認ができなかったことによるレセプトの差し戻しが回避できるほか、患者側も限度額認定申請なしで医療費上限が適用されるといった利便性が享受できる。

「オンライン資格確認」導入における利点(出典:厚生労働省)

ただ、実際に複数の医療機関にかかっていると分かるが、オンライン資格確認に対応している医院の数は半々程度というのが筆者の雑感だ。

筆者は親のかかっている病院も含めて4つの医療機関にここ1カ月ほど顔を出したが、対応と非対応でそれぞれ2つずつ。比較的大きな病院ほど導入されているケースが多いため、やはり設備負担などの面がネックの1つになっている可能性が高いのかもしれない。

厚生労働省は「オンライン資格確認」の都道府県別導入状況を小まめに報告しているが、2022年8月14日時点での顔認証付きカードリーダーの申込率は62.8%で、そのうち実際に稼働しているのは26.8%でしかない。同省では今年1月1日時点の最新データも公開しているが、それによればカードリーダー申込率は90.7%で、稼働率は40.6%となっている。半年弱で5割ほど稼働率が増加した計算だが、現状で“原則義務化”のタイミングで間に合うのは50%を越える程度に留まる可能性が高い(政府では6割程度と試算している)。また現時点で申し込みがない割合も残っており、前述のように小規模な医療機関では当面利用できない可能性がある。

2022年8月14日時点での「オンライン資格確認」導入状況(出典:厚生労働省)

実際のところ、多くの患者はかかりつけ医に定期訪問するケースが多いと思われるため、各医療機関での「オンライン資格確認」対応状況もまた把握できているだろう。そのため、「マイナンバーカードしか持っていなかったので受診できなかった」というようなケースはほぼないと考えられるが、当面はマイナンバーカードと保険証の両方を持ち歩き、必要に応じて使い分ける日々が続くことになる。5月以降はAndroidスマートフォンでのマイナンバーカード搭載が可能となるため、その場合は物理カードを持ち歩かずに普段使いのスマートフォンで代用ということもできる。

マイナンバーカードとキャッシュレス

マイナンバーカードと「医療機関でのキャッシュレス」というテーマもあるのだが、こちらに関するレポートは後日フォローするとして、「マイナンバーカードでキャッシュレス推進」を実践した自治体があるので紹介しておきたい。

1つは先ほどの河野氏の紹介にもあった前橋市の事例で、マイナンバーカードとSuicaをあらかじめ紐付けておくと、Suicaで対応店舗での決済など特定の利用を行なった際に紐付け情報を基に市民かどうかの判別が行なわれ、自動的に割引が適用されるという仕組みだ。「MaeMaaS」と呼ばれるこの仕組みでは各種割引や情報提供を組み合わせることで移動を促進し、地域活性につなげるという狙いがある。

「MaeMaaS」で提供されるサービス群はSuicaとマイナンバーカードの組み合わせで実現される(出典:デジタル庁)

以前であれば各自治体が敬老パスなどを発行し、それで地元のバスなどの交通機関を無料で利用できたりする仕組みが一般的だったと思われるが、汎用のSuicaカードをマイナンバーカードと紐付けることで専用のパスを発行することなく、比較的自然な形で同様の仕組みを実現した点が大きい。

以前に鹿児島市電での話題でも触れたが、地域のみで利用可能なICカードの「ラピカ」は同市内での敬老パスの役割も果たしており、それをより活用場面の広いSuicaで置き換えたものだと考えればいいだろう。Suicaを推進するJR東日本にとっても利用機会や場面が広がるわけで、地域でのキャッシュレス決済拡大の一助となる。

前橋市でのマイナンバーカードはあくまで裏方だが、小売店での買い物も可能なSuicaの方が全体での利便性が高いのは明らかで、今後はSuicaのみならずクレジットカードやプリペイドカードなどを紐付けられる仕組みを導入するケースも増えてくるかもしれない。

