西田宗千佳のイマトミライ

第191回

携帯電話事業者の「メタバース戦略」に欠けているもの

秋葉原駅構内に開設されたXR体験施設「XR BASE produced by NTT QONOQ」

NTTにKDDI、ソフトバンクと、日本の大手携帯電話事業者は「メタバース」への投資を進めている。

一方、バズワードのトレンドとしては、メタバースからAIへの移行が鮮明。世界的に見ると投資についても、メタバースへの流れは退潮の方向にある。

では、日本の携帯電話事業者は遅れており、無駄なことをしているのか?

そうではない。携帯電話事業者がメタバースに投資するのは意義あることだ、と筆者は考える。

一方で、彼らの投資方向が短期的な果実を得られるとは考えづらいし、出来上がったものにもちょっと疑問がある。

なぜ携帯電話事業者はメタバースに投資するのか、その意味と、「バズワードでなくなった時」の意味を考えてみよう。

NTT・KDDI・ソフトバンクがメタバースに

3月に入ってから、携帯電話事業者のメタバース関連の動きが続いた。

3月7日、KDDIとソフトバンクが相次いで発表を行ない、3月30日には、NTTドコモの100%子会社であるNTTコノキューが、秋葉原駅構内にXR体験施設「XR BASE produced by NTT QONOQ」を開設している。

「XR BASE produced by NTT QONOQ」

3社の中で、NTTとKDDIの力の入れようは大変なものだ。

特に目立つのはKDDIの展開だ。以前からclusterなどと組んで「バーチャル渋谷」「バーチャル大阪」などを展開してきたが、今回はそれらも生かしつつ、KDDIオリジナルのメタバースである「αU metaverse」を作り、そこにライブサービスの「αU live」やバーチャルストア「αU place」なども用意した。展開しているサービスの規模としては国内有数と言っていい。

KDDIが展開する「αU」では、バーチャル渋谷などのメタバースに加え、ショッピングサービスも展開する

NTTコノキューは、メタバース「XR World」や地域連携サービス「XR City」などを2022年中に展開済み。

NTTコノキューの「XR World」

また、前述のように、その内容や新しいデバイスなどをアピールする常設施設として、秋葉原駅に「XR BASE produced by NTT QONOQ」を展開した。

実はかなり小さな空間なのだが、将来的には、同社がシャープと組んで発売を予定しているデバイスなども、ここでまず触れられるようになるという。4月3日より、NTTコノキューとシャープはXRデバイス事業を展開する「株式会社NTTコノキューデバイス」をスタートする。発売時期は2024年内とされるが、メガネ型デバイスの開発に取り組む。

それに比べると、ソフトバンクは「一応やっておく」ようなイメージに感じる。新しいサービスを作るのではなく、LINEと関係の深い韓国NAVERが運営する「ZEP」と「ZEPETO」という2つのサービスを日本に持ち込んだ……という感じだろうか。

現実的なサービスだが「再訪の魅力」に欠けている

現状、かけるコストは相当に異なるものの、3社で現状使えるサービスの現状は似ている。

VR用HMDはまだ普及率が低い。そのためスマートフォンやタブレット、PCから気軽に使えるサービスとし、多くの人に使える形を目指す。

これは、現状のメタバース向けサービスとしてはかなり穏当なものだ。現実問題として、HMDだけで使えるサービスで収益ラインに達するのはゲームくらいのものだろう。

一方で、それぞれの企業が展開するサービスを体験してみて、共通の課題が存在することも感じた。

多くの部分が「何回も体験したい」という要素に欠けているのだ。

アーティストを使ったファン向けのイベントを展開と言っても、よほどよくできていないと、同じものを体験する気にはなりづらい。ファン同士のコミュニケーションも同様で、単なる交流なら、SNSやBBSで十分だ。ショッピングと言っても、リアルな店舗の方が「リアル」でウェブのECサイトの方が一覧性もいい。

