西田宗千佳のイマトミライ

第173回

次世代半導体に向けた国策新会社は成功するか

11月11日、経済産業省は、次世代半導体の設計・製造基盤確立に向けた新たな研究開発組織の立ち上げと、その研究結果を踏まえた量産を目指す拠点として、「Rapidus株式会社」を設立すると発表した。

Rapidusにはキオクシア・ソニーグループ・ソフトバンク・デンソー・トヨタ自動車・NTT・NEC・三菱UFJ銀行などが出資し、2nm世代のロジック半導体の技術開発を行なう。

この国家プロジェクトはどのような意味合いを持っているのか? 不明な点も多いが、ここで改めて解説しておくことにしよう。

半導体製造の仕組みと「リスク」

まずは基礎的な半導体製造の仕組みから解説していこう。

半導体はシリコンウェハーに微細な半導体プロセスを「焼き付け」、さらにそれをチップ単位に分割することで製造する。同じ「半導体」という括りであっても、メモリーやイメージセンサーなど、種類ごとに構造が異なっているので、製造に必要なノウハウは変わる。スマートフォンやPCなどの処理に使われるプロセッサーは俗に「ロジック半導体」と呼ばれる。

今回のプロジェクトで開発するのはロジック半導体向けの製造技術だ。現在の日本では、イメージセンサーやメモリー(主にフラッシュメモリ)の製造については最先端のノウハウがあるが、ロジック半導体については持ち合わせていない。

というよりも、より正確にいうならば、「最先端のロジック半導体」の量産技術については、それを持ち合わせている国の方が少ない状況にある。

実際、現在最先端である4nmから7nmクラスのロジック半導体の生産が可能なところは、台湾に拠点を持つTSMCと韓国に拠点を持つサムスン、それにインテル、IBMくらい。中国SMIC(中芯国際集成電路製造有限公司)が7nmプロセスの量産に成功した、と言われている。

しかも生産量でいうならば、TSMCとサムスンが圧倒的に多い。アップルの自社半導体「Appleシリコン」は積極的に最先端プロセスを使って性能と消費電力の向上に努めているが、それもTSMCとの強力なパートナーシップがあってのものだ。AMDのプロセッサーもNVIDIAのGPUもTSMCで生産されている。

開発が難しく、製造ライン構築に数千億円単位の予算が必須であるため、そのコントロールができる企業は限られており、しかもその多くを(結果的にだが)TSMCが担っている……というのが現状のリスクでもある。

世界的に広がる「半導体の地政学リスク」への対応

このことは、ここ数年で大きな懸念事項を生んでいた。特に大きいのが地政学的リスクだ。

世界で使われる最先端ロジック半導体の生産のほとんどが台湾・韓国を中心とした東アジア地域に集中しているため、米中関係の悪化に伴って台湾周辺で有事が発生した場合、あらゆる機器の調達と流通に大きなリスクが発生することになる。

また、最先端半導体自体は順調に出荷されたとしても、生産地が近いことから「それらの半導体を使う機器」の生産も東アジアに集中、結果として流通上のリスクも生まれやすくなっている。

コロナ禍での半導体不足は、主に生産地や流通拠点のロックダウンによるものがほとんどだが、ニーズ拡大時の生産分散にも課題はあった。だがそれだけでなく、先端技術の中国流出を嫌うアメリカの意向によって中国企業での半導体製造が一部滞り、その余波を受ける形でサプライチェーンが不安定になったこととコロナ禍が重なったことが、ここ数年の半導体不足に拍車をかけていた。

世の中で必要な半導体は「最先端の半導体」ばかりではない。コロナ禍の半導体不足は、むしろ最先端ではないが、よりニーズの多い「枯れた半導体製造プロセス」によって製造されるロジック半導体の不足によって生まれている。

どちらにしろ、半導体を安定供給するには、「枯れた半導体製造プロセス」と「最先端の半導体製造プロセス」の両方をさまざまな地域で生産し、調達を分散する必要が出てきた。

地政学的な理由からの生産地域拡大は、単純な経済原理だけでは満たせない。国などの支援による量産設備構築が必須になってくる。

前置きが長くなったが、Rapidusを中核とした今回の国家プロジェクトも、こうした地政学リスクを背景とした「半導体の長期的安定供給体制の確立」を目的としたもの、ということになる。

Rapidus設立の背景と中長期の事業展開構想(出典:Rapidus)

数兆円規模のプロジェクトが世界中で進行中

半導体の生産地域分散の流れは、もう数年前から始まり、大きな投資につながっている。

国内での最初の例は、熊本に設立された「Japan Advanced Semiconductor Manufacturing(JASM)」である。

JASMの場合、製造するのは最先端半導体ではなく、比較的すぐに必要になる「そこまで最先端でもない」半導体だ。22/28nmのプロセスルールを採用し、2024年までには量産を開始する。主に生産するのは、ソニーがイメージセンサーで必要とするロジック半導体や、デンソーが自動車向けに必要とするロジック半導体とされている。

一方アメリカでは、2022年8月に、「CHIPS and Science Act」(通称CHIPS法)と呼ばれる半導体産業支援法が成立し、今後5年間で半導体メーカーに527億ドル(約7兆3,150億円)が投資される予定になっている。