「マイナンバーカードを全国民に普及させる」というのは政府の命題だが、これを逆手に取る形で地域のキャッシュレスを推進した事例は青森県の中泊町だ。

ここは津軽半島にあった中里町と小泊村の2つが2005年に合併して誕生した町で、2つの地域が互いに隣接していないという点で非常に興味深い自治体だ。五所川原から旧中里町に延びる津軽鉄道の路線が公共鉄道としては唯一となる。地方都市の例に漏れず高齢化が進んでおり、キャッシュレスなどデジタル対応もどちらかといえば遅れている部類だろう。

だが、ことマイナンバーカードの交付率でいうと昨年12月末時点で68.9%と青森県を含む周辺の自治体に比べても高く、全国平均の57.1%も上回っている。秘密の1つは、マイナンバーカードとキャッシュレス決済の普及を同時に進行させた点にある。

青森県中泊町の2022年12月末時点のマイナンバーカード交付率(出典:総務省)

同町ではもともと高齢層の多い住民へのマイナンバーカード交付支援を積極的に行なっていたが、キャッシュレス決済を組み合わせるというアイデアを出してそれを加速させたのは「マイナポイント第2弾」がきっかけだったと中泊町総合戦略課DX戦略係主査の佐藤伸之介氏は説明する。

マイナポイントの仕組みそのものが「キャッシュレス決済がないと受け取れない」という性格のため、同時にキャッシュレス決済の普及も進めなければいけないという考えからだ。ただ高齢層にとってスマートフォンの利用はハードルが高く、シンプルかつ利用できる場所もそれなりになければいけないということで選んだのが「楽天Edy」だった。佐藤氏によれば「大人から子どもまで使いやすく、オリジナルの券面を用意して中泊をアピールでき、かつサービス還元や町内でのチャージ、ポイント使用ができる」という点に着目し、複数ある事業者のヒアリングを行った後に物理カード型の楽天Edyを選んだという。

中泊町総合戦略課DX戦略係主査の佐藤伸之介氏

こうして誕生した「中泊町Edyカード」だが、YouTubeで解説されている。

前述のように町の施設などでマイナンバーカード交付を支援しつつ、すでに交付を受けた町民については、あらかじめ2,000円分の残高がチャージされた中泊町Edyカードを受け取ることができ、これをマイナポイントの受取口座として、最初の残高の2,000円とは別にさらに2万円分のポイントを受けられるよう支援する。マイナンバーカードを作るだけで2万2,000円がもらえるわけで、国の施策を利用したちょっとした町民サービスといえる。昨年8月1日の開始時点で6,000枚用意されていた同Edyカードだが、これは町の人口とマイナンバーカード交付率を加味しての設定となっている。

「中泊町Edyカード」の券面(出典:YouTube動画)

もう1つ中泊町Edyカードの特徴として、「200円で1円のポイントバック」という点がある。買い物のポイントが即残高に反映される仕組みで、こうしたポイントバックが可能だったのも、あえてEdyを選んだ理由の1つだったようだ。

同時にEdyが利用可能な店舗も増やして町内のキャッシュレス環境を整備する形となるが、昨年9月中旬時点で31店舗での利用が可能になったと述べている。町内にはキャッシュレスが利用可能なコンビニとドラッグストアが2軒存在していたが、Edyを含む複数の決済手段に対応したマルチ端末を新たに29店舗に導入し、町民がよく使う大きめのスーパーや個店などでのキャッシュレス化が進んでいる。

決済端末導入にあたって10万円の支援金を用意したこともあり、事業者への説明を行なった段階では全体に前向きな反応だったと佐藤氏は説明する。店舗独自のポイントを運用するため、あるいは地域マネーを導入するためにEdyやWAONを導入するケースというのはよく聞くが、マイナンバーカードの交付促進と純粋なキャッシュレス決済環境整備を主眼にしたというのは比較的珍しい例で、この点が非常に興味深い。

「中泊町Edyカード」でキャッシュレス決済する

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)