西田宗千佳のイマトミライ

第52回

「PS5+Unreal Engine 5」驚異の画質とゲームに留まらない革新

Epic Gamesは現地時間5月13日、ゲームエンジン「Unreal Engine 5」(UE5)を発表した。どんなことができるのか? その話の前に、Epic Gamesが公開したUE5のデモムービー「Lumen in the Land of Nanite」をご覧いただきたい。これは、年末に発売を予定している「PlayStation 5(PS5)」での実機による動作だという。すなわち、この画質でゲームが動く、ということだ。

Unreal Engine 5 Revealed! Next-Gen Real-Time Demo Running on PlayStation 5

Unreal Engine 5を使ったPS5デモ動画が公開

まるで本物の洞窟。「Unreal Engine 5」 ゲームに映画品質をもたらす「Nanite」と「Lumen」

ゲーム関連コミュニティは、このニュースが発表されると沸きたった。今までの環境では難しかったような、「次世代」と言える画質だったからだ。

だがそこに属していない人々にとってははどうだろう?

「確かにすごい画質だけど、毎回ゲーム機が出るたびに『まるで実写だ』って言っているような気がする」

「映画などで見慣れたもののような気がする」

そのくらいの感想ではないだろうか。よくわかる。

だが、UE5がPS5とのセットでもたらしたことは、本当に理想的に働くのだとすれば、「これまでのパラダイムを変えてしまうくらい」画期的なことなのだ。そしてそのことは、ゲーム業界のみならず、映画やアニメなどの映像業界、そして建築、製造業などにも大きな影響を与える可能性がある。

UE5のどこが画期的なのか? 今回はそれを「ゲームをしない人」向けに解説してみよう。

もはや必須の存在「ゲームエンジン」とはなにか

冒頭で述べたように、UEは「ゲームエンジン」と呼ばれる性質のソフトウェアだ。ゲームエンジンとは文字通り「ゲームを動かすためのエンジン」となるようなソフトのことを指す。

ゲームを作るには様々な要素が必要だ。そうした技術の中には、ゲームの種類を問わないものも多い。例えば、RPGであろうがシューティングであろうが、高画質な3D描画を求めることに変わりはない。

それを「毎回作り直す」のは無駄だ。初期にはゲームメーカー社内で整備を進め、音の処理や物理演算など専門的な部分をパートナー企業と協業する形が多かったが、そのうち、ゲームに必要な多くの要素を統合したものを提供する企業が現れる。

この「統合されたゲーム開発環境」が「ゲームエンジン」だ。今回のテーマである「Unreal Engine」は、ゲームエンジンの代表格である。市場には複数のゲームエンジンがあり、UEのライバルである「Unity」と市場を分け合っている状況だ。どちらもゲームの起動時にロゴが出るので、名前やロゴは見たことがある、という人もいるかもしれない。

これにより、ゲームの基礎的な部分は再開発が不要になった。メーカー側も、ゲームそのものの仕組みの開発と試行錯誤や、CGモデルやテクスチャー(アセットなどと呼ばれる)の製作など、自らの差別化領域に注力しやすくなった。

そしてこの10年で、ゲームは「ゲームエンジンなしにゲームを作る」方が少ない状況になってきた。

ビジネス規模の拡大により、数年以上の年月と数百人のスタッフを動員して開発される「AAA」と呼ばれる大規模なゲームは、開発コストの上昇に伴うリスクをいかに軽いものにするか、が重要になった。そのため、一種類のゲーム・プラットフォーム向けに作るよりも、PCを含めた複数のプラットフォーム向けに販売し、「遊べる可能性のある人」を増やすやり方が一般的になっている。そうした作り方を俗に「マルチ(プラットフォーム)」と呼ぶのだが、これがゲームエンジンの需要を高めた。

ゲームエンジンの開発元は、ゲーム機やPC、スマホなど、それぞれの機器に向けて開発環境の最適化を行なっている。ゲームメーカー側は、ゲームエンジンの採用で、自社での作業についてプラットフォーム依存性をある程度減らせるようになった。マルチ開発に向けたリスク低減には、ゲームエンジンの活用が不可欠なのだ。

また、低コストなゲーム開発は、小人数かつ限られた予算で、大手のゲームメーカーから離れた形で作品を作る「インディデベロッパー」 の増加を助け、バラエティに富んだゲームの登場を促した。同時に、スマートフォン向けゲームの需要が生まれ、そこでもゲームエンジンの効率的な活用が重要になった。

このような事情から、現在のゲーム開発は、ゲームエンジンなしには語れないのである。

作り直しもベイクも不要、PS5の「SSD最適化」がUE5の狙いを実現

では、UEの最新バージョンである「UE5」ではなにができるようになったのか?

