鈴木淳也のPay Attention

第44回

JPQRは日本のQRコード決済のカオスを解決するか

2020年6月以降にJPQRは全国展開され、本格普及に向けた一歩を踏み出す

コード決済統一事業「JPQR」が間もなく本格スタートする。詳細は既報の通りだが、もともと2019年8月1日に福岡、和歌山、長野、岩手の4県でトライアルとして先行スタートしていたものが、後に栃木県を加えて5県での事業となり、このたび今年2020年4月27日より全国展開という形になった。

ただし、現状ではまだJPQR普及に向けた実証実験という段階であり、当初は6月中旬より開始されるWeb受付システム(PLUG:PLatform for Upcoming Guests)を使っての先行体験サービスという位置付けに留まる。

JPQRの目的は決済事業者ごとにフォーマットやリフレッシュタイミングが異なっていた決済サービスにおけるQRコードを統一仕様とすることで、小売店ならびにユーザーの利便性を向上することにある。ユーザーがモバイルアプリを通じて共通バーコードを店舗側に提示する「CPM(Comsumer Presented Mode)」の参加決済事業者が16社、店舗側で提示された静的QRコードを読み込んでユーザーが決済アプリ上で支払いを行う「MPM(Merchant Presented Mode)」の参加事業者が13社となっている。CPM利用時はユーザーが使用したい決済アプリを先方に伝えずとも自動判別で処理が可能なほか、静的MPM利用時は小売店が店頭に掲示するQRコードが1種類で済むというメリットがある。特に、下記のように複数のQRコード決済サービスを導入していた小売店ではなおさらだ。

和歌山市内にあるとあるレストランの会計コーナーに陳列された大量のQRコード。すでに消滅したサービスもあるが、この混乱状態は少なくともJPQRの導入で緩和される

ユーザーにとっては便利、だが小売店にとっては……

「JPQRはメリットがあるか?」と問われれば、ユーザーにとっては「間違いなく便利」である一方、小売店にとっては「必ずしもそうではない」という点にこの統一事業の難しさがある。

CPMとMPMの両方式ともに、ユーザーにとってみれば「小売店で目的の決済サービスが対応していれば、特にアプリの選択を意識せずとも決済がスムーズに行なえる」というメリットがある。小売店の視点で見た場合、ユーザーの利便性を高めるために基本的には「可能な限り多くのQRコード決済サービスに対応しておく」ことが望ましいが、現状のJPQRのスキームではこの問題を解決するハードルが決して低くないという課題がある。

総務省によるJPQR解説と、加盟店向けのトライアル参加を呼びかける公式サイト

別誌でのレポートになるが、2019年8月1日という世間がまだ7pay問題で紛糾していたなか、筆者はJPQRの先行トライアル地域の1つである和歌山へと飛び、現地の導入状況や初日の反応を取材してきた。そこでは地元の商工会議所経由で地域の中小の小売店への説明会がたびたび行われ、地元銀行の紀陽銀行が営業活動やJ-Coin Payの代理店を行なう形で一部先行店舗へのスターターキットが配布されていた。この時点で見えてきたのは、まだ細々とした展開状況であり、ある店舗に至っては「家の方にスターターキットが届いていたはず」といった状態でまだ開封さえしていないところもあるほどで、「(対応店舗は)頑張って探さないと見つからない」というものだった。そこで複数の取材先に導入済み店舗を尋ねたところ、共通して上がってきた名前がお茶屋の「諏訪園」ということで、実際に尋ねてみた。

諏訪園の説明によれば、このタイミングでのJPQR自体の認知度は非常に低く、最初の2日間で利用を試みたのは数人ほど。その全員が地元銀行やOrigami Pay関係者だったという。しかも事業者側の設定トラブルがあり、JPQR開始時点で使えたのはOrigami Payのみという状態だった。「窓口が一本化されて一括で複数のサービスを申し込めるということで導入してみたが、実際には事業者ごとの個別契約なうえ、支払いサイトなども個々の事業者によって異なっていた」ということで、JCBのSmart CodeやリクルートのAirペイなどのゲートウェイを介して一括でアカウントが管理されるタイプのものとは異なり、「どちらかといえば使い勝手は悪い」という状況が見えてきた。

2019年8月2日に和歌山市内の諏訪園を取材したとき、店頭に掲げられていたJPQR開始のポスター

この時点での取材内容はあくまで「地方都市での限られたトライアル環境での初日の様子」ということで、JPQR全体そのものを判断する材料としては弱い。そこで5カ月が経過した12月上旬に再び諏訪園を訪問し、JPQRの利用状況を確認してみた。結局、あれから数カ月が経過してもQRコード決済自体の利用がそれほどなかったこと、そして外国からの旅行客を含む多くがキャッシュレス決済手段として選択しているのがAirペイ経由のクレジットカードということがわかった。JPQR自体も利用可能サービスが当時から増えており、新たにau PAYとゆうちょPayが加わった。本来はこの時点で加わっているはずのd払いがまだ追加されておらず、開始当初にあったメルペイのアクセプタンスマークが消えていた。後者について理由を尋ねたところ、メルペイにおける累積の決済金額が少なく、出金手数料が無料になる10万円に売上が達していないため、出金した時点で売上の多くが手数料(200円)と相殺されてしまい利益にならないからと返答があった。