コストはかかっているが、3月7日の発表以降、KDDIやソフトバンクのサービスが話題になっている様子はないし、NTTコノキューのXR Worldも同様だ。

だからこそ、常設の設備などを使ってアピールしたい……ということなのだと思うが。

魅力拡大のカギは「ライブイベント」か

「では存在する意味がないのか、バズワードに乗っただけのものか」と問われると、そうではないと思う。

KDDIの「αU」とNTTコノキューの「XR」サービスでは、ライブイベントを大きなフックと考えている。

KDDI・「αU」内でテスト的に行われたライブイベント。「αU live」は夏に正式展開
水曜日のカンパネラVIRTUAL REALITY MINI LIVE @αU metaverse

それは確かに正しい戦略だ。

街を歩くだけで楽しい、という空間を作るのは難しい。だが、音楽などを軸にしたライブイベントは、3D空間で楽しむ価値があり、珍しさもある。同じライブへと何回も足を運ぶ人は少ないかもしれないが、ライブハウスやコンサートホールで日々違うイベントが行われているように、多数のアーティストが入れ替わりつつ展開するのであれば、イベントの「密度」も高められる。

ネット上では、YouTubeなどで多数のライブが行なわれ、いわゆる「投げ銭」やアイテム連携などで高収益が生まれている。現状、メタバース的なサービスの中で収益が回っているのはこの部分、と言ってもいい。

現状はYouTuber/VTuber的な価値観のイベントが多いが、より一般的な音楽イベントやスポーツイベントがメタバースで開かれることになれば、それを見ることも一般化し、そこが良い切り口になって広がるだろう。

KDDIは「αU」で、周囲に20人以上の人が集まってもお互いが自然に話せる、という「音声」にこだわったという。メタバース内でイベントを開催するなら、周囲の盛り上がりがちゃんと体験できないといけない……という考えからだそうだ。そこに着目しておくのは正しい。

正直、ショッピングだのNFTだのをメタバースの中に組み込んでも、さほど利用者にはプラスではないだろう。だが、「そこでしか得られない」体験はべつだ。ライブイベントにはそれがある、と筆者は考える。

サービスとソフトは着実に進化も、定着までは長い道のり

とはいえ、ここからメタバースに強い追い風が吹くかはわからない。

アップルがHMDを出す、との噂もあるが、所詮は噂だ。そして、アップル製品はいきなりマスへの大ヒットをするのではなく、高感度層に売れたあと幻滅期がきて、数年間しぶとく販売された後くらいに「気づいていたらトップシェア」というパターンが多い。仮に今年出ても、それがメタバースにとっての神風になる、と考えるのは楽観的すぎる。

今は、メタバースを構成する機器も、データを作るためのソフトの技術も発展途上にあり、「最低数年、ひょっともすると10年かけた長期戦になる」というのが、筆者の見方だ。

ただ、3月20日、米・サンフランシスコで開かれていた「GDC」で、Epic Gamesが発表した技術は、メタバースが魅力的になるまでの時間を短縮してくれるのではないか……と予感させるものだった。

Epic Gamesは、同社が運営するバトルロイヤルゲーム「Fortnite」の中で使う世界を直接開発できる「Unreal Editor For Fortnite」を発表した。

フォートナイトのクリエイティブ用PCアプリ「Unreal Editor For Fortnite」

3月23日から公開されているが、リアルなCG描写とデータ化の容易さから、ネットにはいくつもの驚くべき動画が公開されるようになっている。その1つが、以下のツイートのものだ。

Unreal Engine 5のグラフィック性能に対し、衛星画像などから生成したリアルなデータを導入すると、本当にその街にいるかのような体験が作れてしまう。

データ処理をするAIが生まれ、それを描画するゲームエンジンがあると、映像はここまでリアルになる。

こうした技術が着実に出ていき、定着に必要なブロックを積み上げた先にメタバースがある。

今年からは再び幻滅期に入る可能性が高いが、技術は着実に伸びていくだろう。

だとすれば、携帯電話事業者に求められるのは、流行り廃りに一喜一憂せず、だが着実にブロックを積む流れに耐えて行くにはどうしたらいいか、という体制作りになるだろう。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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