最先端半導体について、TSMCが米アリゾナ州に5nmクラスの生産工場を新設、2024年から生産を開始する。この工場には3nmクラスの生産を視野に、さらに100億ドルクラスの投資を追加する、との噂も浮上している。この生産ラインへの投資には、CHIPS法からの支援が一部使われる予定だ。

このほか、インテルは2021年に「EUに10年間で800億ユーロ(約11.5兆円)を投じる」と発表しており、そのうち170億ユーロ(約2.5兆円)を投じ、ドイツ東部に半導体新工場を建設する。

Intel、ドイツ半導体工場に約2兆円超の投資計画

この計画も、EUが2022年2月に定めた「欧州半導体法案」に沿ったもの。2030年までに官民合わせて430億ユーロ(約6.2兆円)を投じる計画である。

必要性は大きいが「予算と先々の収益性」に感じる不安

このような流れを見ると、最先端半導体へ国が投資し、官民が協力して体制作りにあたること自体は、それほど不思議なことではない。むしろ、日本が西側陣営に属し、ハイテク機器や自動車の生産に関わっていくのであれば必須のことのように思う。

ただそれでも、今回のプロジェクトには疑問点がいくつもある。

1つは「2nmのプロセスを本当に立ち上げられるのか」という点だ。

現状、製品向けの量産については、4nmがようやく始まったところである。実のところ、各社が使う技術はまちまちなので、単純に「ナノメートル」の数字だけで半導体の良し悪しを語るのは難しい。

一方で、2nmクラスのプロセスを実用化するには、現在の4nm/5nmクラスとは異なるゲート技術への移行が必要、と言われている。現在はFin-FETが基本だが、ここから「Gate-All-Around(GAA)」を導入・移行していくことが想定されている。

Fin-FETベースのロジック半導体量産についても、日本はほとんど経験がない。前述のJASM設立により、TSMCの知見を導入してキャッチアップしつつ、Fin-FETをスキップしてGAAベースの2nmへ……というのが政府の目論見だ。

Fin-FET時代をスキップし、GAAの早期導入と実用化によって2nm移行の世代で有利を得ようというのが今回の狙いだ

その生産にめどをつける研究開発組織が、国内の多数の大学が連携して臨む「技術研究組合最先端半導体技術センター(LSTC)」となる。

アメリカは2021年、120億ドル(約1.7兆円)をかけて全米半導体技術センター(NSTC)を設立することが決まっている。LSTCはその日本版を目指すものである。

日米が連携し、2022年から2020年代後半までに2nmプロセス製造を実現し、量産を目指す

LSTCでの2nmプロセス製造実現については、すでに2nmプロセスの製造に成功しているIBMの協力を得ながら……ということになっている。ここは、2022年7月に日米で合意した、対中国政策としての「次世代半導体の量産化共同開発」に基づくものでもある。

IBM、世界初となる2nmプロセス。バッテリ寿命4倍に

ただ、IBMからノウハウを移管されたとして、それでも効率的な「量産」に至れるかはわからない。露光装置から生産管理まで、2nmについては未知の課題が山積しているはずで、日本国内にそれを解決しうるノウハウを早期に構築できるのか、という課題が存在する。

そして、そこからさらに「量産ライン」を作って事業化するところをRapidusが担当するのだが、ここにも懸念はある。

LSTCで研究が行なわれ、それを量産ラインとして事業化していくのがRapidusの役割

まず、「今公表されている700億円という予算で大丈夫なのか」ということ。

筆者は出席していないのだが、会見では記者から「700億円もの巨額を投じて大丈夫か」との質問が飛んだらしい。

いやいやとんでもない。真逆だ。

「たったの700億円」で本当にできるかは怪しい。前述の通り、アメリカやEUは桁が2つ違う、「数兆円単位」を投じている。予算が小さすぎるのではないか。700億円はあくまで予算の一部とのことなのだが、それでも、全体での投資額はもっと大きくしなくてはならないし、その場合には透明性も求められる。

そしてなによりの課題は、「仮に2nm以降に耐えうる製造ラインが完成したとして、それは誰が使うのか」という点だ。

先端半導体を使う用途は増えていくだろうが、今の数倍の生産キャパシティを全て埋めるほど急増するとは考えづらい。経済合理性と永続性を考えると、そのファウンダリに半導体生産を委託してくれる企業が必要になる。

だが、日本国内にそこまでの巨大なニーズを抱えた企業は(残念ながら)存在しない。自動車や家電などでも先端半導体は使うが、スマートフォンやPCなどの巨大なニーズを抱えているのは海外のメーカーになる。彼らのニーズを他社から奪ったり、日本国内にさらに大きなニーズを生み出したりして行かないと、せっかく作った生産工場もうまく運営できない。赤字を垂れ流しても大丈夫、というほどには国も支えてくれないだろう。

そうした部分も含め、この計画は精査が進んでいるのだろうか? 現状ではどうにもぼんやりした不安がつきまとう。

地政学リスクは間違いなく存在し、日本に半導体製造拠点が求められていることは間違いない。そして、国としてもこのチャンスを活かしたいこともわかる。

その上で、これまでの「国家体制プロジェクト」のような、赤字体質の企業を作ることのない計画立案を願いたい。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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