これはJPQRの問題の一端を示しており、ユーザーの利便性のために決済手段を増やすと、特に小さな小売店にとっては売上が細かく分散してしまうために手数料負担が決して少なくないことが挙げられる。このほか、「お金の流れがサービスごとに異なるインターフェイスでばらけてしまい、全体の出入金の流れを把握するのが面倒」「決済金額が少ないうちはいいが、今後キャッシュレス決済が増えてくるとすれば、支払いサイトが各社ばらばらのため入金タイミングの管理が難しい」といった契約上の問題も多く、少なくとも小売店の負担が軽減されたとは言いにくい。JPQRのアピールが全然行なわれておらず、知名度が低いという不満もあり、なかなかに厳しい現状が見えてくる。

5カ月後に諏訪園を訪問したときの様子。アクセプタンスのシールは各社ごとにばらばらにスタートキットの中に梱包されており、小売店が契約したサービスを自由に選択して貼ることができる

こうした問題は、参加推進団体の1つである総務省もある程度は認識しているようだ。同件について総務省のコメントを得た同業者の小山安博氏によれば、今回スタートしたトライアル申し込み会における参加企業の先行発送対象となったのは「47件100店舗ほど」で、新型コロナウイルスの影響でキャンセルが相次いだ状態だという。総務省2号館では地下の弁当屋やドトール店舗にスターターキットが到着し、各店舗の判断で利用をスタートという状況。全国展開にもかかわらず非常に厳しい状態だとは思うが、総務省側では6月のWeb申し込み開始のタイミングでTV CMの掲出も始まるため、本格普及はそこからを見込んでいるようだ。

統一QRはメジャーになるのか?

8月1日の先行スタート組の取材を通じて「知名度」と「システム」の両面に問題があることが判明したJPQRだが、懸案となっていたLINE Payの対応のほか、アプリのアップデートを通じて7月以降にMPMの対応も表明しているPayPayの参加も合わせ、ユーザー視点の使い勝手では若干の改善を見せるかもしれない。

今後のJPQRアップデートで筆者が一番期待しているのは「請求書払い」だ。現在、税金や公共料金、そのほか請求書における収納代行でのバーコード仕様は統一されていない。

決済サービスや収納代行を行なうサービス各社が個別に支払先と交渉し、対応を進めているため、「この決済サービスで支払える公共料金はこことここだけ」といった具合に、どうしても主要都市や主要サービスに偏る傾向がある。仮にJPQRで仕様が統一され、それぞれのサービスが共通して支払いが可能になる窓口ができれば、ユーザーの利便性は大幅に向上する。区市町村での役所の窓口でキャッシュレス決済を取り入れる動きも出てきており、仕様の共通はこうした面での利用拡大を促す原動力となる。

JPQRの認知にはかなりの時間と労力が必要だと推察するが、ユーザーの間で「共通QRコード(バーコード)」の利便性が認知されるころには、日本のキャッシュレスの文脈ではたびたび話題となる「決済サービスの乱立」もある程度解決しているのではないかと考える。

Origami Payが典型だが、JPQRも中心的存在だったサービスはすでに消滅している。すでにキャンペーン合戦で体力を削る状態は終了しているが、この先を越えて収益化まで結びつけられるサービスは決して多くなく、いずれは吸収合併などを経てある程度の数へと収れんしていくことになるだろう。ユーザーとしては、自分の使っているサービスが生活圏で利用できれば問題ないわけで、おそらくJPQRの存在を意識することなく「気付いたら自分の使っていたサービス+αが残っていた」という状況になっていると予想する。

別にこうしたサービスの乱立やユーザー(加盟店)の利便性の欠如という状況は日本固有のものではない。例えばシンガポールでは「SGQR」という統一QRコード事業が存在しているが、システム的には日本のそれとほとんど変わらない。NETSという同国独自の決済サービスがあるほか、携帯キャリアのSingtelが提供するSingtel Dashという独自のモバイルウォレットがあったりと、各社ユーザーの獲得や囲い込みのためにさまざまな方策を進めている。こうした企業側のアピールに惑わされず、ユーザーとしては自分に適したサービスを自ら選び、賢く利用していくのが正しい付き合い方なのだろう。

シンガポールのチャイナタウンにあるフードコートで見かけたSGQR
SGQRには日本のJPQRと同様に複数の対応サービスのアクセプタンスマークが見えるほか、同方式に対応しない支付宝(Alipay)はまた別途QRコードが掲示されている
シンガポールの地下鉄駅の売店では複数のカードリーダーやQRコードが見られ、サービスによって使い分ける必要がある
ここのSGQRはSingtel Dashのモバイルウォレット用のものであることがわかる

鈴木 淳也/Junya Suzuki

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)