西田宗千佳のイマトミライ

第172回

Amazon Music 1億曲“シャッフル”とNetflixの“広告つき”に見るサブスクのいま

エンターテインメントコンテンツがネットからやってくるようになって久しい。とはいえ、いわゆるサブスプリプション契約が増えていくのは大変なこと。少しでも支払いを安くしたい、と考えるのも自然なことだ。

そんな中、AmazonとNetflixがサービスにテコ入れを行っている。

Amazonは11月1日から、Prime会員向けの音楽サービス「Amazon Music Prime」の提供ラインナップを、従来の200万曲から1億曲以上に拡充した一方で、「シャッフル再生」を基本に置いた。

Netflixは11月4日から、最も安価なプランとして「広告つきベーシック」の提供を開始している。同社としては初の「広告つき」の配信となる。

これらはどのような狙いがあるのか、そして、他の類似サービスとどう違うのかを整理してみよう。

ライバル対抗で「Prime」再生楽曲を大幅追加

まずはAmazonからだ。

Amazonの音楽サービスは、基本的には3つある。

1つは「Free」。自由な選曲は基本的にできず、音楽やポッドキャストを聴けるもの。登録は不要で、広告が入る。実質的に、Amazon Musicの体験サービスに近い。

次に「Unlimited」。月額980円で、1億曲近くが聴き放題。空間オーディオやハイレゾなどの高音質・高付加価値楽曲であっても追加料金は不要で、オフライン再生もできる。さらに、Prime会員だと月額が880円に安くなる。

そして、今回話題の「Prime」。こちらはPrime会員向けで、追加料金は発生しない。

【Amazonの主な音楽サービス】
Amazon Music Free(無料)
Amazon Music Unlimited(月額980円)
Amazon Music Prime(Prime会員は無料)

以前は楽曲数が約200万曲に制限されていて、空間オーディオ・ハイレゾなどの高付加価値楽曲が聴けない、という扱いだった。

だが、「200万曲」という楽曲数はUnlimitedに比べ大幅に少なかっただけでなく、ライバルと比較しても見劣りした。

ライバルとは、Spotifyなど他のサービスだ。

例えばSpotifyは、無料の「Free」と「プレミアム」がある。両者の楽曲数は同じく数千万曲であり、差はない。違いは広告の有無やダウンロードの可否、音質などとなっている。

Spotifyのヘルプより。無料プランと「プレミアム」の違いは広告の有無や音質であり、曲数ではない

どのサービスも、無料プラン・安価なプランで大きな収益を得ようとは考えていない。広告などで大量に儲けられるわけでもない。無料、もしくは安価なサービスを入り口として、有料のプレミアムプランに入ってもらいたいのだ。

Amazonの場合にはそれは明確で、「Unlimited」には、家族プランや学生プラン、はては「1デバイスのみで再生可能なプラン」など、多数のオプションが用意されている。Prime会員は重要だが、さらにそこから割引や追加プランでUnlimitedに誘導したい、と考えている。

Amazonの音楽サービス一覧。実はUnlimitedにバリエーションが多い。(Primeなどの変更がまだ追いついていないようで、数字などに正しくない部分がある)

だが、そのためのゲートウェイである「Prime」の楽曲数が少ないと、そもそもサービスとして利用してもらいづらいため、Unlimitedへの誘導効果も弱くなる。

だから、楽曲数を増やして対抗したわけだ。

「シャッフル再生」の位置付けとは

ただ、安価なプランで楽曲数を増やすにも、楽曲ライセンスのコストなどの問題が出てくる。

そこで出てくるのが「シャッフル再生」だ。特定の楽曲しか再生されない状況を作らないことで、利用の平準化とコストの低減を狙う。さらにもちろん、「自分が好きな楽曲を続けて聴きたいが聴けない」という、絶妙な不自由さを作ることで、ユーザーをプレミアムプランに誘導する意図もある。この辺は、SpotifyがFreeからプレミアムへと誘導するために搭載し、各社が追従した部分でもある。

シャッフルだと無料で提供できる理由は、色々な楽曲への「出会い」につながるので、楽曲を提供する側としてもライセンス価格を多少抑えた形にしているのだ。

ラジオや有線放送のように「流しっぱなし」であれば、シャッフル再生でも意外と問題ない。「なにか聴きたい」だけならそれでもいいだろう。

だが、一歩踏み出して能動的に聞くならシャッフル以外が望まれることになる。そこが有料プランへの導線となるわけだ。

ただAmazon Music Primeの場合、「購入していたはずの楽曲まで自由に再生できなくなる」というトラブルが発生した。

Amazonはサービスとして歴史が長く、サブスクリプションが主流になる前から「ダウンロード型販売」もやっている。そうしたところから建て増しで音楽サービスが始まっている関係からか、不具合が発生してしまったのだろう。

買った曲は思い入れがある曲のはずなので、それを再生しようとして「似た別の曲」が再生されるのは、サービスへの印象をかなり悪いものにしてしまう。だから、最初から避けておくべき不具合であるのは間違いない(編注:7日時点では不具合は解消したようだ)。

一方で、シャッフル再生が軸になるのは、音楽だけでなく、音声コンテンツである「ポッドキャスト」が各社の差別化点になっている、という事情も大きいだろう。

Netflixの「広告プラン」はどうなったのか

ここで映像の方に視点を移そう。

前出のように、Netflixは初めて「広告つきプラン」を提供することになった。同社はずっと頑なに、「広告を入れないことが顧客体験を高める」としてきた。だが今回、その考え方を曲げて広告を入れたサービスを提供することになっている。