冒頭で紹介した動画にあるように、「グラフィック」のクオリティが劇的に上がった。リアルなライティングを実現する「グローバルイルミネーション(GI)」を利用しつつ、物体としての緻密さとテクスチャーの緻密さの両面で、今まで以上にリアルなグラフィックスが表現されている。

このデモ映像は、冒頭でも述べたように、UE5を使って作られたもので、PS5の実機上で動かしたものだ。そのため「PS5の能力が明らかに」といったニュアンスの記事も多かった。映像を見て「PS5のグラフィック性能はすごいんだな」と思った人は多いだろう。それは間違いではない。

だが、PS5に実装されるGPUの性能・特質が、「PS5だけのもの」かというと、そうではない。CG性能だけなら、他でも同じことができる。「Xbox Series X」のGPUはPS5よりスペック的には上だし、ハイエンドGPUを使って高性能なゲーミングPCを作れば、PS5を超えた機器を用意することは可能だ。

だが、Epic GamesがUE5のデモを「PS5」で行なったのには理由がある。別にソニーとの間でのマーケティング上の問題ではない。PS5の持つ、GPU性能以外の要素が重要になったからだ。

それは「SSDによる高速データ転送」だ。

PlayStation 5の技術を徹底解説! 「SSD」と「サウンド」でゲーム体験を変える

なぜUE5のグラフィッククオリティにデータ転送速度が重要になるのか? そこはちゃんとした説明が必要だろう。

映画がリアルなCGを実現できている理由の一つは、1コマの生成に時間をかけられること、サーバーファームのような巨大なコンピュータ資産を使って計算できるから、という 部分がある。だから、ディテール豊かなモデルデータと、リアルな光表現を伴ったCGが作れる。

だがゲームの場合、1コマの演算には数ミリ秒単位の時間しか使えず、使えるのはゲーム機もしくはPCに搭載されたCPUとGPUの能力だけ。その差を埋めるには、少ない計算資源でも再現できるよう、いくつかの準備が必要になる。

その代表例が、「ゲーム用モデルデータ」と「ベイクしたテクスチャー」だ。

ゲームでも、広告やゲーム内ムービーでは、非常にポリゴン数の多いモデルが作られる。映画と同様質重視なので、もはや数では数えておらず、1体数億ポリゴンある場合も少なくない。

もちろん、同じものはリアルタイムではとても動かないので、データを間引き、違和感のない「ゲーム内専用のモデルデータ」を作ることになる。しかも、「アップ用」「近景用」「遠景用」と複数作ることも珍しくない。

また、リアルなライティングをそのまま計算するのは大変なので、反射や影など処理が重いものは、先に演算しておいてテクスチャーマップの画像に書いておく。これを「ベイク(焼き付け=bake)」という。

ゲーム用のデータ作成では、こうした「ゲーム内用データ」作成や「ベイク」にかなりの手間を取られている。

しかもその結果として、ハイクオリティ・モデルが持っていた質感は失われやすい。

ゲーム用のデータを作るのは、処理速度を稼ぐ理由もあるが、「データ転送を少なくする」という理由もある。ハードディスクからの読み込みでは速度が足りず、データはメモリー内に事前に転送しておく必要がある。だが高ディテールなデータは、PCやゲーム機のメモリーに載せきれない。だから画面の解像度はあっても「解像感」に不足する映像になりやすい。

しかし、前述のUE5のデモは、非常に解像感の高いデータが、リアルな質感で再現されている。動画を「4K」設定にして再生しても、納得できるディテールがある。

この理由は、主にUE5が持つ新機能である「Nanite」と「Lumen」で実現されている。

Naniteは、簡単にいえば「ゲーム内専用のモデルデータ」を不要にする技術だ。数億ポリゴンあるようなモデルデータでも、Naniteが扱うことで、そのシーンに合わせた密度のデータとして自動的に扱われる。描画も最適化されるので、より細密なデータが扱えるようになる。

Lumenはリアルタイムでのライティング処理、俗に「動的なGI」と呼ばれる高度な処理を実現するものだ。事前に「ベイク」作業をする必要がなくなるし、ゲーム内で壁などが壊れた際にも、それに応じて光を表現するため、表現の幅そのものが広くなる。

結果として、ゲーム開発者にとって、クリエイティブな部分が少ない割に負担だった「データの作り直し」「ベイク」といった作業がなくなることになり、ゲーム開発のコスト・手間が劇的に変化する。

ここで、PS5を組み合わせていることが重要になる。

PS5はSSDを採用し、データ転送速度が速くなるよう、さまざまな工夫をしている。一般に「ゲーム開始時の読み込み時間が短くなる」と理解されているが、可能性はそれだけに止まらない。