「広告つきベーシック」は、ベーシックプランに比べ月額利用料金が200円安い。少しでも安価なプランを、という世界的な流れに基づいたものだ。

Netflixのプラン一覧。「広告つきベーシック」は、広告の入らないプランよりも200円安い

広告つきの映像といえば、まず思い浮かぶのはYouTube。再生前にCMが流れる、という意味では近いところがある。

ただし、両者での広告の流れかたは大きく違う。

まず、今のNetflixの広告は一切スキップできない。番組の最初と途中に挟まれ、15秒もしくは30秒。15秒が2本の場合もあれば、30秒が1本の場合もある。挟まれる時間は「1時間の再生あたり4分」とされている。よく見ると、シークバーに黄色でCMが入る位置が見える。

番組再生前に合計30秒の広告が流れる
シークバーを見ると、広告が入る場所に黄色の印がある。

最も違うのは、挿入される広告の位置付けだ。

YouTubeなど、一般的なネット動画の場合には、ネット上に記録されたその人の広告プロファイルに合わせて、自動的に選択された広告が表示される。いわゆる「ターゲティング広告」だ。

YouTubeの広告。ログインせず使った場合でも、国や地域、ネット広告の表示履歴などに応じた広告が流れる。
YouTubeの広告表示についての解説。ログインしていると多彩な情報に合わせたターゲティング広告が表示される。

一方、現状のNetflixでターゲティング広告は採用されていない。

  • その人がいる国
  • 視聴している作品の種別

が使われている程度で、ユーザーに合わせた広告の差し替えは行なわれていない。

実は筆者は今アメリカに滞在中なのだが、日本で表示されるものとは違う広告が出ている。

アメリカでNetflixの広告プランを見ると、アメリカ向けのBMWの広告が流れた

Netflixが採用したのはかなりシンプルな広告システムであるようだ。

同社の広告プランは今年の春から開発がスタートしたもので、計画の正式公表からも4カ月程度しか経っていない。開発パートナーはマイクロソフトなのだが、流石にこの時間では複雑なターゲティング広告は導入せず、ごくごくシンプルな形に納めた模様だ。広告価格についても、枠や内容によるオークション型ではなく、固定額が採用されている。雑誌広告やテレビCMならともかく、ネット広告としては本当にシンプルな内容と言っていい。見ている側からはあまり感じられないかもしれないが、YouTubeの広告とはかなり位置付けが異なるものだ。

Netflixも将来的に「ターゲティング広告」に

ただし、Netflixもターゲティング広告の導入を進めており、「広告モデルがシンプルである」という状況は、この先変わる可能性もある。

「広告つきベーシック」に切り替える場合には生年月日と性別を登録する必要がある。

Netflixの「広告つきベーシック」を使うには、生年月日と性別の登録が必須

Netflixでは従来、この種のデータは使っていなかった。なぜなら、レコメンドだけなら年齢も性別もあまり意味がなく、同社は聞いてこなかった。

しかし、ターゲティング広告をするならこれらのデータは必要になる。

いまは使っていないデータだが、「広告つきベーシック」で今後、年齢・性別・視聴履歴を使ったターゲティング広告が導入される予定はあり、そのためにデータベース構築が進められている。

このデータベースについて、Netflix側は「他のプランとは切り離されたもので、相互に流用はされない」としている。年齢や性別、広告の状況が他のプランでのレコメンドに使われることはないし、他のプランでレコメンドに使われる視聴履歴が広告に使われることはない、という。視聴履歴は厳然とした個人情報なので、広告に使うなら許諾が必要になるし、そのことをユーザー側が認識している必要もあるから、切り分けは必須になる。

一方で、Netflixは広告を導入したものの、視聴履歴などのデータを他社に販売・提供する予定はないとする。「視聴率に近いデータを提供する可能性はある」としているが、それはあくまで全体統計データであり、個人情報ではない。

また、

  • 広告側がNGの作品ジャンルを指定できる
  • 政治/暴力/性的など、出稿できない広告がある

一方で、

  • Netflixの新作には広告が入らない
  • 13歳以下のこども向けに指定されているコンテンツにも広告が入らない

という形になっているようだ。これがいつまで継続されるかはわからないが。

Netflixの「広告」はテレビCMを破壊しない

どちらにしろ、「広告つきベーシック」の体験は広告がないものよりは落ちる。「このくらいのCMならいい」と思う人はいると思うが、広告で無料になるならともかく、月に200円安くなる、というわずかな額の代償として多くの人がこのプランに切り替えるのか、というと、かなり微妙な線だ。また、「200円安くなったから」と新規契約者が殺到するとも考えづらい。

10月18日に公開された最新の決算において、Netflixの有料会員数は241万人と大幅増加になった。理由は「ストレンジャー・シングス」のシーズン4のように、人気作の公開があったからだ。結局そこが、会員数の増減には最も効果的である。

だから、この広告市場が巨大なものになると考えるのは難しい。

もちろんNetflix全体で見れば無視できない収入になるし、契約者の増加にもつながるだろうが、「テレビCMのような巨大な影響を持つ」とか、「テレビ局のビジネスモデルを破壊する」とか考えるのは大袈裟すぎる。

むしろテレビCMについては、YouTubeなどからすでに大きな影響が出ている。YouTube全体でテレビ局1つ分くらいの視聴時間が消費されているからだ。

それでもまだテレビのCMは巨大な産業であり、大きな影響力を持つ。それは「皆が同じものを見ている」という放送の持つメディア特性によるものであり、ネットでシンプルに代替できるわけではない。

その上で、広告価値としてどこが重要視されるのか、どれだけコストを払えるのかを考え、広告主は「媒体をミックスして使う」ことになるのだろう。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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