PS5のSSDは、PS4(HDD利用時)に比べ100倍の読み込み速度がある。こうなると、メインメモリーに「必要な部分だけ読み出していく」形をとっても処理が間に合う。特にNaniteでは、この要素を最大限に活かし、モデルの品質向上に使える。また、「必要な部分だけ逐次読む」ことができるので、「ステージが変わるので読み込む」「ステージの継ぎ目をごまかすためにシーンを工夫する」と言ったことが不要になる。UE5をPS5でデモしたのは、「SSDに最適化したシステムによる読み込み速度の常識の変化」をゲームエンジンに反映するとどうなるかを示したかったから、と言えるだろう。

逆にいえば現状での疑問と課題は、「PS5以外の環境でも価値は出るのか」ということだ。

Xbox Series XもSSDに最適化しているし、高速なSSDをPCに多数搭載することもできるが、PS5ほどの読み込み速度にはならない。「マルチに使える」ことがゲームエンジンのメリットなので、他の環境での状況も重要になる。

おそらくは、細密さなどの品質が落ちるか、UE5側での前処理を行なうのか、どちらかではないかと予測される。

またそもそも、「本当にハイエンドモデルだけを作っておけばいいのか」も、まだ精査されていない。ゲーム開発者にとっては夢のような話だが、夢のような話だけに「本当のところどうなのか」が気になる。

「バーチャルセット」で映画産業にインパクト、広告や建築にも影響

UE5がゲームにとってどれだけ画期的か、おわかりいただけたのではないかと思う。

だが、こうした特性はゲームだけにとどまるものではない。

例えば映像業界。

映画では、「プレビズ」や「バーチャルプロダクション」として、ゲームエンジンを使う例が増えている。実際のCGやセットでの撮影を行なう前に、ゲームエンジンでシミュレーションをするのだ。

Epic Gamesはこうしたジャンルにも積極的で、映画産業向けのページも用意している。すでに70以上の大作映画で利用実績があるという。日本でも、背景をUEやUnityなどのゲームエンジンで描くなど、アニメ作品に使う例が増えている。

Unreal Engineは70以上の大作映画ですでに使われており、映画産業との関係が深いツールでもある

特に筆者が注目しているのは「バーチャルセット」への活用だ。LEDなどを使った巨大なスクリーンを用意し、そこにリアルタイムCGを使って背景を表示、その前で演技することで、ロケのコストを削減している。この手法を使った作品としては、「マンダロリアン 」がある。マンダロリアンはUE4を使い、バーチャルセットを使って撮影された。

The Virtual Production of The Mandalorian, Season One

参考:マンダロリアンの制作陣向けに新しい道を切り開く

今年のCESでは、ソニーも同社の大型高密度LEDディスプレイ「Crystal LED」を使ったバーチャルセット技術をデモしている。詳しくはCESのレポート記事をご覧いただきたい。

驚異の本物感。ソニーの空間キャプチャ映画制作技術が凄い

UE5でハイエンドCGモデルをそのまま使えるようになれば、 バーチャルセットのクオリティは劇的に上がる上に、「バーチャルセットのためにデータをコンパクトにする」必要もなくなる。高精度な写真から3Dモデルを作る「フォトグラメトリ」技術をつかったデータは大きくなりやすいが、UEが理想的に機能するなら、活用しやすくなるだろう。

おそらくそうした用途ではPCが使われるし、そうするのが現実的だろうと思う。だが、もし、PS5を複数台用意して、それをつないで代わりに使うソリューションができたらどうだろう? ハードコストは劇的に下がる可能性が出てくる。ソニーがそんなソリューションを考えていたとしても驚かない。

広告や建築の世界でも有用だ。これらの世界では非常に高精度なデータを作って、広告や建築作業に使っているが、リアルタイムで表示するには向かないため、データを作り直すことがほとんどだった。

だが、UE5で作り直しが不要になるなら、コスト効率は劇的に上がる。製造業でも、設計・広告と使うシーンに応じたデータの再構築が不要になれば、使い方は大きく変わってくるのではないか。今はVRやARでも、ゲームエンジンが活用されている。それらのCGの品質向上にもプラスに働くだろう。

UE5は2021年前半にプレビュー版が公開され、後半に正式公開が予定されている。

繰り返しになるが、「ハイエンドデータをそのまま使える」というのがどこまで事実で、制約がないものなのか、そして、PS5以外との組み合わせでどうなるかなど、現状では不明な点も多く、そこが懸念される部分ではある。

だが、こと「リアルタイムCG」が関わる分野における、数年ぶりの劇的な進化であるのは間違いない。これに対して、ライバルのUnityがどう出てくるかも気になる。

ゲームだけでなく、あらゆる「ビジュアライゼーション」が関わる産業にとって、注目しておく動きなのは間違いない。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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